急速に進展するシリアとトルコの関係回復に向けての動き[2024年07月12日(Fri)]
トルコのエルドアン大統領は、10年以上前のシリア内戦勃発時に断絶したトルコとシリアの外交関係の回復を妨げる障害はないと述べ、両隣国が緊張を終わらせ関係を正常化する意向を示した。
1.エルドアン大統領のシリア関係改善に向けての最近の発言
(24年6月28日)(外交関係を)樹立しない理由はない。過去にシリアとの関係を維持したのと同じように、アサド大統領とは家族との面会も含めた会見を行ったが、二度とそのようなことは起こらないとは言えない(注:関係が悪化する前の2008年にエルドアン大統領とアサド大統領の家族がトルコ南部で休暇を過ごしたことを含めて指摘しているとのこと)。我々がシリアの内政に干渉する目的を持っていることはありえない。シリアの人々は我々の兄弟だ。
(24年7月5日)ロシアとシリアの大統領をトルコに招待し、アンカラとダマスカスの関係正常化の可能性とシリア情勢全般の解決について話し合うことを検討している。プーチン氏がトルコを訪問できれば、トルコとシリアの関係正常化の新たなプロセスの始まりとなるかもしれない、として「恒久的な解決メカニズム」の設立を求めた。
(2)2024年6月26日、アサド大統領はロシアのプーチン大統領のシリア特使アレクサンダー・ラヴレンチェフ氏に対し、シリア政府は「トルコとの関係改善に向けたあらゆる取り組みにオープンである。ただし、そのプロセスが主権の尊重とシリア国家が国土全体に対する権威を回復したいという願望に基づくものである場合に限られる」と語った。(参考:トルコは、2018年1月の「オリーブの枝」作戦によりシリア北西部アフリーン地区、2016年8月の「ユーフラテスの盾」作戦によりジャラブルス以西のユーフラテス川西部、2019年10月の「平和の泉」作戦によりユーフラテス川東部の帯状地帯に進軍し、支配を継続している)
(3)ラヴレンチェフ特使は、アサド大統領は「一方ではシリア国家の全領土に対する主権に基づき、他方ではあらゆる形態のテロリズムとその組織と闘うことを基盤として、シリアとトルコの関係に関連するあらゆる取り組みに対してシリアがオープンである」ことを明言した。ロシア特使はこれに対し、「現在の状況はこれまで以上に調停の成功に適しているように思われ、ロシアは交渉を前進させる準備ができており、目標はシリアとトルコの関係修復に成功することである」と述べたと、シリア国営通信社SANAが報じた。
(4)トルコ野党指導者の示唆
2024年6月29日、CHPのリーダーであるオズグル・オゼルは、1か月または1か月半以内にシリアでシリアのアサド大統領と会談する予定であると述べた。「私たちはアサドとの裏外交を支持しており、結果は非常に良好。今後1か月または1か月半以内に、うまくいけば、保証はできないが、アサドと会う予定。その前に、トルコの外務大臣やエルドアン大統領と会うかもしれない」とオゼルはジャーナリストのファティ・アルタイリとのインタビューで語った。
(5)シリア反体制派の反発
6月28日、反体制派が支配するシリアの都市イドリブと周辺地域に数百人のデモ参加者が集まり、シリア内戦勃発以来初めて、政府支配地域とアレッポ県のトルコ支援反体制派支配地域を結ぶ主要検問所が商業交通に間もなく再開されるという報道に抗議した。デモ参加者らは「政権との検問所を開放するのは犯罪であり、殉教者の血に対する裏切りだ」と書かれた横断幕を掲げ、「検問所を開放するのではなく、戦闘を開始せよ」と訴えた。(参考:シリアのイドリブ地区は、アサド政権側に反旗を翻したシリア反体制派の最後の拠点で、アルカーイダ系とされるシャーム解放機構勢力(HTS)やトルコが影響力を有する自由シリア軍(SNA)他の勢力など家族を含め300万人、400万人が居住しているとされる。2017年1月に開始されたトルコ、ロシア、イランが主導するアスタナ・プロセスで、政府軍側と反体制派側の緊張緩和、停戦が実現したが、反体制派は、アサド退陣を掲げ、関係修復の見通しは立っていない)
(6)トルコ国民のシリア難民への反発
6月末、シリアのアル・ワタン紙がトルコとダマスカスの関係正常化の可能性を報じた直後、国中で騒乱が勃発した。6月30日深夜、中央州カイセリ市で始まった。これは、26歳のシリア人による7歳の少女への強姦疑惑が地元メディアで報じられた後に起きた。激怒した住民は車をひっくり返し、移民を襲撃し、トルコからの難民全員の国外追放を要求した。暴徒たちは反政府スローガンを連呼し、エルドアンの辞任を要求した。その後、抗議活動はアラニヤ、アンタルヤ、コンヤ、イスタンブール、アンカラ、ブルサなどの大都市に広がった。7月2日、ソーシャルメディアでの声明で、アリ・イェルリカヤ内務大臣は暴動参加者474人の逮捕を発表した(参考:トルコは、シリア難民を難民条約の義務としてではなく、「一時的な保護」対象者として、最大370万人、最近の数字でも310万人前後のシリア人を受け入れており、そのほとんどが都市部で生活しているとされる。義務教育や医療も提供され、就労も条件付きで認められている。しかし、トルコの財政的、社会的、経済的負担は大きく、2011年以来、トルコは難民のための人道支援、医療、教育、インフラ整備に400億ドル以上を費やし、シリア難民1人当たりのコストは年間約8,000ドルに上ると主張しているとされる。トルコ国民とシリア難民間の摩擦もたびたび伝えられ、2023年5月の大統領選挙や、2024年3月の統一地方選挙でも、シリア難民問題は選挙運動の争点にもなってきた。2023年の大統領選挙では、クルチダルオール野党統一候補は、2年以内のシリア人の本国帰還を目指すとしていた。エルドアン政権は、トルコが実効支配するシリア領内にシリア人の町を建設し、そこに100万〜200万人規模のシリア人を帰還させる計画を打ち上げていた)
https://blog.canpan.info/meis/archive/538
https://apnews.com/article/turkey-syria-diplomatic-relations-ec9876ed10183ef235c38ca387ac4731#
https://www.rt.com/news/600877-russia-wants-peace-middle-east/
(コメント)エルドアン大統領は、シリア内戦ぼっ発後、険悪な仲となり一時退陣を強く求めていたシリアのバッシャール・アサド大統領を家族ぐるみで交流したこともある「古くからの友人」と称し、関係改善に意欲を示した。欧米諸国は、依然アサド大統領の退陣を求め、シリアに厳しい経済制裁を科しており、2011年の内戦ぼっ発後も、シリアへの自主帰還を果たすシリア人は一向に増えていない(2016年〜23年末までのシリア人自主帰還者数は39万人強)。欧州に移動し、庇護申請を求めるシリア人も再び増加している。シリア内戦開始から12年経過した2023年段階でも、EUへのシリア人新規庇護申請者は約18万人と、出身国別でアフガニスタンを上回り、 3年連続で第一位で、増加傾向にある。トップの申請先は約10万人のドイツとなっている。
エルドアン大統領は、2023年の大統領選挙には勝利したが、2024年の統一地方選挙では、シリア難民問題の早期解決を訴える野党CHP(共和人民党)の躍進をうけ、この問題を、放置できない状況に追い込まれつつある。シリアは、2023年5月にアラブ連盟復帰を果たし、トルコは一時期冷却していたサウジアラビア、UAE、エジプトとの関係を改善しており、これらの主要国がアサド政権を認める方向に転じた今、トルコが、隣国シリアとの関係を悪化したまま放置するメリットは乏しい。トルコは、クルド労働者党(PKK)とPKKと同根とみなすシリアのクルド人武装勢力YPG(クルド人民防衛隊)などをテロ組織とみなしており、クルド系組織の国境をまたぐ活動を取り締まるには、アサド政権との協力が不可欠と考えている。トルコとシリアは、1998年10月にPKKとその協力者の活動を抑制するための、「アダナ」合意を結んでおり、それが、1999年のシリアを追われたアブドッラー・オジャランPKK党首のケニアにおける逮捕・拘束につながっており、トルコ政府は、この合意は、「破棄された」ものとはみておらず、アサド政権との関係回復によって、合意を再び、活性化できると考えている。石油・ガス資源が豊富なシリア北東部は、YPGが主勢力のシリア民主軍(SDF)が米軍の支援を得て、未だ実効支配しているが、米大統領選挙で、トランプ氏が大統領に復帰すれば、シリア北東部からの米軍の撤退もありえないわけではない。@米軍のシリアからの撤退、Aアサド政権によるクルド支配地区への管理の拡大、Bトルコ軍のシリア北部国境付近からの撤退、Cイドリブの反体制派武装組織の解体、D湾岸産油国の支援を受けたシリアの復興再建の本格化(トルコの土建業者が復興の中心的役割を果たす)、E300万人におよぶシリア人のシリア本国への本格的帰還、をエルドアン大統領は思い描いているのではないと想像される。
1.エルドアン大統領のシリア関係改善に向けての最近の発言
(24年6月28日)(外交関係を)樹立しない理由はない。過去にシリアとの関係を維持したのと同じように、アサド大統領とは家族との面会も含めた会見を行ったが、二度とそのようなことは起こらないとは言えない(注:関係が悪化する前の2008年にエルドアン大統領とアサド大統領の家族がトルコ南部で休暇を過ごしたことを含めて指摘しているとのこと)。我々がシリアの内政に干渉する目的を持っていることはありえない。シリアの人々は我々の兄弟だ。
(24年7月5日)ロシアとシリアの大統領をトルコに招待し、アンカラとダマスカスの関係正常化の可能性とシリア情勢全般の解決について話し合うことを検討している。プーチン氏がトルコを訪問できれば、トルコとシリアの関係正常化の新たなプロセスの始まりとなるかもしれない、として「恒久的な解決メカニズム」の設立を求めた。
(2)2024年6月26日、アサド大統領はロシアのプーチン大統領のシリア特使アレクサンダー・ラヴレンチェフ氏に対し、シリア政府は「トルコとの関係改善に向けたあらゆる取り組みにオープンである。ただし、そのプロセスが主権の尊重とシリア国家が国土全体に対する権威を回復したいという願望に基づくものである場合に限られる」と語った。(参考:トルコは、2018年1月の「オリーブの枝」作戦によりシリア北西部アフリーン地区、2016年8月の「ユーフラテスの盾」作戦によりジャラブルス以西のユーフラテス川西部、2019年10月の「平和の泉」作戦によりユーフラテス川東部の帯状地帯に進軍し、支配を継続している)
(3)ラヴレンチェフ特使は、アサド大統領は「一方ではシリア国家の全領土に対する主権に基づき、他方ではあらゆる形態のテロリズムとその組織と闘うことを基盤として、シリアとトルコの関係に関連するあらゆる取り組みに対してシリアがオープンである」ことを明言した。ロシア特使はこれに対し、「現在の状況はこれまで以上に調停の成功に適しているように思われ、ロシアは交渉を前進させる準備ができており、目標はシリアとトルコの関係修復に成功することである」と述べたと、シリア国営通信社SANAが報じた。
(4)トルコ野党指導者の示唆
2024年6月29日、CHPのリーダーであるオズグル・オゼルは、1か月または1か月半以内にシリアでシリアのアサド大統領と会談する予定であると述べた。「私たちはアサドとの裏外交を支持しており、結果は非常に良好。今後1か月または1か月半以内に、うまくいけば、保証はできないが、アサドと会う予定。その前に、トルコの外務大臣やエルドアン大統領と会うかもしれない」とオゼルはジャーナリストのファティ・アルタイリとのインタビューで語った。
(5)シリア反体制派の反発
6月28日、反体制派が支配するシリアの都市イドリブと周辺地域に数百人のデモ参加者が集まり、シリア内戦勃発以来初めて、政府支配地域とアレッポ県のトルコ支援反体制派支配地域を結ぶ主要検問所が商業交通に間もなく再開されるという報道に抗議した。デモ参加者らは「政権との検問所を開放するのは犯罪であり、殉教者の血に対する裏切りだ」と書かれた横断幕を掲げ、「検問所を開放するのではなく、戦闘を開始せよ」と訴えた。(参考:シリアのイドリブ地区は、アサド政権側に反旗を翻したシリア反体制派の最後の拠点で、アルカーイダ系とされるシャーム解放機構勢力(HTS)やトルコが影響力を有する自由シリア軍(SNA)他の勢力など家族を含め300万人、400万人が居住しているとされる。2017年1月に開始されたトルコ、ロシア、イランが主導するアスタナ・プロセスで、政府軍側と反体制派側の緊張緩和、停戦が実現したが、反体制派は、アサド退陣を掲げ、関係修復の見通しは立っていない)
(6)トルコ国民のシリア難民への反発
6月末、シリアのアル・ワタン紙がトルコとダマスカスの関係正常化の可能性を報じた直後、国中で騒乱が勃発した。6月30日深夜、中央州カイセリ市で始まった。これは、26歳のシリア人による7歳の少女への強姦疑惑が地元メディアで報じられた後に起きた。激怒した住民は車をひっくり返し、移民を襲撃し、トルコからの難民全員の国外追放を要求した。暴徒たちは反政府スローガンを連呼し、エルドアンの辞任を要求した。その後、抗議活動はアラニヤ、アンタルヤ、コンヤ、イスタンブール、アンカラ、ブルサなどの大都市に広がった。7月2日、ソーシャルメディアでの声明で、アリ・イェルリカヤ内務大臣は暴動参加者474人の逮捕を発表した(参考:トルコは、シリア難民を難民条約の義務としてではなく、「一時的な保護」対象者として、最大370万人、最近の数字でも310万人前後のシリア人を受け入れており、そのほとんどが都市部で生活しているとされる。義務教育や医療も提供され、就労も条件付きで認められている。しかし、トルコの財政的、社会的、経済的負担は大きく、2011年以来、トルコは難民のための人道支援、医療、教育、インフラ整備に400億ドル以上を費やし、シリア難民1人当たりのコストは年間約8,000ドルに上ると主張しているとされる。トルコ国民とシリア難民間の摩擦もたびたび伝えられ、2023年5月の大統領選挙や、2024年3月の統一地方選挙でも、シリア難民問題は選挙運動の争点にもなってきた。2023年の大統領選挙では、クルチダルオール野党統一候補は、2年以内のシリア人の本国帰還を目指すとしていた。エルドアン政権は、トルコが実効支配するシリア領内にシリア人の町を建設し、そこに100万〜200万人規模のシリア人を帰還させる計画を打ち上げていた)
https://blog.canpan.info/meis/archive/538
https://apnews.com/article/turkey-syria-diplomatic-relations-ec9876ed10183ef235c38ca387ac4731#
https://www.rt.com/news/600877-russia-wants-peace-middle-east/
(コメント)エルドアン大統領は、シリア内戦ぼっ発後、険悪な仲となり一時退陣を強く求めていたシリアのバッシャール・アサド大統領を家族ぐるみで交流したこともある「古くからの友人」と称し、関係改善に意欲を示した。欧米諸国は、依然アサド大統領の退陣を求め、シリアに厳しい経済制裁を科しており、2011年の内戦ぼっ発後も、シリアへの自主帰還を果たすシリア人は一向に増えていない(2016年〜23年末までのシリア人自主帰還者数は39万人強)。欧州に移動し、庇護申請を求めるシリア人も再び増加している。シリア内戦開始から12年経過した2023年段階でも、EUへのシリア人新規庇護申請者は約18万人と、出身国別でアフガニスタンを上回り、 3年連続で第一位で、増加傾向にある。トップの申請先は約10万人のドイツとなっている。
エルドアン大統領は、2023年の大統領選挙には勝利したが、2024年の統一地方選挙では、シリア難民問題の早期解決を訴える野党CHP(共和人民党)の躍進をうけ、この問題を、放置できない状況に追い込まれつつある。シリアは、2023年5月にアラブ連盟復帰を果たし、トルコは一時期冷却していたサウジアラビア、UAE、エジプトとの関係を改善しており、これらの主要国がアサド政権を認める方向に転じた今、トルコが、隣国シリアとの関係を悪化したまま放置するメリットは乏しい。トルコは、クルド労働者党(PKK)とPKKと同根とみなすシリアのクルド人武装勢力YPG(クルド人民防衛隊)などをテロ組織とみなしており、クルド系組織の国境をまたぐ活動を取り締まるには、アサド政権との協力が不可欠と考えている。トルコとシリアは、1998年10月にPKKとその協力者の活動を抑制するための、「アダナ」合意を結んでおり、それが、1999年のシリアを追われたアブドッラー・オジャランPKK党首のケニアにおける逮捕・拘束につながっており、トルコ政府は、この合意は、「破棄された」ものとはみておらず、アサド政権との関係回復によって、合意を再び、活性化できると考えている。石油・ガス資源が豊富なシリア北東部は、YPGが主勢力のシリア民主軍(SDF)が米軍の支援を得て、未だ実効支配しているが、米大統領選挙で、トランプ氏が大統領に復帰すれば、シリア北東部からの米軍の撤退もありえないわけではない。@米軍のシリアからの撤退、Aアサド政権によるクルド支配地区への管理の拡大、Bトルコ軍のシリア北部国境付近からの撤退、Cイドリブの反体制派武装組織の解体、D湾岸産油国の支援を受けたシリアの復興再建の本格化(トルコの土建業者が復興の中心的役割を果たす)、E300万人におよぶシリア人のシリア本国への本格的帰還、をエルドアン大統領は思い描いているのではないと想像される。
Posted by 八木 at 15:21 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)