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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

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「慎独」独りを慎む [2014年05月23日(Fri)]
以下、森信三著『修身教授録』よりメモ

気品」というものは、ある意味からは、人間の値打ちの全てを言い表すと言ってもよいでしょう。人間の人格的価値を言い表す上において、この気品という言葉ほど適当なものは、ちょっと外にはないでしょう。

実際、気品というものは、その人から発する、いわば内面的な香りとも言うべきもので、ここぞと、形の上にいって捉えることのできないものです。

花などでも、なるほど見た目の美しさということも大切でしょうが、しかし真の床しさということになりますと、どうしても色や形よりも香りということになりましょう。

同様に、人間の人格的な価値というようなものも、その人が、かようかようなことをしたとか、言ったとかいうよりも、そうした見えるものを越えて香る気品の床しさにこそ、その根本はあると言えましょう。

われわれが気品のある人間になるためには、何よりも根本のこころの曇りを拭うようにしなければならぬと申したわけですが、しかしさらに大切なことは「慎独」すなわち、人間がただ一人いる場合にも、深く己を慎むということです。

他人と相対する場合、わが内心の曇りをはらって、常にそのこころの清らかさを保つということも、もとより大切ですが、しかし気品を高める上から申せば、独りを慎むということの方が、ある意味では大切だとも言えましょう。

真に独りを慎むということは、結局はを相手にしなくてはできない
――「お天道様が見ている」ということか

そこで諸君らも今日から、どうしたら気品を高めることができるかということを、常に心の根本に置いていただきたいと思うのです。それには只今も申すように、まず慎独ということを、その中心にされるとよいでしょう。
第2部・第8講「気品」/『修身教授録』本

君子必慎其獨也。小人闍鐘ィ不善、無所不至。
/『大学』伝六章
(君子は必ずその独りを慎むなり、
小人 閑居して不善をなす、至らざる所なし)


「人を相手にせず、天を相手にせよ」(西郷南洲遺訓)


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