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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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私の待つ時間が試されている [2021年07月04日(Sun)]
文藝春秋6月号の下重暁子さんのエッセイが目に留まりました。
【下重暁子】人生に迷ったら「待ちなさい」より――
(…)
ササゴイのひたすらに待つ姿は私の目に焼きついた。
いつやってくるか、来ないかもしれぬ獲物を、待ち続ける。
自然界の生物はこうやって真剣に生きるために闘っているのだ。
私たち人間はそのことを忘れたのではないだろうか
物は溢れ、手をのばせばすぐそこにある。
スマホを開いて注文すれば、たいてい手に入る。
待つ必要などほとんど無い。結果が先に待っているのだ。
人間が待つのではなく、物が先にある。金を払ってそれを手に入れる。
経済成長の循環の中でぬくぬくと、
しかし、イライラしながら暮らしている
ほんとうに必要なもの、命にとって大切なものを待つことなど、
ほとんどなくなってしまった。
なんと弛緩した怠惰な暮らしに馴れてしまったのか、
いや馴らされてしまったのか

自然界の生物として身につけていたはずの必要な能力すら
失ってしまったのだろうか。それを人は繁栄と呼ぶ
対価として失ったものがいかに大きいか、知ろうともしない。
---------------------
いつも、もう少しというところで待てない
慌てて策を打つのが裏目に出る。
---------------------
待つエネルギー、それは行動するエネルギーよりしんどい
動いている場合には
それなりの満足感と体力の消費による疲れもあるのだが、
待つためにはじっとして忍耐を強いられる。
それを黙ってしのぶだけのエネルギーの蓄積が必要だ。
---------------------
私の待つ時間が試されている


IMG-9690.jpg
ササゴイでなく、ヒヨドリ(中之島図書館 2021/7/1)

松下幸之助『人生談義』より――
「春を待つ心」
(…)
お互いの人生においては、このように
耐えて時を待つことによって好ましい結果に結びつくことが
少なくないのではないかと思うのです。
皆さんの中には、何かをやり始めたけれど、
つらいことやままならぬことがつづいて、
「もう投げ出してしまいたい」とか、あるいは、
「何も悪いことなどしていないのに、どうして自分だけが
 こんなつらい目にあわなければならないのだろう」とか、
悩んだ経験をお持ちの方があると思います。
いや、いま現に悩んでいる方もあるでしょう。
そうしたときにやはり大切なのは
桜が力をたくわえつつ冬の寒さに耐えているように
努力を重ねつつ、苦しさ、つらさに耐え、
時が来るのを待つ
ことではないでしょうか。
もちろん、世の中には成るものと成らないものがあります。
いくら時を待っても人間の力ではどうしようもないこともある
でしょう。しかし、たとえ成るものであっても
時が来ないために成らないという場合が少なからずある
ですから、つらく、苦しいというときにも
いたずらにあせることなく、静かに時を待ち、自分を磨いてゆく
そうした姿が人間として尊く、大切なことではないか
という気がするのです。
そして、そうした人たちには、
必ずや春の陽光が暖かくふりそそくのではないでしょうか

まだしばらくは厳しい寒さがつづくことでしょう。
お互い、風邪には十分用心しつつ、
ときには肌さす寒さの中に自分の身体をさらして、
春を待つ桜の心に思いを馳せてみたいものだと思います。

松下幸之助『道をひらく』より――
「時を待つ心」
何ごとをなすにも時というものがある。
時 ―― それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければ事は成就せぬ。
冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。 
わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ

時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい
静かに春を待つ姿は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。
時を得ぬ人は静かに待つがよい
大自然の恵みを心から信じ、時の来るを信じて
着々とわが力をたくわえるがよい
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである
おたがいに時を待つ心を養いたい。

光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった
ヨハネによる福音書 1:5(聖書協会共同訳)

―― 光は、闇の先にあるのではなく闇の中に輝いている
   そして、闇は光に勝たなかった。

「果報は寝て待て」ということわざがあるが、
あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ。
いくら反省しても運否天賦ということがあるが
よく反省して待つことがわれわれの問題だと思う
本田宗一郎『俺の考え』

―― ただ待つのではなく、よく反省して待つ。

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(2021/7/4)
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雨上がりの朝、実家の庭先の菜園で
本日の収穫はミニトマト4個とキュウリ2本。
そして母のスマホの万歩計は朝の散歩で3,697歩、
まもなく91歳と3カ月ですが、達者に暮らしているようです。
ミニトマトやキュウリも青い実や花芽もまだまだ多くて楽しみです。

「急いては仕損じる」とか
「慌てる乞食は貰いが少ない」とも言いいますが、
一大事の時こそ、時を待つ心のゆとりが肝要であり、
そしてそれを可能にするのは、良き習慣の日一日の積み重ね
淡々と日々暮らす母を見て、そんなことを思いました。


IMG-9307.jpg
「日々是好日」

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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