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2006年10月04日

糸川英夫 博士 !!

【はやぶさ】の小惑星【イトカワ】着陸再発進は大ニュースだった!!


日本の宇宙開発の生みの親、糸川英夫博士が発見した流星(小惑星)にイトカワという名が付けられた。

確か、地球から一万六千キロメートルの位置であったと思う。

宇宙飛行士が搭乗して宇宙ステーションの建設にアメリカ、ロシア、日本など各国の宇宙関係者が研究や実験に日夜励んでいるが、この有人飛行の地球からの距離は三百キロメートルか三百五十キロメートルだという。

これに比べ小惑星【イトカワ】は一万六千キロメートルもはなれたところを移動している。

日本の調査機はやぶさは無人ではあったが、地上からの遠隔操作で、この氷やチリの塊である【イトカワ】も着陸を行い、物質を採取して、自らの持つエンジンを噴射して地球に帰還しようとした。

その間機器の故障があったかわれわれは、素人にはよくわからないが、【はやぶさ】は、再び【イトカワ】に着陸し作業を行い再び自力で発進して目的をはたしている。

採取された物質はそのまま持って二千十年地球に帰還するのだという。

その方は科学者に任せておけばいい。

われわれは、ソビェートのガガーリンがはじめて宇宙に飛行した時の感動を忘れることが出来ない。

【地球は青かった】という名台詞は人類の存続する限り語り継がれる筈だ。

旧ソ連は軍事目的のためにガガーリンを飛行させたのであろうが、世界の一般市民は純粋にガガーリンの勇気を称賛した。

リンドバーグが大西洋単独無着陸飛行を行いパリの飛行場に着陸したときも、同じであったろう。

純粋に感動し、共に生きることに協力し合い、軍事目的などに使わないことだ。

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2006年10月14日

日本財団CANPANブログ大賞 No.1

入鹿は聖徳太子だった!1300年の謎解ける…



作者不詳の大いなる仕事


若い頃は短歌などのわきに、作者不詳の文字を見つけると「あゝ、そうかこの作品を書いた人が、ただ単に詳らかでないんだ」と、あっさりわかったような気になって何となく納得していたものである。

しかし、長く生きてくるとこの「作者不詳」の四文字が紙面から、浮き上がってくるばかりでなく作者不詳どころか、れっきとした作者が存在して、存在しているばかりでなく、間違えば斬首の刑は免れないという、絶対、絶命の仕置場に座らされている、ギリギリの土壇場に追い詰められて、身動き出来ず半ば諦め無念さが交錯する最後の瞬間を、背にして「おのれ」と相手を睨みつけ青白い、血の気の引いた目だけが、ぎょろぎょろと動き、ときたま天を睨みつけ、来し方を懐かしみ己の哀れな生涯を悔やみもするか。

不詳者でなく、作者は自身の中に蓄えられた全ての知のかたまりを凝縮して、「一字、一字」その文字の造られた経緯、時が流れて次第に音も訓も独自の変化をし、人々に慣れ親しんでいく、表と裏に隠された意味の、卑猥な言語に先ずは読む者を取り込み、そこで、かっかと笑わせ面目がらせ、あっさり乗せて持ち運び、「はぃ!一丁上がり」(^^)と片ずけて置いて、もうその時には下地の文字を頭の中で作りだし、これなら、絶対に見破られまい、彼等の一枚も二枚も上を行く知の作業なりと脳を痛いまでにしぼり、足や手は極度の緊張で硬直し、ガチガチになって、まなこは、上にらみになり、異様な光を放つ。


脊髄から脳天まで真っ直に突っ張り、もっとわからなく、さしながら伝えるべき人間には正確、迅速に伝わらなくては駄目なんだ。


伝わって伝わらず、それは何代も何代も何代も期を経て明るみにでる策略に満ちた作業だ(^_^.)…
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2006年10月16日

日本財団CANPANブログ大賞 No.2

当面、火焙りりや斬首を警戒して…

いつ馬のひずめの音がしてあっという間に暗殺者に土足で、踏み込まれ、ひんむかれた凶暴な一閃、大きく開かれた口から泡を飛ばし「この裏切り者!」

鍛えられた太く力の籠もった腕に握られた刃が、目に見えぬ速さで突き進んでくる。

床の間の刀に手を伸ばす間もなく刃の餌食になってしまう。

人間は在るように見えていて実際は何もないのだが…

そういうことは、勉強を積み修業を重ねた人にははっきりわかるのだが、人間因果なもので、

そういうことを考え気高くなっている同じ人が…        同じ腸や臓器や手足、上の毛

、下の毛に至るまで全く同一の存在で、これが時間が変わるに従って目に映るものも変わり、

段々に怪しく始末の悪いものに変わって行く。

そして、似ても似つかないものに成り下がっていく。

昼間は、天下国家を論じ、それにいのちをかけるなどと立派なことを言いおった者がだんだん助平に変わり、悪魔に変貌していく。

夜とは、不思議なものだ。

悪魔に変貌して行く方がもしかしたら、本物であるかもしれない。

しかし、相手は子を産だら10年、20年ときには、一生涯その子にしばられ、あの世に、

行ってまで背負っていかなければならない。

野郎はそういうことがわからない。困ったものなのだ。

同じ肉体が聖者にもなれば、ならず者にもなる…




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日本財団CANPANブログ大賞 No.3

言葉はこうして創られる



しかし作者不詳はこの時間の経過と人間の変容を、巧みに正確につかみ取り、

字の形や歴史的、伝統的環境の変化に応じ二重、三重に使いこなして行く魔術師でもある。


すぐれたインテリあり、エリートであり、哲学者であり、詩人であり、偉大なる文学者でもある。

彼(彼女)は一つの現実のものを取り上げて…   それが、現実には全く似て似つかぬ、

物を過去の生きた人々の生活や体験の中で極めて自然に生々とぶつかり、はじき返し泣いたり、笑ったり、喜んだり、怒り狂ったり、しながら交わした言語、いつかその場でひょいと、

変わり相手の気をくすぐることに、よってある種の反応が起こることに限りない喜びが、

湧き起こり、それが相手に伝染するからだが、ますます、反応、緊張がふくらみ浮上して、

活気を帯び、手足を動かすようになって、祭りのように笛や太鼓の音になって心も体も踊って来る。


笑わせたり、面目がらせたりする、身振りや言葉は、本人が出そうと企んだものではなく、

言ってみれば、神の仕業かも知れないのだ。


そして、一時の狂った時が流れ祭りは、終わりを告げる…
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2006年10月18日

日本財団CANPANブログ大賞 No.4

人々は、気だるさが残り、口々に何かを喋り、家に帰って行く。

作者不詳者のねらう、ほんの隙間から、隙間に間違えたり、わざとやったり、いつ変わったのかもわからない、繊細なこころと身体の状態の一時の変化すら見逃さない。

そして現実にはまるまで、違うものの言語の源泉から来る同系性を見抜き全く違う現実のものを結び付けてしまうのだ。

それ故、一方はどうしたって伝えずに置くものか、反逆心の燃え狂いと何千年何万年経とうとどちらがどう真実でどちらがどう悪事を働いたかを、わからせてやる、祈り殺しの執念があり、

他方では、庶民が好み喜ぶ、猥褻さや、卑欲な言葉を連ねて、さりげなく運搬してしまう。


パターンは、五つも、六つもあって決して敵に感付かれない。

敵はクーデターにより一族朗党を倒し国家の転覆を計り、まんまと目的を果たし、尚かつ、

朗党の抹殺を計っているのだから、西欧の一神教の侵略や、虐殺に似ている…

日本財団CANPANブログ大賞 No.5

作者不詳者の刻々たる作業千何百年も、眠り続け途中、何べんも明るみに出る、

機会もあったり、なかったり、三度、四度、五度と眠り続け、二十一世紀に、辿り着いた。


そして世界中至るところで、古墳の発掘、様々な遺跡の調査の発掘が進行し、

思わぬ新しい事実が、わかると同時に、中には新たな疑問も投げかけられる。

為政者、学者、医師、僧侶、権力の廻りに集まる者たちが、鳩首協議をし、歴史の事実を、


捻じ曲げてしまう。

全く、恥も外聞も無い…  厚かましさで、捏造をやってのける。

解釈や論理の追求によって明々白々たる事実を平然と削除したり、書き替えたりする。


人間の悪しき執念と、欲望の凄さを、しみじみ感ずる。

政権維持派にとっては、それをやらなければ、そんなものは馬鹿であって、取り合う必要なし。

為政者は、改竄なしにそのまま放任すれば、やがて先に行って一門の存立の危機を招く、

ことも有り得る。

早い段階で、芽をつみ、再び掘り起こしを、させぬよう諸々の注意と仕掛けを施し、

完全を期する…
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2006年10月20日

日本財団CANPANブログ大賞 No.6

権力者は、あるときは何等の命令も指令も発しない。

発せずして部下は権力者の意図するところを、どれ一つ落ち度もなくやってのける。

そうすれば、命じた者もなければ、命令を受け取った者もない。

ただ、そこに抹殺者が、横たわっているだけである。

だが、噂は、別だ。

噂は強力な力を持っている。

表向きの言葉にならず、ひそひそ話の中で伝えられていくから、何重の意味と凄みを帯びてくる。

「おゝ怖わ^_^;〜〜〜」

後は、言葉を止めて、その場を立ち去るか、堅く口止めをするか、(そんなことは、絶対に出来ないので、噂は一方的に広がるだけだ)


為政者は、その効果をも、十二分に考慮に入れている…
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2006年10月22日

日本財団CANPANブログ大賞 No.7

日本人の曖昧さと沈黙の偉大さ



日本人の持つ無数に近い、一人称の数が、それを、証明している。

私、儂、俺、我が、輩、朕、おいら、俺っち、わい、あたい、拙者、わしらぁ、わたくし、わらわ、

僕、予…


皆さま、ご承知のように、まだまだいくらでもある。

しかし、他の国には、英語はi、独逸語はich、仏蘭西語はje。

私は私だけしかないという。


日本人の言葉はあいまいで、何を考えているのか、わからない、気味が悪いなどと、よく

言われて来た。

その、あいまいさが、時に珍重され、多くの白人たちには、軽蔑され、非難されて来た。

しかし、この島国に住む日本人には、国土の狭さや、国に連なる山脈、少ない耕地、生きて

行くには、支配者の作ったや組織を離れたら、乞食になるか、死ぬ以外にない。


村の隅々まで、全部調べ上げられていて、共同体に馴らされている…
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2006年10月23日

日本財団CANPANブログ大賞 No.8

日清、日露の役など、捕虜になった家は、村八分にされて、孫子の代になっても、

なお且つ、そのリレキは、残っている。

このように、日本の庶民は、絶えず、その都度、その都度、態度や、言葉を変えて相手に、

へつらい、お辞儀や、手をさすり、相手の気をうかがう、また、時には、積極的に、

徒党を組み、代官をおどかしてみたり、実に種々雑多、手練、手管、戦術、戦略を、

心得ている。


腹芸などは、どこの国でも使われているが、日本人の場合、うってつけである。

ボーボワールやサルトルが、日本に来たとき、日本人には、敬語が多すぎる、

この国は新しさと古さが、同居しているなどと、言っていたが、その敬語が、どうして、

どうしていろんな意味を、持っている。

それだけで、一冊も二冊も本が、書けるのではないか…

2006年10月24日

日本財団CANPANブログ大賞 No.9

大分昔になるが、この国にはヘルマン・ヘッセが大流行したことがある。

ごく最近も、そのような兆しがないでも、なかったがこの人の本領は「私」はichしかない

という、ところにあるのではないか。


日本人に一人称は、どこかで消えてしまうのも、しばしばであり、そのことが日本人の、

心の深さを、物語る場合が多いのだが、浮遊する一人称は、まだまだ研究が足りないの

ではないか?


べらべら喋れば、必ず災いを招く。

天に向かって唾するようなものだと、よく言われる。


たしかに悪口を言えば、廻り廻って自身に戻ってくる。

そこで、「沈黙」という最高の美徳が日本人の間で培われた。

沈黙するということは、極めてむずかしく現代社会では、奇人、変人扱いされる。


それどころか、ややもすれば無能者扱いされるかも知れない。

沈黙の中には、緻密さ、強い忍耐力、決断力、などが… ひめ られていると思う。


そして重厚さが、


基本にある…
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