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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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ふたりが修羅場 [2021年12月15日(Wed)]
年始恒例の私の漢字一文字、ことしは「伴」でした。
2021_伴.jpg
伴走の「伴」ですが、人偏でなく、糸偏に半だと「絆」。
あらためて「半」の成り立ちに興味をもち、調べてみました。
白川静『常用字解』によると、
「八」は左右にものが分かれる形で、
「半」は犠牲(いけにえ)として供える牛を真中で二つに分ける形で、
「わかつ、わける、なかば」の意味となる。
神様にお供えする牛が語源なら、丑年の今年の一文字に相応しいと決定です。
そして、その時のブログには、
「伴」には、「同伴」や「随伴」のように
お供する、付き従う、主従関係のイメージありますが、
私が「伴走」を通じて学んだ伴のイメージはパートナーです。
と書きましたが、
今回の青島太平洋マラソン(2021/12/12)の伴走で
私の「伴」に対する理解が変わりました
KIMG0846~3.JPG
当日(12/12)の朝、大会コースの橘橋から

ご一緒した全盲ランナーのKさんは、私と同い年で、
8月に誕生日を迎えられ、今回が高齢者デビュー戦です。

彼とは、初フル挑戦(私にとって初フル伴走)や
初ウルトラ(私にとって初ウルトラ伴走)とその再挑戦をご一緒しました。

また、阪神タイガースの横田慎太郎さんを一緒に応援し、
あの「奇跡のバックホーム」を、鳴尾浜球場のバックネット裏で
一緒に見届けたのも懐かしい思い出です。
s-20190926.jpg
引退セレモニーの後、
球場に来られたファンの一人ひとりとハイタッチのお見送り。
球場にかけつけた多くのファンが並んだのでハイタッチだけなのに、
Kさんは横田さんの黄金の左手で
右肩をぽんぽんと軽くたたいていただきました。
もしかするとKさんの白杖が横田さんの目に留まったのかもしれず、
横田さんの人間的魅力を感じました。

そんなKさんから、高齢者デビュー戦に伴走のご指名をいただき、
二つ返事で快諾。
どうせなら、自己ベスト更新で高齢者デビューを華々しく飾ろうと、
5時間切りの意欲的な目標を掲げて練習をスタートしたものの、
予期せぬことは起きるもので8月半ばから1カ月ほど中断。

9月下旬から練習再開。目標を制限時間内完走に下方修正し、
歩いて身体を動かすことから始めて、徐々に歩く距離を伸ばし、
スピードよりフォーム重視、タイムや距離より走る時間を重視で、
フォームを崩さずに走り続けられる時間と距離を伸ばして
どうにかこうにか本番で完走を狙える手応えを感じたのですが…

本番は甘くなかったです。
スタート前に、ハーフを超えた先の不安を感じるKさんに対して、
私は一緒に挑戦した初フルやウルトラ(70キロ)の経験から
Kさんには残り10キロで発揮する底力というか粘り腰があるので
30キロまで行けば何とかなると思っていたのですが、
意外に早く、宮崎神宮の折り返しの前にペースダウンです。

そして、Kさんがご自身のフェイスブックの投稿に書かれたように、
「もう、20kmから30kmはふたりが修羅場」でした。

ここが踏ん張りどころやないか、がんばれ!
うつむくな、顔を上げて前を向け!
歩くな、ここでトボトボ歩いたら悔いが残る、足を前に出せ!
坂で足を止めるな、歩幅を小さくしていいから前に出せ、
登り切ったら下りは自然に足が前に出る、
などなど

まさに「ふたりが修羅場」でした。
自分の単独走で、あんなに自分を鼓舞したことは一度もなく
あれだけの気合いが入った走りを常にできたら、
それこそ獣王無敵でしょう。

いやはや、自分には甘く、人には厳しい、お粗末なことですが、
自分の走りでも、そこまで熱くなったことが一度もないのに、
そんな私が、なぜ「伴走」であんなに熱くなれたのか

「伴」に対する理解が変わりましたひらめき
――「主従関係」ではないのは当然として、
いわゆる「パートナー」でもなく、
もっと強い一体感で、
それも、つながるとか、向き合うとかのレベルではなく
一心同体」というか「自他不二」や「自他一如」とでも言うべきもの。
そしてその前提となるのが「強固な信頼」

同じ伴走でも、
たとえば、その日の朝に「はじめまして」と挨拶を交わす関係では、
レースの途中で「ケンカ」が起きることはあっても、
我われのような「ふたりが修羅場」にはならないでしょう。

掲げた目標や価値観など思いを共有し、
走力や体調だけでなく、潜在的な底力や気性とかを含めて、
互いのことを本当によく知り、そしてわかり合う

また、一緒に試行錯誤して練習を積み上げる過程があればこそ
「強固な信頼」を築けるのであって、
本番だけの助っ人意識の伴走とか、
練習も含めてパートナー程度の意識の伴走では、
そこに強固な信頼がないので、「ケンカ」は起きても
「ふたりが修羅場」なんてことは起きない。

相手が目標を達成できなかった時の「悔しさ」「悲しさ」を
自分のものとして受け止め、自分と相手の違いを忘れて
一つになる
。――「自他不二」「自他一如」

そして「ふたりが修羅場」を乗り越えた先にこそ、
心から「喜び」を分かち合えるのであり、
修羅場も「ほんとうの幸福」に近づく一足になる。

なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでも
それがただしいみちを進む中でのできごとなら
峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから
宮沢賢治『銀河鉄道の夜』


KIMG0880~2.JPG
阪神タイガース背番号24番の横田慎太郎さんのユニフォームに
「伴走」のゼッケンをつけてスタート。
12月とは思えぬ暑さでしたが、「ふたりが修羅場」の先に、
ランの神様から「制限時間内に完走」のご褒美ぴかぴか(新しい)

忘己利他(もうこりた)

自利利他円満(じりりたえんまん)

共存共栄ということでなくては、真の発展、繁栄はありえない
それが自然の理であり、社会の理法なのである
自然も人間社会も、共存共栄が本来の姿なのである
「共存共栄に徹すること」/松下幸之助『実践経営哲学』

KIMG0870~2.JPG(霧島焼酎神社の手水)

私は人というものが何より大切だと思っている。
私たちの国というのは、この、
人という水滴を集めた水槽のようなもので、
水は絶えず流れ入り流れ出ている。
これが国の本体といえる。
ここに澄んだ水が流れ込めば、水槽の水は段々と澄み
濁った水が流れ込めば、全体が段々に濁ってゆく
それで、どんな人が生まれるかということと、
それをどう育てるかということが、
何より重大な問題になる。
「60年後の日本」/岡潔『数学を志す人に』

P1010817.JPG
足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

IMG-9307.jpg
「日々是好日」

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

松下幸之助『思うまま』より――
「歩一歩の歩み」
人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば
往々にして失敗することにもなろう。
P1010032.JPG旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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