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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
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グスコーブドリのまち・一関市東山町 [2021年11月25日(Thu)]
花巻からレンタカーを借り、宮沢賢治を訪ねて60キロ。
一関市東山町の松川へ(2021.11/19)

東日本大震災の1年後に仕事で一関へ来た時に
平泉の中尊寺を訪ねたり、
JR大船渡線で気仙沼まで足を伸ばしたりしましたが、
当時の私に宮沢賢治の世界はなく
陸中松川に立ち寄ることはありませんでした。

最晩年の宮沢賢治が病と闘う療養中の身でありながら
技師として取り組んだ「東北砕石工場」に非常に強い興味を持ち、
今回の旅ではまず最初に訪れることにしました。
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宮沢賢治が当時使用していた手帳に書き留められていた詩に
魂が揺さぶられます。
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あらたなる
よきみちを得しといふことは
たゞあらたなる
なやみのみちを得しといふのみ

このことむしろ正しくて
あかるからんと思ひしに
はやくもこゝにあらたなる
なやみぞつもりそめにけり

あゝいつの日かか弱なる
わが身
恥なく生くるを得んや
野の雪はいまかゞやきて
遠の山藍のいろせり

◆『宮沢賢治と東北砕石工場の人々』の著者、伊藤良治氏の連載記事
「この土を この人たちが この石灰で」/日本石灰協会
・宮澤賢治と炭酸石灰(1)
・宮澤賢治と炭酸石灰(2)
・宮澤賢治と炭酸石灰(3)
・宮澤賢治と炭酸石灰(4)

館内では、宮沢賢治が鈴木東蔵に宛てた書簡が展示されていました。
複製とはいえ、「肉筆」の葉書や封書は、本の活字で読むのとは違います。
中には、病床にあって家人が代筆したものもあり、胸を打ちます。

こちらは展示された書簡のうち一番最後、亡くなる前月のもの
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昭和8年8月4日(書簡No.482)

そして、こちらは賢治の父が賢治の死を知らせる葉書です。
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(別ウィンド表示)


世界に対する大なる希願をまづ起せ
強く正しく生活せよ 苦難を避けず直進せよ

宮沢賢治『農民芸術概論綱要』
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まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて
無方の空にちらばらう

しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きてゐる
ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である
宮沢賢治『農民芸術概論綱要』
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(別ウィンド表示)


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「南無妙法蓮華経」

旧・東山町は1994(平成6)年に旧東北砕石工場が町に寄贈されたのを機に、
翌95年に「グスコーブドリの町」宣言。
(1995年といえば1月17日に阪神淡路大震災が起きた年です)

「これからの仕事は 
あなたは直感で私は学問と経験で
あなたは命をかけて、わたくしは命を大事にして
ともにこのイーハトーヴのためにはたらく
ものなのです。」
グスコンブドリの伝記』

「それはいけない。きみはまだ若いし、
いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」
私のようなものは、 
これからたくさんできます

私よりもっともっとなんでもできる人が、
私よりもっと立派にもっと美しく、
仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」
『グスコーブドリの伝記』

それから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、
その秋はほぼ普通の作柄になりました。
そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの
たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、
たくさんのブドリやネリといっしょに、
その冬を暖かいたべものと、明るい薪で
楽しく暮らすことができたのでした。
『グスコーブドリの伝記』

巨きな人生劇場は
時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす
おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであらう
……われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である……ひらめき
われらの前途は輝きながら嶮峻である
嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる
詩人は苦痛をも享楽する
永久の未完成これ完成である
宮沢賢治『農民芸術概論綱要』
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施設の敷地内には「これは素樸なアイヌ風の木柵であります」の詩碑も
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(別ウィンド表示)

これらは素樸なアイヌ風の木柵であります
えゝ
家の前の桑の木を
Yの字に仕立てて見たのでありますが
それでも家計は立たなかったのです
四月は
苗代の水が黒くて
くらい空気の小さな渦が
毎日つぶつぶそらから降って
そこを烏が
があがあ啼いて通ったのであります
どういふものでございませうか
斯ういふ角だった石ころだらけの
いっぱいにすぎなやよもぎの生えてしまった畑を
子供を生みながらまた前の子供のぼろ着物を綴り合せながら
また炊爨と村の義理首尾とをしながら
一家のあらゆる不満や慾望を負ひながら
わづかに粗渋な食と年中六時間の睡りをとりながら
これらの黒いかつぎした女の人たちが耕すのであります
この人たちはまた
ちゃうど二円代の肥料のかはりに
あんな笹山を一反歩ほど切りひらくのであります
そして
ここでは蕎麦が二斗まいて四斗とれます
この人たちはいったい
牢獄につながれたたくさんの革命家や
不遇に了へた多くの芸術家
これら近代的な英雄たちに
果して比肩し得ぬものでございませうか


世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ないひらめき
宮沢賢治『農民芸術概論綱要』


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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

松下幸之助『思うまま』より――
「歩一歩の歩み」
人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば
往々にして失敗することにもなろう。
P1010032.JPG旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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