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宮 直史ブログ−“信はたていと、愛はよこ糸”

岡崎嘉平太記念館(岡山・吉備高原)で出会ったメッセージに深い感銘を受けました。
『信はたていと、愛はよこ糸、織り成せ 人の世を美しく』(岡崎嘉平太氏)
・・・私も、皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して、このブログを立ち上げました。よろしくお願いします。


こんにちは!宮です

宮 直史さんの画像
★経営のための会計★
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■ご挨拶(ブログ開設にあたって)

岡崎嘉平太さんをご存知でしょうか?

私もそんなに詳しく存じ上げているわけではありませんが、 全日空の第2代社長をはじめ多くの会社の社長をされた方です。また、日中の国交回復に多大な貢献をされるなど、その功績は高く評価されています。1972年に日中の国交が回復した際には、中国の周恩来総理から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と岡崎さんも特別招待を受けられました。

岡崎さんのご出身は岡山県賀陽町(現・吉備中央町)。先日、吉備中央町へ出張した時に泊まったホテルに隣接して『岡崎嘉平太記念館』がありました。しかし、出張した火曜日は休館日。 翌日も岡山に戻るバスの便は少なく、8:50発の次は15:29までありません。記念館の見学は諦めていたのですが、係りの方が開館の準備のために出勤されたのでちょっと覗かせていただきました。

記念館に入って最初に目に付いたのが、“信はたていと、愛はよこ糸”と書かれた色紙。まもなくバスが来たので、自分へのお土産として色紙の複製を買い求めました。何となく心惹かれるものがあったのですが、その時はこの言葉に込められたメッセージをそんなに深く考えていませんでした。確かに「信」と「愛」は人の世に大切ですが、なぜ「信」がたて糸で、「愛」がよこ糸なのか・・・

自宅に戻り、記念館のHPを拝見すると、昭和45年(大阪で万博が開かれた年です)に岡崎さんが書かれた文章の中に、岡崎さんが信条とするこの言葉に込められた思いを見つけました。『岡崎嘉平太記念館だより(第1号)2004.7』の1ページ。
その最後の部分をご紹介します。

そこで私は、信というのはどうしても貫かねばならないのでたて糸、愛情というのはその時どきでいろいろな愛があるからよこ糸にして模様を出そうというわけです。
しかも、たて糸とよこ糸は、そのどちらが欠けても布は織りあがりません。信は徹底しなければいけない、愛は燃え上がらなければいけない、というのが私の考えです。

岡崎さんが信条とされたこの言葉に込められたメッセージに、私はとても深い感銘を受けました。たて糸の「信」は信用や信頼よりも“信念”のイメージで解することにしました。そして、「愛」がなぜよこ糸なのか、また、たて糸だけでもよこ糸だけでも美しい布は織りあがらないこともよくわかりました。

ブログを戦略的に活用するにはブログのタイトルは極めて重要で、一目で何のブログかわかり、キーワードも具体的で誰もが検索ワードに選びそうなものが良いとのこと。確かに一理あります。一方で、私は、「何をするか」よりも、「何のためにするか」を大切にしたいと考えます。また、「言葉の力」を強く意識したいと考えます。そこで、この度ブログを開設するにあたり、岡崎さんが信条とされていた“信はたていと、愛はよこ糸”をブログのタイトルに使わせていただくことにしました。

遅ればせながら(自分としては「時が来た」と思っているのですが)ブログデビューです。不慣れなために要領を得ず、また不勉強のために誤った理解や言葉足らずな点も多々あると思われます。これら完成度の低さは、見直しの頻度でカバーしていきますので、お気づきの点があればご指摘ください。よろしくお願いします。
皆様方とともに世の中を美しく織りあげていくことを目指して…位置情報
2009年3月吉日
 
あれから35年、これから35年 [2021年07月24日(Sat)]
昨日(7/23)は父の命日、
朝から能勢の山中にあるお墓にお参りしてお掃除。
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父の墓も含めて20基以上。
以前は、この墓地内の各所にあって、
中には斜面に倒れていたものもありましたが、
父の墓を建てるにあたり、お寺さんに相談してまとめることにし、
建てられた年代の古い順に並べて整理しました。

あれから35年、もし今なら当時と違う判断をするかも。
その時はベストの判断をしたつもりでも、先のことは誰にも分からないし、
人生経験を重ね、状況も変われば、その判断も変わるものです。

これから35年後には99歳か。
100歳ランナーを目指すぞ!と言ったところで、
そんな先のこと分からず、勝手にどうぞって話ですわ(笑)
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今を真剣に生きずして明日はないひらめき
たっぷり汗をかいて、お墓もきれいになり、気分もスッキリです。

「今日の結果がないと明日はない」
イチロー(4000安打達成の記者会見)

明日がある
あさってがあると
思っている間は
なんにも ありはしない。
かんじんの「今」さえないんだから。
(東井義雄)

いつかはゴールに達するというような歩き方ではだめだ
一歩一歩がゴールであり、
一歩が一歩としての価値をもたなくてはならない
(坂村真民さんが好きなゲーテの言葉)

山の中のお墓で、水もなく、監理する人もいないので、
何かと大変で楽ではありませんが、
お参りしてお掃除すれば心が洗われるし、気分もスッキリ。
ありがたいことと思えるようになりました。

感謝の気持ちが原動力になり、私にエネルギーを与えてくれます。
当たり前と思って有り難みに気づかなければ成長しないで停滞するし、
他人に対する不平や不満、愚痴、怒り、侮蔑などは
自分にマイナスにしか働かない。
―― もっと早く気づけば良かったのですが、今からでも遅くないか

松下幸之助『道をひらく』より――
「恵まれている」
人間というものはまことに勝手なもので、
他人をうらやみ、そねむことがあっても、
自分がどんなに恵まれた境遇にあるかということには
案外、気のつかないことが多い。
だからちょっとしたことにも、
すぐに不平が出るし不満を持つのだが、
不平や不満の心から、よい知恵も才覚もわきそうなはずがない
そんなことから、せっかく恵まれた自分の境遇も、
これを自覚しないままに、
いつのまにか自分の手でこわしてしまいがちである。

恵みにたいして感謝をし、その感謝の心で生き生きと働いたならば
次々とよい知恵も生まれて
自他ともにどんなにしあわせな暮らしができることか
思えば愚かなことである。

だが恵みを知ることは、そう容易なことではない。
古来の聖賢が、恵みを知れ、と幾万言を費やしてきても、
実感としてこれを受け取る人はどれだけあるのだろう
頭で理解はしていても、心に直接ひびかないのである
そこに人間の弱さがある
おたがいに修業をしよう
自分は恵まれているということを、直接、自分の心にひびかすために、
日常の立居振舞に、今一度反省を加えてみよう

Our democracy is threatened whenever we take it for granted.
私たちの民主主義は、
そのありがたみを忘れて当然のものとすると
必ず、脅威にさらされる
のです。
オバマ大統領の退任演説(2017/1/10)

足るを知る「吾唯足知」/龍安寺
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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
これが最後かもしれない [2021年07月23日(Fri)]
自宅マンションのベランダから朝焼け(7/17 4時44分)
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この日(7/17)、大阪管区気象台は、午前11時に
「近畿地方が梅雨明けしたとみられる」と発表。
その後、連日、厳しい暑さが続きます。ご自愛ください。

昨日の日の出も見事でした(7/22 5時15分)
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10月10日に開催される「水都大阪ウルトラマラニック」について、
伴走練習会のブラインドランナーさんのエントリーを
お手伝いさせてさせていただいています。

早速にエントリーのご連絡をいただいた方がおられる一方で、
何人かの方からお問い合わせをいただきましたが、
お問い合わせいただいた皆さんに共通する点がありました。
・私(64歳)より高齢
・コロナの環境下で思うように伴走練習ができない
・走り込めてないので完走する自信はない
・けど、挑みたい

その中のお一人は、お住まいが遠方のため、
朝6時のスタートに合わせて前泊して挑むことを決意され、
まだ伴走者が決まっていないのでこれから探されるとのこと。
そして早速、伴走練習会のメーリングリストに投稿され、
大会でのガイドを募集されました。

メールでの問い合わせに私が返事したら、
その回答を読まれて決断し、そして直ちに行動。
見事なクイック・レスポンス、クイック・アクションでしたが、
それと共に感心したのが
「完走は無理かと思うけど、たどり着くまで走りたい。
 挑戦もこれが最後かもしれないから」。

これが最後かもしれない」のメッセージにガツンと一撃くらわされました。

「一日一生」や「一日暮らし」や「一期一会」など、
分かったような口を叩いていますが、
実のところは、明日があるさ、明日できることは今日するなと先送り。
そして進歩ないくせに、アンダーコントロールと虚勢を張って居直る。
甘い、生き方が根本的に甘い。

もしその方にガイドが見つからなかったら、
私でよければとガイドに手を上げる心づもりでしたが、
「ガイドの手を上げてくださった方がおられたので参加します」と
喜びのメールが届きました。

これが最後かもしれない」、まさに「一期一会」であり、
ジョブズの「伝説のスピーチ」にも登場したあの話です。
My third story is about death.
When I was 17, I read a quote that went something like:
"If you live each day as if it was your last,
someday you'll most certainly be right
."
It made an impression on me, and since then, for the past 33 years,
I have looked in the mirror every morning and asked myself:
"If today were the last day of my life,
would I want to do what I am about to do today?
"
And whenever the answer has been "No" for too many days in a row,
I know I need to change something.

3つ目の話は死についてです。
私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば
その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。
それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、
私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。
もし今日が最後の日だとしても
今からやろうとしていたことをするだろうか」と。
「違う」という答えが何日も続くようなら、
ちょっと生き方を見直せということです。
Steve Jobs ”Stay Hungry. Stay Foolish” June 12, 2005

毎日死を心に当てることは、
毎日生を心に当てることと、いわば同じことだ
ということを「葉隠」は主張している。
われわれはきょう死ぬと思って仕事をするとき
その仕事が急にいきいきとした光を放ち出すのを認めざるをえない。
現代に生きる「葉隠」/三島由紀夫『葉隠入門』

日の出を見るのは、これが最後かもしれない。
毎日のおはようジョグも、これが最後かもしれない。
ご飯を食べられるのも、仕事ができるのも、これが最後かも、、、

万物流転で常に変化しているから、
想定外の予期せぬことが起きるのは当たり前のこと。
アンダーコントロールなんて神をも恐れぬおこがましい話で、
自分の力でコントロールできないことがある中で、
「これが最後かもしれない」と自分がなすべきことに集注して力を注ぐ。

73歳のブラインドランナーさんから届いたメールに、
「悔いのない人生」の送り方を教えられました。

今日(7/23)は父の命日、亡くなって35年になります。
まだサラリーマンの現役でしたが、心筋梗塞で他界しました。
当時20代だった私も、
父が死んだ年齢が近づく頃には色々と感じることもありましたが、
その後に出会ったランのおかげで健康な日々を暮らせています。
しかし、世の中は「無常」で、
いつ何が起きるか誰にも分からず「これが最後かもしれない」。
問われるのは「だからどうする」。そして日々の行動。

人生は一度しかない。だからこそ何かを成し遂げたいと思う。
そしてこの世で何かを成し遂げるためには、
世界が無常であることをいつも心に刻んでおかなければならない。
自分を叱咤するためにも、未来に適応するためにも。
三木谷浩史著『成功のコンセプト』

死を恐れるよりも、死の準備のないことを恐れたほうがいい
人はいつも死に直面している。それだけに生は尊い
そしてそれだけに、
与えられている生命を最大に生かさなければならないのである。
それを考えるのがすなわち死の準備である。
そしてそれが生の準備となるのである。
おたがいに、生あるものに与えられたこのきびしい宿命を直視し、
これに対処する道を厳粛に、しかも楽しみつつ考えたいものである。
「生と死」/松下幸之助『道をひらく』

母からLineで届いた羽化したアブラゼミの写真(7/14)
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日曜日(7/18)、ミニトマトは次々と赤く色づいていますが、
セミが羽化したミニトマトはまだ青いままです。
そして、その手前の枝には別の抜け殻あり。
地面を見ても幼虫が出てきた穴らしきものは見当たらず、
いったいどこから出てきたのか、また、なぜミニトマトなのか、
不思議です。
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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
その厨房には穏やかな時間が流れていた [2021年07月14日(Wed)]
「その厨房には穏やかな時間が流れていた」
―― 昨夜(7/13)のNHKプロフェッショナル、心に沁みました。

一昨日(7/12)の逆転人生も、生き方として素晴らしいし、
見事な逆転劇に感銘しましたが、S社が余計でした。
世の中はきれいごとばかりじゃないことも承知しているし、
物語として悪代官や大企業の横暴にひるむことなく
「正義は勝つ」勧善懲悪のストーリーがいいし、
けど、実のところ、奢るもの久からずは世の常だから、
S社の件は人の振り見て我が振り直せと自分事として考える。
そんなこんなで、一昨日の逆転人生は
見終えてスッキリというより、学びが多い番組でした。

それに対して、昨夜のプロフェッショナルは心に沁みました。
その厨房には穏やかな時間が流れていた
厨房の壁に掛けられた時計が壊れて
長針と短針がぐるぐる回っている中で、そんなことにお構いなく

光を感じながら一つひとつ心を込めて丁寧に菓子を作り上げていく姿に
心が打たれました。そして接客においても、オフタイムでも、
心の通い合う時間をとても大切にされているのが伝わってきました。

物が動いて、お金が動いて、それで一応、商売は成り立つ。
しかしもう一つ、根本的に大事なことは
物やお金とともに、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということである。
単に物を作り、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことに索漠としたものになってしまう

物と合わせて心を作り、物とともに心を売り
そしてお金とともに心をいただく
つまり物やお金が通い合うだけでなく、
お互いの心が通い合うことがきわめて大切

そこに商売の真の喜びや味わいと言うものがある
松下幸之助『商いの心』

ミヒャエル・エンデ『モモ』より――
6章「インチキで人をまるめこむ計算」
とてもとてもふしぎな、
それでいてきわめて日常的なひとつの秘密があります。
すべての人間はそれにかかわりあい、それをよく知っていますが、
そのことを考えてみる人はほとんどいません。
たいていの人はその分けまえをもらうだけもらって
それをいっこうにふしぎとも思わないのです。
この秘密とは ―― それは時間です。
時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、
はかってみたところであまり意味はありません。
というのは、だれでも知っているとおり、
その時間にどんなことがあったかによって、
わずか1時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、
ほんの一瞬と思えることもあるからです。
なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。
そして人のいのちは心を住みかとしているからです。
(…)
けれど時間とは、生きるということ、そのものなのです。
そして人のいのちは心を住みかとしているのです。
人間が時間を節約すればするほど、生活はやせほそっていくのです。

ぼく、まっ赤な顔のおじさんがいる星に、行ったことがある。
おじさんは、一度も花の香りをかいだことがなかった。
星を見たこともなかった。誰も愛したことがなかった。
たし算以外は、なにもしたことがなかった
一日じゅう、きみみたいにくり返してた。
「大事なことで忙しい! 私は有能な人間だから!」
そうしてふんぞり返ってた。
でもそんなのは人間じゃない。キノコだ!
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

きみのバラをかけがえのないものにしたのは
きみが、バラのために費やした時間だったんだ
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

スピードが大事なんじゃない
すぐ役立つことは、すぐに役立たなくなります
自分で見つけたことは君たちの一生の財産になります
そのことはいつかわかりますから――
伊藤氏貴『奇跡の教室』

今朝、羽化したアブラゼミの写真が母からLineで届きました。
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庭先のミニトマトの青い実にセミの抜け殻と羽化したアブラゼミを見つけ、
私が見つけたらきっとスマホで撮るだろうと思って、
自分もらくらくスマホで撮ってわざわざ送ってくれました。
スマホで写真を撮ったことはあってもLINEで送ってきたのは初めてかも。
色々と試行錯誤して苦労したようですが、
91歳3ヶ月にして見事なチャレンジに脱帽です。

セミは朝のうちに飛び立ったようですが、
土の中で7年も暮らしてようやく地上に出たらミニトマトとは
難儀な話やと思うのですが、枝や葉っぱでなく、
よりによってまん丸でツルツルの実で脱皮して羽化とはビックリです。

「その仕事には穏やかな時間が流れていた」
「その走りには穏やかな時間が流れていた」
「そのアブラゼミには穏やかな時間が流れていた」
「そのミニトマトには穏やかな時間が流れていた」

私は知った。
一生の間、喜び、幸せを造り出す以外に
人の子らに幸せはない

また、すべての人は食べ、飲み
あらゆる労苦の内に幸せを見いだす

これこそが神の賜物である。
コヘレトの言葉 3:12〜13(聖書協会共同訳)

天の下では、すべてに時機があり
すべての出来事に時がある

生まれるに時があり、死ぬに時がある。
植えるに時があり、抜くに時がある。
殺すに時があり、癒やすに時がある。
壊すに時があり、建てるに時がある。
泣くに時があり、笑うに時がある。
嘆くに時があり、踊るに時がある。
石を投げるに時があり、石を集めるに時がある。
抱くに時があり、ほどくに時がある。
求めるに時があり、失うに時がある。
保つに時があり、放つに時がある。
裂くに時があり、縫うに時がある。
黙すに時があり、語るに時がある。
愛するに時があり、憎むに時がある。
戦いの時があり、平和の時がある。
コヘレトの言葉 3:1〜8(聖書協会共同訳)

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』


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「日々是好日」

mampo.jpg
愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
今こそ永遠 [2021年07月12日(Mon)]
今年1月末で営業をやめて破産手続きを申し立てた出版社「サンガ」

ジョブズ愛読の『禅マインド ビギナーズ・マインド』や
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心の知能指数を説いた『EQ2.0』とか、
為末大さんの『禅とハードル』や
PHPで文庫化される前の単行本の『孫の二乗の法則』など
有用な良書の出版も多く、
破産手続きの申し立てはとても残念でしたが、
サンガ復活」を決断された元社員が、
5月26日の満月(しかも皆既月食でスーパームーン)の日に
クラウドファンディングをスタートされました。

目標金額の300万円に対して、
開始初日に500万円を越えて目標を達成し、
2日目に700万円を越え、開始1週間で950万円を超え、
昨日(7/11)が募集期間の最終日でしたが、
最終的に848人から16,876,202円の資金が集まりました。
目標に対して562%というから見事です。
あらためて「社会にとって正しいことをする」意義を学ばせてもらいました。

新会社の設立も7月21日に決まり、
(1年前のこの日に創業者が突然の病に倒れて逝去)
新社設立記念のオンラインセミナーの開催も決定(全7回)。
為末大さんも10月26日に登場して
スリランカ仏教のスマナサーラ長老と対談されます。

多くの浄財が集まり、
色々な支援も得られて前途洋々と言いたいところですが、
先日の日経新聞の記事にも記されていたように課題は山積です。
おそらく、
『禅マインド ビギナーズ・マインド』やその続編も、
版権その他の問題で再刊は難しいかもしれません。
書店の在庫が売り切れたら新本は入手できず、
あとは中古本が高値で販売されることになるのでしょう。
残念なことです。

日経新聞の記事には、
元編集長で新社設立に動いている佐藤由樹氏は
「旧社は負債返済のため本を多く刷り、赤字になる悪循環に
陥ってしまった。新社は規模にあった経営を目指す。
旧社で刊行した書籍は電子版で出していきたい」と話す。
と記されていました。
また、クラウドファンディング中の活動報告で、
リアル本の出版についても、在庫を抱えて資金繰りに窮した反省し、
そして今回のクラウドファンディングを通じて
読者との情報交流(互いの心の通い合い)の意義を実感したことから、
新たな本の出版にクラウドファンディング活用も検討とのこと。

物が動いて、お金が動いて、それで一応、商売は成り立つ。
しかしもう一つ、根本的に大事なことは
物やお金とともに、人の心もまたこれに乗って
移り動いていかなければならないということである。
単に物を作り、物を売り、そしてお金を得ているというだけなら、
商売とはまことに索漠としたものになってしまう

物と合わせて心を作り、物とともに心を売り
そしてお金とともに心をいただく
つまり物やお金が通い合うだけでなく、
お互いの心が通い合うことがきわめて大切

そこに商売の真の喜びや味わいと言うものがある
松下幸之助『商いの心』

失敗や新たな経験から学んだことを次に生かす姿勢は素晴らしく、
今後が楽しみです。
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昨日(7/11)実家に行くと、
ご近所の方がお庭で咲いたユリをくださったとのこと。
まだツボミが4つあり、花瓶の中で咲いてくれますようにぴかぴか(新しい)

【アイリスオーヤマの企業理念】
1.会社の目的は永遠に存続すること
  いかなる時代環境に於いても利益の出せる仕組みを確立すること。
2.健全な成長を続けることにより社会貢献し、利益の還元と循環を図る。
3.働く社員にとって良い会社を目指し、会社が良くなると社員が良くなり、
  社員が良くなると会社が良くなる仕組みづくり。
4.顧客の創造なくして企業の発展はない。
  生活提案型企業として市場を創造する。
5.常に高い志を持ち、常に未完成であることを認識し、
  革新成長する生命力に満ちた組織体をつくる。

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって
その過程には小さな失敗というものがいろいろある
それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。

反対に、うまくいかなかったときに
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば
その失敗の経験が生きてこない
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。

そのように「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる
だから、それだけ失敗も少なくなって
どういう状況下にあっても経営が順調にいくという姿になってくる
わけである。

禅マインド ビギナーズ・マインド』より――
「正しい努力」
修行で、もっとも大事なのは、正しい、もしくは完全な努力です。
正しい努力が正しい方向へ向かっていることが必要なのです。
努力が間違った方向に向かってしまい、
しかも、それに気がつかない場合は、それは幻の努力です。(略)
なにかを達成するために特別に努力しようとすると、
余計な性質、過剰な要素が加わってしまいます。
余計なものは除かなければなりません
修行がうまくいっているなら、
気がつかないうちに、自慢したくなるでしょう。
その自慢は余分なものです。
修行自体はよいのですが、それに余分なものが加わってしまいます
この余分なものは取り除かなければなりません
このポイントはとても、とても大事です
しかし、私たちは、普通鈍いので、それに気がつかず、
間違った方向へ行ってしまうのです。みんな同じことを行い、
同じような間違いをするので、それに気がつかないのです。
つまり、気がつかないまま、私たちは多くの間違いを犯します
そして、たくさんの問題を犯します。(略)
修行にはどのような努力が必要なのでしょうか、と聞かれます。
答えは、修行から余分なものを取り除く努力です。
もし余分な考えがやってきたら、それを止めます
あなたは純粋な修行にとどまります
それが、私たちが努力を向ける方向です。(略)
なにか特定のものを見ようとしないこと、
なにか特別のものを達成しようと思わないことです。
(略)
―― 上記の「修行」を
「仕事」や「商売」あるいは「練習」に読み替えて読み直す(6箇所)

事が成るか成らないかは、神のみぞ知る
今なすべきことをなし、今なすべからざることをしないで、
今をを懸命に生きる。今こそ永遠ひらめき

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河井寛次郎「何といふ今だ 今こそ永遠

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
何が起こるかを知る者は一人もいない [2021年07月11日(Sun)]
昨日(7/10)雨上がりの朝、ぶらり篠山へ。
篠山マラソンで残り1キロを切ってゴールへラストスパートの
篠山城外堀にはハスが咲いています。
品種が違うのか、服部緑地のハスより大ぶりで色も鮮やかに感じました。

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来年3月の篠山マラソンが待ち遠しいでするんるん

確かに、すべての出来事には時と法がある
災いは人間に重くのしかかる。
やがて何が起こるかを知る者は一人もいない
確かに、何が起こるかを誰が人に告げることができるだろう。
息を支配し、息を止められる人はいない。
また、死の日を支配できる人もいない。
戦いからの免除はなく、不正はそれを行う者を救えない。
コヘレトの言葉 8:6〜6(聖書協会共同訳)

すべては神のみぞ知る
だから、今なすべきことをなし、今を懸命に生きるひらめき

朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)

You can't connect the dots looking forward;
you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.

You have to trust in something ― your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down,
and it has made all the difference in my life.
将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。
できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々は
いまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって
実を結ぶと信じるしかない

運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。
私はこのやり方で後悔したことはありません。
むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。
Steve Jobs ”Stay Hungry. Stay Foolish” June 12, 2005

わたしは常に将来に夢をもっています
けれども足元は一歩ずつの歩みしかやりません。だから、
希望をもってコツコツと逐次近づいていくということに歓喜をおぼえます
それを二歩ずつやれば途中でくたびれてしまいます。
それは同時に社会をも多少混乱させるでしょう。
混乱までいかんでも、悪い影響を与えます。
そこを見きわめることが、経営者として、非常に大事なところです。
「成長する会社の条件」/松下幸之助『繁栄のための考え方』

とかく、わたくしどもは、結果を求めることばかり焦って
脚下がお留守になり、今日のつとめを怠りがちでありますが、
そこに失敗の原因があります。
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

夢のない人間は、死せる人間である。
大志を抱き、夢をもたなければ、人間、生きる価値はない。
しかし、夢を見て現実を忘れるようなことがあってはならない。
やはりその日の仕事を大事にしていこうではないか。
あすはあすの風が吹く。
きょうを大事にしようではないか。
松下幸之助『松翁論語』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
一人より二人で日に新たな活動を続ける [2021年07月09日(Fri)]
一人より二人のほうが幸せだ。
共に労苦すれば、彼らには幸せな報いがある
たとえ一人が倒れても、もう一人がその友を起こしてくれる。
一人は不幸だ。倒れても起こしてくれる友がいない。
また、二人で寝れば暖かいが、一人ではどうして暖まれよう。
たとえ一人が襲われても二人でこれに立ち向かう。
三つ編みの糸はたやすくは切れない。
コヘレトの言葉 4:9〜12(聖書協会共同訳)

年始恒例の私の漢字一文字、ことしは「伴」でしたひらめき

昨年の暮れに去年一年を振り返ると、
母の入院や独立30年を機に事務所を自宅に移したことなど色々あった中で、
私にとって一番インパクトあって自分の心と身体を大きく変えてくれたのが、
去年の今頃から始まった服部緑地での伴走練習でした。

最初は走れないし、暑いし、しんどいし、ほんま辛かった。
ひとりだったら間違いなく続いてなかったです。
いや、続く以前に、走り始めていなかったでしょう。

ブラインドランナーさんになだめすかされながら、
―― どちらがガイドかわからない
走れる距離も少しずつ伸びるようになり、
11月にはフル完走を果たし、
結果として年齢別マラソンランキングに堂々のランクイン。

伴走練習がなければ、おそらく走ってなかったし、
前向きな気持ちになれず鬱々して、
身体もそれなりにぶよぶよのぶくぶくになっていたでしょう。
そんなこんなで、今年の私の漢字一文字を「伴」にしたのですが、
それが今では走ることが習慣化するのですから、人は変わるものです。

そして先日、別のブラインドランナーさんから連絡をいただき、
今年の暮れ(12/12)に青島太平洋マラソンをご一緒することになりました。
一昨年の4月の水都ウルトラ70キロをご一緒して以来のレースでの伴走ですが、
果たして完走できるか。楽しみです。

何の工夫もなく漫然と同じ毎日を繰り返し、
新たなチャレンジの意欲を持とうとしなければ、
たとえ肉体は若く健康であっても、青春とはいえない。
青春とは、心の若さである
信念と希望にあふれ、勇気にみちて
日に新たな活動を続けるかぎり

青春は永遠にその人のものである。
松下幸之助

松下幸之助のもっとも基本的で、潜在的にもっとも力強い思想は、
生涯にわたって学び続ける根源に関するものである。
重要なことは、確かな習慣と、その習慣を支える理想なのだ
彼は繰り返し人々に説いた。
謙虚な心と開かれた心を持てば
人はどんな経験からも、どんな年齢でも学べると。
人間的な大きな理想を抱けば、成功も失敗も克服し、
そのどちらからも学び、成長し続けることができると。
彼の驚異的な人生は、これらの主張の力強い証明にほかならない。
ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長
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朝に種を蒔き、夕べに手を休めるな
うまくいくのはあれなのか、これなのか
あるいは、そのいずれもなのか
あなたは知らないからである。
コヘレトの言葉 11:6(聖書協会共同訳)


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
まず自分が先にリスクを取る [2021年07月06日(Tue)]
日曜日の朝5時からNHK-Eテレで放送の「こころの時代」、
一昨日(7/4)は「今 互いに抱き合う−コロナ禍に読む聖書」でした。
昨年7月に放送された番組の再放送ですが、
私は一年前には縁がなく、今回が初めての視聴です。

北九州の教会で牧師をされている奥田さんは、
路上で暮らしておられる方の支援を長く続けておられるのですが、
語られる言葉の一つひとつが心に沁みました。
以下、その中からいくつか紹介。

お酒を飲まないなら引き受けるのではなく、
 引き受けるから飲まないでね

ある事件の裁判で、裁判官から「酒を止めることを条件に、
奥田さんが引き受けるということでよろしいですね」と訊かれて、
それに対する奥田さんの回答です。
奥田さんの回答に裁判官も「あ、そうか」と気づかれたそうです。

私が引き受けるのが先か、あなたが酒をやめるのが先か
ある意味、「先義後利」「サービスが先、利益は後」と同じで、
相手に自己責任を求めるより先に、まず自分がリスクをとる

実際、このケースも、釈放されて奥田さんの施設でお世話になり、
きっぱりお酒を止められたそうです。
「お客様大事」と言いながら、自らはリスクを取らず、
客に自己責任を求めるのはお客様大事ではないということか。
そもそも、「自己責任」は相手に求めるものではなく
自ら負うものであり、まず自分が先に相手のためにリスクを取る

困っている人か、困った人か
「あの人困ってるね」なら「じゃ、みんなで助けようね」になるが、
それが「あの人困った人だね」に変わると「排除」になる。

たとえば、4年前の都議選の最終日に当時の首相がヤジに逆ギレして
「こんな人たちに負けるわけにいかない」と言い返したけど、
こんな人たちを「困った人」と思うと、
そこに生まれるのは「分断」や「対立」で「排除」になる。
それが「困っている人」と思えば、
なにがお困りなのか、なにかお役に立てないかと
相手の立場に立って考え、そして相手を思いやる行動ができる。
となれば、こんな人たちに問題があるのではなく
こんな人たちを見て私がどう思うか、私自身の意識や心が問われれる

事故に逢ったことは不幸だったし、娘の介護でずっと大変だったけど、
 決して不幸じゃない

娘さんが無免許で無保険の車にはねられて大きな障害を受けられ、
三十数年お世話を続けてこられたお母さんが、
相模原の障害者施設で起きた殺傷事件の後に奥田さんに語られた言葉。

色々と苦労もあってとても大変だけど決して不幸じゃない。
逆に、楽チンだからといって幸せなわけではない。
自分のためはもとより、自分以外の誰かのために尽くして
苦労や大変な思いをすることに
心からの喜びを感じない、そのことが人間として不幸なんでしょう


そして番組の最後に紹介されたのが、ヨハネによる福音書1:5
光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった」。
光は闇の先にあるのではなく、闇の中にすでに輝いている、
そして、闇は光に勝たなかった。

たとえ今は闇の中にあっても、
希望の光を見失わず、今なすべきことを懸命になす


そのほかにも色々と気づきが多い1時間でした。
来週日曜日(7/11)の朝6時までNHKプラスで見逃し配信中ですが、
今週土曜日(7/10)の昼1時からEテレで再放送あります。

求めなさい。そうすれば、与えられる。
探しなさい。そうすれば、見つかる。 
叩きなさい。そうすれば、開かれる。 
誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれる
あなたがたの誰が、
パンを欲しがる自分の子どもに、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このように、あなたがたは悪い者でありながらも、
自分の子どもには良い物を与えることを知っている。まして、
天におられるあなたがたの父は、求める者に良い物をくださる。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも
あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。
マタイによる福音書 7:7〜12(聖書協会共同訳)

年始恒例の私の漢字一文字、2021年は「伴」ですひらめき
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◆私の今年の一文字「伴」/2021.1.3
◆他山の石をもって玉を攻むべし/2021.1.4
◆世界はもっと素晴らしくなる/2021.1.5
◆お互いが社会的責任を強く自覚して果たす/2021.1.6
◆サービス第一、まず奉仕せよ/2021.1.7
◆サービス第一主義の徹底を妨げるもの/2021.1.8
◆サービス第一の考え方を共有し、実践する/2021.1.9
◆黄金律を実践し、人をつくる/2021.1.10
◆すべての人をウィン-ウインにする/2021.1.11
◆官僚主義を排除してシンプルにする/2021.1.12
◆それでもわざわざやるのか?Of course!/2021.1.13
◆エンドツーエンドの財務システム/2021.1.14
◆目標はサービス、正しいことをする/2021.1.15


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
私の待つ時間が試されている [2021年07月04日(Sun)]
文藝春秋6月号の下重暁子さんのエッセイが目に留まりました。
【下重暁子】人生に迷ったら「待ちなさい」より――
(…)
ササゴイのひたすらに待つ姿は私の目に焼きついた。
いつやってくるか、来ないかもしれぬ獲物を、待ち続ける。
自然界の生物はこうやって真剣に生きるために闘っているのだ。
私たち人間はそのことを忘れたのではないだろうか
物は溢れ、手をのばせばすぐそこにある。
スマホを開いて注文すれば、たいてい手に入る。
待つ必要などほとんど無い。結果が先に待っているのだ。
人間が待つのではなく、物が先にある。金を払ってそれを手に入れる。
経済成長の循環の中でぬくぬくと、
しかし、イライラしながら暮らしている
ほんとうに必要なもの、命にとって大切なものを待つことなど、
ほとんどなくなってしまった。
なんと弛緩した怠惰な暮らしに馴れてしまったのか、
いや馴らされてしまったのか

自然界の生物として身につけていたはずの必要な能力すら
失ってしまったのだろうか。それを人は繁栄と呼ぶ
対価として失ったものがいかに大きいか、知ろうともしない。
---------------------
いつも、もう少しというところで待てない
慌てて策を打つのが裏目に出る。
---------------------
待つエネルギー、それは行動するエネルギーよりしんどい
動いている場合には
それなりの満足感と体力の消費による疲れもあるのだが、
待つためにはじっとして忍耐を強いられる。
それを黙ってしのぶだけのエネルギーの蓄積が必要だ。
---------------------
私の待つ時間が試されている


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ササゴイでなく、ヒヨドリ(中之島図書館 2021/7/1)

松下幸之助『人生談義』より――
「春を待つ心」
(…)
お互いの人生においては、このように
耐えて時を待つことによって好ましい結果に結びつくことが
少なくないのではないかと思うのです。
皆さんの中には、何かをやり始めたけれど、
つらいことやままならぬことがつづいて、
「もう投げ出してしまいたい」とか、あるいは、
「何も悪いことなどしていないのに、どうして自分だけが
 こんなつらい目にあわなければならないのだろう」とか、
悩んだ経験をお持ちの方があると思います。
いや、いま現に悩んでいる方もあるでしょう。
そうしたときにやはり大切なのは
桜が力をたくわえつつ冬の寒さに耐えているように
努力を重ねつつ、苦しさ、つらさに耐え、
時が来るのを待つ
ことではないでしょうか。
もちろん、世の中には成るものと成らないものがあります。
いくら時を待っても人間の力ではどうしようもないこともある
でしょう。しかし、たとえ成るものであっても
時が来ないために成らないという場合が少なからずある
ですから、つらく、苦しいというときにも
いたずらにあせることなく、静かに時を待ち、自分を磨いてゆく
そうした姿が人間として尊く、大切なことではないか
という気がするのです。
そして、そうした人たちには、
必ずや春の陽光が暖かくふりそそくのではないでしょうか

まだしばらくは厳しい寒さがつづくことでしょう。
お互い、風邪には十分用心しつつ、
ときには肌さす寒さの中に自分の身体をさらして、
春を待つ桜の心に思いを馳せてみたいものだと思います。

松下幸之助『道をひらく』より――
「時を待つ心」
何ごとをなすにも時というものがある。
時 ―― それは人間の力を超えた、目に見えない大自然の力である。
いかに望もうと、春が来なければ桜は咲かぬ。
いかにあせろうと、時期が来なければ事は成就せぬ。
冬が来れば春はま近い。桜は静かにその春を待つ。
それはまさに、大自然の恵みを心から信じきった姿といえよう。 
わるい時がすぎれば、よい時は必ず来る。
おしなべて、事を成す人は、必ず時の来るのを待つ。
あせらずあわてず、静かに時の来るのを待つ

時を待つ心は、春を待つ桜の姿といえよう。
だが何もせずに待つことは僥倖を待つに等しい
静かに春を待つ姿は、一瞬の休みもなく力をたくわえている。
たくわえられた力がなければ、時が来ても事は成就しないであろう。
時を得ぬ人は静かに待つがよい
大自然の恵みを心から信じ、時の来るを信じて
着々とわが力をたくわえるがよい
着々とわが力をたくわえる人には、時は必ず来る。時期は必ず来る。
待てといわれればなおあせるのが人情である。
だが、自然の理はわがままな人情には流されない。
冷たいのではない。静かに時を待つ人には、暖かい光を注ぐのである
おたがいに時を待つ心を養いたい。

光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった
ヨハネによる福音書 1:5(聖書協会共同訳)

―― 光は、闇の先にあるのではなく闇の中に輝いている
   そして、闇は光に勝たなかった。

「果報は寝て待て」ということわざがあるが、
あれは私の祖先かだれかそそっかしいやつが間違えたと思う。
あれは「果報は練って待て」で、反省して待つことだ。
いくら反省しても運否天賦ということがあるが
よく反省して待つことがわれわれの問題だと思う
本田宗一郎『俺の考え』

―― ただ待つのではなく、よく反省して待つ。

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(2021/7/4)
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雨上がりの朝、実家の庭先の菜園で
本日の収穫はミニトマト4個とキュウリ2本。
そして母のスマホの万歩計は朝の散歩で3,697歩、
まもなく91歳と3カ月ですが、達者に暮らしているようです。
ミニトマトやキュウリも青い実や花芽もまだまだ多くて楽しみです。

「急いては仕損じる」とか
「慌てる乞食は貰いが少ない」とも言いいますが、
一大事の時こそ、時を待つ心のゆとりが肝要であり、
そしてそれを可能にするのは、良き習慣の日一日の積み重ね
淡々と日々暮らす母を見て、そんなことを思いました。


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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明らかに変わるということ [2021年07月03日(Sat)]
昨日(7/2)のNHKあさイチのプレミアムトークに
『マイノリティデザイン』の澤田智洋さんが登場されていました。
仕事に出かける準備をしながら時計代わりにテレビをつけたのですが、
思わず見入ってしまいました。
時計とにらめっこで、お楽しみは家に帰ってからと、
仕事を終えて家に帰ってから、あらためて見直しましたが、
見応えあって色々と深く考えさせられました。

澤田さんのプレミアムトークに続いて登場は、
葉っぱの切り絵アートのリトさん。これまた見事でした。

Weak Is the New Strong
だれかの弱さは、だれかの強さを引き出す力
すべての「弱さ」は、社会の「伸びしろ」

澤田智洋『マイノリティデザイン』
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表紙カバーには「点字」表記で「マイノリティデザイン」
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番組の中で、澤田さんの元同僚の方が登場するのですが、
二回目に登場された時に語られた言葉がとても印象に残りました。
「お子さんが生まれてから、
言っていることのウソくささが一切なくなった。
彼は言っていることはやるんだろうな。実際、やっている。
昔の澤田くんでも、ゆるスポーツはやれたかもしれないけど、
単発で終わっている気がする、昔の澤田くんだったら
たとえばトントンボイス相撲を発明したら、次の別の分野に行くけど、
ゆるスポーツは継続してどんどん世界を広げて深めている
全然違う人になっているんだね。明らかに変わった
前もカッコよかったけど、今はメッチャカッコいい」

「泣きそうになっていたな、あの人、
飲み会の最後、酔っぱらっていた時に言っていた、
息子がこの世界に生まれてきてよかったと思う世界に
今なっていないから本当に悔しいんだ

強烈な動機というのはすごいと思うし、うらやましいなと思いますね」

---------------------
ミヒャエル・エンデ『モモ』より――
17章「大きな不安と、もっと大きな勇気
モモは逃げる気がなくなりました。
いままで逃げまわったのは、じぶんの身の安全をはかってのことです。
ずっとじぶんのことばかりを考え、じぶんのよるべないさびしさや、
じぶんの不安のことだけで頭をいっぱいにしてきたのです!
ところがほんとうに危険にさらされているのは、
友だちのほうではありませんか。
あの人たちを助けることのできる人間がいるとすれば
それはモモをおいてはほかにはないのです。
(…)
そこまで考えてきたとき、
モモはきゅうにじぶんの中にふしぎな変化がおこったのを感じました。
不安と心ぼそさがはげしくなってその極にたっしたとき、
その感情はとつぜんに正反対のものに変わってしまったのです。
勇気と自信がみなぎり
この世のどんなおそろしいものがあいてでもまけるものか
という気持ちになりました
というよりはむしろ、じぶんにどんなことがふりかかろうと
そんなことはちっとも気にかからなくなったのです。

自己欺瞞なくして希望はないが、
勇気は理性的であり、あるがままにものを見る。
希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い
希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが
それをやり遂げるには勇気がいる
「希望ではなく勇気」/『エリック・ホッファー自伝』

財産を失ったのは――いくらか失ったことだ!
すぐ気をとりなおして、新しいものを手に入れよ。
名誉を失ったのは――多くを失ったことだ!
名声を獲得せよ。そうすれば、人々は考えなおすだろう。
勇気を失ったのは――すべてを失ったことだ!
そのくらいなら、生まれなかった方がいいだろう。
ゲーテ「温順なクセーニエン」高橋健二訳

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(2021/6/26)
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(2021/6/30)
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実家で91歳の母が育てるミニトマトです。
恥ずかしながら、パックに入った色も大きさもそろった状態しか知らず、
根っこに近い枝から赤く熟していき、
同じ枝なら茎に近い方から赤くなるとは、この歳になって初めて知りました。


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
主もなく客もなく、真の主客合一 [2021年07月01日(Thu)]
朝ランの道すがら、千里の氏神さま「上新田天神社」で、
西田幾多郎の言葉に出合いました。
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「物を知るにはこれを愛さねばならず、
 物を愛すにはこれを知らねばならない」。

西田幾多郎『善の研究』の
最終編の第4編「宗教」の最終章の第5章「知と愛」より――
(…)
我々が物を愛するというのは、自己をすてて他に一致するの謂である
自他合一、その間一点の間隙なくして始めて真の愛情が起るのである。
我々が花を愛するのは自分が花と一致するのである。
月を愛するのは月に一致するのである。
親が子となり子が親となり
ここに始めて親子の愛情が起るのである。
親が子となるが故に
子の一利一害は己の利害のように感ぜられ、
子が親となるが故に
親の一喜一憂は己の一喜一憂の如くに感ぜられるのである。
我々が自己の私を棄てて純客観的即ち無私となればなる程
愛は大きくなり深くなる

親子夫妻の愛より朋友の愛に進み、朋友の愛より人類の愛にすすむ。
仏陀の愛は禽獣草木にまでも及んだのである。
斯の如く知と愛とは同一の精神作用である
それで物を知るにはこれを愛せねばならず、
物を愛するのはこれを知らねばならぬ

数学者は自己を棄てて数理を愛し数理其者と一致するが故に、
能く数理を明にすることができるのである。
美術家は能く自然を愛し、自然に一致し、自己を自然の中に
没することに由りて甫めて自然の真を看破し得るのである。
また一方より考えて見れば、
我はわが友を知るが故にこれを愛するのである。
境遇を同じうし思想趣味を同じうし、
相理会するいよいよ深ければ深い程同情は益々濃かになる訳である。
しかし愛は知の結果、知は愛の結果というように、
この両作用を分けて考えては未だ愛と知の真相を得た者ではない
知は愛、愛は知である
たとえば我々が自己の好む所に熱中する時は殆ど無意識である
自己を忘れ、ただ自己以上の不可思議力が独り堂々として働いている
この時が主もなく客もなく、真の主客合一である
この時が知即愛、愛即知である
数理の妙に心を奪われ寝食を忘れてこれに耽ける時、
我は数理を知ると共にこれを愛しつつあるのである。
また我々が他人の喜憂に対して、全く自他の区別がなく
他人の感ずる所を直に自己に感じ、共に笑い共に泣く
この時我は他人を愛しまたこれを知りつつあるのである
愛は他人の感情を直覚するのである。
池に陥らんとする幼児を救うに当りては
可愛いという考すら起る余裕もない

人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、
そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、
売れるだろうと言うことが出てくる。
それをつくるために技術が要る。すべて人間が優先している
本田宗一郎『ざっくばらん』

人を動かすことのできる人は、
他人の気持ちになることのできる人である。
そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む
自分が悩まない人は、他人を動かすことができない
本田宗一郎『私の手が語る』

人の心に棲むということを、ここでは宗一郎は
他人の気持ちになることのできる」と表現している。同じことである。
他人の気持ちを「外から観察する」のではない
人間として「その人になってみる」
「内側に自分で棲んでみる」のであるその違いは大きい
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』

山田無文『自己を見つめる』より――
川端康成さんが、道元禅師のお歌を引用して講演なさった
美しい日本の私
――この演題そのものにも深い意味があると、わたくしは思います。
国鉄が宣伝している「ディスカバー・ジャパン」、
あのポスターには「美しい日本と私」と書かれておりますが、
それじゃいかんのです
「と」じゃない、「の」でなければならんのです
川端さんの「美しい日本の私」は、
「美しい日本」と「私」は別もんじゃない
美しい日本がそのまま私、私がそのまま美しい日本だということです。
「の」一字にこめられた深い意味がそこにあるのです。
親と子じゃない、親の子です、子の親です。
夫と妻じゃいかん。夫の妻、妻の夫です。
先生と生徒じゃいかん。生徒の先生、先生の生徒です。
社長と社員もいかん。社員の社長、社長の社員と、
すべてこれでなければならんのです。
日本はむかしから「天皇と人民」とは一度もいわなんだ。
天皇の人民、人民の天皇です。そのように、
社会の私、私の社会、日本の私、私の日本となって、
世界の私、私の世界、人類の私、私の人類というように、
対立を超えた純粋な人間性を自覚していかねばならんのであります。
人類がなければ私はない。世界がなければ私はない
人類が、世界が、私という存在を証明してくれているのです。
だから世界を愛し、人類を愛し、その世界の中で人類とともに生きていく
―― そういう偉大なる人間性こそが「真実の自己」だとわかることが、
人生でもっとも大切なこと
なのです。

---------------
(A)「美しい日本の私」よりも、「と」のほうがよかったんですか。
(F)「の」では、美しい日本の中に自分が囲われている感じ。
(A) 要するに、美しい日本と、旅人としての自分は対等であると。

対等の旅人の客人(第三者の他人)か、
それとも、真の主客合一(真実の自己)か、
―― その違いは大きいひらめき

隻手の声は確かに聞けるのです。
聞こえてこなければならんのです。
つまり、自我を捨てよということです。
どこまでも自我で聞こうとするかぎり
両手の音しか聞こえないのは当然です。
山田無文『自己を見つめる』
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毎日の生活の中において
そのものそのものになりきっていくことが禅であります。
学校で勉強すること、会社で働くこと、
三度の食事をいただくこと、いましているそのことに、
いつも無念夢想となって打ち込んでいく
ならば、
立派に坐禅を実践していると申せましょう。
山田無文『自己を見つめる』


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
一日暮らし、日々燃焼 [2021年06月30日(Wed)]
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』より――
世間にはときどき、日々走っている人に向かって
「そこまでして長生きをしたいかね」と嘲笑的に言う人がいる。
でも思うのだけれど、長生きをしたいと思って走っている人は、
実際にはそれほどいないのではないか。
むしろ「たとえ長く生きなくてもいいから、
少なくとも生きているうちは十全な人生を送りたい
」と思って
走っている人の方が、数としてはずっと多いのではないかという気がする。
同じ十年でも、ぼんやりと生きる十年よりは、しっかりと目的を持って
生き生きと生きる十年の方が当然のことながら遥かに好ましいし
走ることは確実にそれを助けてくれると僕は考えている。
与えられた個々人の限界の中で、
少しでも有効に自分を燃焼させていく
こと、
それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの
(そして僕にとってはまた書くことの)メタファーでもあるのだ。
このような意見には、おそらく多くのランナーが賛同してくれるはずだ。

私自身、2013年8月末にスロージョギングと出会ってから、
「走ってる人に向かって嘲笑する」側から「走る」側に変わり、
色々な人との出会いに恵まれて色々と経験してきて、
人生というか、生き方というか、生きる姿勢が変わってきたのを実感します。
ご縁に感謝、これからも日々自分を燃焼です。

僕は走りながら、ただ走っている
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

本日は夏超しの祓え。
お互い、これからも健やかに過ごしましょう。
今日も一日お元気にexclamation

千里中央から服部緑地公園への道すがら、千里山の果樹園のぶどう
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(2021/6/5)
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(2021/6/29)
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一つひとつ丁寧に袋かけされ、
袋の中で日一日とじっくり美味しく熟していくことでしょう。
楽しみでするんるん

「暫時不在如同死人」暫時も在らざれば死人に如同す 
一瞬たりとも、わが主人公たる本心がお留守になるならば、
死人も同じことだ

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白隠の禅画の日めくりカレンダー

『正受老人物語』飯山市教育委員会発行より――
(…)
一日は、千年万年の初めであり、
その初めの一日をよく暮らすようにしていると、
その日は充実したものとなり、
それは一生をよく暮らすことにつながるからだ。
ところが人間というものは、とかく翌日のことを考えて
ああでもないこうでもないと、まだ先のことについて取り越し苦労をして
一日をむだに過ごしてしまい、その日のことを怠りがちになる
明日もあるから今日はこれでいいだろう、という毎日が続いてしまうと、
今日の一日という意識もなくなってしまい、
ついあてもない先のことを頼みとして、
その日の自分自身の緊張感がなくなってしまう。
明日やればいいと言っても、その明日があるかどうかは誰にもわからない。
人の命は、はかないものだからこそ、
今日一日の生活はどうなってもいいということではなく、
今日の一日を精一杯つとめ励むべきなのだ。
どんなにつらいことでも、一日のことだと思えば耐えられるし
楽しみだって一日のことだと思えばそれに溺れることもない
おろか者が好き勝手なことして親不孝をするのも、
人生は長いからそのうち孝行すればいいなどと考え、
つい甘え心をおこしてしまうからだ。
どんなことでも、今日一日が自分の生涯だという気持ちで過ごせば
無意味な時間を過ごすことなく、充実した一日を過ごすことができる
一日一日と思って一生懸命に生きれば、
百年でも千年でも充実して過ごすことができる。
これから先、長い一生のことだと思うから、
荷が重くなってしまって大変なことになる。
一生は長いものだと思うけれども、これから先のことやら明日のことやら、
一年、二年、また百年、千年先のことやら、わかる人はいない。
死ぬまでが一生であると思って長く生きることができるような気持ちに
なっていると、一生という時の長さのついのせられてしまって、
だまされやすくなってしまう。
人生の中で一番大切なことは、今日ただいまの自分の心なのだ。
それをおろそかにしていては、翌日などというものはない
今日をきちっと一生懸命に務めるように心がけなければ、
明日という日も堕落した日になってしまう。
今日一日をしっかりと務め
明日もまたそのような一日がくるようにしなければならない
世の中すべての人に、先のことを考えてみることは、誰にもあることだ。
しかし、今ここにある、この一刻の、この今を、
どう生きるか、どう暮らすか
を考えている人は少ない。

一大事と申すは、
今日ただいまの心なり

それをおろそかにして翌日あることなし
正受老人

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
選択と集中、ヘアサロンIWASAKIに学ぶ [2021年06月29日(Tue)]
先週木曜日(6/24)のランチタイム、
日本生産性本部のライブ配信「日本サービス大賞受賞事例に学ぶ」で、
昨年10月に日本サービス大賞の地方創生大臣賞を受賞された
理美容室「IWASAKI」の事例発表を聞き、興味を持ちました。

店舗数は950店で、
カットハウス最大手のQBハウスの国内582店(2020/6)を大きく超えておられ、
QBハウスが「カット」税込1,200円に対して、
IWASAKIは税込980円で、さらに平日のサービスタイムは税込690円。
また、QBハウスがカットオンリーに対して、
IWASAKIはカットだけでなく、パーマやカラーなども提供している。
そして、IWSAKIの出店は、高齢化や過疎化が進む地方への出店率が6割超。
それが評価されての「地方創生大臣賞」なのでしょうが、
そのような場所でどうやって持続的な経営を成り立たせているのか。
地方の出店では駐車場スペースの確保が必要となるので、
店舗の家賃がとりたてて安いわけでなく、
むしろ美容師さんの確保の問題もあり、興味津々です。

オンライン配信で30分の発表をお聞きした後、
公式サイトを拝見してビックリしたのが、
それだけの店舗がありながら、
公式サイトの店舗情報は「現在製作中」、、、
逆に、正社員やアルバイトの採用情報はメチャ充実している。
客寄せなど集客はどうしているのか興味津々です。

そして、昨日(6/28)の昼過ぎ、
客先に出かける道すがら、IWSAKIの店を発見!
せっかくだからカットでもと思ったのですが、
店の前にはママチャリや原付バイクがずらり並んでいたので、
カットはあきらめて客先で仕事の打ち合わせ。
その帰りに再び店の前を通ると、
あれだけ並んでいたママチャリや原付バイクは消えてすっきり。
店に入ってカットしてもらいました。
ちなみに、昨日は月曜日ですが、普通に営業されていました。

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定休日は月曜日や火曜日ではなく、日曜日が定休日です。
そして営業時間は9時から17時まで。
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昼過ぎに立ち寄った時は店の前に自転車や原付がぎっしり。

店によってサービスタイムの設定は違うようですが、
こちらのお店では、9時〜11時と13時〜15時半はカラーのサービスタイム、
そして、11時〜13時はカットのサービスタイム(コロナで2月から中止)
ということで、私が客先に向かう時に店の前を通った昼過ぎは、
午後のサービスタイムが始まったところでしたが、
逆に、仕事を終えて店の前を通ったのは
サービスタイムの受付が終わった後だったようです。
まだ、カラーのお客様が二人おられましたが、
その合間を使ってのカットの男性客の二人目でした。

気づきも多く、色々と考えさせられ、たっぷり勉強させてもらいました。
以下は、その個人的な気づきのまとめです。
たまたま先週木曜日の昼休みの30分のライブ配信を見て関心を持ち、
公式サイトを拝見し、たまたま通りすがりで店に立ち寄っただけのこと。
一方的に提供された情報や一度お店にでかけたぐらいで、
お店のことや会社の経営の取り組みを評価するつもりはさらさらなく、
気づきが本当に多くて勉強になったことを書き記すだけです。

日曜日定休ということは、日曜日の営業は「しない」。
営業時間が9時から17時ということは、夜の営業は「しない」。
IWSAKIのやり方は、ワークマン式「しない経営」に通じる点あり。
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散髪屋さんや美容室は、通常、月曜や火曜の定休日が多いですが、
IWASAKIは日曜日が定休日です。そして営業時間は9時から17時まで。
いわゆる稼ぎ時の日曜日や仕事帰りの夜の営業はされていない、

売上が目標なら、定休日は設定せず、年中無休の24時間営業でしょう。
その典型がコンビニで、
社会基盤だとかインフラだとか言ってますが、
実のところは売上の確保で、FCオーナーなどの犠牲のもとに成り立っている。

同じFC展開でも、ワークマンは24時間営業してないですし、
店舗ごとに定休日が設定されています。だからといって、
ワークマンは社会のインフラ機能を果たしていないと言う人はいないし、
むしろ、ワークマンがその街に存在して営業していることで
地域に暮らす人にとって十分に価値があるでしょう。

逆に、だれかの犠牲や行政の支援を前提とする社会インフラなら、
持続可能性が問われてSDGsの精神にも反するのではないか。

ワークマンは日曜日営業しているけど、
IWSAKIは稼ぎ時の日曜が定休日(ショッピングセンター内の店舗は別)。

ワークマンも、IWASAKIも、
「売上」を増やすことを目標とせず、
「付加価値」を高めることを目標としている。なぜなら、
付加価値こそが、FCオーナーや働く従業員への分配の原資になるから。

そして、「しない」経営で「選択と集中」を徹底して、
「生産性」を高めることに注力している。
販促チラシなんかで集客しない点も似ているかも。

IWASAKIは、稼ぎ時の日曜日や夜の売上を捨てている
働く人の立場に立っての「選択と集中」ということでしょう。
となれば、家賃の高い場所には自ずと出店できないけど、
技術を持った美容師さんが働きやすい時間帯に
(子供の保育所や学校、高齢の家族のデイサービスなど)
集中的にお客様に来ていただくように「サービスタイム」を設定し、
その結果、お客様は安い価格でサービスを受けられ、
美容師さんは時間当たりの稼ぎが増えるということで、
お互いにWin-Winの関係になる。
また、サービスタイムが集客になるので、
ネットや折り込みチラシなどで集客する必要がない。
その一方で、ただ安いだけなら「リピート」がないところを、
サービスの質を高めることでリピートを増やす。

サービスタイムについて、カットは中止しているけど
カラーは中止していないのも「選択と集中」と受け止めました。

ワークマンとIWSAKIで決定的に違うのは、ワークマンが物販に対して、
IWASAKIは物を売らず、サービスを提供する。
その違いが、両者の店の在り方や経営の取り組みに影響している。

物を売っているワークマンは、
売り物の商品の価値を高めることが最優先になり、
そして店舗運営のオペレーションの効率を高めることで
あらゆるムダをなくしていく。その結果として、
ワークマンの多くの店は直営でなく、FCで運営されている。
店の運営も少人数でOK。

これに対して、モノを売らずにサービスを提供するIWASAKIは、
サービスの価値を高めるために
そのサービスを提供する「人」の確保と育成が最優先課題となる。
そして、店のスタッフが顧客へのサービス提供に集注できる
オペレーションの仕組みが必要になる。
それゆえ、IWSAKIの店舗は、あれだけの店を抱えながら、
おそらくFCでなく、直営で運営されているのではないだろうか。
そんな気がする。

IWASAKIにとって、人の確保と育成は経営の最重要課題であり、
そのための日曜定休や夕方5時閉店であり(ニワトリと卵のような関係か)
そして働く人が「短時間で高い稼ぎの勤務」を可能にするために
サービスタイムが設定され、
それが販促チラシなど無駄なコストをかけない集客を可能にし、
お客さまも安さに満足する。また、安いだけならリピートがないところを、
サービスの質を高めることでリピートを増やすとともに、
受付では指名できるシステムになっている(指名料は不要)し、
支払後のレシートにはバーコードや担当者の番号が印字されているし、
お直し期間は施術日より10日間となります。
 レシートをご持参の上、ご来店ください」と明記されている。
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―― QBハウスの券売機のチケットに、そんな記載はない

IWASAKIの公式サイトで、
あれだけの店舗数がありながら店舗情報は「製作中」なのに、
求人ウエブサイトがメチャ充実しているのも納得です。

また、YouTubeの公式チャンネルも、
お客様向けのもはごく少数で、企業イメージCMや広報動画もあるが、
多くは求人向けの動画で、その動画がなかなか良くできている。

コロナ感染の拡大の中で、
大規模ショッピングセンターのテナントということで営業できなかったり、
お客様が減ったりで、生活に困ったり将来に不安を感じたりもあるでしょう。
その意味でも色々と考えさせられ、多くの気づきを得ました。


時として判断を誤って、なすべきことをしなかったり、
なすべきでないことをしたりしたこともあった。
しかし、心がまえとしては、なすべきことをなし
なすべからざることをしないということに
極力、努めてきた
つもりである。
「自然の理法に従うこと」/松下幸之助『実践経営哲学』

素直な心になれば、物事の実相が見える。それに基づいて、
何をなすべきか、何をなさざるべきかということもわかってくる。
なすべきを行ない、なすべからざるを行なわない
真実の勇気もそこから湧いてくる

「素直な心になること」/松下幸之助『実践経営哲学』

なすべきことをなすという勇気
人の声に私心なく耳を傾けるという謙虚さがあったならば
知恵はこんこんとわき出てくるのである。
わが知恵の乏しきを嘆く前に、
お互いにこの勇気と謙虚さを、あわせ持っていたか
三省、四省してみたい。
そして、もうこれでおしまいなどと、安易に言うのはやめにしたい。
知恵は無限にわき、無限に集まるのである。
「知恵は無限」/松下幸之助『続・道をひらく』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

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会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
冥利、喜びを知る人 [2021年06月28日(Mon)]
先週土曜日(6/26)、パナソニックミュージアムで
オンライン開催された土曜セミナーを受講。
松下幸之助名著解説(全6回)の第5回は『商売心得帖』でしたが、
今回も新たな気づきを得て学びの多い1時間でした。
松下幸之助『商売心得帖』より――
「商売冥利」
商売を始めてまもないころ
ある先輩の方から、こんな話を聞きました
ある町に立派なお菓子屋さんがありました。
そこに、ある日一人の乞食が、まんじゅうを一個買いに来たのです。
(…)
「おまえが不思議に思うのももっともだが、よう覚えておきや。
これが商売冥利というものなのだ
なるほど、いつもうちの店をごひいきにしてくださるお客様は
確かにありがたい、大切にせねばならん。
しかし、きょうの人の場合はまた違う
「どう違うのですか」
「いつものお客様はみなお金のある立派な人や。
だからうちのこの店に来られても不思議はない。だが、あの人は、
いっぺんこのうちのまんじゅうを食べてみたいということで、
自分が持っている一銭か二銭のいわばなけなしの
全財産をはたいて買うてくださった。
こんなありがたいことはないではないか。そのお客様に対しては、
主人の私みずからがこれをさしあげるのが当然だ。
それが商売人の道というものだ
これだけの話ですが、
何十年かたった今でも、ハッキリ頭の中に残っています
そして、このようなところに商売人としての感激を味わうのが
本当の姿ではないかという気がしているのです。

松下さんの名著解説(全6回)で取り上げられる本は、
いずれの本も何度も繰り返し読んでいましたが、
セミナーの中で紹介される松下さんが語り掛けられる肉声を聞くと、
自分が本を読んで分かったつもりだったことが、
いかに底の浅いレベルだったかと思い知らされます。
(分かったつもりで、実のところは分かってないので行動が変わらない)

今回のセミナーでも、松下さんの肉声が3本紹介され、
その中の2本目がこのお饅頭屋さんのご主人の接客の話です。
テーマとしては「やもめの献金」や「貧女の一燈」になるのでしょうが

セミナーの後、あらためて『商売心得帖』を読み直しました。

・松下さんが自ら体験された話ではなく、聞いた話であること。
・松下さんがご商売を始められて間もない頃の話であること。
 (パナソニックの創業は1918年3月、松下さんは23歳)
・商売を始められて間もない頃に他人から聞いた話を
 何十年かたった今でも鮮明に覚えて肝に銘じておられること。
――「初心」忘れるな

一番難しいのは、初心者の心を持ち続ける、ということです。
つねに初心者でいるということ、
ここに禅の本当の秘密があるのです。
このポイントは、とても、とても大切です。
もし坐禅を始めるのであれば、
あなたの初心に感謝する、ということから始めます。
ここに禅の修業の秘密があるのです。
鈴木俊隆『禅マインド、ビギナーズ・マインド』

そして、このお話のタイトルである「商売冥利」についても、
商売人の道」や「本当の姿」についても、
根本的に理解できていませんでした(なのに分かったつもり)。
お粗末なことです。が、It's never too late.

セミナーで紹介された松下さんの2本目の肉声より最後の部分
やはり、そういうところにですね、
生きがいというものがあると申しますか、
喜びというものがあると申しますか、
そういうところにですね、私は人間の感動の姿というものが、
私はあるんやないかと思うんです。
そういう感動はですね、随所におこる
考えてみれば、いたる所にそういう感動の状態があるんだ。
心して見るならば、全部が感動を与えられるような場面がみなあるんだ。
一日に何回といわず、一年に何回といわずあるんだ。
それを感動として受け取るか、感動として受け取らないか
ということによって違ってくる面も、私はあろうかと思うんであります。
で、そういう形において商売をしていく
あるいは会社を経営していくということが、
きわめて大切なことやないかと思うんです。

「商売」や「会社の経営」に限らず、
「仕事の取組み」や「日々の暮らし」など、
自らの人生を豊かなものにするためにきわめて大切なことと受け止めました

これは結局、何事でも感謝の心を持つことが大切だということだと思います。
感謝の心を持てば、それはいろいろな形になって自分に返ってきます。
その自分に返ってくることを期待して感謝の心を持つというのではいけませんが、
自分の置かれた立場なり他人からの恩恵なりに素直に感謝できる人
言いかえれば喜びを知る人というのは、非常にしあわせな人だと思います。
これは、商売に限らず、私たちの人生すべての面にもあてはまる
人間としての大事な基本と言えるのではないでしょうか。
松下幸之助『縁、この不思議なるもの』

実家に立ち寄ると、91歳の母が育てたミニトマトの初収穫。
わずかに一個ですが、分かち合って美味しくいただきました。
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ほかの枝も実はすずなり、楽しみです♪

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「日々是好日」

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蓮の泥中に汚されざる如く [2021年06月23日(Wed)]
朝から服部緑地へ。今年もハスが見事な花を咲かせていました。
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朝焼けの空に合掌していると、サギが飛んできて一緒に合掌、心が和みます

別の池には、睡蓮がつぼみを開かせて花を咲かせそうです。
睡蓮は開花時間が遅いので開花を見届けられませんでしたが、
池一面にたくさんの花を咲かせそうです。
そして、先日見届けたカメの産卵のその後が気になるところです。
無事に孵化したらこの睡蓮の咲く池に戻るはず、
帰ってこいよ〜♪

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蓮も、睡蓮も、泥の中にこそ美しい花を咲かせます。
泥の中から見事なまでに美しい花を咲かせた蓮を見ていると、思わず、
生きてりゃいいさ、生きてりゃいいさ
そうさ生きてりゃいいのさ〜
喜びも 悲しみも 立ちどまりはしない
めぐり めぐって 行くのさ〜♪ 河島英五「生きてりゃいいさ」

六塵五欲の上に在りても、
蓮の泥中に汚されざる如く、純一に受用せよ
白隠『遠羅天釜』

当処即ち蓮華国、この身即ち仏なり
『白隠禅師坐禅和讃』


2年前のG20大阪サミットの夕食会でも提供された「八尾のえだまめ」
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箱入りでいただきましたが、
ずっしり、実の一つひとつがプリプリでパンパンです。
塩茹でして、G20サミット晩餐会の気分で、
オシャレに美味しくいただきました。
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居酒屋や家飲みで日頃お世話になっている枝豆とは違って、めちゃ甘い。
食べ出したら晩餐会気分を忘れて、やめられない止まらない。
我が家のタニタくんの辞書に「忖度」はないのか、
翌朝の体重や体脂肪率はトップシークレットです(笑)

たんぱく質たっぷだし、甘くて美味しいし、
ランニングなどでいい汗をかいた後にオススメです。
仕事もランもリラックスして楽しみ、
季節の風を肌に感じ、美味しいものを感謝していただく。
ストレスを抱えないで暮らせるのが何よりの贅沢でしょうか。
足るを知る」で「一日一生」、そして「日々是好日」です。

足るを知る「吾唯足知」/龍安寺
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とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

大切なことは、
どのような境遇にいようとも、
精いっぱい人事を尽くす
ことではないでしょうか。
自分の人生にはどうにもならない面もあるということを知った上で、
信念を持って、自分自身の歩みを力強く進めていく
そうすれば大きな成功をおさめても有頂天にならないし、失敗しても落胆しない。
あくまで淡々となすべきことをなしていけるのではないか。
「人事を尽くして…」/松下幸之助『人生談義』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
あまねく届け!光 [2021年06月20日(Sun)]
服部緑地での伴走練習で長井さんにご紹介いただいて読みました。
『あまねく届け! 光』
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視覚障害当事者による就労支援組織「視覚障害者就労相談人材バンク」の
メンバーが、自らの就労に係る実経験を綴った手記ですが、
書かれた31名の手記の一つひとつに多くの気づきを得るとともに、
「障害」のことや「働く」ことなどについて色々と考えさせられました。

就労について悩みを抱える仲間にとって「灯台」の光になれるようにと
組織のロゴマークは灯台(lighthouse)ですが、
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本の表紙カバーには、灯台の上にさらに光り輝く「星」が一つ、
この星はなにを象徴しているのか、考えさせられます。

ユニバーサルデザインフォント(UDフォント)も、
この本で使われいるのを知って、初めてその存在を知りました。
そんなものも知らないのかと笑われるかもしれないですが、
実のところ、今まで目に留まる機会はなかったです。

今月は決算報告関係の書類が各所から次々と届きますが、
「UDフォント使用」の記述は見当たらないし、
コロナワクチン関係の書類でも、
市役所から届いた高齢者向けの接種案内状やワクチン接種の予診票も、
自衛隊の大規模接種センターの会場で配布された各種資料にも、
「UDフォント使用」の記述は見当たりません。

実際には、UDフォントが使用されているかもしれないですが、
SDGsのピンバッジを免罪符のように襟元につけたり、
環境にやさしいインクを使用なんて書いたりしているぐらいですから、
もしUDフォントを使用なら、その旨を書き添えているでしょう。

実のところ、UDフォントは読みやすいし、視認が楽です。
字の変換ミスとか、数字でも3や8や5や6や9やら苦労しています。
目にやさしいフォントが重宝なのは、視覚障害者に限る話ではないです。
早速、ワードのフォントをUDフォントに切り替えました。
もしご自身、あるいは資料や書類をお届けするお客様が高齢者なら、
UDフォントの使用を検討する価値ありです。

そして、手記と手記の間にコラムあり、そのタイトルは「一燈照隅」。
ロゴというか、「一燈照隅」のマークもセンスが好いです。
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比叡山延暦寺の最澄の「一隅を照らす」に似ていますが違うので調べると、
安岡正篤さんの言葉のようです。

安岡正篤『青年の大成』より――
「一燈照隅・萬燈遍照」
われわれはこれを「一燈照隅行」と申します。
(前段)もっと望ましいことは、国民の有志が、一人でも多く、
それぞれ積極的・創造的精神を発揮することです。
おのおのがそれぞれ一燈となって、一隅を照らす
すなわち自分が存在するその片隅を照らすこと。
この「一隅を照らす」は、伝教大師が
その著「山家学生式」のなかに、提唱しておることです。
なんで片隅を照らすなどと、心細いことを言われたのか――と
よく考える人がある。大光明を放つとでも言ってもらいたいところです。
しかし聞くだけなら愉快だが、人間みずから大光明を放つことなど、
どうしてなかなか出来るものではない。
つまらない人間も「世界のため、人類のため」などと言います
あれは寝言と変わらない。寝言よりももっと悪い。なにも内容がない
自分自身のためにも、親兄弟のためにも、ろくなことができない人間が、
どうして世界のために、人類のために、なんて大口きけるか。
それよりも、自分か居るその場を照らす
これは絶対に必要なことで、また出来ることだ。真実なことだ
片隅を照らす!
この一燈が萬燈になると「萬燈遍照」になる
こういう同志が、十万、百万となれば、優に日本の環境も変わりましょう。

安岡正篤師は「一燈照隅行」を説かれる前に、
もしわれわれが病弱であったり、頭が悪くてはだめだろうか。
貧乏育ちではだめだろうか。
忙しくて暇がない身ではだめだろうか。
体が弱いからだめだ、頭が悪いからだめだ。
何分にも貧乏でとか、忙しくてとても――とは
普通人のよく言うことです。果たしてそうでしょうか。
そういうことは決して無い。ありとすれば、
要するに怠け者の逃口上、薄志弱行にすぎないということを、
次にいささか歴史的事実によって確かめてみましょう。
と喝破exclamation
そして、「病弱ではだめか」の歴史的事実の一人として、
ヘレン・ケラーを紹介します。
―― このヘレン・ケラー女史がある席で述べた感想に、
結局人間は努力です。
努力することによって開発されぬ何物もありません

と語っております。これは人間の肝に、銘ずべき至言であります。

ほかにも、『あまねく届け!光』を読んで多くの気づきを得ましたが、
たとえば、この本の出版社「読書日和」さんの経営者の福島さんも、
視覚障害者であり、そして出版社を起業するため京都から浜松に移住。
見事な心意気とともに、そのご苦労や努力は半端ないです。

皆さん方の真剣な生き様にたたただ平伏です。

本書の「まえがき」より――
数多くのヒントが記載されている本書が、
就労に悩んでおられる当事者はもとより
ご家族、企業担当者、関連機関等の方々にとっても
進むべき方向を見出す一助となれば幸いです
お一人でも多くの方の目に留まること、耳に留まることを
願っております


同感です。
ご関心あれば、ぜひご一読を。
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朝ランの道すがら、路端に咲くカラスウリ

私自身、2015年11月にフルマラソンを完走したのを機に、
伴走練習会「長居わーわーず」の仲間に入れていただきました。
あれから5年半、
ブラインドランナーさんとの出会いの中で多くの気づきを得て、
おかげでババ色に澱んでた私の性根も少しは清らかになってきたかも。
その意味で、lighthouse(灯台)は、ガイドの私でなく
ブラインドの皆さん方です

ご縁に心から感謝。
これからも、お互いに身体に気をつけて、
自分と切磋琢磨して、前向きな日々を、楽しく暮らしていきましょう。


あなたのランプの灯を、いま少し高く掲げてください
見えぬ人々の行く手を照らすために
ヘレン・ケラー

一燈を提げて暗夜を行く。
暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め。
佐藤一斎「言志晩録」13条


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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
隻手音声 [2021年06月18日(Fri)]
Bunkamuraのミュージアムで開催された展覧会の会場で買い求めた
白隠の禅画の日めくりカレンダー、
本日(18日)の言葉は「隻手音声(せきしゅおんじょう)」です。
―― 両手を合わせてたたくと音がする。
では片手ではどのような音がするか、それを聞き届けよ
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サリンジャーの短編集『ナイン・ストーリーズ』の扉にも登場します。
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「両手の鳴る音は知る。片手の鳴る音はいかに?」― 禅の公案 ―

日めくりの解説には
信州伊那の那須野さん女は、隻手の公案に
「白隠の片手の声を聞くよりも、両手たたいて商ひをせよ」と答えた。
白隠はこれに対して
商ひが両手たたいてできるなら、隻手の声は聞くに及ばす
と言ったという。

両手なら自分一人で鳴らせることもできるが、
片手は一人で鳴らすことはできない(二人ならできる)。
あるいは、現実と向き合い、耳をすまして声なき声を聴き取り
目を見開いて目に見えないものを観よ!ということか。

素直な心が働かなければ他人の声に耳を傾けようとしなくなる
耳を傾けようとしなければ衆知が集まらなくなる
松下幸之助『素直な心になるために』

ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは目に見えない
サン=テグジュペリ『星の王子さま』

昼間の星は見えなくとも、
だからといって存在しないわけではなく、確かにそこにある。
経済活動においても、見えない存在があることを、
つねに念頭に置いていることが大切ではないだろうか。
数字やデータに表れない情報、世界の本質に、
私たちは、もっと目を向けるべき
なのだ。
みんなはデータにできるいくつかの指標を後生大事に
忙しい中それだけを見ている。しかし
世の中には、データにできない大切なことがいっぱいあるのだ。
福原義春『美 ―「見えないものをみる」ということ』

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おのれこそ おのれのよるべ
おのれを措きて 誰によるべぞ 
よくととのえし おのれにこそ
まことえがたき よるべをぞ獲ん
「ダンマパダ」160/友松圓諦『法句経』

己こそ己の寄るべ 己をおきて誰によるべぞ
良く整えし己こそ まこと得がたき寄るべなり

「おのれにこそ、よるべをぞ獲ん」か、それとも「己こそ、寄るべなり」か
前者なら「そんな自分にこそ、えがたい拠り所を得られる」になり、
後者なら「そんな自分こそ、えがたい拠り所である」になるのでしょう。
(前者も「自分のえがたい拠り所」が自分なら、後者と同じか?)

いずれにせよ、かつての私は間違いなく後者でした。
「ライバルは昨日の自分」と自分で自分を鼓舞して叱咤激励。
今も「昨日より今日」と向上する意識は変わっていないつもりですが、
言葉のちょっとした違いに目が留まるようになってきたかもです。

どちらが正しいということではないのですが、
松下幸之助さんが説かれる
「互いの自主自立なくして共存共栄は成り立たない」
「自主自立の実力の上に共存共栄の花が咲く」は前者なのかもです。

自主経営というものは相手から与えられるものやない
自主経営は自分でやるものである。
その自主性というものがあったときに、相手の力が生きて働く
それが共存共栄に働くんだと、こう私は思うんですね。
「共存共栄と自主経営」/『松下幸之助の経営問答』

自力を中心でやっていく姿には、それだけ外部の信用も生まれ
求めずして他力が集まってくるということもある。
これはいわば理外の理ともいうべきものかもしれないが、
そういうものが世間の一つの姿なのである。
「自主経営を心がけること」/松下幸之助『実践経営哲学』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
2020年度マラソンランキング [2021年06月17日(Thu)]
2020年度のマラソンランキングが公表され、な、なんと38位exclamation
嘘のサンパチというか、ミヤの38で100位以内にランクインです。
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55人中の38位であろうが、タイムが4時間29分34秒であろうが、
だれになにを言われようとも、そんなの関係ねぇ(笑)

ケガや故障なく健康に走り続けて
いつの日かランキング入りできたらええなぁと
憧れの対象だった「年齢別マラソンランキング」に
高齢者デビューの前にランクインできるとは(涙)

表彰状に記されたメッセージ
「貴方は特別な年となった2020年度において、
 フルマラソンに果敢にチャレンジし、
 上記の成績を収めましたので、これを讃えます」が
心に沁みます。

そして、何ごとも「初めて」の経験は嬉しいものです。
初めてマラソン大会に参加して8.8キロを完走して
メダルをかけてもらった時の感動は今も忘れられないし、
初めての丹後ウルトラで、時間との闘いを最後まであきらめず
走り切ってゴールした時の感動も忘れられない。
初ハーフ、初フル、初伴走、初サブフォー、その時々の初に比べると、
今回はさほど努力していないし、記録もお恥ずかしいものですが、
初めて完走メダルをもらった時と同じぐらい嬉しいです。

初心者の心には多くの可能性があります
しかし専門家といわれる人の心には、それはほんとんどありません。
In the beginner's mind there are many possibilities,
but in the expert's there are few.

なにかを達成したいとか、達成したというような心がないとき
つまり、自分中心の思考がないとき
私たちは、本当の初心者なのです。
このとき、私たちは、初めてなにかを学ぶことができます

一番難しいのは、初心者の心を持ち続ける、ということです。
つねに初心者でいるということ、
ここに禅の本当の秘密があるのです。
このポイントは、とても、とても大切です。
もし坐禅を始めるのであれば、
あなたの初心に感謝する、ということから始めます。
ここに禅の修業の秘密があるのです。
鈴木俊隆『禅マインド、ビギナーズ・マインド』

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大阪トライアルマラソン(2020/11/21)

振り返れば、2019年3月の篠山で奇跡のサブフォー、
そして9月の丹後ウルトラは制限時間まで残り1分3秒で奇跡のゴール。
しかし、年末の加古川は結果を残せず、翌3月の篠山に雪辱を期すも中止。
そして9月の丹後ウルトラも中止。
その一方、6月末で事務所を締めて在宅ワークに切り替えたタイミングに
お声がけいただいて服部緑地で伴走練習が始まるも、
いつもよれよれのヘロヘロでした。

そんなある日の伴走練習で、11月下旬にフル開催の話題が出たのですが、
淀川の河川敷の周回コースだし、参加費は1万円だし、
そして何より、レースを想定して練習してないから走りこめてないしと、
当初はエントリーするつもりありませんでした。
けど、気が変わってエントリー。9月末のことです。

掲げた目標は「完走して63歳の公式記録を残す」、
目標タイムを設定できる状況ではありませんでした

10月から練習開始の短期決戦でしたが、目標ができたことで
練習内容が変わり、練習に対する気持ちも変わりました。
エレベーターを使わずに階段を一段飛ばしで昇るようになったのも
その頃だったと思います。

それまでも親身に色々とアドバイスいただいていたのに
やらなかったり、やっても続かなかったりだったのが、
遅ればせながら意識が変わって、徐々に続くようになりました。
また、レースを想定した練習メニューや
本番でのエネルギー補給など色々と教えていただき、勉強になりました。

おかげで、本番で「完走」の結果を残すことができ、
そして、「想定外」の38位でマラソンランキング入りです。

めでたしめでたしというところですが、何より感謝は、
公式記録が残る大会を開催してくださった関係者の皆さん、
そして、レース開催の情報を教えていただき、
練習をご一緒させていただいたMさんとNさんには
本当に心から感謝です。

あの時、1万円の参加費をケチったり、
走りこめてないからとエントリーしていなかったりしたら、
昨シーズンの記録はなく、
ランクインできなかっただけでなく、
生活習慣が変わることなかったので「今」の私は存在せず
体型はそれなりに劣化していたでしょうし、
体脂肪率も下がるどころか上がっていたかもです。

「意識」が変われば「行動」が変わり、
その行動が「習慣化」することで、身体が変わり、心も変わる。
良い習慣を身につける」ことの意義を実感です。

今シーズンも先が見えない状況が続きそうですが、
とりあえず、これから3カ月の夏の間は、
私のランの原点である「初心」のスロージョギングに立ち返って
「フォアフット着地の徹底」に取り組む方針に変更なしです。

「ええもん作れば、店は勝手についてきますがな」ぴかぴか(新しい)
―― NHKの朝の連続テレビ小説『あすか』で、
東ちづるさん演じるおばんざい屋の女将が、
竹内結子さん演じる和菓子職人あすかにかけた言葉です。
結果を求めんと、精出してお気張りやす」ということでしょうか。

自分たちの窮状を訴え、作品の売れない苦しさから、
「何とかして売る道がつかないものでしょうか」とお尋ねしたときだった。
私の作家生活において、生涯忘れることの出来ない言葉を聞いたのである。
「諸君は、売れるようなものをお作りになるから売れない。
売れないものをお作りなさい。必ず売れます」
目の洗われるような思いであった。
売れるようなものを作ろうとするのは、もうすでに
ものにとらわれた姿である。
何とかして売れるものをつくろうとすればするほど、心はくもる
そんな世事世俗にまみれた心から、良い作品は生まれるはずがない
そういう「はからい」は捨てよ、そして捨てようとする意識さえも捨てきれ
――岡倉先生(岡倉天心)は、そこを突かれたのであろう。
大西良慶・平櫛田中『人間ざかりは百五歳』
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田中苑(岡山県井原市)2012.3.31

とかく、わたくしどもは、
結果を求めることばかり焦って、脚下がお留守になり
今日のつとめを怠りがちでありますが、そこに失敗の原因があります
その日その日のつとめを堅実に果たしてゆけば、
未来の成功はおのずから席をあけて待っておる
のであります。
「太閤さんの心がけ」/山田無文『白隠禅師坐禅和讃講話』

大切なことは、
どのような境遇にいようとも、
精いっぱい人事を尽くす
ことではないでしょうか。
自分の人生にはどうにもならない面もあるということを知った上で、
信念を持って、自分自身の歩みを力強く進めていく
そうすれば大きな成功をおさめても有頂天にならないし、失敗しても落胆しない。
あくまで淡々となすべきことをなしていけるのではないか。
「人事を尽くして…」/松下幸之助『人生談義』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
My Revolution [2021年06月16日(Wed)]
昨日(6/15)のこと、体脂肪が12%の壁を破りました。
12%台と13%台を行ったり来たりしていたのが、ついに11.8%。
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ちなみに、BMIは20.5です。

ジムには行かず、家でもスクワットとか筋トレは続かず、
運動といえば毎朝のおはようジョグぐらい。
お腹に腹筋っぽいのが見えてきましたが、割れるまでいかず、
脚にも筋肉っぽいのがついてきましたが、お尻は弛んだままです。

個人的には、そんなタニタの体脂肪率より、
先週水曜日に採血して検査した結果を昨日聞きに行ったら、
悪玉コレステロールが100ジャストだったことの方が嬉しいです。
ゴルフでは、はるかに手が届かなかった100切りですが、
悪玉コレステロールの100切りは間近です(笑)。

そんなこんなで、昨日(6/15)は仏滅でしたが、
最上の大吉日とされている「天赦日」と、
何事を始めるにも良いとされる「一粒万倍日」の
二つの吉日が重なって、とても縁起の良い日だとか。
そのうえ、年金の支給日。
ならば、体脂肪12%のカベ突破と悪玉コレステロール100のご褒美に、
善は急げとワークマンへGoです。

今年2月に、ワークマンでランニングシューズを新調。
税込980円の軽量シューズと
税込1900円の厚底を3足、計4足買いましたが、
高反発の厚底は未使用のまま。
4月16日開催のプレ水都の6時間走の伴走は厚底でしたが、
2月末の篠山オンラインを含めてもっぱら税込980円の軽量シューズ。

さすがに4カ月経つとくたびれて、
特にソールの母指球から小指球あたりがかなり薄くなってきました。

使用頻度の少ない厚底を使う選択もあったのですが、
朝ランでフォアフット着地を心がけるようになった流れで、
厚底でなく、ゼロドロップシューズとして
ワークマンの「建さん2」にしました(税込680円)。
そして色違いで2足購入の予定だったのを、
一足はメッシュ地の「建さん」にしました(税込580円)。
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暑さ対策のキャプと腕カバーが赤札で提供されていたのでついで買い、
二足セットのソックスと合わせて。合計2,838円、
これで「万倍」に戻ってくれるなら儲けものと捕らぬ狸の皮算用です。

建さん、小学校の頃の運動靴に底が地下足袋って感じですが、
クルーザーのデッキシューズに見えなくもない(汗)。

何はともあれ、夏の間は、ロングやスピードの練習はせず、
ひたすら「建さん」でフォアフット着地に取り組もうと思っています。

心持ちは高倉「健さん」るんるん
マイ・ランニング・レボリューション、第二幕の開幕ですぴかぴか(新しい)

わき目もふらず……
いいえ、結構、よこしまな心を持って生きてますよ

高倉健『旅の途中で』


「成功」は成し遂げた瞬間から、過去のものとなってしまうけれど、
「成長」はつねに未来志向の考え方になる
だからこそ「成長し続けよう
中竹竜二『鈍足だったら、速く走るな』

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(2021/5/30)
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まがったキュウリ(2021/6/6)
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採れたてのキュウリ、トゲトゲがいっぱい
(2021/6/9)

松下幸之助のもっとも基本的で、潜在的にもっとも力強い思想は、
生涯にわたって学び続ける根源に関するものである。
重要なことは、確かな習慣と、その習慣を支える理想なのだ
彼は繰り返し人々に説いた。
謙虚な心と開かれた心を持てば
人はどんな経験からも、どんな年齢でも学べると。
人間的な大きな理想を抱けば、成功も失敗も克服し、
そのどちらからも学び、成長し続けることができると。
彼の驚異的な人生は、これらの主張の力強い証明にほかならない。
ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長
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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
敗者の言い訳と勝者の言い訳 [2021年06月15日(Tue)]
今日(6/15)の大阪の日の出は4時44分、
朝焼けの清々しい夜明けでした。
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自宅マンションのベランダから

先週10日から大阪の日の出は4時44分でしたが、それも明日16日まで。
明後日17日の夜明けは45分になるので、おそらく同じ44分でも、
すでに日一日と日の出は遅くなっているのでしょう。

日曜日(6/13)の夜に放送のテレビドラマ『ドラゴン桜』、
前日の伴走練習で話題になったので録画して見ました。
2005年放送の前作も見てなく、今回もすでに第8話ということで、
話の展開についていけませんでしたが、
心に残ったセリフがいくつかあり、その一つが
ミスした時に言い訳しない受験生は伸びない。言い訳には2種類ある」

その2種類とは「敗者の言い訳」と「勝者の言い訳」なんですが、
第一のポイントは、結果の勝ち負けに関係なく、
現実を直視して分析する(言い訳する)か否かということ

実のところ、結果の成績やタイムなど「数字」を確認しても、
昨日より良かった悪かった、仲間に勝った負けた、
設定した目標を達成できたできなかった、で終わってしまって、
肝心の「数字」に対して言い訳してなかったりして……
ということは、
「ミスした時に言い訳しないランナーは伸びない」ってことか。

そして、第二のポイントは、
ここに「敗者」や「勝者」は、結果の勝ち負けではないということ。

「勝者の言い訳」といっても、勝因の分析でなく、
勝っても勝った事実に得意にならず、
その過程で生じたミスを自分に厳しく分析し、
改善強化の課題を見極めて、次に生かすということ。

これに対して「敗者の言い訳」は、しっかり分析せず、
運がどうたらこうたら、体調がどうのこうの、天候がああじゃこうじゃ、
そして人がどうしたこうした、などなど言い訳ざんまい。

その意味では、勝ってもしっかり分析しないで、次に生かさず、
改善強化して成功の再生産につなげられないようでは、
それは「敗者の言い訳」になる。
となれば、
「勝敗の結果に関係なく、
 生じたミスを自分に厳しく言い訳しないランナーは伸びない」ってことか。
何のミスもせず、パーフェクトなんてありえないんだから。

反省の目的は発展であり、反省に基づく行動が自分を成長させてくれる
いやいや、たかがテレビドラマにこんな講釈たれるなんて無粋な話ですが、
たかがテレビドラマやおまへんわ。
伴走練習中の楽しいおしゃべりのおかげで、
ええ勉強させてもらいました。心から感謝です。

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伴走練習に向かう道すがら(2021/6/5)

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「必ず成功すると考えること」
物事がうまくいったときに、それを自分の力でやったのだと考えると、
そこにおごりや油断が生じて、つぎに失敗を招きやすい。
実際、成功といっても、それは結果の話であって
その過程には小さな失敗というものがいろいろある
それらは一歩過てば大きな失敗に結びつきかねないものであるが、
おごりや油断があると、そういうものが見えなくなってしまう。
けれども「これは運がよかったから成功したのだ」と考えれば、
そうした小さな失敗についても、一つひとつ反省することになってくる。

反対に、うまくいかなかったときに、
それを運のせいにして「運が悪かった」といことになれば、
その失敗の経験が生きてこない
自分のやり方に過ちがあったと考えれば、
そこにいろいろ反省もできて、同じ過ちはくり返さなくなり、
文字どおり「失敗は成功の母」ということになってくる。

そのように「失敗の原因はわれにあり」という考えに徹するならば、
そうした原因を事前になくしていこうという配慮ができるようにもなる
だから、それだけ失敗も少なくなって、どういう状況下にあっても
経営が順調にいくという姿になってくる
わけである。

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朝ランの雨上がりの道すがら(2021/6/13)

お互いが毎日仕事をしていく上で、
“これはうまくいった”という場合でも、
よく考えてみると、“ちょっと行きすぎでまずかったかな”とか、
“あれは失敗ではないが、もっとうまい方法があったのではないか”
といったことがいろいろあると思います。
そういうものをみずから反省し、味わうならば、
それはそれで貴重な体験になる。そのように、
小さな成功と小さな失敗とから成り立っている仕事の
一つひとつをよく味わっていく
ならば、
一見平穏無事の日々の中でも、さまざまな体験をもつことができ、
それらがすべて人生の糧となって生きてくると思うのです。
こうした小さな、目にも見えない平穏無事の中の体験は、
いわば心の体験とでもいうべきものでしょう。
かたちに現われた成功や失敗の体験だけでなく
この心の体験を日々重ねていくことが、
特に変化の激しい時代に生きる私たちには、
きわめて大切なのではないでしょうか。
日々の体験を味わう」/松下幸之助『人生心得帖』

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「日々是好日」

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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
Stay Hungry. Stay Foolish.「初心」 [2021年05月31日(Mon)]
今朝(5/31)のご来光
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自宅マンションのベランダから

意味深き経文(みおしえ)を いくそたび口に誦(ず)すとも
身にもしこれを行わず
 心、放逸(おこたり)にふけらば
沙門(ひじり)とよばん
そのあたえはあらず まこと、むなしく
他人(ひと)の牛をかぞうる かの牧牛者(うしかい)にたとうべし
「ダンマパダ」19/友松圓諦『法句経』

経文(みおしえ)を口にそらんずる まこと少分(わずか)なりとも
身に行う
こと法(のり)にかない
(むさぼり)と怒(いかり)と癡(おろかさ)とをすて
智慧(ちえ)は正しく 心よくほどけとき
この世にも著せず かの世にも執せざるもの

彼こそ沙門(ひじり)の列(みち)に入らん 
「ダンマパダ」20/友松圓諦『法句経』

映画『生きる』のDVDを見て思うところあり、
スティーブ・ジョブズの「伝説のスピーチ」を再読。
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自分はまもなく死ぬという認識が、
重大な決断を下すときに一番役立つのです」

Stay Hungry. Stay Foolish.
Steve Jobs, CEO of Apple Computer, on June 12, 2005.
「ハングリーであれ。愚か者であれ」スティーブ・ジョブズ
◆スピーチ全訳/日経新聞

今まで、ジョブズの「伝説のスピーチ」について、
自分なりに、このように受け止めていました。
・結果を求めず、ただ「点を打つ」
・「自分の可能性」を信じて前進し続ける
・明日を変えるのは明日ではなく「今ここ」
・Stay Hungry(貪らず) Stay Foolish(愚直に)

あらためて、じっくり読み直すと、
一つ目の大学をたった半年で退学した話では、
 「退学を決めたことで、…」
 「もし私が退学を決心していなかったら、…」
二つ目のアップルからクビを言い渡された話では、
 「人生をかけて築いたものが、突然、手中から消えてしまった
 「会社を発展させるという重圧は、
  もう一度挑戦者になるという身軽さにとってかわりました
そして、三つ目の話では、
 「本当に大切なことしか残らない
 「自分は死ぬのだと思い出すことが、
  敗北する不安にとらわれない最良の方法です」

決定者が「自己」か、「他者」か、「運命」かの違いはあるにせよ、
いずれも「捨てる」「手放す」であり、
その結果、「本当に大切なことしか残らない」で、
様々な「とらわれ」や「しがらみ」から解き放されて「身軽」になり、
「今ここに集注」して今なすべきをなす(点を打つ)。

「我々はみんな最初から裸です。
自分の心に従わない理由はないのです」

"Stay Hungry. Stay Foolish."について「初心」と受け止めましたひらめき

初心者の心には多くの可能性があります
しかし専門家といわれる人の心には、それはほんとんどありません。
In the beginner's mind there are many possibilities,
but in the expert's there are few.
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なにかを達成したいとか、達成したというような心がないとき
つまり、自分中心の思考がないとき
私たちは、本当の初心者なのです。
このとき、私たちは、初めてなにかを学ぶことができます

一番難しいのは、初心者の心を持ち続ける、ということです。
つねに初心者でいるということ、
ここに禅の本当の秘密があるのです。
このポイントは、とても、とても大切です。
もし坐禅を始めるのであれば、
あなたの初心に感謝する、ということから始めます。
ここに禅の修業の秘密があるのです。
鈴木俊隆『禅マインド、ビギナーズ・マインド』

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「初心」/鈴木俊隆『禅マインド、ビギナーズ・マインド』
柳田由紀子『宿無し弘文、スティーブ・ジョブズの禅僧』

「初心」
―― いっさいの「はからい」を捨てよ、
捨てようとする「意識」さえも捨てよ、ということか(無心、無私)

自分たちの窮状を訴え、作品の売れない苦しさから、
「何とかして売る道がつかないものでしょうか」とお尋ねしたときだった。
私の作家生活において、生涯忘れることの出来ない言葉を聞いたのである。
「諸君は、売れるようなものをお作りになるから売れない。
売れないものをお作りなさい。必ず売れます」
目の洗われるような思いであった。
売れるようなものを作ろうとするのは、もうすでに
ものにとらわれた姿である。
何とかして売れるものをつくろうとすればするほど、心はくもる
そんな世事世俗にまみれた心から、良い作品は生まれるはずがない
そういう「はからい」は捨てよ、そして捨てようとする意識さえも捨てきれ
――岡倉先生(岡倉天心)は、そこを突かれたのであろう。
大西良慶・平櫛田中『人間ざかりは百五歳』
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田中苑(岡山県井原市)2012.3.31

久しぶりにジョブスの「伝説のスピーチ」を読んで、
あらためて気づいたこと、もう一つ

それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間
私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。

松下幸之助『実践経営哲学』より――
「素直な心になること」
聞くところによると、
碁というものは特別に先生について指導を受けたりしなくとも、
およそ一万回打てば初段ぐらいの強さになれるのだという。
だから素直な心になりたいということを強く心に願って、
毎日をそういう気持ちで過ごせば、
一万日すなわち約30年で素直な心の初段にはなれるのではないか
と考えるのである。
初段ともなれば、一応事にあたってある程度素直な心が働き
そう大きな過ちをおかすことは避けられるようになるだろう
そう考えて、私自身は日々それを心がけ、また自分の言動を反省して
少しでも素直な心を養い高めていこうとしているのである。

ジョブズが17歳のときに
「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」
の言葉に出合って33年間、毎朝続けてきたということは、12,000日です。

ジョブズが説く"Stay Hungry. Stay Foolish."とは「初心」であり、
松下さんの「素直な心」に通じると受け止めましたひらめき

そして何より肝要なのは、学んだ教えを「身に行う」こと。
身に行わねば「他人の牛を数える牛飼い」です(上記「ダンマパダ」19)

学んだことや気づいたことを「無意識に行動」できるよう「習慣化」する。
これについて、先日(5/16)放送のNHK「こころの時代」で、
為末大さんと仏教学者の蓑輪先生との対話が印象に残っています。

箕輪先生「日常的な習慣として良い習慣を身につける
それはある意味で環境を整えていくこと
それを主体的にやるところが大きかったのではないか」
為末さん「今の話を伺っていて、私たちの世界にすると
戒律は「ルール」のイメージが強く、
習慣は「ルーティン」のイメージが強くて、
ルールはしてはいけないことですが、ルーティンは
それを自然にしてしまうように体に刷り込ませるものなんですね
私たちの世界では、無意識に同じ行動を取ることによって
心の状態を毎回同じに作れる
のでルーティンが大事で、
似てるのかなと思ったのですが」
箕輪先生「律には、他者から強制的にというニュアンスが入るんですが、
戒には、強制ではなく、自らが進んで身につけていくもの
それをすることで修行がしやすくなる点があったと思います」


松下幸之助のもっとも基本的で、潜在的にもっとも力強い思想は、
生涯にわたって学び続ける根源に関するものである。
重要なことは、確かな習慣と、その習慣を支える理想なのだ
彼は繰り返し人々に説いた。
謙虚な心と開かれた心を持てば
人はどんな経験からも、どんな年齢でも学べると。
人間的な大きな理想を抱けば、成功も失敗も克服し、
そのどちらからも学び、成長し続けることができると。
彼の驚異的な人生は、これらの主張の力強い証明にほかならない。
ジョン・P・コッター『限りなき魂の成長
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人生とは、ひとことで言えば習慣です
習慣とは繰り返すことにほかなりませんから、
強い意志をもって臨めば、
やがて習い性となって大いに人生の助けとなります。
それは、生活に限らず、生きかた、目標のもちかた、
仕事への向かいかた、言葉の使いかたから、ふるまいまで、
行為のすべてです。その意味で、
私の人生は、まさしく習慣のたまものです。
日野原重明『与命』

行動を繰り返すと、それは習慣になります。
毎日の仕事や生活の中で、こうしてみようかな、と思ったり、
あのときこうすればよかったのではないか、と気がついたりすることが
だれにでもあるでしょう。
気づいたら、どんな小さなことでも、それをそのままにしておかない
よくないと思った悪い癖はやめる
いいと思ったことは続けてみて、それを習慣にしてしまう
毎日が「思いついたらすぐ実行」の積み重ねというわけです。
やろうと思うだけでは、やらないことと同じです。行動こそが勝負です。
日野原重明『いのちの使いかた』

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「日々是好日」


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愚直に一歩、一歩、もう一歩足跡
立ち止まってはいられない

Thank you very much. この続きはまたいつか四つ葉
会計は算術ではなく、思想である位置情報
会計情報という数字を介して、経営との対話がはじまる。
 
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