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2020年03月16日

【三澤了さん追悼集より】横田弘さんと三澤了さん対談記事

三澤了さん追悼集より、DPI日本会議機関誌Vol.22-2(2006年発行)より転載した特集記事「障害者の『生』と『尊厳死』」より、2013年にお亡くなりになった横田弘さんと三澤さんの対談記事を再掲載します。

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本日、相模原市の殺傷事件の地裁判決が出されます。
公判は16回にわたって開かれました。
そのたびに、被告から出される差別的な言葉の一つ一つが文字になり、ニュースになり、多くの人が口にすることで、また心を痛め、再び事件を振り返る。
そのような年月を過ごしてきた方が、とても多かったのではないかと思います。

「障害者は当たり前に生きていってはいけないのかという、それだけですよ。」
横田さんの言葉で締められた対談は、事件が起きる10年前に行ったものです。
いま、また多くの方にご一読いただきたいと思います。

◇記事はこちらからご覧いただけます(PDF)◇
※大変申し訳ありませんが、PDFデータはテキストが挿入されていません。
 ワード版はこちらからダウンロードできます。


横田弘(よこた・ひろし)さん
1933年、横浜市生まれ。難産による脳性マヒのため不就学。60年、脳性マヒ者の組織「青い芝の会」に参加。64~67年、障害者解放コロニー「マハラバ村」に参加。この間に結婚、長男誕生。70年に起きた、障害児殺しの母親に対する減刑嘆願運動反対の取組みを皮切りに、「青い芝」神奈川県連合会の一員として、映画『さようならCP』制作・上映、バス乗車拒否に対する闘争、優生保護法改定反対運動、養護学校義務化阻止闘争など、障害者の生存権確立運動を展開。
2013年6月3日、80歳のお誕生日を迎えられた翌月に逝去。



posted by ayano sato at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ
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