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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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一日暮らし、日々燃焼 [2021年06月30日(Wed)]
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より――
世間にはときどき、日々走っている人に向かって
「そこまでして長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。
でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、
実際にはそれほどいないのではないか。
むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、
少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたい
」と思って
走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。
同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って
生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし
走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。
与えられた個々人の限界の中で、
少しでも有効に自分を燃焼させていく
こと、
それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの
(そして僕にとってはまた書くことの)メタファーでもあるのだ。
このような意見には、おそらく多くのランナーが賛同してくれるはずだ。

私自身、2013年8月末にスロージョギングと出会ってから、
「走ってる人に向かって嘲笑する」側から「走る」側に変わり、
色々な人との出会いに恵まれて色々と経験してきて、
人生というか、生き方というか、生きる姿勢が変わってきたのを実感します。
ご縁に感謝、これからも日々自分を燃焼です。

僕は走りながら、ただ走っている
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

本日は夏超しの祓え。
お互い、これからも健やかに過ごしましょう。
今日も一日お元気にexclamation

千里中央から服部緑地公園への道すがら、千里山の果樹園のぶどう
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(2021/6/5)
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(2021/6/29)
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一つひとつ丁寧に袋かけされ、
袋の中で日一日とじっくり美味しく熟していくことでしょう。
楽しみでするんるん

「暫時不在如同死人」暫時も在らざれば死人に如同す 
一瞬たりとも、わが主人公たる本心がお留守になるならば、
死人も同じことだ

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白隠の禅画の日めくりカレンダー

『正受老人物語』飯山市教育委員会発行より――
(…)
一日は、千年万年の初めであり、
その初めの一日をよく暮らすようにしていると、
その日は充実したものとなり、
それは一生をよく暮らすことにつながるからだ。
ところが人間というものは、とかく翌日のことを考えて
ああでもないこうでもないと、まだ先のことについて取り越し苦労をして
一日をむだに過ごしてしまい、その日のことを怠りがちになる
明日もあるから今日はこれでいいだろう、という毎日が続いてしまうと、
今日の一日という意識もなくなってしまい、
ついあてもない先のことを頼みとして、
その日の自分自身の緊張感がなくなってしまう。
明日やればいいと言っても、その明日があるかどうかは誰にもわからない。
人の命は、はかないものだからこそ、
今日一日の生活はどうなってもいいということではなく、
今日の一日を精一杯つとめ励むべきなのだ。
どんなにつらいことでも、一日のことだと思えば耐えられるし
楽しみだって一日のことだと思えばそれに溺れることもない
おろか者が好き勝手なことして親不孝をするのも、
人生は長いからそのうち孝行すればいいなどと考え、
つい甘え心をおこしてしまうからだ。
どんなことでも、今日一日が自分の生涯だという気持ちで過ごせば
無意味な時間を過ごすことなく、充実した一日を過ごすことができる
一日一日と思って一生懸命に生きれば、
百年でも千年でも充実して過ごすことができる。
これから先、長い一生のことだと思うから、
荷が重くなってしまって大変なことになる。
一生は長いものだと思うけれども、これから先のことやら明日のことやら、
一年、二年、また百年、千年先のことやら、わかる人はいない。
死ぬまでが一生であると思って長く生きることができるような気持ちに
なっていると、一生という時の長さのついのせられてしまって、
だまされやすくなってしまう。
人生の中で一番大切なことは、今日ただいまの自分の心なのだ。
それをおろそかにしていては、翌日などというものはない
今日をきちっと一生懸命に務めるように心がけなければ、
明日という日も堕落した日になってしまう。
今日一日をしっかりと務め
明日もまたそのような一日がくるようにしなければならない
世の中すべての人に、先のことを考えてみることは、誰にもあることだ。
しかし、今ここにある、この一刻の、この今を、
どう生きるか、どう暮らすか
を考えている人は少ない。

一大事と申すは、
今日ただいまの心なり

それをおろそかにして翌日あることなし
正受老人

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「日々是好日」

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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