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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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心の庭を整えて耕す [2021年01月30日(Sat)]
松下幸之助『人生心得帖』より――
「年齢と持ち味」
60歳を過ぎるころから私も、
どことはなしに疲れやすくなって、
体力の衰えというものを感じることが多くなりました。
それ以来、自分ではまだまだ元気なつもりでいても、
やはり年には勝てんな、と思いつつ、
折々に考えてきたことがあります。
それは、人間というものは、
年とともにどう変わっていくのだろうかということです。
まず、体力はどうか、といえば、(…)
それでは知力の方はどうか。(…)
(…)
このように、豊かな経験、旺盛な知力、体力というように、
それぞれが発揮する持ち味は年齢によって違いますが、
老いも若きも、その年齢による違いを尊重し合い、
それぞれを生かし合っていく。そういうところから、
より力強い社会の働きというものも
生み出されてくるのではないかと思うのです。
  IMG-9058.jpg

年齢について、法律は「出生ノ日ヨリ之ヲ起算ス」と定め、
たとえ夜に生まれても、その日から0歳になるので、
1年後の誕生日の前日の24時0分0秒に1歳になります。
そのため、4月1日生まれの人は進学で早生まれ扱いになり、
所得税の扶養家族に係る12月末現在の年齢の要件も
1月1日の誕生日で判定です。
誕生日の前日の24時に年齢が上がるなら、
年越しの鐘を撞いてカウントダウンで祝うのも乙なものかもです。…

ジェームズ・アレン『原因と結果の法則』より――
「第2章 環境に対する思考の影響」
人間のマインドは美しく耕され整備された庭、あるいは、
野放しにされた荒れ放題の庭にたとえることができます。
良く耕された庭であろうと、野放しにされた庭であろうと、
そこには確実に何かが芽生えてきます。
もし、そこに役に立つ種が蒔かれなければ、
役に立たない雑草の種が増殖し、
雑草が生い茂ってしまうことでしょう。
庭師はその地所を耕して雑草を取り除いて、
必要とする花や果実を育てます
。それと同じように、
私たち人間は自分のマインドという庭から、
謝った考え、役に立たない考え、不純な考えをすべて
取り除く必要があります。
こうしてマインドを耕すことによって、
役に立つ正しくて純粋な思考という美しい花や
すばらしい果実を、完璧に育てなければなりません。
こようなことを追求して行くうちに、私たちは遅かれ早かれ、
自分が自分の魂の庭の主任庭師であり、自分が自分の人生に
全責任を負ている監督であることを発見する
のです。
(…)

何はともあれ、前期高齢者までラストワンイヤー、
たとえ体力や知力は年齢とともに衰えても、
魂は限りなき成長を目指したいもの。
 s-img454.jpg
自分の心の庭を整えて耕すため。
まずは、自分の机の上や身の回りから
積み上げられた本や書類など片付けました。
おかげで部屋は明るく広くなり、景色が変わってスッキリ。
何ごとも「脚下照顧」です。

禅寺の玄関にはよく「照顧脚下」と板に書いて張ってあります。
あれは脚下を気をつけよということであります。
禅僧は玄関からあがるときには後むきにあがって、
自分の履物を人に直してもらわなくてもよいように、
またどんな暗闇でもちゃんと履けるようにしてあがります。
このように玄関の履物が整然として乱れぬことを、
照顧脚下と申すのであります。
盗人でも玄関の履物がよくそろえてある家には入らぬと申しますが、
玄関の履物が調えられておることは
その家人の心が調えられておることであり、
履物の乱れておることはその家人の心が乱れておる証拠であります。
そこで心が調えられればおのずから脚下が調えられ、
脚下を調えてゆくことがやがて心を調えることになる
のです。
山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って、
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります

その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておるのであります。
山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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