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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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★経営のための会計★
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「道しるべ」でお好きなカテゴリーをお選びいただき、お時間の許す限りごゆっくりおくつろぎください。
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官僚主義を排除してシンプルにする [2021年01月12日(Tue)]
年始恒例の私の漢字一文字、ことしは「伴」です。
2021_伴.jpg

先生、律法の中で、どの戒めが最も重要でしょうか。
イエスは言われた。
心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、
あなたの神である主を愛しなさい

これが最も重要な第一の戒めである。第二もこれと同じように重要である。
隣人を自分のように愛しなさい
この二つの戒めに、律法全体と預言者とが、かかっているのだ。
共同訳新約聖書「マタイによる福音書」7・36〜40

「共存共栄」ということは、
相手の立場、相手の利益を十分考えて経営をしていくということである。
まず相手の利益を考える、というといささかむずかしいかもしれないが、
少なくとも、こちらの利益とともに
相手の利益をも同じように考える
ことである。
それが相手のためであると同時に、大きくは自分のためにもなって
結局、双方の利益になるわけである。
「共存共栄に徹すること」/松下幸之助『実践経営哲学』

自利利他円満(じりりたえんまん)

先義後利(先義而後利者栄)
義を先にして利を後にする者は栄える


まずは奉仕せよ、サービスをせよ、
身心をこめての投資をまずはかれ

お互いに与え合ってゆくなかに、共存共栄が生まれ
人としての成功も生まれてくる
「まず奉仕せよ」/松下幸之助『続・道をひらく』

『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』より――
顧客がつくる予算編成(CGB)は、この業界ではとても新しい概念です。
従来のヒエラルキー型の予算編成プロセスの官僚主義を排除して、
市場ベースのダイナミクス(MBD)を機能させるための手法です。
各部署(あるいはチーム、サークル)が上層部から年間予算をもらい、
組織図の上方にいる人が1年単位で予算を管理するというトップダウン型の
システムでなく、各サークルが自分たちの予算を管理
します。
私たちは、これらの予算を透明化して
アクセスしやすい、まったく新しいシステムを作りました
自己組織化を推進する動きの大半は、
不要な官僚主義を排除するという、一つの目的に集約されます。
(…)
目的は、物事を複雑にすることではありません。単純にすることです。
私たちは常に、不要な官僚主義を排除しようとしています。
うれしいことに、何かを変えてそれが機能しなかった場合、私たちは
元に戻すことも、さらに変えることも畏れません。
自分たちの間違いを正すために必要なことは何でもします。
そこに傲慢さはありません
。メンツを保つために、
あるいは誰かがそう言ったからというだけで、悪い計画に固執することも
ありません。試行錯誤。実験。そして前に進み続けます
(…)
彼ら(アマゾン)も大規模なヒエラルキー型システムの例外ではなく、
リソース(経営資源)配分についてダイナミックな意思決定を
下す能力が低下しています。
つまり、予算編成など、ヒエラルキー型の意思決定プロセスが、
組織の規模に追い付いていないのです。歴史的に見て、
ザッポスを含む大企業の予算編成プロセスは、基本的に年1回です。
毎年、年度末が近づくと、翌年の予算編成を行います。
しかし現実社会では、特に今日の世界では、
物事はそのようなプロセスよりはるかに速く変化
します。その変化に、
大規模な組織がリアルタイムに対応することは簡単ではありません。
しかし、顧客がつくる予算編成(CGB)のプロセスなら
はるかに速い対応が可能です。(…)
考え方はシンプルです。チームの人数が少なければ、
一つひとつの意思決定が迅速になります。
ただし、これを実践することは大きな挑戦です
私たちもまさに始めたばかりですが、わくわくしています。
-----------------
<ザッポスのコアバリュー>
1.サービスを通して「ワオ!」という驚きの体験を届ける
2.変化を受け入れ,変化を推進する
3.楽しさとちょっと変なものを創造する
4.冒険好きで、創造的で、オープン・マインドであれ
5.成長と学びを追求する
6.コミュニケーションにより,オープンで誠実な人間関係を築く
7.ポジティブなチームとファミリー精神を築く
8.より少ないものからより多くの成果を
9.情熱と強い意志を持て
10.謙虚であれ

求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。 
叩きなさい。そうすれば、開かれる。 
誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる。
あなたがたの誰が、
パンを欲しがる自分の子どもに、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、
自分の子どもには良い物を与えることを知っている。まして、
天におられるあなたがたの父は、求める者に良い物をくださる。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、
あなたがたも人にしなさい
。これこそ律法と預言者である。
共同訳新約聖書「マタイによる福音書」7・7〜12

立石義雄『未来から選ばれる企業』――
組織が大きくなるにつれ、
会議や決裁の数も増え、管理職は官僚化する。
その結果、市場や顧客への対応が遅れたり、
技術や商品の開発スピードが鈍ったりします。それが大企業病です。
誰も大きな間違いを犯していないし、真面目に
仕事に取り組んでいるつもりになって自己満足に陥ってしまっています

生活習慣病のように痛みを感じなくなってしまっているのです。
気が付くと、市場や顧客から見放されてシェアが下がり、
それに対する対応力も欠けるといった状態に陥っています。
大きくなり過ぎたマンモスが環境に適応できず、
滅んでいったのに似ています。
(…)
創業者は「大企業病を治すには、中小企業に戻せばよい」と考え、
それまでの事業部制をさらに細分化した「小事業部制」を
導入したことがありました。
しかし、これは長続きしませんでした。いくら形を作り直しても、
その中で働く社員の意識が変わらないと、何も変わらない
からです。
小事業部制の下でも、社員や管理職の「もたれあいの風土」は、
残念なことにあまり改善されませんでした。
みんな「上からの指示を待っている」という状態でした。
(…)
自分が決められるのに失敗に対して責任を持ちたくない、
変化を恐れて新たな挑戦を避けたいから、
上司の決定に委ねて指示を待つようになってしまう
わけです。
現場にもっとも近い管理職は課長です。
課長が決められることは、たくさんあります。現場に近い課長が、
クイックアクションで素早い判断や指示ができれば、
それだけで市場に対してクイックレスポンスがとれます。
社内手続きに手間取って、市場やニーズの変化についていけない
というようなことは大幅に減るはず
です。
課長が自ら判断できるものは素早く判断する。
上の指示が必要なものは現場と経営と双方のコミュニケーションを
円滑に図ることで解決を早める。これが、
大企業克服の第一歩であると、私は確信しました。
しかし、課長の姿勢を変えることは、容易ではありません。
どんなに制度を変えても、課長本人の意識が変わらなければ、
実態は伴わない
からです。
(…)
目指す方向は「自律」です。私は大企業病克服の基本として、
最終的に三つの自律を求めることに至りました。
一つ目は経営と執行を分ける「経営の自律」、
二つ目は事業ごとに分権化を進める「事業の自律」、
そして三つめは会社と目標を共有しながらも
自己責任で自己実現を図る「個人の自律」です。
なかでも「個人の自律」がすべての基礎となると考えました。
そして私は、まず課長に「自律」を求めることにしたのです。
もちろん「個人の自律」は課長に限りません。
一般の社員も、他の管理職も、そして役員たちも「自律」は必要です。

課長、部長、社長も、包丁、盲腸、脱腸と同じだ。
要するに符丁なんだ。
命令系統をハッキリさせるために符丁があるんで、
人間の価値とはまったく関係ない。
人間の偉さというのは、いかに世の中に奉仕したかということだ
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

中央集権的でいくつもの階層がある企業
官僚的で内向きで、コストが高く反応時間が遅い組織にはもう意味がない
こんな会社はもはや有益な模範を提供しない。
それは、国際化の度合いが低く、
売り手寡占市場で、変化の速度が遅かった時代に花開いた組織だ。
これから先の数十年、
ますます経済競争が激しくなる時代に勝利する企業は、
1920年代から60年代にかけての松下電器にますます似てくるかもしれない

ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長――人間・松下幸之助の研究』
s-img454.jpg

「部門経営」とは、
この現場各部門を管理の場ではなく、
経営の場として構築
しようというものである。
管理者である課長も経営者に変革・変身してもらわなければならない。
そうすることによって経営の活性化と働き甲斐のある職場を実現し、
自主責任経営の理念の実践の場たらしめようというのが私の主張である。
小川守正『実践経営学―松下幸之助に学んだ自主責任経営とは』

お互いがそれぞれの立場で
自分の責任(社会的責任)を強く自覚し、
真の自主独立の精神に立った上で他とも協力し行動する

それがその人の生きがいにも通じ、世の中を豊かにする基本。
「一人ひとりが責任者」/松下幸之助『人生談義』


人生においてはカメのような、歩一歩のあゆみが大切だと思う。
速度を多少速めるのはよいが、
二歩三歩いっぺんに飛ぼうとすれば往々にして失敗することにもなろう。
「歩一歩の歩み」/松下幸之助『思うまま』
P1010032.JPG
旧豊郷小学校足跡

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

この続きはまた明日四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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