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特定非営利活動法人せんだい・みやぎNPOセンターのブログ
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仙台市、宮城県の市民活動やNPOの情報を中心に、中間支援組織ならではの情報をお届けします!
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『"場"をつくる事の喜び』庄司真希さん:仙台短篇映画祭実行委員会スタッフ[2010年11月02日(Tue)]
『"場"をつくる事の喜び』

仙台短篇映画祭実行委員会
スタッフ 庄司真希

先日、無事「ショートピース!仙台短篇映画祭2010」が無事、閉幕しました。この映画祭は、せんだいメディアテークと市民有志による実行委員会の共催で、なかなか映画館などで見る事のできない短篇映画を上映し、「若い作り手の支援」を基本柱に毎年秋に開催しているイベントで、今年度10年目を迎えました。

今年は、『開拓』をテーマに、4日間約40本の短篇映画を上映しました。作品名はもちろんのこと、出演者や監督の名前で「見よう!」と思うような作品は少なかったと思います。どちらかというと、仙台市民は、東京で流行ったものを指針に、映画館へ出向く方が多いと聞きます。有名な方や今すでに流行ってるものをもってきて、多くの動員を得るという方法もありまが、コツコツと「こんな映画もある」「こんな映画を作る人たちがいる」ということを伝えていくのが私たちの役目だと改めて思いました。

また、シアター外で、映画を観るに留まらない試みも、いろいろ行ないました。1階のオープンスペースでの『ご近所映画製作ワークショップ』では、3時間で映画を作って、上映まで行ないました。7階のスタジオ内では、他団体との連携企画を行ないました。『声優体験講座』はたいへん好評でした。『サロン・ド・シネマ』という映画について気軽におしゃべりする場も企画しました。

来年は、11年目。スタッフの気持ちはすでに来年に向けて動いています。
まだまだ広報戦略の強化は最大の課題ですが、これからも、観客と作り手、作り手と作り手、作品と観客などをつなげていく"場"を作っていくことに今からドキドキわくわくしています。

仙台短篇映画祭実行委員会では、随時ボランティアスタッフを募集しています。
一緒にショートピース!を盛り上げてくれる方、ぜひ御一報ください。
詳細は、ホームページを御参照ください。
www.shortpiece.com
「「昭和の映像の宝探し」にときめいています」坂本英紀さん:NPO法人20世紀アーカイブ仙台理事長[2010年10月05日(Tue)]
「昭和の映像の宝探し」にときめいています

特定非営利活動法人 20世紀アーカイブ仙台 
理事長 坂本英紀  

私たちは、各家庭に眠る写真や8ミリフィルムなど
を有効に活用できるように、収集・保存・デジタル
データ化して、様々な方々に観ていただく活動を
しております。  

つい先日も、鹿島台で家電店を営む方から寄贈
いただいた8ミリの中に、昭和35年に家電品を展
示した様子が映っていました。
鹿島台中学校の教室を会場に、当時はまだ物珍
しい電気釜や白黒テレビ、編み機などが所狭しと
並べられ、大勢の和装姿の主婦の人々が目を丸
くして電化製品を見ているというもの。それまで手
にすることができなかった電化製品に対する憧れ、
そして我が家で使う事への興奮が、手に取るよう
に伝わってくる映像で、当時の日本ではどこの町
でも日常的に見られた光景でしょう。


私たちは「回想法レクリエーション」というものを活
動のひとつとして実施しています。高齢者の方々
に前述の様な日常生活の懐かしい映像を10分程
度観ていただき、古道具を使ったりしながら、ご自
分の思い出を話したり聞いたりするというものです。

話しをすることで脳を活性化させ、認知症や介護の
予防効果があると注目されている回想法レクリエ
ーション。会の終了後は、高齢者の方々の表情が
明るくなったと施設の職員の方が驚くほど!
それを聞くと私もやって良かったと嬉しくなります。


レクリエーションでどんなお話しが聞けるか私自身
も楽しみですし、中身のわからない8ミリや写真の
ネガなどが寄せられるたび、どのような昭和の仙台
を見せてくれるのか期待で胸も膨らみます。


フィルムとの出会いは、さながら「昭和の映像の宝
探し」。
そんな「宝探し」に私はときめいています。
「まるで別の街のような、「過去の仙台の姿」にときめいています」佐藤正実さん:NPO法人20世紀アーカイブ仙台 副理事長)[2010年09月07日(Tue)]

まるで別の街のような、
 「過去の仙台の姿」にときめいています

特定非営利活動法人20世紀アーカイブ仙台 
               副理事長 佐藤正実

東京オリンピック開催、東海道新幹線が開通した
昭和39(1964)年に私は生まれました。

ここ数年、昭和30〜40年代ブームが続いています。
日本は右肩上がりの好景気に踊り、「明日は今日
より豊かになる」と希望に満ち溢れていた時代…。
2005年に公開した映画『ALWAYS 三丁目の夕日』
のヒットが、ブームの先鞭をつけたとも言われており
ます。

実は、私がこの「昭和時代」にときめきを感じたのは、
偶然にもこの2005年でした。
きっかけは、ある方から資料として見せていただいた
「昭和3年発行仙臺市全図」。

約80年前に作られた地図には、戦災消失した仙台
城大手門があり、評定河原には広い牧場、そして50
年間市民の足となった市電のルート、仙台の旧町名…。

仙台にずっと住んできたのに、全く観たこともない仙台
の姿を目の当たりにして、食い入るように地図を眺めま
した。まるで別の街を観るかのような錯覚にとらわれた
からです。

その後、写真、8ミリなどの素材収集を始め、2008年、
志を一にする方々とご縁があり昔の仙台を映す8ミリフ
ィルムの募集を開始。
2009年にはNPO20世紀アーカイブ仙台を設立し、4月に
「クラシカル センダイ」というDVD付き写真集を発表しま
した。

収められている写真・映像は、デパートの屋上遊園地や
仙台七夕まつりなど、市民が撮った身近な様子。普通
の生活ぶりを映した映像が、当時の風俗を知る貴重な
映像資料として甦った作品となりました。

昭和時代の仙台が映る写真と映像、そして、大正・明治
時代の仙台が映る写真。
「明治時代の芭蕉ノ辻はこんなだったんだ!」リアルに
観てきた仙台とは異なる映像に出会うたび、新発見の
ときめきを感じています。
「私は今、”あの頃の仙台”にときめいています」伊藤清市さん(「ゆにふりみやぎ」バリアフリー情報提供ブログ運営者)[2010年08月03日(Tue)]

「私は今、”あの頃の仙台”にときめいています」
              
                      伊藤清市

大学時代から続けているバリアフリーの活動も15年
以上になり、自分なりによくやってるなーと自画自賛
しておりますが(笑)、その原動力はなんだろうと最近
とみに考えるようになりました。

永遠のテーマに等しい、高齢者や障害者に対する
まちづくり、いわば社会のノーマライゼーション化とい
う高尚な理想もありますが(汗)、それ以上に地域愛、
地元愛が人一倍強いことが、自分を奮い立たせてい
るのかなと感じています。

 先天性の障害を持った私は、義務教育のほとんど
を入所施設で過ごし、地元の学校に通える子どもた
ちのような通学や道草の楽しみを経験したことがあ
りません。

唯一の楽しみは、週に1度の外泊時に、親が様々な
所に連れて行ってくれたこと。親とすれば社会性を身
につけさせる目的があったのでしょうが、好奇心旺盛
で自由奔放だった私はたびたび親を困らせていました。

しかしその時の、自分の目で楽しみを見つけ、バリア
だらけの現実に落胆したことが、まちへの愛着を増大
させ、バリアフリーの活動に繋がったのだと思います。

 私が子どもだったころの仙台は、現在のJR仙台駅舎
とペデストリアンデッキが完成し、アーケードへの車両
進入が禁止になり、全国的にも有数のアーケード街
が現れるという、街の顔が大きく変わる頃であった
一方、市街の映画館の閉館が相次ぎ、百貨店の屋上
遊園地が消えつつあるという、残念な出来事も数多く
ありました。

 ここ数年、そんなあの頃の仙台を思い出させてくれる
DVDや書籍が書店の店頭を賑わせています。それら
を見たり読んだりする度に、オールディーズからちょっと?
後の、自分ならではの昭和が広がってきます。

バリアフリーの活動をしながら、あの頃の仙台に思いを
馳せる。温故知新を大切にしながら、これからもずっと
仙台で暮らしていければいいなと思います。

次回はそんな歴史の世界へいざなって下さった方に
バトンをお渡しする予定です。
お楽しみに。
「私は今、”人との出逢い”にときめいています」(小椋亘さん『寺岡・紫山コミュニティーサイト』運営)[2010年07月06日(Tue)]

今回、当センター職員の吉田からのバトンを受けて、
初めて「ときめきエッセイ」が当センター外に飛び出
しました笑顔

寺岡・紫山コミュニティサイトの運営をなさっている
小椋亘さんです。

「寺岡・紫山コミュニティサイト」 
 https://blog.canpan.info/parktown-t-m/archive/63

では、以下、小椋さんのときめきエッセイをどうぞ。

次号は小椋さんからどなたにバトンが渡されるのか、
これまた楽しみですね音符


***********************



「私は今、”人との出逢い”にときめいています」

                         小椋亘

私は『寺岡・紫山コミュニティーサイト』という地域情報
サイトの活動をしています。
地域の情報を公開し出逢いや繋がりを生む場を作るこ
とで、全ての住民が孤立しない温かい地域を目指して
活動しています。

なぜなら、私自身これまで多くの出逢いと人によって助
けられてきました。その為に、人と出逢いには無限の
可能性を感じているのです。

私はとても生き辛さを感じている28歳です。自分自身に
対する理想と現実のギャップに苦しみ、人との付合いや
自分を表現することが苦手で、なかなか自分自身を好き
になれず、苦しくなってしまう事があります。

しかし周りには、こんな私をいつも受入れてくれる方々
がいたから、苦しい時でも乗越えることができました。
当然ですが、これも出逢いが生んだとても有難(奇跡)
い人間関係だと考えています。
仕事や生活やNPO活動の場面でも、ふとした人との出
逢いによってその分野に興味を持ち関わり始め、結果と
して人生を大きく変えたという事が沢山あると思います。
そのくらい人との出逢いは非常に影響力が大きく大切
なことだと感じています。

昨年、地域の知人が自殺しました。彼の気持ちを考える
と今でも胸が締め付けられます。もしかすると、彼も出逢
によってはそのような状況が変わったかもしれません。

抱える問題や求める事は人それぞれでも、誰もが人との
出逢いの中で元気づけられ支え合える可能性がある以
上、私は「出逢い」と「人」に無限の可能性と愛を感じて
います。
そんな人と人が出逢うサポートができれば、素晴らしい
と考えています。

当サイトでは、あえて狭い地区の情報だけを公開してい
ます。これは、学区の単位が一番近く現実的な関係や
繋がりを築きやすい範囲だと考えたためです。身近な情
報を「誰もがいつでも知れる」状態にすることで、現実的
な出逢いをサポートできれば嬉しいです。

これからも、一人の地域住民として地域の方々と関わり
を持ちながら、色々な方法で繋がりを生む活動をしてい
きたいと考えています。また他の地域にも情報サイトが
誕生するように普及活動やネットワーク作りをしていきた
いと考えています。興味を持って頂いた方は気軽にご連
絡ください♪



<小椋亘さんプロフィール>

1982年生れ。生まれも育ちも寺岡。
二十歳頃に「人」「自分」「生」に興味を持ち始める。
未だに「幸せってなんだろう」「自分はどんな人間になっ
ていこう」という答えは見つからず、本を読んだり人と話
したりしながら勉強し模索している。
「海とライフセービングと人々の輪」(仙サポ勤務:吉田祐也)[2010年06月01日(Tue)]

「海とライフセービングと人々の輪」

         吉田祐也
         仙台市市民活動サポートセンター勤務

私は海が好きです。海は地球上で一番落ち着く場所です。
私にとって、大切な家族や仲間と海でワイワイしている時
が一番幸せな時間です。

そんな大事な海を守り、「こどもたちに海の楽しさを伝えた
い」と思い、ライフセービングに出会いました。楽しいという
ことの大前提には「安全である」というのが重要です。

海はときに簡単に人の命を奪います。それは海に対する
知識の無さが原因です。日本は海に囲まれているので、
全国各地に海水浴場があり、夏には多くの海水浴客が
海に訪れます。と、同時に毎年多くの人々が海で亡くな
ります。

ライフセービング活動では、パトロール業務はもちろん
大事ですが、海に対する知識を普及・啓発していくことも
重要です。
「あの場所は足場が急に深くなっている・海には沖への
流れがある」といった海に対する知識が、一人一人の安
全意識を高めます。
ですので、レスキューするだけではなく、「安全な環境を
作る」ことがライフセーバーの使命なのです。

私はNPOとはライフセーバーを通して出会いました。
茨城県大洗町に「海の大学」というNPO法人があります。
この場所では、海を中心としてのまちづくりの一環として、
ジュニアライフセービングプログラムを実施しており、子ど
もたちに海に関わる教育を行っています。

さらにサーフィン教室・カヌー教室・釣り教室といったマリン
スポーツの普及活動も盛んで、海を中心として老若男女
の人々の交流が生まれています。地域のつながりが希薄
になってしまった現代の日本。海をキッカケとした人々の
輪が、この大洗町にはありました。

宮城にも七ヶ浜や仙台港など、素晴らしい海がたくさんあ
ります。私は、「宮城にも安心して遊べる海の環境をつくり、
大洗町のような人々の交流の場所があったらいいな!」
とときめいています。

次回のときめきエッセイは、地域づくり活動として、泉区で
寺岡・紫山コミュニティーサイトを運営している
小椋亘さんです。

小椋さんはどんなことにときめいているのでしょうか?
「マリンバとカホンで脳トレ」(仙サポ勤務:伊藤香)[2010年05月11日(Tue)]

「マリンバとカホンで脳トレ」

仙台市市民活動サポートセンター勤務 伊藤 香

50歳になった時に、脳トレも兼ねて、マリンバを本格的
にやりたいと思いはじめ、仙台市内に在住の先生を捜
し当て、習いはじめました。

マリンバはピアノなどと違って、手が直接楽器に触れる
事がなく、マレットと言うバチを通して音を出すので、特
に初心者にとっては楽譜を見ながら演奏することが難し
く(見る暇がない)、基本的にはすべて暗譜しなければ
なりません。

そのことが脳の活性化に繋がっていると思っています。
また鍵盤はおもにローズウッドという木を使用している
ので、その音色はとても柔らかく、特にトレモロの響きは
癒し系の音になり、聴く側はもちろん、演奏する側も、
癒される気がします(自己陶酔?)。

 マリンバに限らず、叩くものは何でも好きです。先日、
前々回の‘ときめきエッセイ’に登場したサポセンスタッ
フの菊地が紹介していた、NPO法人オハイエ・プロダク
ツが主催する「カホン・ワークショップ」にはじめて参加し
て来ました。

箱型の打楽器で、その楽器に直接腰掛けて叩きます。
箱の裏側に響く線が張ってあり、叩くと独特な音を出し
ます。20名程の参加で、中には障がいを持った方や、
小さなお子さんも参加していました。

最初に基本的な叩き方を教わり、ビートルズの曲に合
わせて、それぞれのイメージで合奏しました。慣れて来
るにつれ、皆のりのり状態で、3曲ほど演奏しました。
誰でもすぐに覚えれられ、すぐに演奏できる「カホン」の
すばらしい体験でした。これで終わりにせず、ゆくゆくは
“サポセンカホン隊”を結成できたらいいなあと思ってい
ます。

次回はサポートセンター唯一の体育会系スタッフの
吉田祐也です。
ライフセーヴィングの話など出るのでしょうか?
「みんなで取り組む楽しさ」(仙サポ勤務:菅野祥子)[2010年04月06日(Tue)]

「みんなで取り組む楽しさ」

       仙台市市民活動サポートセンター勤務 
       菅野祥子

ときめきというか、昔からみんなで何かをつくりあげる、
というのが好きです。
ようするに、けっこうお祭り好きってことです。

それが一番表れているのが、学生時代に芝居をやって
いたことだと思います。みんなでひとつの作品をつくりあ
げ、達成感を共有できる喜び。まさに青春でした。

そこで音響を担当していたことから、以前、結婚披露宴
の音響スタッフとして働いていました。最近、今のサポ
ートセンターでの仕事は、その時やっていたことと似て
るなあ、と思うようになりました。

共通点は「想いを実現するサポート」と、「連携」です。
披露宴にかかわるスタッフの仕事は、お客様(新郎・新
婦)の「こんな披露宴にしたい」という想いを実現するの
をサポートすることです。
音響スタッフは、音楽の面でサポートしていきます。
時には、想いを洗い出し整理するところから始まることも
ありました。そして各スタッフ間の連携が重要で、特に
当日のスムーズな進行には必要不可欠なものでした。

今サポセンでしている仕事の中には「社会に対して何か
をしたい」という想いを実現するサポートがあります。
また、昨年の夏からサポセン地下にあるシアター担当に
なり、まだ研修中の身ではありますが、シアター担当の
仕事は「何かを表現したい、伝えたい」という想いを実現
するサポートだと思います。そしてここではスタッフ間の
連携・協力はもちろん、外部の関係先につなぐこともあり
ます。

シアターの場合は、想いを持ったご本人と一緒に取り組
み、実現を目指します。
他の業務でもチームで取り組むことが多いので、「みん
なで何かをつくりあげる」好きの私としては楽しいかぎり
です。この間、企画チームヘのメールにこんなひとことを
添えました。
「いい仕事して、美味い酒呑みましょう!」

次回は同じく仙台市市民活動サポートセンタースタッフ
の伊藤香にバトンタッチです。
伊藤はマリンバ演奏が趣味で、ちょっとお茶目なところ
が人を和ませます。
はてさて、どんなことにときめいているのでしょうか?
「パーカッションと自己表現と市民活動」菊地竜生スタッフ[2010年03月02日(Tue)]

ときめきエッセイ


「パーカッションと自己表現と市民活動」

菊地竜生
(仙台市市民活動サポートセンター勤務)


パーカッションが好きです。
トントン、トコトンと太鼓を叩き音の粒が弾ける瞬間
も好きですが、何より太鼓は叩けば音が鳴るので、
誰でも簡単に自己表現できるというのが魅力だと
思います。

 私が参加しているNPO法人オハイエ・プロダクツ
は、「カホン」という叩く場所によって音が変わる箱
型の打楽器を使ったワークショップ(以下、WS)を
行い、音楽による自己表現の機会を提供していま
す。
WS参加者は幼稚園児から70代、聴覚、精神、身
体など様々な障害のある方、そして健常者も一緒
に活動を行っており、仙台サポセン10周年大感謝
祭の交流会にも出演したので、ご覧になった方も
いらっしゃるかと思います。

その中の聴覚障害のあるAさんは、70歳で初めて
の楽器。WS開始当初は表情も硬く不安な様子で
した。しかしリズムに合わせてメンバーが背中を叩
くというサポートを行った事と、WSを重ねる内に自
信がついたのか笑顔で練習に参加するようになり
ました。

こうして迎えた初めてのカホン隊ライブ当日。
カホン隊のパフォーマンスは大成功で、メンバー全
員が互いを称え合っていました。
Aさんに「カホンやってみてどうでしたか」と手話通
訳の方を介して聞くと、「自分の人生の中で、音楽
で人とつながれる事は想像できなかった。今、音
楽というものがわかりました。」とうれしさと感動と
興奮が入り混じったようにお話して下さいました。

音楽で自分を表現できる場所を得たAさんは、現
在もカホン隊として活動しており、先日も南相馬市
で演奏を行いました。
私たちはこれを「音楽のチカラ」と呼んでいます。

私は音楽も仕事も、そして市民活動も自己表現の
方法だと考えています。今は音楽に焦点を当てた
活動をしていますが、色々な方が色々な方法で自
分を表現するお手伝いが出来るよう、自分自身の
幅や深さを広げる事を意識していきたいと思います。

次回のときめきエッセイは、同じ仙台サポセン市民
活動シアターチームでもある菅野祥子さんです。
演劇経験もある方で、今はどんな事にときめいてい
るのでしょうか。

私が最近ときめいていること(近藤浩平スタッフ)[2010年02月02日(Tue)]
 「美大生だからこそNPOを知る」

   近藤浩平(多賀城市市民活動サポートセンター勤務)

 
最近は、美大生もNPOに高い関心を示しています。
それというのも、昨年、山形市にある母校の東北芸術工科
大学へ行く機会があったので、お世話になっていた先生から
「学生がNPOのことに興味を持っているので、なにか話し
てもらいたい」とお願いされました。


大学では、山形の地域に向けて数多くのアートプロジェクト
を行っています。学生もプロジェクトチームに参加して、アー
トを通した社会とのつながりについて模索しているのですが、
NPOについて知る人が極めて少ないことに、私は以前から
「惜しい!」と感じていました。アートだけの視点ではなく、
NPOからの視点も合わせれば、アートと社会の関係がもっ
と別の形で見えてくるのではないかと思っていました。
今回はそれを含め、NPOのしくみや非営利の意味につい
て説明してきました。


もともと美大とは、団体行動が苦手な人たちが集まる傾向
にあったのですが、最近は在学中にユニットやチームをつく
って、団体として社会に活動を展開していく方法が目立って
きています。そういった背景もあるのか、NPOのしくみを知
ってアートと社会をどのようにつなげていくのかなど、学生
の関心は非常に高かったです。


私も在学中にNPOのしくみを理解していたら、もう少し違う
角度で社会にアプローチすることも出来たのかなと思いま
す。そのように、早いうちからNPOのしくみについて熟知し
ていれば、たとえNPOではなくても新しい活動が拓けてく
るような気がします。美大生だからこそNPOを知って、枠
にとらわれない斬新な発想や、地域に向けて楽しいアート
を展開できるのではないかと、学生たちの話を聞いて実感
しました。今後も大学に行った時には学生に向けて、アート
NPOの具体的事例を紹介していけたらと思っています。


 次回のときめきエッセイは、仙台市市民活動サポートセン
ター・スタッフの菊地竜生さんです。菊地さんは、せんだい・
みやぎNPOセンターに入る前から、「とっておきの音楽祭in
仙台」の実行委員をしていました。そんな菊地さんが、いま
仕事以外でときめいていることがとても気になります。
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