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イラン大統領・外相のヘリコプター事故(まとめ)[2024年05月30日(Thu)]
1.イランのライシ大統領とアブドラヒアン外相は、2024年5月19日ヘリコプター墜落事故で亡くなりました。搭乗員8名全員が亡くなりました。アゼルバイジャンとの国境付近で行われたキズ・カラシ水力発電ダム記念式典出席のあと、3機のヘリで、現場を離れましたが、大統領搭乗機のみ、上昇せず、墜落したとのことです。機体は数十年前の米国製とのことです。墜落してしばらく後、現場は濃霧が立ち込めて悪天候とのことですが、墜落時点では天候は悪くなかったそうです。イラン政府の公式発表では、事件性はなかったとのことです。トルコがドローンでイラン側の期待捜索活動を支援したとのことです。当日、ライシ大統領は、アリエフ・アゼルバイジャン大統領とダム現場を視察していました。ライシ大統領にとって、アゼルバイジャンとの共同水力発電事業記念式典出席が最後の外交活動の舞台となりました。享年63歳でした。ライシ大統領を含む8名の事故犠牲者の棺を載せた車両にイラン群衆多数が追悼のために集まりました。2020年1月、米軍の攻撃によりバグダッド空港で亡くなったソレイマニIRGCコッズ部隊司令官殺害のあとの群衆の棺を載せた車両への集結を思い起こさせます。イランの最高指導者ハメネイ師は5日間、国をあげて喪に服すると発表しました。ライシ大統領は、出身地である北東部のマシュハドに埋葬されました。

(5月22日の追悼式典主な出席者)(順不同)
アルメニア首相、イラク首相、ロシア国家院議長、チュニジア大統領、インド副大統領、タジキスタン大統領、タリバン高級代表団、レバノン国会議長、アゼルバイジャン共和国首相、ウズベキスタン国会議長、エジプト外相(注:エジプト外相のイラン訪問はイラン革命後初めてとのこと)、シリア首相、ベラルーシ外相、パキスタン首相、イラク・クルディスタン地域大統領、トルコ外相、カタール首長、トルクメニスタン人民評議会議長、セルビア外相、ヨルダン、オマーン、ニカラグアの各特別代表、ハマスの政治局指導者イスマイル・ハニーヤやヒズボラのシェイク・ナイム・カセム副書記局長
(当面のイラン国内の政治日程)
•大統領の職務については、当面モフベル第1副大統領が代行する
•モフベル代行は、アリー・バケリ・カーニ外務次官を外相代行に任命した。
2024年6月28日に新しい大統領を選ぶ選挙が行われるが、立候補希望者は、護憲評議会(監督者評議会)で大統領選出馬資格を得る必要がある。前回選挙では、ライシ候補(当時は司法府長官)のライバルになるとみられる改革派の候補には資格が付与されず、本選挙前に事実上、ライシ候補の勝利が確実になっていた。護憲評議会のメンバーは12名で構成され、うち、6名が最高指導者が選定するので、そもそもハメネイ師が適切とみなさない人物は、大統領選を戦うことができない

2.ライシ大統領事故死に対する各国反応
(1)中国(イラン原油の最大の輸入国で、イランにとっての最大の貿易相手国)右矢印1習近平主席:「ライシ大統領は就任以来、中国とイランの包括的な戦略パートナーシップの発展に積極的に努力してきた。中国国民はよき友を1人失った」
(参考)2021年3月、中国とイランは、25年間の長期戦略的パートナーシップ合意を結んでいます。当初5年間の投資予定額は4千億ドル。
2.ロシア(制裁対象国同士で結束)右矢印1プーチン大統領:「イランの人々を襲った大きな悲劇に心からお悔やみを申し上げる。ライシ大統領は傑出した政治家であり、ロシアの真の友人として善隣関係の発展を図り、戦略的なパートナーシップのレベルに引き上げるために多大な努力を払った」
(参考)イランは、2023年7月に上海協力機構(SCO)の正式メンバーとなり、また、2024年1月から5か国が新たに参加した10か国に拡大されたBRICSの正式メンバーとなった。ロシアの働きかけなくして実現できなかったと考えられる。イランとロシアは、お互いに欧米の制裁下にある国として、取引の脱ドル化、SWIFT以外の決済システムの活用に関心を持っており、本年7月のSCO首脳会議、秋に予定されているロシアがホストするBRICS首脳会議で、この分野でどのような決定がなされるのか注目されている。
3.トルコ(イランからパイプラインで天然ガス輸入。今回墜落ヘリをドローンで捜索支援右矢印1エルドアン大統領:「イラン国民と地域の平穏のための努力に敬意を表する」
(参考)イランとトルコ、ロシアは、シリアの体制派・反体制派間の緊張緩和と停戦をもたらした2017年以来のアスタナ・プロセスの当事国。トルコは、イランからパイプライン経由の天然ガスを輸入しているが、2026年に更新期限を迎える。黒海でも天然ガスが発見されたトルコは、イランからの長期天然ガス供給契約を更新するのか、更新するとすれば、どのような条件(例えば、再輸出条項挿入)をつけるのかにも注目が集まっている。因みに、ウクライナ危機では、トルコは、ロシアへの制裁に参加していないが、ウクライナにドローンを供与し、一方、イランはロシアにドローンを供与している。因みにトルコは、ガザ危機との関連では、イスラエルに対してもっとも強硬な、貿易の一時停止を実施し、これに反発したイスラエルは貿易相がFTAの破棄の意向を表明しています。
4.ハマス(ガザ危機で連帯)右矢印1ハマス声明:「ライシ大統領らはパレスチナの大義とイスラエルへの抵抗を支援してくれた最も優れた指導者たちだ。イランの国民と悲しみと苦痛の感情を共有し、完全な連帯を表明する。イランがこの大きな損失の影響を克服することができると確信している」
(参考)ハニーヤ・ハマス政治部門代表は、弔意を表するため、イラン訪問し、ハメネイ最高指導者と会見しています。
5.イスラエル(イランと対立。4月には双方が直接攻撃)右矢印1ライシ大統領が死亡したことについて、公式な反応なし。ロイター通信は5月20日、イスラエル政府の当局者は関与を否定し、「われわれではない」と述べたと報道
(参考)今回のような要人が乗ったヘリの墜落は、外国のエージェントなどが関与したか、国内の反体制派が関与したのではないかという疑惑も持ち上がりますが、イスラエルはいち早くそれを否定し、イラン政府も、事件性はない旨公表しています。なお、イランの在シリア領事館が、4月1日、イスラエルによるとみられるミサイル攻撃をうけ、それに対して、イランは、4月13日から14日にかけてドローン、ミサイル攻撃を実施し、それに対して、イスラエルもさらに限定的なイラン本土への攻撃を実施しています。
6.米国(イランに経済・金融制裁実施中)右矢印1国務省ミラー報道官:「特に女性や少女に対するいくつかの最悪の人権侵害は彼(ライシ大統領)の大統領在任中に起きたものだ。命が失われたことは残念に思うが、彼の手が血塗られているという現実には変わりない
(参考)2021年8月に誕生したイランのライシ政権は、ローハニ政権の後をうけて、2018年5月にイラン核合意(JCPOA)から一方的に離脱し、イランに経済・金融制裁を再開した米国との間で、核合意再開に向けた間接交渉を実施し、合意が間近とつたられるたびに決着が遠のき、さらにJCPOAの当事国のひとつであるロシアのウクライナ侵攻で、核合意をまとめる追い風がなくなり、現在、まったく見通しは立っていません。唯一の救いは、バケリ外相代行が、バケリ氏は、核合意復帰交渉でイランの首席交渉官を務めてきたことです。
7.日本(イラン革命後も一貫して外交関係維持。但し、原油の輸入停止中)右矢印15月22日、岸田総理は、ライースィ(ライシ)大統領の逝去を受けて、イラン大使館を弔問し、記帳を行いました。
「セイエド・エブラヒーム・ライースィ・イラン・イスラム共和国大統領の突然の訃報に接し、深い悲しみの念に堪えません。ライースィ大統領とは、首脳会談や電話会談等を通じ、日・イランの伝統的友好関係に基づき、二国間関係や地域情勢について率直な対話を積み重ねてきたところでした。日本国政府及び日本国民を代表して、イラン政府及びイラン国民の皆様並びに御遺族に対して謹んで哀悼の意を表します。」

Posted by 八木 at 09:19 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

MBS皇太子の訪日延期(サウジアラビアの関心事項と懸念) [2024年05月21日(Tue)]
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)皇太子兼首相(現在38歳)は、2024年5月20日から23日まで、日本を公賓として訪問予定でしたが、到着予定日当日の5月20日に、林官房長官から訪日延期の発表が行われました。MBS皇太子の父親サルマン国王(88歳)が肺炎のために入院したことが延期の理由でした。サルマン国王は4月にも一時入退院していました。20日夜上川外相が、サウジのファイサル外相と電話会談を行い、早期の訪日実現を要請しました。MBS皇太子は、サウジの事実上の最高権力者であるものの、二聖モスクの守護者であるサルマン国王がサウジ王国の支配者であり、皇太子は国賓対象にはならないものの、天皇陛下との会見、会食を含む公賓招待は、日本政府として最大の敬意を表したものであり、日本にとっての世界最大の原油供給国であり、液体水素サプライチェーンの構築をはじめ新エネルギー拠点としてビジネス関係構築に向けて足がかりをつけたい日本の経済界にとっても延期を残念がる向きは多いと思われます。この機会に、ご参考までサウジにとっての、関心事項と懸念をまとめておきます。
1.関心事項
(1)石油収入:サウジアラビアの財政均衡価格は、バレル約80ドル程度とみられてきています。ウクライナ危機発生後、WTI原油価格はバレル120ドルを突破したこともありましたが、現在は80ドル台から70ドル台を前後しています。このため、サウジは、欧米の制裁下にあるロシアとも連携し、OPECプラスの枠内で減産調整を行ってきており、原油価格低下に歯止めをかけようとしています。OPECプラスは、2022年10月に11月分から全体で200万b/dの減産を開始し、その後も、2022年10月比530万b/d規模の減産を維持しています。サウジの原油生産は、300万b/dの生産余力を残しながら、現在900万b/dレベルにまで削減されています。6月のOPECプラスの閣僚級会合で、減産が維持されるのか否かに注目が集まっています。
(2)宗教的束縛から解放と娯楽の提供:サウジは、イスラム教スンニー派の中でも特に戒律が厳しいワッハーブ派に属し、これまで女性の活動が大きく制限されてきました。しかし、MBS皇太子が国内で実権を握り始めると、徐々に女性の活動制限緩和に動き出しました。国政選挙がなく、立法権のある議会が存在しないサウジで、MBS皇太子がサルマン国王逝去後50年にわたって実権を維持するには、若者とともに、女性の支持を必要としています。最大の改革は、2018年6月の女性への運転免許解禁と2019年〜21年に発表された後見人なしの女性の海外旅行、旅券の取得、成人の独身、離婚、または未亡人の女性は男性後見人に引き渡されるという規定が削除され、成人女性は独自に住む場所を選択する権利を認めたことです。サウジ国内では娯楽庁も設置され、ゲーム産業振興や、eスポーツワールドカップも開催されようとしています。サウジアラビアは、日本の任天堂の自社以外での筆頭株主にもなっています(8.6%取得)
(3)大型イベントやスポーツ大会の誘致:サウジアラビアは、2030年のリヤド万博を主催することが決定しています。約4千万人の来客を予定し、23年段階で78億ドルの予算を見込んでいます。2029年には、メガプロジェクトNEOM内に建設され、2026年完成予定のTrojenaで、冬季アジアスポーツ大会も主催し、人工雪を降らせてスキー競技も実施する予定です。2034年には、サッカーのFIFAワールドカップを主催することがほぼ決定しています。サウジは、世界の有力サッカー選手のクリスチアーノ・ロナウドやネイマールもサウジのクラブチームに招いて、サッカー新興国としての名声を高めようとしています。
(4)観光立国への変身:サウジはイスラム教の2つの聖地を抱え、伝統的に巡礼客を迎入れ、国家の収入の一部としてきました。いまや、サウジの政府系ファンドの公的投資基金(PIF)は、巡礼客以外に、観光リゾート、テーマパーク建設などを手掛ける企業を積極的に立ち上げ、観光開発を促進し、外国人観光客を招こうとしています。実際、サウジアラビアの観光分野の成果は目覚ましいものがあり、2019年9月に観光ビザを解禁し、2023年には2,740万人の外国人観光客を含む合計1億600万人の観光客を迎えています。中国との直行便も開通させました。
(5) 国家開発計画「ビジョン2030」目標達成への取り組み:サウジはポストオイル時代の産業多角化を進めていますが、そのポイントは、石油は売れるうちに売って外貨を獲得し、それを原資に政府系ファンドPIFにつぎ込み、次世代の産業基盤を整えることです。そのため、PIFは分野を問わず、世界中の有望な事業に投資し、また、海外から投資を呼び込み、外国企業とも連携して、NEOM内でのザ・ライン建設開始はじめ様々なメガプロジェクトを推進し、地域投資会社も設立しています。2024年に創設されたグローバルな製造ハブ拠点となることを目指す企業Alatは日本のソフトバンクとの間で、産業用ロボット製造で提携することが発表されています。PIFの資産拡大は、サウジのビジョン2030成功のためにも、絶対的に必要で、その基金を如何に効果的に活用して経済多角化に貢献し、雇用を創出するかが問われています。
@2030年目標:10兆サウジリアル
A2025年は目標値:4兆サウジリアル(1兆700億米ドル)
B2023年実績は、2.81兆サウジリアル


2.懸念材料
@OPEC協調減産にもかかわらず、原油価格は、バレル80ドルから70ドル台に落ちてきています。サウジは財政の黒字を確保するには、バレル80ドル程度が必要で、OPECプラスの減産調整は原油価格低下を食い止められるのかがやはり不安材料です。サウジPIFが手掛ける巨大プロジェクトや大型イベントの主催なども、オイルマネーが順調に入ってきてこそ実現可能です。
APIFが手掛ける最大のプロジェクトはNEOM(新未来)の推進で、その中でも、高さ500メートル、幅200メートル、長さ170kmの線状未来都市「ザ・ライン」の建設が注目を集めています。NEOMの事業予算は、当初は5千億ドルでしたが、この金額は大幅に拡大しているとみられています。最近のブルームバーグの報道では、ザ・ラインについては2030年時点で、長さ2.4km、居住者も30万人(既存計画では2030年150万人、最終的には900万人収容)と計画が予定通り進みそうにないとの見通しも出始めています。
Bサウジへの人権侵害批判はこのまま収束してくれるのか。2018年のイスタンブールでの著名なジャーナリスト・カショギ氏の殺害で、サウジ政府はMBS皇太子をはじめ、厳しくその責任が問われていました。この件は、その後、事件現場となった当事国トルコのエルドアン大統領が、独自裁判プロセスを放棄し、サウジとの関係修復に動いて、さらにMBS皇太子に批判的であった欧米の首脳もサウジ訪問やMBS皇太子の国内招待を通じて、少なくとも国レベルでは関係は正常化されています。上述の「ザ・ライン」については、砂漠の真ん中にこのような巨大構造物を構築するために、外国人労働者の保護は期待できるのか。海外の投資家、技術者は、サウジの革新的プロジェクトに協力してくれるのかが問われています。NEOMでは、巨大プロジェクトを進めるうえで、強制的な土地収用も行われたとみられています。先祖代々の土地を手放すことを拒否したアルフワイティ族の代表者のひとりが、サウジの特殊部隊に殺害されたとの疑惑も出ており、2024年5月、BBCは、23年英国に亡命した現地作戦に参加した元大佐が、サウジ政府の責任を裏付けたと報じました。
Cサウジは、地域統括会社(RHQ)の推進などで、地域のライバルUAEとの主導権争いに勝利できるのかも課題です。中東湾岸諸国に進出している外国企業の多くは、住環境がよく、交通の便もよく、規制も少ないUAEのドバイに地域を総括する拠点を置いてきています。日本企業の多くもそうです。サウジアラビアは、サウジの政府調達に参加しようとする多国籍企業についてはRHQライセンス取得者を優先すると発表しました。同時に、サウダイゼーション(雇用の現地人化)の適用も10年間免除したり、30 年間の法人所得および源泉税の免除のインセンティブを与えようとしています。この結果、RHQ免許取得企業は、21年44社、22年80社、23年180社(合計304社)と増加しているそうです。ビジョン2030では、480社が目標とのことです。中国のファーウェイもRHQ免許を取得済であると2023年12月に報じられました。
Dサウジは、2016年以来イランとの関係が冷え込んでいましたが、2023年3月中国の仲介で7年ぶりに関係を正常化しました。同年双方の大使の復帰も実現しました。しかし、ハマスのイスラエル領内での殺害事件をきっかけにしたハマス・イスラエル紛争拡大の中で、親イランのイエメンフーシ派がサウジ沿岸の紅海を通過する船舶への攻撃を繰り返しており、また、サウジは、2023年8月のG20の機会にインドや欧米と覚書を結んだ新経済回廊構想で、イスラエルとも関係正常化を進めようとしていた最中に、紛争が発生し、2024年5月には、イランとイスラエルが直接相手を攻撃するという事態も発生し、サウジは、欧米とイランやロシアとの間で微妙なかじ取りを迫られています。

Posted by 八木 at 11:10 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)