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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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五代五兵衛さんのお墓にお参り [2018年07月23日(Mon)]
週末の土曜日(7/21)、高野山で大人の林間学校。
楽しい仲間と一緒に走った後、お風呂に入って汗を流し、
積もる話を肴にビールやカクテルを飲み、精進ランチを美味しくいただき、
歌って、笑って、気分は晴れ晴れ、楽しい一日を過ごしました。

お開きのあと、一緒に参加した小山さんと二人で再び奥の院に出かけて、
大阪盲唖学校創設者の五代五兵衛さんのお墓にお参り。
20180721_1.jpg

20180721_2.jpg

五代五兵衛さんは盲人の身でありながら商いで財産を築き、
その私財を投じて、明治33(1900)年に大阪盲唖院を開設。
そして、1907年、自らが創設した学校を大阪市に無償で譲渡されました。
現在の大阪府立大阪北視覚支援学校(旧大阪市立盲学校)と
大阪府立中央聴覚支援学校(旧大阪市立聾唖学校)の源流です。

20180721_3.jpg

左手奥に5代目の五代五兵衛さんのお墓があります。
大阪市立盲学校長、宮島茂次郎さんの碑文
20180721_4.jpg

お墓の中央には大阪市立盲学校長、宮島茂次郎さんが詠まれたうたの石碑
20180721_5.jpg

20180721_6.jpg

そして、5代目 五代五兵衛さんのお墓の手前には、
五兵衛さんの弟で、松下幸之助さんが丁稚奉公された五代自転車商会のご主人である
五代音吉さん(6代目 五代五兵衛)のお墓があります。
合掌

この五代さんの兄弟はみな立派な人で、
特に長兄の五兵衛さんは17歳で盲目になりながら弟妹を養い
土地、家屋の周旋までして
ついに大阪で初めての盲唖学校を私力で創立した人だ
とにかく盲目の身で、一度家へ入るとその値打ちや古さが分かり、
周旋屋で大変な信用を得たというのだから大したものだ。
◆小僧時代/松下幸之助『夢を育てる』
/私の履歴書/日経biz


松下幸之助『縁、この不思議なるもの』の
第二話「盲目の口入・五代五兵衛さん」より――
(※)第一話は松下さんが丁稚奉公されたお店のご主人の五代音吉さんで、
第二話は音吉さんのお兄さんの五代五兵衛さん。

  (…)というようなことから始まって、
ご自分の苦心談などをそれとなく話してくれました。
それをぼくは、子ども心に尊敬の念を覚えつつ聞いていたわけですが、
そのころはただ何気なく聞いていた話でも、あとになってみて
「ほんとうにその通りだな」と感じたことが実に数多くありました


そのなかでも、とくに強く感じたことの一つは、やはり何をするのでも、
結局は誠実な熱意がものをいう
ということです。

お互いの仕事でも何でも、
それに臨む心がまえとして大事なことはいろいろありましょうが、
いちばん肝心なのは、やはり誠意あふれる熱意だと思います。
知識も大事、才能も大事であるには違いありませんが、
それらは、なければどうしても仕事ができないというものではありません。
たとえ知識が乏しく才能が十分でなくても、
なんとかしてこの仕事をやり遂げよう、なんとしてでもこの仕事をやり遂げたい、
そういう誠実な熱意にあふれていたならば、
そこから必ずいい仕事が生まれてきます。
その人自身の手によって直接できなくても、
その人の誠実な熱意が目に見えない力となって、
自然に周囲の人を引きつけます。
目に見えない磁石の力が、自然に鉄を引きつけるように、
誠実な熱意は、思わぬ加勢を引き寄せ、
事が成就するということが多いと思うのです。 

これはお互いが人生を生き抜くうえにもあてはまることで、
これを文字通り身をもって実践されたのが、五代五兵衛さんだった。
そうぼくは思うのです。

五兵衛さんが活躍された時代は、今から80年以上も前の明治2,30年代、
自の見えない方が生きていく環境としては、
今日よりはるかにむずかしいものがあったと思います。
そうしたなかで五兵衛さんは、
多くの弟妹を養い、ふつうの人でもむずかしい口入の仕事を成功させ、
さらには当時としてはきわめて少なかった私立の盲啞院を
設立するということまでしておられる。
そのために五兵衛さんが払われた熱意なり努力というものは
ほんとうは話を聞いただけでわかるというようなものではなく
ご自身の全身全霊を込めた命がけのものであったのではないでしょうか
そうした誠実な熱意が、周囲の人びとに通じて、
むずかしい環境のなかでも道がひらけたのだと思います。

ぼく自身も、これまでの人生において、
さまざまな困難にいくたびも直面してきましたが、
その都度、ぼくの意識のなかには、
「五兵衛さんにくらべれば、まだずっと恵まれている。もっと努力しなければ・・・」
といったことがあって、
それがぼくを支える大きな力になっていたような気がします。

誠実な熱意というものは
時代を超えていつもきわめて大切なもので
お互いにそれを持ち続けているかぎり
人生を生き抜く道は、いわば無限にあると言ってもいいように思うのです。

いかに才能があっても、知識があっても、
熱意の乏しい人は画ける餅に等しい。

「松下幸之助 一日一話」1月7日


この続きはまた明日四つ葉
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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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