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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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智力は冷やしているときに働く [2021年12月06日(Mon)]
岡潔は、智力(知力でなく智力)の養い方について
「ちょうど日本刀を鍛えるときのように、熱しては冷やし、
 熱しては冷やしというやり方を適当に繰り返すのが一番よく」、
そして智力は「冷やしているときに働くもの」と説く。

「緊張と緩和」や「緩急自在」と分かったつもりでしたが、
智力は冷やしているときに働く」は頂門の一針。

岡潔『数学を志す人に』より――
私が中学生のころ、数学の試験は答案を書き終わってからも
間違ってないかどうか十分に確かめるだけの時間が与えられていました。
それで十分に確かめたうえに確かめて、
これでよいと思って出すのですが、出して一歩教室を出たとたんに
「しまった。あそこを間違えた」と気づくのです。
(…)
教室を出て緊張がゆるんだときに働くこの智力こそ
大自然の純粋直感ともよぶべきものであって、
私たちが純一無雑に努力した結果、心情によく澄んだ一瞬ができ
時を同じくしてそこに智力の光が射したのです。
そしてこの智力が数学上の発見に結びつくものなのです。
しかし、間違いがないかどうかと確かめている間はこの智力は働きません
ところが、いまは冷すほうを抜きにして熱してばかりいるように思われます。
(…)
せんだって和歌山市に講演に行ったとき、泊った宿屋の女主人から
「うちの子には珠算もピアノも生け花も舞踊も習わせています。
 まだ足りないでしょうか」とたずねられ、
しかもその子が小学校にはいったばかりの幼な子だと聞かされたときは
全くびっくりしました。そうでなくてもいまの学校は宿題が多すぎるのです。
どうもこの人は子どもの時間を残りなく何かで塗りつぶさなくてはいけないと
思っているらしい。しかし人は壁の中に住んでいるのではなくって
すき間に住んでいるのです。むしろ、すき間でこそ成長するのです
だから大脳を熱するのを短くし、すき間を長くしなければ
とうてい智力が働くことはできまい
と思われます。

「すき間でこそ成長する」→「大脳を熱するのを短くし、すき間を長くする」ひらめき

大切なことは、主人が何をしたかではなく、
何のためにしたか
ということではございませんか。
あなたたちのような木偶の坊にはおわかりいただけないでしょうが…
(映画『雨上がる』で主人公の妻が城主の名代として来た家老と近習頭に発したセリフ)

松下幸之助『社員心得帖』より――
「自分を高める義務」
私どもの会社では、昭和40年に完全週5日制に踏みきったのですが、
それから半年ほどたったころ、
私は社員につぎのような話をしたことがあります。
「わが社が週5日制になってから半年の月日がたったけれども、
皆さんは週2日の休みをどのような考えで過ごしておられるだろうか
一日教養、一日休養というように有効に活用できているかどうか。
2日間の休みを無為に過ごすのでなく
心身ともにみずからの向上をはかる適当な方法を考え
実行していただきたいと思う。
ただ、そのみずからを高めるというか、
教養を高めたり、仕事の能力を向上させたり、
あるいは健康な体づくりをすることと関連して、
私は一つ皆さんにお尋ねしたい。
それはどういうことかというと、ほかでもない。
皆さんが勉強なり運動をするときに
自分がこのように自己の向上に努めるのは、
ただ単に自分のためばかりではない。
それは社会の一員としての自分の義務でもあるのだ

という意識をもってやっておられるかどうか、ということである。
そういうことを皆さんは今まで考えたことがあるかどうか、
また現在考えているかどうかをお尋ねしたいと思う」

自分の教養を高めるとか、自分の技術を向上させるとか、
あるいは健康な体をつくるということは、
自分を幸せにし、また自分の社会的地位を高める
ということなどのためばかりでなく

社会の一員としての共通の責任であり義務である
と考えなければなりません。そういう義務感というか、
社会の一員としての連帯感というものを、
私たちは一人ひとり、よく認識しておく必要がある。
松下幸之助『社員心得帖』

P1010817.JPG
足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

IMG-9307.jpg
「日々是好日」

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

松下幸之助『思うまま』より――
「歩一歩の歩み」
人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば
往々にして失敗することにもなろう。
P1010032.JPG旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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