米国の経済・金融制裁下にあるイランにとっての2023年を振り返る[2023年12月29日(Fri)]
2018年5月の米国のイラン核合意(JCPOA)からの一方的な離脱と同年8月以降の対イラン経済・金融制裁の再開によって経済情勢が悪化し、国際関係でも孤立感を深めてきたイランにとって、2023年は、外交面・経済面でその抵抗力を示す1年となった。主な出来事を振り返ってみよう。
1.サウジアラビアとの関係正常化:2023年3月10日、イラン、サウジ両国は中国の仲介で、7年ぶりに関係正常化を発表し、その後、同年6月サウジ外相がイランを関係正常化後初訪問し、8月イラン外相がサウジを関係正常化後初訪問。9月、双方の大使がそれぞれの任地に着任した。
2.上海協力機構(SCO)正式加盟: 2023年7月の首脳会議で、イランは9番目のメンバーとして正式加盟が認められた。SCOでは、取引の脱ドル化が議論されている。
3.拡大BRICSへの加盟招待:2023年8月の南アでのBRICS首脳会議で、イランは2024年1月から拡大BRICS加盟の正式招待を受けた。現在のブラジル、ロシア、インド、中国、南ア5か国にサウジ、UAE、エジプト、イラン、エチオピア、アルゼンチンの6か国に新規加盟招待が発せられた。右派政権が誕生したアルゼンチンは、BRICSへの加盟を行わない旨外相が表明し、その後正式に加盟しないことを関係国に通報したとされ、2024年1月から、10か国に加盟国数が拡大されることになる。石油供給国と石油消費国が同じブロックに含まれることが特徴のひとつ。新通貨の創設、取引の脱ドル化も議論されている。
4.ユーラシア経済連合とのFTA署名:ユーラシア経済連合(EAEU)とイランの自由貿易協定(FTA)が2023年12月25日、ロシア・サンクトペテルブルクで開催された最高ユーラシア経済評議会の会合で調印された。ユーラシア経済委員会(EEC)のミャスニコビッチ委員長、イランのアッバース産業・鉱山・貿易相、ロシアのオベルチュク副首相のほか、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、アルメニアの代表者が署名した。本FTAは、EAEU加盟各国とイランでの批准をもって発効する。2019年10月に発効した現行の暫定的なFTAに代わるものとなり、新FTAでは全品目の約90%で関税が撤廃され、これら製品は相互貿易の95%以上を占めるとのこと。
5.カスピ海を経由してロシアとイラン、さらにインドを結ぶ南北新経済回廊:イランとロシアは、2023年9月18日、ラシュト・アスタラ間の鉄道建設に向けての覚書に署名。建設資金はロシアが提供予定。同鉄道は、インドからロシアを結ぶ南北回廊の一部となる予定。この回廊を利用することで、イランとロシアは欧米に邪魔されることなく、交易を強化することができる。また、インドは、SCO、BRICS加盟国であり、2023年9月のG20の機会に発表したインド・中東・イスラエル・欧州を結ぶ新経済回廊構想が、ガザ情勢悪化の関連で、滞ると予想される中で、先にプロジェクトが進む南北回廊の重要性が増すとみられる。2023年9月10日、イランのチャバハール港Shahid Beheshti terminal とムンバイ近郊のNhava Sheva港間の直接運航ラインが開設している。
6.チャバハール・ザヘダン鉄道建設:2023年12月26日、バズルパシュ道路・都市開発担当相は、ハタム・アル・アンビヤ建設本部(IRGCが運営する巨大エンジニアリング企業。米国の制裁対象に指定されている)、道路都市開発省、シスターン・バルチェスターン県がイランの2024年度末(2025年3月)までにプロジェクトを稼働させるために最善を尽くしていると述べた。チャバハール港からザヘダンまでの区間は約630kmで、ザヘダンからカシュまでの区間はすでに稼働しており、ハタム・アル・アンビヤ建設本部は、カシュからチャバハールまでの区間の完成に取り組んでいると述べた。チャバハール港は、アフガニスタンならびに中央アジアへの物流を想定した想定したザヘダンへの鉄道ライン(インドの企業IRCONとRitesに数年参入の機会が提供されてきた)の起点であるとともに、国際南北輸送回廊の一部であり、インドから欧州およびCIS諸国市場とを結ぶ伝統的な貿易ルートを、イランを経由することで大幅に短縮するとみられている。当初イランは、インドとの積極的な関与とパートナーシップでプロジェクト開始を予定していたが、建設開始に慎重なインドを見限って、2020年7月14日独自に鉄道プロジェクトを開始すると発表した。
(コメント)2018年以来、米国の厳しい経済・金融制裁と米国による二次制裁を警戒して外国企業が次々にイランへの投資や取引から撤退し、経済的困難に晒されてきたイランにとって、米国と対立する中国だけでなく、ウクライナ危機によりイラン同様欧米の経済制裁下に置かれているロシアがイランに接近してきたことで、イランは、徐々に政治的・経済的孤立から脱して、自信を回復し始めているようにみうけられる。最近来日したイラン外務次官もイランの多国間主義推進で自信を示した。イラン原油の輸出は、ワシントン・インスティテュートの分析では、23年上半期で、91%が中国向けということで、イランにとっての苦しい状況に変化はないが、自国で精製し、陸路近隣国に輸出するガソリンや軽油などの石油製品の追跡は、米国にとっても容易でなく、石油資源からの収入は限定的ながら、増加しているとみられる。天然ガスについても、トルコや近隣諸国への輸出が続いている。米国の制裁で、過去4年ほど停滞したサウスパースガス田フェーズ11の開発にロシアや中国が200億ドル規模で参加することになったとされる。米国のドル支配、国際決済システムSWIFT排除を回避したいロシアは、次回BRICS首脳会議のホスト国でもあり、次回会合での合意を目指してBRICS加盟国間で利用できるデジタル通貨立ち上げと新決済システムの実用化を目論んでいる。このため、ロシアは、とりわけ同じ制裁下にあるイランと協議を重ねてきたとされる。デジタル通貨が利用可能になれば、ロシアが影響力を強めるアフリカ諸国の中にも参加する国が出てくると思われる。イランのBRICS正式加盟は、あと3日後に迫っている。ロシアのプーチン大統領は、最近とみにインドのモディ首相を持ち上げており、次回BRICS会議の成功のカギとなるインドを取り込もうとしている。
なお、イランにとって、軍事的には、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊(IRGC)コッズ部隊の幹部サイエド・レザ・ムサビ准将が12月25日にシリアでおそらくイスラエル軍の攻撃で標的殺害された。2020年1月にバクダッドで「影の司令官」と渾名されたカーセム・ソレイマニ司令官が米軍の無人機攻撃で殺害されて以来のシリアのアサド政権と、レバノンのヒズボラとの最も重要な調整役を失ったということでイランの地域戦略は大きな打撃をうけたと想像される。一方、現下のガザ危機では、イランは直接的な軍事行動を控えているものの、イエメンのフーシー派(イスラム教ザイド派に属し、イランの12イマーム派と教義は異なる)が外国船籍の拿捕やドローン攻撃など紅海の船舶輸送に重大な脅威を与えており、多くの船会社は船舶の安全のため、喜望峰周りの迂回ルートをとらざるを得ない状況に追い込まれている。公開されているヘリコプターを使った上空から戦闘部隊が降り立ち、船舶を拿捕した手口は、2019年7月にイランのIRGCがホルムズ海峡付近で英船籍タンカー「ステナ・インペロ」を拿捕した手法そのものであり、イランのIRGCとの連携の下、実施されているのは間違いないとみられる。イランにとって内政への影響で、心配の種であった2022年9月のヒジャブ着用が問題視され拘束されたイラン人女性死去をきっかけにした反体制運動は、やや沈静化し、また、イランがテロ組織とみなすムジャーヒディーン・ハルク(MKO、MEK)をホストしてきたアルバニアが6月にアシュラフ3キャンプを急襲し、イラン国民抵抗評議会(INRC)のマルヤム・ラジャヴィ暫定議長が仏に逃れ、再入国を禁止されたことが、イランの革命政権にとっては、朗報であったとみられる。2024年は、イランの最高指導者の任命権、罷免権を有する専門家会議の88名の議員選出の年になるとみられ、その選挙結果も注目される。
1.サウジアラビアとの関係正常化:2023年3月10日、イラン、サウジ両国は中国の仲介で、7年ぶりに関係正常化を発表し、その後、同年6月サウジ外相がイランを関係正常化後初訪問し、8月イラン外相がサウジを関係正常化後初訪問。9月、双方の大使がそれぞれの任地に着任した。
2.上海協力機構(SCO)正式加盟: 2023年7月の首脳会議で、イランは9番目のメンバーとして正式加盟が認められた。SCOでは、取引の脱ドル化が議論されている。
3.拡大BRICSへの加盟招待:2023年8月の南アでのBRICS首脳会議で、イランは2024年1月から拡大BRICS加盟の正式招待を受けた。現在のブラジル、ロシア、インド、中国、南ア5か国にサウジ、UAE、エジプト、イラン、エチオピア、アルゼンチンの6か国に新規加盟招待が発せられた。右派政権が誕生したアルゼンチンは、BRICSへの加盟を行わない旨外相が表明し、その後正式に加盟しないことを関係国に通報したとされ、2024年1月から、10か国に加盟国数が拡大されることになる。石油供給国と石油消費国が同じブロックに含まれることが特徴のひとつ。新通貨の創設、取引の脱ドル化も議論されている。
4.ユーラシア経済連合とのFTA署名:ユーラシア経済連合(EAEU)とイランの自由貿易協定(FTA)が2023年12月25日、ロシア・サンクトペテルブルクで開催された最高ユーラシア経済評議会の会合で調印された。ユーラシア経済委員会(EEC)のミャスニコビッチ委員長、イランのアッバース産業・鉱山・貿易相、ロシアのオベルチュク副首相のほか、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、アルメニアの代表者が署名した。本FTAは、EAEU加盟各国とイランでの批准をもって発効する。2019年10月に発効した現行の暫定的なFTAに代わるものとなり、新FTAでは全品目の約90%で関税が撤廃され、これら製品は相互貿易の95%以上を占めるとのこと。
5.カスピ海を経由してロシアとイラン、さらにインドを結ぶ南北新経済回廊:イランとロシアは、2023年9月18日、ラシュト・アスタラ間の鉄道建設に向けての覚書に署名。建設資金はロシアが提供予定。同鉄道は、インドからロシアを結ぶ南北回廊の一部となる予定。この回廊を利用することで、イランとロシアは欧米に邪魔されることなく、交易を強化することができる。また、インドは、SCO、BRICS加盟国であり、2023年9月のG20の機会に発表したインド・中東・イスラエル・欧州を結ぶ新経済回廊構想が、ガザ情勢悪化の関連で、滞ると予想される中で、先にプロジェクトが進む南北回廊の重要性が増すとみられる。2023年9月10日、イランのチャバハール港Shahid Beheshti terminal とムンバイ近郊のNhava Sheva港間の直接運航ラインが開設している。
6.チャバハール・ザヘダン鉄道建設:2023年12月26日、バズルパシュ道路・都市開発担当相は、ハタム・アル・アンビヤ建設本部(IRGCが運営する巨大エンジニアリング企業。米国の制裁対象に指定されている)、道路都市開発省、シスターン・バルチェスターン県がイランの2024年度末(2025年3月)までにプロジェクトを稼働させるために最善を尽くしていると述べた。チャバハール港からザヘダンまでの区間は約630kmで、ザヘダンからカシュまでの区間はすでに稼働しており、ハタム・アル・アンビヤ建設本部は、カシュからチャバハールまでの区間の完成に取り組んでいると述べた。チャバハール港は、アフガニスタンならびに中央アジアへの物流を想定した想定したザヘダンへの鉄道ライン(インドの企業IRCONとRitesに数年参入の機会が提供されてきた)の起点であるとともに、国際南北輸送回廊の一部であり、インドから欧州およびCIS諸国市場とを結ぶ伝統的な貿易ルートを、イランを経由することで大幅に短縮するとみられている。当初イランは、インドとの積極的な関与とパートナーシップでプロジェクト開始を予定していたが、建設開始に慎重なインドを見限って、2020年7月14日独自に鉄道プロジェクトを開始すると発表した。
(コメント)2018年以来、米国の厳しい経済・金融制裁と米国による二次制裁を警戒して外国企業が次々にイランへの投資や取引から撤退し、経済的困難に晒されてきたイランにとって、米国と対立する中国だけでなく、ウクライナ危機によりイラン同様欧米の経済制裁下に置かれているロシアがイランに接近してきたことで、イランは、徐々に政治的・経済的孤立から脱して、自信を回復し始めているようにみうけられる。最近来日したイラン外務次官もイランの多国間主義推進で自信を示した。イラン原油の輸出は、ワシントン・インスティテュートの分析では、23年上半期で、91%が中国向けということで、イランにとっての苦しい状況に変化はないが、自国で精製し、陸路近隣国に輸出するガソリンや軽油などの石油製品の追跡は、米国にとっても容易でなく、石油資源からの収入は限定的ながら、増加しているとみられる。天然ガスについても、トルコや近隣諸国への輸出が続いている。米国の制裁で、過去4年ほど停滞したサウスパースガス田フェーズ11の開発にロシアや中国が200億ドル規模で参加することになったとされる。米国のドル支配、国際決済システムSWIFT排除を回避したいロシアは、次回BRICS首脳会議のホスト国でもあり、次回会合での合意を目指してBRICS加盟国間で利用できるデジタル通貨立ち上げと新決済システムの実用化を目論んでいる。このため、ロシアは、とりわけ同じ制裁下にあるイランと協議を重ねてきたとされる。デジタル通貨が利用可能になれば、ロシアが影響力を強めるアフリカ諸国の中にも参加する国が出てくると思われる。イランのBRICS正式加盟は、あと3日後に迫っている。ロシアのプーチン大統領は、最近とみにインドのモディ首相を持ち上げており、次回BRICS会議の成功のカギとなるインドを取り込もうとしている。
なお、イランにとって、軍事的には、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊(IRGC)コッズ部隊の幹部サイエド・レザ・ムサビ准将が12月25日にシリアでおそらくイスラエル軍の攻撃で標的殺害された。2020年1月にバクダッドで「影の司令官」と渾名されたカーセム・ソレイマニ司令官が米軍の無人機攻撃で殺害されて以来のシリアのアサド政権と、レバノンのヒズボラとの最も重要な調整役を失ったということでイランの地域戦略は大きな打撃をうけたと想像される。一方、現下のガザ危機では、イランは直接的な軍事行動を控えているものの、イエメンのフーシー派(イスラム教ザイド派に属し、イランの12イマーム派と教義は異なる)が外国船籍の拿捕やドローン攻撃など紅海の船舶輸送に重大な脅威を与えており、多くの船会社は船舶の安全のため、喜望峰周りの迂回ルートをとらざるを得ない状況に追い込まれている。公開されているヘリコプターを使った上空から戦闘部隊が降り立ち、船舶を拿捕した手口は、2019年7月にイランのIRGCがホルムズ海峡付近で英船籍タンカー「ステナ・インペロ」を拿捕した手法そのものであり、イランのIRGCとの連携の下、実施されているのは間違いないとみられる。イランにとって内政への影響で、心配の種であった2022年9月のヒジャブ着用が問題視され拘束されたイラン人女性死去をきっかけにした反体制運動は、やや沈静化し、また、イランがテロ組織とみなすムジャーヒディーン・ハルク(MKO、MEK)をホストしてきたアルバニアが6月にアシュラフ3キャンプを急襲し、イラン国民抵抗評議会(INRC)のマルヤム・ラジャヴィ暫定議長が仏に逃れ、再入国を禁止されたことが、イランの革命政権にとっては、朗報であったとみられる。2024年は、イランの最高指導者の任命権、罷免権を有する専門家会議の88名の議員選出の年になるとみられ、その選挙結果も注目される。
Posted by 八木 at 16:29 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)