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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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老いの悲劇 [2021年11月07日(Sun)]
遠藤周作『影に対して』より――
「アスハルトの道は
安全だから誰だって歩きます。
危険がないから誰だって歩きます。
でもうしろを振りかえってみれば、
その安全な道には自分の足あとなんか
一つだって残っていやしない

海の砂浜は歩きにくい。
歩きにくいけれどもうしろをふりかえれば、
自分の足あとが一つ一つ残っている。
そんな人生を母さんはえらびました。
あなたも決して
アスハルトの道など歩くような
つまらぬ人生を送らないで下さい」

遠藤周作『火山』より――
「哀しい山だねえ、
 火山というものは人間の人生と同じだよ」
「若い頃は情熱にまかせて火を吹く。溶岩を吐きだす。
 だが年が老いると昔のくらい罪を背負いながら
 こんなに静まりかえるんだからな」
だがねえ、人間は火山のようにはいかんよ
 俺たちは年をとった時自分の過去をふりかえって
 それが間違いだと気がついてもねえ」
「それが間違いだと気がついても……もう人生やり直す時間がない
 老いの悲劇とは結局、それじゃないのかね

これがこの物語の主人公である。
しかし 今この男について語るのは退屈なだけだ。
なぜなら 彼は時間を潰しているだけだから。
彼には生きた時間がない。
つまり彼は生きているとは言えないからである。
(…)
駄目だ、これでは話にならない。これでは死骸も同然だ
いや、実際この男は20年ほど前から死んでしまったのである。
KIMG0058_2.JPG
映画『生きる』

浜までは 海女も蓑着る 時雨かな」滝瓢水

いのちとは時間であること。
その時間に限りがあること。
その事実を知っている人間だけが
いのちの使いかたを自分で考え、変えることができます
日野原重明『与命』

毎日死を心に当てることは、
毎日生を心に当てることと、いわば同じことだ
ということを「葉隠」は主張している。
われわれはきょう死ぬと思って仕事をするとき
その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるをえない。
現代に生きる「葉隠」/三島由紀夫『葉隠入門』

人間としての存在や人生の充実ということに関して言えば、
老いにつけ若きにつけ、
今、自分がおのれの命といかにかかわり、
どのような姿勢で生きているか
を問い続けるか否かが問題なのであり、
言い換えれば、毎日毎日が人生の一大事の連続なのであろう
大西良慶、平櫛田中『人間ざかりは百五歳』

松下幸之助『道をひらく』より――
「生と死」
人生とは、一日一日が、いわば死への旅路であると言えよう。
生あるものがいつかは死に至るというのが自然の理法であるかぎり、
ものみなすべて、この旅路に変更はない。
ただ人間だけは、これが自然の理法であることを知って、
この旅路に対処することができる。いつ死に至るかわからないにしても、
生命のある間に、これだけのことをやっておきたいなどと、
いろいろに思いをめぐらすのである。これは別に老人だけにかぎらない。
青春に胸ふくらます若人が、来るべき人生に備えていろいろと計画するのも、
これもまた死への準備にほかならないといえる。
生と死とは表裏一体。だから、生の準備はすなわち死の準備である
死を恐れるのは人間の本能である。
だが、死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れたほうがいい
人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い。
そしてそれだけに、
与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。
それを考えるのがすなわち死の準備である。
そしてそれが生の準備となるのである。
おたがいに、生あるものに与えられたこのきびしい宿命を直視し、
これに対処する道を厳粛に、しかも楽しみつつ考えたいものである。

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生死事大、光陰可惜、無常迅速、慎勿放逸

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ。
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない。
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

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足るを知る「吾唯足知」/龍安寺

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「日々是好日」

松下幸之助『思うまま』より――
「歩一歩の歩み」
人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば
往々にして失敗することにもなろう。
P1010032.JPG旧豊郷小学校足跡

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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