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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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相手も生き、自己も生きる「自利利他」 [2021年05月04日(Tue)]
Weak Is the New Strong
あなたが持つマイノリティ性 =
「苦手」や「できないこと」や「障害」や「コンプレックス」は
克服しなければならないものではなく、生かせるものだ。
だれかの弱さは、だれかの強さを引き出す力だから。
すべての「弱さ」は、社会の「伸びしろ」ぴかぴか(新しい)
澤田智洋『マイノリティデザイン』

IMG-9317.jpg
表紙カバーには「点字」表記で「マイノリティデザイン」
MD_B.jpg


松下幸之助『道をひらく』より――
「生かし合う」
人間の生命は尊い。尊いものは誰もが尊重しなければならぬ。
ところが、自分の生命の尊いことはわかっても
他人の生命もまた尊いことは忘れがちである
ともすれば私心に走り私利私欲が先に立つ。
つまり、自分にとらわれるということで、
これも人情としてやむをえないことかもしれない。
しかし、これではほんとうに、
おたがい相互の繁栄は生まれないであろう。
人間本来の姿は生かされないであろう。
やはり、ある場合には自己を没却して、まず相手をたてる
自己を去って相手を生かす
そうした考えにも立ってみなければならない。
そこに相手も生き、自己も生きる力強い繁栄の姿がある
尊い人間の姿がある
自己を捨てることによってまず相手が生きる
その相手が生きて、自己もまたおのずから生きるようになる
これはいわば双方の生かし合いではなかろうか。
そこから繁栄が生まれ、ゆたかな平和と幸福が生まれてくる
おたがいに、ひろく社会の繁栄に寄与するため、
おたがいを生かし合う謙虚なものの考え方を養いたい

新人は誰でも失敗しますが、
障がい者は、その期間がちょっと長めなのです。
それをどうとらえるかが組織の文化。障害を持った人を
招き入れることが、組織全体のパフォーマンスと矛盾しない

それがダイバーシティーです
アイデアも増えるし、多様性があった方がいい

「天台宗・一隅を照らす運動」より――
一人ひとりがそれぞれの持ち場で最善を尽くすことによって、
まず自分自身を照らします
そしてこれが自然に周囲の人々の心を打ち、響いていくことで
他の人々も照らしていきます
そうしてお互いに良い影響を与え合い
やがて社会全体が明るく照らされていきます
「一隅を照らす」ということは、各々の仕事や生活を通じて
世のため人のためになるように努力実行することで
お互いが助け導き合い、あたたかい思いやりの心(仏心)が
自然と拡げられていく
のです。

私たちは、いつも障害の前におかれていたんです。
心身障害とか、精神薄弱とかいわれる人々とわたしたちが、
実は根が一つなんだ、
本当に発達観から見て根っこが一つだという共感の世界を、
理屈の上でもせめて共感の世界というものの根拠があることを、
わたしたちは知りたいと思います。
糸賀一雄の最後の講義「愛と共感の教育」

糸賀一雄の最後の講義「愛と共感の教育」より――
よほど、「この子らを世の光に」という言葉のもつ重い意味を
お話になりたかったのでしょう。
その「を」が「に」と逆になれば、この子どもたちは
憐れみを求める可哀そうな子どもになってしまいます。
しかし、この子らは、みずみずしい生命にあふれ、
むしろまわりの私たちに、そして世の人々に、
自分の生命のみずみずしさを気づかせてくれる
素晴らしい人格そのものである
のだということを、
おっしゃりたかったのだと思います。
この子らこそ「世の光」であり、「世の光」たらしめるべく
私たちは努力せねばならないのだということを、
園長先生は最後に、そして一番訴えられたかったのでしょう。
◆「この子らを世の光に」/滋賀県ひらめき

人の喜びが、自分の喜び
人の悲しみは、自分の悲しみ
――「己を殺す」や「自己を捨てる」は、我慢や自己犠牲の世界ではなく
友愛と共感の世界(お返しや施しを求めず、人のためにつくす)
「己れを忘れて他を利する(忘己利他)は 慈悲の極みなり」最澄

君たちは、いつの時代でもそうであったように、
自己を確立せねばならない
自分に厳しく、相手にはやさしく、という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。
21世紀においては、特にそのことが重要である。
司馬遼太郎『21世紀に生きる君たちへ』

◆誰もが、思いやりといたわりの心で人と接することができる社会を
築いていきたい。
/小泉内閣メールマガジン(第39号)2002/3/21/首相官邸

IMG-9126_yoko.jpg
春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む」佐藤一斎『言志後録』33
(しゅんぷうをもってひとにせっし、しゅうそうをもってみずからつつしむ)

何事でも感謝の心を持つことが大切だということだと思います。
感謝の心を持てば、それはいろいろな形になって自分に返ってきます
その自分に返ってくることを期待して
感謝の心を持つというのではいけません
が、
自分の置かれた立場なり他人からの恩恵なりに素直に感謝できる人、
言いかえれば喜びを知る人というのは、非常にしあわせな人だと思います。
これは、商売に限らず、私たちの人生すべての面にもあてはまる
人間としての大事な基本と言えるのではないでしょうか。
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』

感謝の心を持てば、自分に「利他〜ん」ぴかぴか(新しい)
mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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