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イスラム世界との結びつきを通じて、多様性を許容する社会の構築についてともに考えるサイトです。

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マスジド・アッサラーム主催の非ムスリム日本人を対象にしたオープン・マスジド・デー[2019年11月18日(Mon)]
11月24日(日)、御徒町のマスジド・アッサラームで、非ムスリム日本人を対象にした「マスジド開放デー」が開催されます。今回は5回目ということで、案内によれば、午前10時、午後2時の2回にわたって開催されます。同マスジドは、台東区と連携して訪日・滞日のムスリムにやさしい観光マップ発行に協力したり、ハラール認証取得の支援をしてきた実績があります。今年発生したスリランカの同時多発テロで、日本人女性が犠牲になった際も、連帯と哀悼の意を表明するため、マスジドの事務所を弔問者に開放し、日本人、日本社会との連携を重視しています。日本を訪問し長期滞在するムスリムが増加する中で、在日ムスリムを如何に日本社会に包摂し、共生、相互理解を深めることがますます重要になってきていると当研究会も認識しています。オープン・マスジドデーの参加には定員があるようですので、下記のURLからアクセスのうえ、QRコードを読み込み、登録をお勧めします。
http://assalaamfoundation.org/na/news/masjid-day-information

Posted by 八木 at 16:00 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

水資源をめぐる実務的関係を基礎に、二国間のパイプを強化してきたオマーンとイスラエル(11月16日の近藤洋平氏の講演に関連して)[2019年11月15日(Fri)]
明日16日午後、新着情報にあるとおり、東京大学駒場キャンパスで、東京大学近藤洋平氏によるオマーンに焦点をあてた中東の水資源に関する講演が実施されます。中東の水資源に関心をお持ちの方だけでなく、水資源をめぐる実務協力を通じて、政治的パイプを強化してきたオマーンとイスラエルの関係を含む中東和平に関心をお持ちの方にとっても、興味深いセミナーになることは間違いなく、このサイトをご覧の方々多数のご出席をお待ちしております。
●中東における紛争の火種のひとつは、水資源の確保にある。現在、エジプトとエチオピアの間では、エチオピアがナイル川上流域に建設中の巨大なルネッサンス・ダムのダム湖への貯水が開始されようとしており、下流域のエジプトは、ナイルの水がせき止められることにより、農業その他産業・生活に必要な十分な量の水量が確保できなくなるのではないかと懸念を強めている。同様の問題は、トルコからシリア、イラクに流れるユーフラテス川にも存在し、シリアの本格復興が進む段階で、間違いなく3国間の水量調整が重要となる。イスラエルは、死海に流れ込むヨルダン川の水量の低下で、地中海側からの運河建設計画を有している。川のない湾岸諸国にとっては、海水淡水化により、生活・産業用水の確保が極めて重要になっている。このような中で、1992年4月に米国国務省が主導し、イスラエル、ヨルダン、パレスチナの専門家が参加する最初の水資源ワーキング・グループ(WGWR)会議が開催され、地域の水データバンクの作成等の成果を生んだ。このグループに、イスラエル近隣国以外で最初に参加したアラブ諸国がオマーンであった。
●1994年4月、オマーンは、ヨシ・ベイリン外務副大臣が率いるWGWR会議へのイスラエル代表団の訪問を歓迎した。ベイリンは、同年11月にラビン首相のマスカット訪問準備のため再訪し、同年12月のイスラエル首相のオマーン初訪問を成功へと導いた。1995年11月、ラビン首相が暗殺され、アラウィ・オマーン外務担当相(オマーンでは国王が外相を兼任しているため、実質的な外相は、アラウィ外務担当相)がラビン首相の葬儀にオマーンを代表し参列した。ラビン首相を引き継いだシモン・ペレス首相は、1996年4月にビジネス代表団を率い、オマーンを訪問した。オマーンは1996年5月にマスカットにイスラエルの貿易事務所開設を認めた。1996年8月には、テルアビブにオマーン貿易事務所が開設された。
●水問題への実務協力を通じてアラブ・イスラエル間の信頼醸成を目的とする中東海水淡水化研究センター(MEDRC)は、オマーンをホスト国として、1996年12月に設立された。MEDRC執行評議会の創設メンバーには、米国、イスラエル、ヨルダン、および新生パレスチナ自治政府が含まれていた。 MEDRCは、より効率的な海水淡水化技術を研究開発し、最新の技術の活用のために技術者を訓練し、水問題に関する地域の協力を促進することを目指していた。 MEDRCの執行評議会メンバーである10か国のうち、8か国が外交官1名を代表に含めることを選択し、MEDRCはイスラエルとアラブ諸国の外交当局者間の接触の場ともなった。
●オマーンとイスラエルの貿易事務所は、シャロン・イスラエル首相が第二インティファーダのきっかけとなる神殿の丘を訪れたことによる混乱により、2000年10月以降閉鎖されることになった。それでもイスラエルの代表団は、年に2回開催されるMEDRC執行委員会会合に引き続き参加した。2007年9月のMEDRCの10周年を当時のイスラエル・リブニ外相がオマーン外務省のサイイド・バドル事務総長(次官相当。MEDRCの事務局長でもあった)ともに祝った。リブニ外相は2008年のドーハ・フォーラム参加の機会にアラウィ外相とも会見した。
●2018年10月25-26日に、イスラエルの首相としては22年ぶりにネタニヤフ・イスラエル首相が夫人同伴でモサド長官らを同行しオマーンを電撃訪問し、カブース国王と会談した。10月27日アラウィ外務担当相は、バーレーンの会合でイスラエルを「この地域における現実の存在として受け入れるべき」であると述べた。
●いまや正式に外交関係を有しているエジプト、ヨルダンにとどまらず、サウジやUAE、バーレーンは、臆することなくイスラエルとの相互往来、さまざまな協力・連携を強めており、本年6月25日、26日、バーレーンは米国の新中東和平プラン「世紀の取引」の経済的側面に焦点をあてたワークショップをホストし、過去を忘れて経済の恩恵をともに分かち合おうと訴えた。パレスチナ自治政府はパレスチナ人の政治的権利を損なうものとしてボイコットしたが、もはやアラブ諸国が一体となって、サウジのアブドッラー皇太子が2002年にアラブ和平プランとして提示したイスラエルとの間の「領土と平和の交換」の原則を実現しようとした計画の実現性・優先度はますます低下してきている。

Posted by 八木 at 11:09 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

トランプ大統領撤退宣言にもかかわらず、今もシリア北部でかなりのプレゼンスを維持する米軍部隊[2019年11月11日(Mon)]
トルコ国営アナドール通信は、11月9日付で、シリア北部の各勢力の分布図を公表したところ、興味深いので紹介する。これによれば、トランプ大統領の油田地帯を除くシリア北部からの撤退宣言とは裏腹に、米軍は、そもそも撤退しなかった6か所と、復帰した6か所を併せ、12か所の基地をシリア北部で維持していることになる。
https://www.aa.com.tr/en/info/infographic/16139
1.米軍が「平和の泉」作戦実施で撤退した基地総数22か所
@22か所のうち、16か所は復帰せず(赤丸16か所)
A6か所は、米軍部隊復帰(オレンジ丸 6か所;ハッサケ3か所、ラッカ2か所、アイン・アラブ南方1か所)
2.米軍が撤退せず、今も維持している基地6か所(青丸)
3.米軍の油田・ガス田パトロール地帯 11か所(ぼやかした褐色丸)
4.各勢力支配地域
(1)アサド政権支配地域 ピンク
(2)クルド人民防衛隊(YPG)支配地域 紫斜線
(3)トルコが「平和の泉」作戦で支配した地域(タル・アブヤド−ラス・アルアイン間)灰色
(4)トルコ・ロシア共同パトロール地帯2か所 水色斜線
(5)YPGが撤退すべきとされた地域(国境から約30km以南まで)水色
(6)トルコが「ユーフラテスの盾」「オリーブの枝」両作戦で支配した地域 薄緑斜線
(7)イドリブの反体制派支配地域(トルコと協力するアハラーム・シャーム等民兵組織だけでなく、旧ヌスラ戦線のシャーム解放機構(HTS)他を含む)薄緑

Posted by 八木 at 15:08 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

インドで宗教間対立再燃の兆し(インド・アヨーディヤの宗教施設に関する最高裁の判決)[2019年11月11日(Mon)]
11月9日、インドの最高裁判所は5名の判事の一致した判断として、1992年にヒンドゥー教の暴徒が破壊したインド北部のアヨーディヤで460年前に建設されたバブリ・モスクの跡地2.77エーカーを、条件に応じてヒンズー教寺院建設を監督する信託団体に引き渡す必要があると裁決を下した。一方で、アヨーディヤの別の土地5エーカーをイスラム教徒グループに引き渡すと裁決した。

1992年のヒンドゥー教徒暴徒によるバブリ・モスクの破壊は、1947年のインド独立以来、この国が経験した最も激しい宗教的暴動を引き起こした。イスラム教徒は中世時代のモスクで何世紀も祈りを捧げ、一方、ヒンドゥー教徒は自分たちの神ラーマ(宇宙、世界の維持、平安を司る神ヴィシュヌ神の化身。叙事詩「ラーマーヤナ」の主人公)が以前モスクが存在していた場所で誕生したと信じている。

下記の経緯からわかるように、歴代インド政府、司法当局は、この問題を宗教間対立、憎悪を引き起こしかねない事案として、慎重に対応してきた。しかし、モディ首相率いるインド人民党(BJP)は、「ヒンドゥー至上主義」を掲げ、インドを母国としないイスラム教やキリスト教などの少数宗派への宗教的抑圧を強化してきた(仏教はインドで誕生した宗教として、保護されている)。モディ政権は、8月に国内で唯一イスラム教徒が多数を占める北部ジャム・カシミール州の自治権を剥奪し、10月31日、西部の「ジャム・カシミール」と東部の「ラダック」に2分割し、それぞれを中央政府の直轄地とし、中央政府による統治を強めている。今後、政府は、最高裁判所の判決を実行する形で、アヨーディヤのモスク跡にヒンドゥー寺院建設に着手し、さらに、現在各宗派ごとに認められている宗教儀式に関する統一民法典の制定を目指すとみられている。

インドの最高裁判所は、今回、ヒンドゥー教徒過激派によるモスク破壊行為を違法と判断しつつ、インドの多数派であるヒンドゥー教徒のラーマ信仰の想いを、イスラム教徒が中世以来現実に維持してきたモスクの所有権の上に位置づけたことになる。聖地エルサレムをみればわかるとおり、ユダヤ教徒にとっての聖地ソロモン王の神殿の一部であった嘆きの壁のうえに、ムスリムにとっての聖地岩のドームとアルアクサ・モスクの併存は、イスラエル支配の下、常に緊張状態にあり、高裁での同じ敷地内の2/3をヒンドゥー教徒側が、1/3をムスリム側が管理するという案を覆し、敷地全体をヒンドゥー教徒側に与え、ムスリム側には、別の土地を与えるという最高裁が下した解決策は、現場での衝突を避けるための知恵であるとの見方もできないではないが、結局のところ、多数派ヒンドゥー教徒の声を重視したものであり、現在のBJPの「ヒンドゥー至上主義」の流れからは、イスラム教徒の反発は避けられそうにない
(経緯)
1528年 バブリ・モスクは、最初のムガール帝国君主であるバーブルの支配下に建設
1949年12月23日 ヒンズー教の神ラーマの偶像がモスクの内部に置かれ、政府はバブリ・モスクを「係争中の財産」と宣言し、その門は閉鎖された。それ以来、モスクではイスラム教徒は祈ることが出来なくなった。
1950-61年 ヒンドゥー教徒側は、施設内で儀式を行う権利を求め、一方、イスラム教徒側からは、施設の所有の確認を求めるイスラム教徒のグループまで、4つの民事訴訟が裁判所に提起された。
1984年 ヒンドゥー教寺院の建設を先導するために、ヒンドゥー教徒グループによって委員会が設置された。
1990年 右翼のインド人民党(BJP)のリーダーであるLKアドヴァニは、モスクに替わってラーナ寺院を建設する全国的なキャンペーンを主導した。
1992年12月6日 ヒンドゥー教徒の暴徒は、モスクをがれきに変えた。全国で暴動が発生し、約2,000人が死亡した(犠牲者の多くはモスリムとされる)。
1992年12月16日 モスクの解体から10日後、中央政府は事件を調査するためにリベルハン委員会を設置した。
2003年 考古学者は、サイトにヒンズー教の寺院が存在していたのか判断するために、裁判所主導の調査を開始。調査によると、モスクの下に神殿が見つかったとされるが、多くの考古学者とイスラム教徒はこの発見に異議を唱えている。
2009年6月 リベルハン委員会は報告書を提出し、Advaniを含むBJPの上級指導者がモスク破壊の裁判を受ける必要があると指摘。
2010年9月 アラハバード高等裁判所の3人の裁判官は、争点となった場所はヒンズー教徒とイスラム教徒の間で共有されるべきであると判決を下した。裁判所は、2.77エーカー(1.12ヘクタール)の敷地の3分の2がヒンズー教徒グループ(Nirmohi Akhara派とRamlalla Virajman)に属し、残りはイスラム教徒グループ(スンニ中央ワクフ委員会、UP)に属するとの判断を示した。
2011年5月 インドの最高裁判所は、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒のグループによる控訴後、高等裁判所の判決を一時停止した。
2017年3月 インドの最高裁長官・司法長官は、ヒンズー教徒とイスラム教徒の間の法廷外の解決を提案
2017年4月19日 最高裁判所は、モスク破壊事件で、与党党首のAdvani他14名に対する陰謀罪を復活させた。
2017年12月5日 最高裁判所は、係争中の13件の控訴のヒアリング開始。
2018年9月27日 最高裁判所は、この事件を5人の裁判官による憲法裁判に付託することを拒否。 10月29日に新しく構成された3人の裁判官の法廷で審理されるケースとみなした。
2019年1月25日 インド最高裁判所長官(CJI)のゴゴイ長官は、5人の裁判官のベンチを設置し、前任者による3人の裁判官の法廷を設置するという以前の命令を覆えした。新しいベンチには、ゴゴイ裁判長ほか4名の判事で構成された。
2019年3月8日 最高裁判所は、元最高裁判所判事を長とする調停委員会を設置し、法廷外の和解を促した。
2019年8月2日 調停が失敗に終わった。
2019年10月16日 最高裁判所は審理を終了。 5人の裁判官の法廷が判決を準備。
2019年11月9日 最高裁判所は、条件に基づき、ヒンズー教寺院の建設を監督するために、土地を信託に引き渡さなければならないとの判決を下した。アヨーディヤの別の土地がイスラム教徒グループに引き渡されるとあわせ、裁決した。
https://www.aljazeera.com/news/2019/11/timeline-babri-mosque-ram-temple-case-191108225122075.html

Posted by 八木 at 14:26 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

アラビア半島周辺海域の安全航行を守るためとして発足した米主導「有志連合」にアルバニアが加わる理由[2019年11月09日(Sat)]
ホルムズ海峡ほかアラビア半島周辺海域を航行する船舶の安全航行を守るためとして米主導で発足した有志連合である「国際海事保安機構(IMSC)」には、米、英、豪、バーレーン、サウジ、UAEのほかに、11月1日、アルバニアが参加した。アルバニアは、湾岸水域からの主要な石油輸入国ではなく、海上保安用の巡視艇の保有数も極めて限定的であり、とてもペルシャ湾の安全航行に関心を抱いているとは思えない。そのアルバニアがなぜ、有志連合への参加を決めたのか。8日付PRSSTVオンライン記事は、その理由として、アルバニアがイラン革命政権の転覆を目指す反体制組織「ムジャーヒデーン・ハルク」(MKO)のメンバー3千人のための訓練基地を提供しており、近年米国とサウジがイランの不安定化のためのテロ活動の復活を試みている、6月オマーン湾で発生したタンカー爆発損傷事件について、MKOからリークされた音声テープによれば、MKOは同事件でサウジとの協力を示唆したと報じている。

MKO(MEKとも表記する)に対しては、米国は1997年にテロ組織に指定していたが、その後の支援団体のロビーイングが功を奏し、2012年9月に米国務省はテロ組織からMKOを解除した。MKOの本部は、アルバニアの首都ティラーナにあり、本年も7月に首都のアシュラフ3本部で、年次総会が開催され、米国からは、トランプ大統領の私設弁護士であるジュリアーニ元ニューヨーク市長ら要人多数が出席した。ジュリアーニ氏は、イラン革命政権の転覆を訴えたとされる。ボルトン米大統領安全保障補佐官(当時)やサウジのトルキー・ビン・ファイサル元駐英・駐米大使も会合の常連とされる。

アルバニアの有志連合への参加は、MKOとそれを支える米・サウジとの関係なしでは語ることはできず、おそらくは両国あるいはうち一国からの資金協力と無関係とは言えない。米国は、アルバニアを無理やり有志連合に巻き込むことで、逆に、「有志連合」がイランの体制を脅かす裏の目的を有しているのではないかという疑念を白日のもとにさらすことになった。

因みに、MKOがイランの革命体制にかわりうる組織として、イラン国民に人気があるのかという点については、体制発足後2年間で、体制転覆のための破壊活動、テロ活動を行った点、イラン・イラク戦争ではサッダーム・フセインを支援していた点、早々に指導部が欧州に逃れた点等を踏まえ、イランの体制に批判的な人々の間でさえ、強い支持は得られていないとされる。
https://www.presstv.com/Detail/2019/11/08/610664/IMSC-launch-Bahrain

Posted by 八木 at 10:59 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ペルシャ湾等における米主導の「有志連合」の公式作戦開始とIMOに紅海における複数回のイラン・タンカーの被害を訴えたイラン[2019年11月08日(Fri)]
11月7日、米主導の有志連合「国際海事保安機構(International Maritime Security Construct :IMSC)」が公式に湾岸水域における船舶の安全航行保護のための活動開始を宣言した。一方、イランは国際海事機関(IMO)に対して、10月11日にジッダ沖の紅海で発生したイラン・タンカー一隻への攻撃損傷事件以外に同じ水域で過去半年間に2回タンカーが被害を受けたとして、事件は「1つまたは複数の国」よって仕組まれたに違いないと報告した。5月と6月にUAEフジャイラ沖とオマーン湾で発生した船舶6隻の爆発損傷について、米国はイランの犯行であると非難したが、イラン側は全面的に関与を否定している。一方、紅海でのイラン・タンカー爆発損傷については、米第五艦隊司令部は、報道で承知しているだけであるとコメントし、沿岸国サウジは、このような行為はサウジが行う種類のものではないとして関与を否定している。

1. 米主導の有志連合が公式に作戦開始
●11月7日、「国際海事保安機構(International Maritime Security Construct :IMSC)」と名付けられた米主導の海上有志連合は、米国海軍の第5艦隊司令部が置かれたバーレーンで、アラビア半島周辺海域を航行する船舶の安全を守るための「海の番人」作戦を公式に開始した。
●同機構には、米国、英国、豪州、バーレーン、サウジ、UAEとアルバニアの計7か国が参加している。
●中東の米海軍副司令官であるジム・マロイ中将は、IMSCのコマンドセンターでの式典で、「海の番人」作戦は湾岸海域の保護を目的とした防衛手段であり、パトロールに優秀な軍艦を採用しているが、攻撃された場合に互いを守るというコミットメントを除き、この機構は攻撃を意図したものではないと発言。
https://www.aljazeera.com/news/2019/11/led-coalition-launches-operation-protect-gulf-waters-191107145148132.html

2.イランは、紅海ジッダ沖での3隻のイラン・タンカーの損傷をIMOに通知
●イラン当局は、国際海事機関(IMO)に対し、6か月間で合計3隻の石油タンカーが、すべて同じ地域(紅海、サウジ沿岸沖)で、攻撃を受けたと通知した。イランは、IMOへの書簡の中で、「1つまたは複数の国よって仕組まれた」とみられる攻撃が地域の海上航行の安全に悪影響を及ぼしたと指摘した。さらに、「主要な懸念は、短期間のうちの類似の場所でのこれらの仕組まれた一定の方向を示す攻撃パターンが、航行する船舶にとって紅海を安全でない航路にしたことである」と表明。
●10月11日に発生した「サビティ(SABTI)」の石油タンカーに対する確認された攻撃とは別に、イランはIMOへの通知で2つの他の事件に言及した。うち1つは2019年8月に発生し、「ヘルム(HELM)」という名称のタンカーが関与した。この船は、8月21日に紅海で技術的な障害が発生したと報告したが、その時点では詳細を提供せず、この事件を「攻撃」とは呼んでいなかった。イランが提出した報告書によると、別の事件は石油タンカー「ハッピネス(Happiness)I」に関係し、4月に発生した。「ハッピネスI」も、サウジアラビアのジッダ港近くの紅海を航行中に技術的な問題に遭遇したと報告したが、他方で、事件は5月2日に発生したとされている。その後、船は修理のためにサウジの港に運ばれ、7月20日に出発した。
●米国は、イランのタンカーに対する攻撃の背後にある加害者の可能性についてコメントしていない。イランは、犯行主体を名指しする前に事件の徹底的な調査を行うと発表したが、ローハニ大統領は、それは1つ以上の国家主体によって行われたに違いないと指摘した。
●サビティは喫水線のすぐ上の右側で2回衝撃を受け、損傷により短時間の油漏れが発生したが、すぐに停止したとされる。船の運航者である国営イラン・タンカー会社(National Iranian Tanker Company:NITC)は、損傷はミサイル攻撃の結果である可能性が高いと指摘。
https://sputniknews.com/middleeast/201911071077249860-iran-informs-global-maritime-body-of-two-new-attacks-on-its-tankers-calls-red-sea-unsafe--report/

Posted by 八木 at 11:00 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

中国はイラン産原油の輸入を大幅に削減する戦略的決定を下したのか[2019年11月07日(Thu)]
米国は、2019年5月2日をもって、イラン産原油を輸入する国に対する制裁適用除外措置を終了し、輸入を継続する国に対して制裁を科すと宣言した。シリアを除き、この方針に明確に従わない世界で唯一の国が中国である。すでに、米財務省は、2回にわたってイランとの石油取引を続ける中国企業に対する制裁を発動した。しかし、ここに来て、通関ベースでの中国のイラン産原油の輸入額が大幅に減少したことが観察された。イランからの出航時点で確認された中国向けとみられる原油輸送量は、以下のとおり減少している。これが、米国との貿易摩擦を抱える中国が、米国の意向を踏まえ、戦略的に、イラン産原油輸入を削減する決定を下したのか、について、Bourse & Bazaar創設者のEsfandyar Batmanghelidj氏執筆の興味深い分析記事が発表された。これによれば、イランから中国向けの原油輸出量は、名目的に低下した通関額だけで判断すべきでなく、運航中、保税倉庫で保管中のほかに、マレーシア沖での船舶への瀬取りにより、マレーシアからの輸入としてカウントされている可能性を示唆している。その主要点は次のとおり。
(イラン産原油推定輸送量の減少)
9月約485,000バレル/日で、前月と比べて185,000バレル/日減少
8月に約670,000バレル/日(前月から約130,000バレル/日減少)
(分析記事主要点)
●中国の税関データは、中国のイランからの石油購入の大幅な減少を示した。 9月の輸入申告額は2億5400万米ドル(8月から34%減、昨年同月から80%減)にすぎない。
●一方、イランからの非石油輸入額は9月に5億米ドルを超過。これは、今年の4月から安定しており、過去2年間に観察された月間平均と一致する月間貿易額。
●石油購入額の変動が、昨年末にイランとの貿易全体に影響する銀行取引への制裁の問題など、中国とイランの貿易におけるシステム全体の混乱に関連していない
●特に、9月にイランの石油の輸入を縮小するという決定は、イランの石油の輸送に関与する中国の海運大手COSCOのタンカー子会社へのトランプ政権の制裁発動の動きよりも早かった。中国政府は、トランプ政権に、進行中の貿易交渉の一環として、COSCOに対する制裁を撤廃するよう要請したと伝えられている。
●イランからのタンカー出航で観測された原油輸出に関するデータは、9月の中国税関データで宣言された輸入の減少に対応していない。観察された輸出量の推定金額は、9月に宣言された中国の購入額2億5,000万米ドルよりもかなり高い。さらに、イランの8月の輸出量の市場価値は12億米ドルを超えている。中国以外に、現在イランの石油を購入している唯一の顧客はシリアであるが、中国よりもはるかに輸入量が少ない。それでは、中国で通関した以外の石油はどこに行くのか。8月に中国に向けてイランを出航した一部のタンカーはまだ輸送中であり、イランの原油を最終的な港の目的地に運ぶ瀬取りを待っている。他のタンカーは石油を保税倉庫に配送している可能性がある。すなわち、石油はまだ中国国内で販売されておらず、したがって税関データには含まれない
●宣言された中国のイラン産石油輸入額が、イランからの出航が観察された輸出額より低い理由の最も明白な説明は、税関データに実際に記録されている。今年の夏の初めの税関報告書は、イランからの原油輸出に関係していると思われるマレーシア沖での瀬取りを示唆しており、過去数ヶ月の中国の税関データは、イランからの輸入申告額が低下したことと、それを補うようにマレーシアからの輸入が著しく増加したことを示している。
●マレーシアは今年の5月以来、毎月平均12億米ドル相当の石油を中国に輸出している。 5月までの12か月の月間平均は10億米ドル。マレーシア経由でイランの石油を再輸出することで、中国はCOSCOのような主要なプレーヤーに対する制裁の脅威によって引き起こされた受け入れ能力の問題を克服することができる。中国は、イランからの船旅の最後の区間において小型タンカーを使用して、イランのVLCCから石油を移し替えることができる。
https://www.bourseandbazaar.com/articles/2019/10/23/chinas-declared-imports-of-iranian-oil-hit-new-low-but-dont-believe-it

Posted by 八木 at 21:39 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

テヘランの米国大使館占拠事件から40年経過した今も敵意に満ち溢れた米・イラン関係[2019年11月05日(Tue)]
11月3日、1979年11月4日の学生たちによる在テヘラン米国大使館占拠(下記1.参照)から40周年を前に、ハメネイ最高指導者は学生たちとの会合に臨み、米国との対話に臨めば、ミサイル開発停止等の理不尽な要求をのまない限り、米国は一切譲歩するつもりはないとして、改めて米国との協議を拒絶する意向を再確認した(下記2.)。一方、学生たちは、元の米国大使館の壁に新しい壁画を発表した。中でも際立っているのは、1988年7月3日に290人が搭乗してペルシャ湾上空を飛行していた際にUSSヴァンセンヌによって撃墜されたイラン航空機655の絵画であった。その近くには、ペルシャ湾のイラン空域付近でイランのイスラム革命警備隊(IRGC)によって2019年6月20日に撃墜された米国グローバルホーク・ステルス・ドローンが描かれていた。これらは、イスラム革命と米国の覇権に対するイランの抵抗を表現するものであるとのこと。これに対して、米財務省は、11月4日、国軍参謀本部ならびにライースィー(Ebrahim Raisi)司法府長官、ハメネイ最高指導者の二男ムジュタバ・ハメネイ(Mojtaba Khamenei)を含む9名に対して、新たに外国資産管理局(OFAC)の制裁を発動した。

1.40年前のイランの学生による米国大使館占拠
●テヘランの米国大使館は、1979年11月4日に数百人の学生に占拠された。イスラム革命が米国の支援を受けたパーレヴィ体制を打倒したほぼ9か月後に起きた。学生たちは66人の大使館職員を拘束し、発足初期のイスラム共和国を転覆させようと陰謀を企てた証拠となる米国の機密文書を回収しようとしていた。学生たちは、イランとイスラム革命に対する米国の陰謀を示唆する様々な大使館内の文書の断片を回収し、復元した。イスラム革命の指導者ホメイニ師は、学生たちの行動を歓迎し、大使館の占拠を「第二の革命」と表現した。学生たちは、女性、アフリカ系米国人、および数日後に多発性硬化症と診断された男性を解放したが、残りの52人を444日間拘束し続けた。
●この出来事はイランと米国の間の主要な政治的対立に発展し、当時の米国大統領ジミー・カーターは、1980年の再選に向けて大使館職員を解放すべきとの大きな圧力を受けていた。ブレジンスキー国家安全保障顧問から軍事行動を求められたカーター大統領は、「鷲の爪(イーグル・クロー)」作戦を命じた。これは、米国の特殊部隊が8機のヘリコプターでイランに飛来し、拘束された大使館スタッフを米国に戻すという秘密軍事作戦であった。作戦は1980年4月に開始され、ヘリコプターがイラン領内に侵入し、テヘランへの計画飛行前にタバス市近くの中央砂漠に上陸した。しかし、その時点から、砂嵐が2機のヘリコプターの飛行を困難にし、翌朝、3機目が輸送機に衝突したため、作戦は大失敗に終わった。カーター大統領は悲惨な作戦を中止し、演説で責任を表明することを余儀なくされた。これが再選のチャンスに大きな打撃を与えた。
●イランが、アルジェリアが仲介する取り決めの下で被拘禁者の釈放に同意した後、大使館占拠は最終的に終了した。アルジェリアを通じて、米国はイラン・イスラム共和国に対して敵対的な行動を取らないことを約束した。しかし、長年にわたり、米国は合意を翻し、イランに害を及ぼし、イスラム共和国を転覆させるためにあらゆることを行ってきた。1981年1月20日、レーガン大統領が就任演説を行い、カーター大統領に対する勝利を祝ったのにあわせて、解放された大使館職員は最初にイランからアルジェリアに飛行し、その後独に向けて出発した。
https://www.presstv.com/Detail/2019/11/04/610337/Iran-US-embassy-takeover-40-anniversary-rallies

2.米大使館占拠40周年にあたってのテヘランでの学生との会合でのハメネイ師発言(11月3日)
●米国との交渉で問題が解決すると見なす人は100パーセント間違っている。米国人との交渉から何も出てこない。彼らは確かに、そして絶対に譲歩しないからだ。
●今日、神の恵みと私たちの若者たちの努力のおかげで、我々は、わずか1メートルの誤差の範囲で任意の目標を打ち抜くことができる2,000キロの範囲の精密ミサイルを保有している。交渉に行けば、米国人ミサイルも(協議の対象に)含まれることを期待していたであろう。例えば、イランのミサイルの最大射程は150キロメートルであるよう要求するであろう。我々がそれを受け入れたなら、国を破壊し、そうでなければ、(制裁の解除がない)現状が維持されることになる。
●米国と北朝鮮の当局者は非常に多くの心地よい言葉を相互に交換したが、結局、米国人はボイコットを1つも解除せず、一切譲歩しなかった
●米国との会談はイランと米国のすべての問題を終了させるだろうと言っている(マクロン)仏大統領は、米国にナイーブすぎるか、共謀しているかのどちらかである。
https://www.presstv.com/Detail/2019/11/03/610261/Iran-Leader
3.米財務省によるイラン追加制裁(11月4日)
●米国財務省の外国資産管理局(OFAC)は11月4日、イランの国軍参謀本部と、イラン政権の選挙で選ばれたのではない最高指導者であるアリ・ハメネイに任命され、ハメネイのために活動している9名の個人に対して措置をとった。その事務所はイランの過激なアジェンダを推進する責任を負っている。この措置は、数十年にわたってイランの人々を抑圧し、テロリズムを輸出し、世界中の不安定化政策を進めてきたアリ・ハメネイの軍事および外交顧問たちの影のネットワークへの資金流入を阻止しようとするものである。具体的には、この措置は、最高指導者事務所、緊急事態評議会、国軍参謀本部、司法機関のアリ・ハメネイに任命された者たちを対象としている。財務省の措置は、イランの過激派がテヘランの米国大使館を占領し、444日間で50人以上の米国人を人質にした40周年と一致する。
@エブラーヒーム・ライースィー(Ebrahim Raisi)司法府長官
Aムジュタバ・ハメネイ(Mojtaba Khamenei)ハメネイ最高指導者の二男
Bモハンマディ・ゴルパエガギ(Mohammadi Golpayegani)最高指導者事務所官房長
Cバヒード・ハガニアン(Vahid Haghanian)最高指導者の右腕
Dアリ・アクバル・ヴェラヤティ( Ali Akbar Velayati)最高指導者上級顧問、元外相
Eゴーラム・アリ・ハッダード・アーデル(Gholam-Ali Hadad-Adel)ムジュタバ・ハメネイの義理の父
Fモハンマド・バゲリー(Mohammad Bagheri)国軍参謀本部長
Gホセイン・デフガン(Hossein Dehghan)IRGC准将
Hゴーラム・アリ・ラシード(Gholam Ali Rashid)IRGC司令官
及び国軍参謀本部 Iran’s Armed Forces General Staff (AFGS)
https://home.treasury.gov/news/press-releases/sm824

Posted by 八木 at 16:20 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

News Week Japanに転載された長沢栄治東大名誉教授の時事通信との現下の中東情勢に関するインタビュー記事[2019年11月05日(Tue)]
時事通信社による長沢栄治東大名誉教授のインタビュー記事が「シリア、イラン、イエメン... 中東から手を引くアメリカ、日本は湾岸非核化地帯提唱を」というタイトルで、News Week Japanに転載されました。現下の中東情勢を読み解く上で、非常に有意義な記事であり、長沢教授の承諾をうけて、記事のリンクを貼らせていただくことになりました。インタビューワーは、杉山文彦 時事通信社解説委員兼Janet編集長です。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/11/post-13315.php
(注目点骨子)*インタビュー記事の本文をお読みください。
1.シリアへの米・ロシアの介入:2013年シリアで化学兵器使用疑惑が出てきたときのオバマ政権の軍事介入を回避した対応がターニング・ポイント。トランプ大統領も2018年4月にシリアで化学兵器が使われたときに名目上、ミサイルを撃ちこんだが、深い入りしなかった。ここにきて、米国はついにシリアをロシアに任せた。シリアでリビアへの介入とレベルが違ったのは、ロシアが完全に介入してきたこと。
2.米国のクルドへの対応:シリア北部からの米軍の撤退に関連して、イラン・イラク戦争末期の1988年、サダム・フセインが化学兵器を使ってイラク北部のハラブジャという村でクルド人を大量虐殺した。それを非難する動きがアメリカをはじめ国際社会で全然出なかったことも、クルド人はよく覚えている。今回また裏切られたと感じている
3.米国のイラン・イスラム体制への対応:トランプ政権は、イランの体制を実力で倒すようなことはしないと言っているが、これは建前で、イスラム革命体制が崩壊してほしいというのが究極の望み。それに至る道として経済制裁をしている。
4.中東の危機への解決策:現在中東にいろんな危機的状況がある中で、もし最初に解決するべき問題があるとしたら、イエメン内戦である。イエメンでは、完全に制空権をサウジアラビア空軍が握り、やりたい放題にフーシ派を空爆できる状態の中で、「貧者の兵器」ドローンが(アラムコ石油基地を)やってしまった
5.イランの核問題への対応:基本的には「非核地帯構想」の形で解決する方法がある。中東全体を非核地帯構想にするのはイスラエルが核兵器を持っているので、非常にハードルが高いが、湾岸地域を非核地帯にする構想は追求の価値が大きい。

Posted by 八木 at 11:44 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ダブリン規則に基づき、積極的難民受け入れ国から、庇護申請者の国外送還強化にシフトし始めた独とシリア難民の押し付けに反発するトルコ[2019年11月03日(Sun)]
11月2日、東京大学本郷にて、科研費・国際共同研究加速基金「ドイツのアラブ系移民/難民の移動と受け入れに関する学際的研究」主催のセミナー「難民危機とシリア紛争のその後―ドイツに学ぶ難民受け入れの実情」が開催された。同セミナーでは、シリア出身で独で難民認定されたアイハム・バキール氏(21歳、男性)、ならびにレバノン(サイダ市)から移住し、後にドイツ国籍を取得した移民/難民の青少年を支援するNGO「BBZ」共同創設者ムハンマド・ジュニ氏(34歳、男性)からプレゼンテーションが行われ、その後活発な意見交換が実施された。同セミナーのプレゼンテーションおよび質疑応答をベースに、注目した点を、補足情報を含め次のとおり共有する。
●EU加盟国の領域内において国際的保護を求める庇護(ひご)申請が申し立てられた場合、原則として、難民としての庇護を求める者は、最初に到着したEU内の加盟国で申請を行い、審査が実施されることになる。申請はかならず一つの国によってのみ審査され、加盟国間でたらい回しにされたり、一度却下された者が他国で申請を再度試みたりすることは認められない。シェンゲン領域内では出入国審査なしで自由に移動できるため、ダブリン規則が適用されなければ、よりよい条件を求めて庇護申請先を選ぶ者が出てきて、難民受け入れに積極的な国を目指すケースが増える。ダブリン規則においては、そのような事態を防ぐため、申請せずに別の国に移動した場合、最初に申請すべきであった国に送り返される。結果としてイタリアやギリシャ、スペイン、マルタといった地中海、地中海沿岸国で、申請手続が集中することになる。独は以前から難民受け入れに積極的であったわけではない。むしろ、ダブリン規則を盾に、難民支援を拒否し、地中海沿岸国に対して、難民受け入れはそちらの国々の問題であると突き放していた。節目が変わったのは、2015年以降、北アフリカやシリア等中東諸国からEUの地中海沿岸国に大量に人が移動し、とりわけ、シリア難民が最初に流入するギリシャでは、ギリシャ経済の悪化があり、難民希望者がギリシャでなんらの支援も受けられず、滞留することになり、ギリシャから他の国に移動した人々もギリシャに送り返すわけにはいかず、人道的危機に発展して、ダブリン規則が機能不全に陥った。庇護申請者の集中する国は、加盟国間における受入れ負担の公平な分担を求め、独が大量の難民を受け入れることとなった。ダブリン規則の下でも、最初に庇護申請をした国から他の国に移動する「第三国定住」という制度がある。しかし、第三国定住で、他の国に移動する権利を認められるケースは、宝くじにあたる確率ほど低い
●独内で庇護申請をし、正式に在留を認められれば、さまざまな保護や教育、医療サービスを受けることができるが、庇護申請が認められなくとも、直ちに国外送還されるわけではない。独には、送還一時停止(toleration)制度があり、これによって、庇護申請を認められなかった若者たちは、「職業訓練」等の名目で、実際には働いて、手当を稼ぐことができる。これは、人道的配慮というよりは、独内の経済的背景によるものとのこと。日本同様、独社会も高齢化が進んでおり、工場や病院等で恒常的に人手不足に陥っている。このようなギャップを埋めるため、受け入れ先と契約ベースで、職業訓練という名目で働くことができるようになる。送還停止は、3年程度更新され続けることもある。本年9月時点で、送還対象者は、24万6737名で、うち、送還一時停止処分対象者は、19万1117名とのこと。
●しかし、独の難民政策は最近徐々に厳しさを増している。スペインとの合意成立により、最初にスペインに入国したことが判明した移民について、独は48時間以内にスペインへ送り返す。これまで両国の間には明確な取り決めがなく、経済が堅調なドイツを目指しアフリカや中東から渡ってくる移民が絶えなかった。ゼーホーファー内相は国境管理の厳格化を強く主張し、移民・難民流入の窓口となっているイタリアやギリシャとも同様の合意締結を目指している。
●2016年3月18日、メルケル首相がエルドアン大統領を訪問し、トルコからギリシャへの難民流入を食い止めるための対策でトルコと正式合意に至った。EUは3月20日以降、トルコからギリシャに海路で入国する非正規移民のすべてをトルコに返還する代わりにトルコ国内の同数のシリア難民をEU諸国内で受け入れるというもの。この合意には、EUがトルコに必要な資金を提供することも含まれている。結果として、トルコは、360万人ものシリア難民を国内に受け入れることとなった。トルコ国内ではシリア難民は、不十分とはいえ、教育の機会があり、また、仕事につくことも許されている。しかし、トルコ側は、EUからの資金提供が不十分だとの不満を募らせており、また、シリア難民が登録された居住地以外に住んでいるとして、最近トルコ最大の都市イスタンブールでは、シリア難民を登録地に送還する措置も発動した。さらに、シリアのクルド人武装勢力を国境地帯から排除するためのロシアとの合意を踏まえ、国境沿いのシリア領内に幅30kmの緩衝地帯を設け、その地域にシリア難民の町を建設し、100万から200万人のシリア難民を居住させる計画を進めようとしている。

Posted by 八木 at 19:34 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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