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イスラム世界との結びつきを通じて、多様性を許容する社会の構築についてともに考えるサイトです。
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社会デザイン学会で承認された中東イスラム世界社会統合研究会が運営する団体ブログです。
中東イスラム世界社会統合研究会公式サイト http://meis.or.jp
社会デザイン学会研究会案内 http://www.socialdesign-academy.org/study/study_application.htm
日本とイスラム世界とのネットワーク強化を目的として、以下の項目で記事を発信していきたいと考えています。
日本とイスラム世界との出会い:日本人や日本がどのようなきっかけでイスラム世界への扉を開いていったかを紹介します。
イスラム世界で今注目されている人物:イスラム教徒であるか否かを問わず、イスラム世界で注目されている人物を紹介していきます。
イスラムへの偏見をなくすための特色のある活動:イスラムフォビア(Islamophobia)と呼ばれるイスラム教への偏見、イスラム教徒排斥、イスラム教徒警戒の動きが非イスラム世界で高まっています。これらの偏見や排斥をなくすための世界の各地で行われている特色のある活動を紹介していきます。
中東イスラム世界に関心を抱くあなたへの助言:さまざまな分野で中東・イスラム世界に関心を抱き、これから現実に接点を持っていこうと考えておられるあなたへのアドバイスを掲載します。

情報共有:当研究会のテーマに関連したイベント、活動、寄稿などの情報を提供しています。

新着情報:中東イスラム世界社会統合研究会公式サイトの「中東イスラム世界への扉」に、現地駐在の本田圭さんから投稿のあった2020年11月の「UAE、ある日の砂漠」と題する紀行文を掲載しました。UAEの砂漠がとても魅力的なので、ぜひ一度アクセスしてみてください。
http://meis.or.jp/products/door2me/OnceUponATimeInUAEDesert01.php




複数の国籍を持つテレグラム創設者デュロフ氏とUAEの関係[2024年08月30日(Fri)]
アラブ首長国連邦(UAE)は、中東湾岸の7つの首長国から構成される連邦国家で、オイルマネーで潤う巨大産油国であるものの、地域の金融、商業、観光、国際交通の拠点でもある。そのため、人口の約9割が外国人であり、世界有数の富裕層、多国籍のビジネスマンや企業家も多数引き付けている。首都があるアブダビのナヒヤーン家の首長が大統領を務めるが、副大統領兼首相を務めるマクトゥーム家が支配するドバイには、外国企業の地域事務所が多数置かれており、大別すれば、政治の中心がアブダビ、商業の中心がドバイと色分けされる。メッセージングアプリ「テレグラム」の創設者兼CEOであるパベル・デュロフ氏は、2017年頃までに、ドバイに常住し、テレグラムのオフィスもドバイ・メディア・シティから運営していた。デュロフ氏はロシア生まれであるものの、ロシアを離れ、いくつかの国の市民権を獲得し、UAEでも市民権を得ている。ABC報道によれば、UAEの法律では、投資家、医師、専門家、知識人は、連邦を構成する各首長国の7人の統治者である首長、皇太子、または連邦政府の承認があれば、国籍取得の道を歩むことができるとされ、デュロフ氏は2021年にドバイの皇太子シェイク・ハムダーン・ビン・ムハンマド・アル・マクトゥームと会談しているところを写真に撮られていた。デュロフ氏はドバイ首長国のシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首長の諮問委員会にも参加した。当時のWAMの報道では、テレグラムは「世界本社がドバイにあり」、200億ドル以上の価値があると説明されていた。また、デュロフ氏はアブダビの首長家とも懇意にしているようで、同年、アブダビの政府系ファンドであるムバダラは、別のアブダビ企業と同様に、テレグラムに7500万ドルを投資したとされる。

2024年8月24日プライベートジェットでアゼルバイジャンから到着後パリ郊外のル・ブルジェ空港に到着したところ、広範な司法調査の一環として拘束され、4日間の尋問の後、28日早朝に釈放された。捜査判事は予備的告訴を提出し、500万ユーロの保釈金の支払いと週2回の警察署への出頭を命じた。デュロフ氏に対する告発には、同氏のプラットフォームが児童性的虐待資料や麻薬密売に使用されていること、テレグラムが法律で義務付けられているにもかかわらず捜査官と情報や文書を共有することを拒否したことなどがあるとされる。

UAE政府は、この拘束に対して、すばやく反応し、UAE外務省は8月27日の声明で、「デュロフ氏の件を注視しており、フランス政府に領事サービスをすべて緊急に提供するよう要請したこと、国民のケア、彼らの利益の保護、彼らの問題への対応、そしてあらゆる面でのケアの提供はUAEの最優先事項である」と述べ、仏政府に申し入れを行ったことを明らかにした。因みに、UAEと仏の関係は深く、アブダビには、2017年11月開設のルーブル博物館の別館があり、展示作品は、600点の所蔵作品に加え、レオナルド・ダビンチの「ミラノの貴婦人の肖像」など、フランス側から貸し出されたおよそ300点の作品が展示されている。また、軍事面ではフランスはアブダビに海軍基地を運営し、UAE軍はフランス製のルクレール戦車とラファール戦闘機を使用している。
https://www.wam.ae/en/article/1436rwz-uae-closely-following-case-pavel-durov

(参考1)テレグラムとは:世界で約10億人のユーザーが、コミュニケーションの手段として、また重要な情報源として、テレグラムを利用しているとされる。デュロフ氏によって2013年設立されたテレグラムはロシア、ウクライナ、旧ソヴィエト連邦の国々で特に人気がある。フェイスブック、ユーチューブ、ワッツアップ、インスタグラム、ティックトック、微信(ウィーチャット)に次ぐ主要ソーシャルメディアのひとつに位置づけられている。最大20万人でグループを作ることができる。そのため誤った情報が広まりやすく、陰謀論、ネオナチ、小児性加害、テロ関連のコンテンツをユーザーが共有しやすいと批判されている。
英国では、同アプリが極右のチャンネルに場を提供しており、それらのチャンネルが英国サウスポートでの少女3人の殺害事件をきっかけに偽情報をもとに、移民難民排斥の大規模騒乱事件に発展したことで、調査が進められている。テレグラムはいくつかのグループの投稿を削除しているが、過激派や違法コンテンツを阻止するシステムは全般的に、他のソーシャルメディア企業や通信アプリよりもかなり弱いと、サイバーセキュリティーの専門家は指摘しているとのこと。

(参考2)UAE以外の国との関係
(1)ロシア:デュロフ氏はロシア生まれの39歳。ロシアでは2018年、ユーザーデータの引き渡しをドゥロフCEOが拒んだことを受け、利用が禁止された。しかし、2021年に禁止は撤回された。テレグラムを設立し、翌2014年、自身のソーシャルメディア・プラットフォーム「VKontakte」の反政権コミュニティーの閉鎖を政府に要求されたがこれに応じず、ロシアを離れたとされる。しかし、ロシアは今でもドゥロフCEOをロシア国民とみなしている。ロシア政府当局者はデュロフ氏の拘留に憤慨しており、政治的動機によるもので、西側諸国の言論の自由に関する二重基準の証拠だとする声があがっている。ロシアのラブロフ外相は27日、デュロフ氏の逮捕後、ロシアとフランスの関係は「最低」レベルにあると述べた。クレムリンのペスコフ報道官は、「非常に重大な容疑をかけられているが、それと同じくらい(立証する)重大な証拠が必要だ。そうでなければ、これはコミュニケーションの自由を制限しようとする直接的な試みであり、大企業のトップを直接脅迫しているとさえ言える」とは述べ仏当局の行動を非難した。
(2)仏:フランス国籍取得の経緯は依然として不明瞭である。デュロフ氏は2021年に正式にフランス国籍を取得し、同年8月25日にはフランス官報の帰化欄に氏名が掲載された。2022年5月、政府の法令に基づき、同氏は正式にフランス語での氏名の音訳をポール・デュ・ロヴに変更した。マクロン大統領は26日、ソーシャルメディアに投稿し、フランスは表現の自由に「深く取り組んでいる」が、「ソーシャルメディアでも現実世界でも、市民を保護し、その基本的権利を尊重するために、自由は法的枠組み内で維持されている」と述べた。これに対して、テレグラムは声明で、EUの法律を遵守しており、コンテンツモデレーションは「業界標準の範囲内であり、常に改善している」と述べ、自社の事業を擁護し、デュロフ氏には「隠すことは何もなく、頻繁に欧州を旅行している」と付言した。
(3)セントクリストファー・ネイビス:カリブ海の島国の砂糖産業に25万ドルを寄付したことで、セントクリストファー・ネイビスの市民権を取得したと報じられている。セントクリストファー・ネイビスは、富裕層や、他国への渡航に煩わしいビザを必要とするパスポートを持つ人々にとって、依然としてタックスヘイブンとして人気がある。デュロフ氏は2017年のSNSの投稿で、2013年春にセントクリストファー・ネイビスのパスポートを取得したと述べ、「ビザなしでEUや英国に旅行できるので便利」と評した。彼は、カリブ海の島国に実際に行ったことはなく、旅行する予定もなかったとし、「欧州を離れずにパスポートを取得できる」と付け加えた。

(コメント)テレグラムCEOパベル・デュロフ氏の逮捕後にUAEは2021年に結んでいた仏とのラファエル戦闘機80機の200億ドル相当の契約をキャンセルすることを決定した、と一部メディアが報じた。これは偽情報らしいとのことだが、UAEが、友好国でもある仏にUAEを拠点に世界的な通信アプリ事業を展開する企業トップの突然の拘束に強く反発したことは間違いない。本件への仏捜査当局の対応や政治の介入、諸外国の対応など不透明な部分が未だ多いが、現段階で、いくつかコメントしたい。
@テレグラムは、交信メッセージの強靭な秘密性維持の観点から、捜査当局に狙いをつけられている人物や組織が好んで利用するプラットフォームである。中東関係の反体制派の動きをフォローしていても、必ず登場するのがテレグラムでの交信の一部である。当然、犯罪やマネーロンダリングなど非合法な交信にも使用されやすいということになる。一方、テレグラム本社は、「プラットフォームやその所有者が、そのプラットフォームの悪用の責任を負っているとするのは不合理だ」という立場で、プラットフォーム自体は言論や交信の自由を提供しているのであり、それを悪用する者たちの替わりにプラットフォーム所有者・運用者を罰するのは、方向違いとの立場である。
A上述のとおり、UAEには世界中から、富裕層や世界的なビジネスマンなどが集まり、UAEを拠点に活動している。UAEは欧米と同じ水準で、これらの人々の滞在と活動を許可しているわけではない。様々な背景を持つ人物を受け入れることもUAEの魅力となっている。UAEが市民権を与えた人物が、外国当局に逮捕されたということ、それも世界的な影響力を持つ人物を拘束したことに抗議し、事態の進展を注視するという姿勢は、UAEの存在価値を維持することに役立つと考えられる。
Bデュロフ氏の出身国ロシアとデュロフ氏の関係は、必ずしも良好ではない。しかし、ロシアは、デュロフ氏を依然ロシア人とみなして、仏政府に懸念を表明している。これはデュロフ氏個人を守るというより、ロシア人やその同盟者も多く使用しているテレグラムの運用に害が出ることを恐れているとみられる。
Cデュロフ氏が複数国籍を有することも、この件を複雑にしている。仏政府からすれば、自国民を犯罪容疑で拘束したということであるが、UAEやロシアからは、仏当局が自国民をいきなり拘束したということになる。2019年12月に関西空港から違法出国したカルロス・ゴーン元日産会長は、仏旅券2通とレバノン旅券、ブラジル旅券1通を所持し、弁護士が3通保管していたが、のこり1通の仏旅券を所持し、レバノンに逃亡している。世界では、重国籍を認める国が多数であり、一定額以上の投資や寄付などで国籍を付与する国も存在する。そして、その国の国籍を取得すれば、ビザなしで渡航できる国の数も格段に広がることがある。デュロフ氏はまさに複数国籍の恩恵を受けてきたが、その国のひとつからしっぺ返しをうけたということになる。
https://abcnews.go.com/Business/wireStory/telegram-founder-pavel-durovs-citizenships-add-mystery-detention-113216564
https://www.aljazeera.com/news/2024/8/27/uae-weighs-in-on-telegram-ceo-pavel-durovs-detention-by-france
https://www.aljazeera.com/news/2024/8/26/who-is-telegram-founder-pavel-durov-all-to-know-about-his-arrest-in-france
(偽情報とみられる記事)https://www.financialexpress.com/business/defence-uae-cancels-20-billion-rafale-deal-with-france-despite-telegram-ceos-release-3595771/

Posted by 八木 at 17:12 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ドイツにおけるゾーリンゲン無差別殺傷事件をうけた庇護(難民)不認定者追放の動き[2024年08月29日(Thu)]
ドイツ西部ゾーリンゲンで8月23日に起きた無差別殺傷事件で、独捜査当局は同25日、シリア出身の男(26歳)を拘束したと発表した。男はゾーリンゲンの市政650年を祝うストリートフェスティバルのイベント会場で来場客を刃物で切りつけ、3人が死亡し、8人が重軽傷を負った。男は警察に自首し、犯行を認めているとされる。男は、イッサ・アル・H*(氏名全体は公表されていない)で、2022年12月にブルガリアを経てドイツに入国庇護(難民認定)申請して、ゾーリンゲンの難民施設に滞在していた。当局の監視対象ではなかったとされる。8月24日イスラム過激派組織ISIS「イスラム国」が、パレスチナなどの「イスラム教徒のための復讐(ふくしゅう)」とする犯行声明を出しており、独当局は男がメンバーの疑いがあるとみて関係を調べている。ドイツ政府はガザで軍事作戦を続けるイスラエルを一貫して支持する姿勢を示しており、反ユダヤ主義を取り締まるためとして、7月には53の物件を捜索し、ハンブルグ・イスラムセンターを閉鎖するとともに、有名なブルー・モスクを含む4か所のモスク閉鎖などの強硬な措置を取り始めている。事件を受け、ドイツ国内では難民の受け入れに否定的な声が強まっているほか、政府は、庇護不認定者の国外退去を強化しようとしている。これまで、ノン・ルフールマン原則に基づき、出身国送還に消極的であったドイツでも、シリア人やアフガニスタン人などの国外追放の動きが強まっている

(参考1)ドイツ当局による庇護不認定者の強制送還
(1)今年第1四半期の公式な強制送還件数(ノイエ・オスナブリュッカー・ツァイトゥング紙5月報道)右矢印12023年の最初の3か月間に強制送還された人は約3,566人。2024年にはその数は4,791人に上り、34%の増加となった。一方で計画されていた強制送還が約7,048件実施されなかった
(2)送還未実施の理由:大多数のケースでは、拒否された庇護申請者が行方不明になったか、出身国が受け入れに同意しなかったため。パイロットが技術的な理由で強制送還便の飛行を拒否した場合や強制送還予定の人が深刻な健康問題を抱えている場合もある。

(参考2)ドイツにおけるシリア人の保護について
ジュネーブ難民条約で難民の資格を満たさない場合、ドイツでは、母国に送還されると深刻な危険にさらされる場合、「補完的保護」制度で保護を申請することが認められている(EU内では、ドイツを含め、@条約難民、A補完的保護、B人道配慮による国際保護制度が運用されている。また、これ以外に、ウクライナ避難民など大量かつ緊急に域外人を受け入れる必要があるときに発令される「一時的保護」制度がある)。
シリアは、2020年にドイツの強制送還禁止国リストから削除された。また、2024年7月には、有罪判決を受けた密輸業者の強制送還に関する裁判所の判決で、シリアの一部の地域は安全に送還できるとされた。しかし、ドイツにいるシリア難民のほとんどは、依然として補完的保護、あるいは、その他の保護スキームでの滞在を許可されている。
難民申請が却下された人は、通常、公衆の安全を脅かすリスクがあるとみなされた場合、または逃亡を試みる可能性が強いと疑われる場合にのみ、強制送還を待つ間、拘留される。ドイツの報道によると、イッサ・アル・Hは危険または逃亡の危険があるとはみなされていなかった。
ゾーリンゲンの容疑者の事件でさらに事態を複雑にしたのは、EUの難民法に関連するダブリン規則である。アル・Hは2022年にドイツのビーレフェルト市に来て庇護申請する前に、まずブルガリア経由でEU域内に到着していた。そのため、庇護申請を処理するために域内最初の到着地点であるブルガリアに送り返されるべきだった。しかし、当該人物が2番目の国に6か月以上滞在する場合、責任は新しい場所に移るとのこと。

(参考3)ドイツのシーア派系宗教施設やモスクの閉鎖
7月24日、ドイツのフェザー内務大臣は、ハンブルク・イスラムセンター(IZH)が過激主義を広めたとして禁止され、ドイツ最古のモスクの一つで、IZHが運営する地元で有名な「ブルー・モスク」(イマーム・アリ・モスク)が警察の捜索を受けていると述べた。内相は、「IZHが攻撃的な反ユダヤ主義を広めている」として捜査を受けており、2023年11月のユダヤ人支持グループへの襲撃で(レバノンのシーア派組織)ヒズボラとのつながりが証明され、今回のイスラムセンターの禁止につながったと述べた。内務省は声明で、「ハンブルク・イスラム・センターとその関連組織は、憲法違反の目的を追求するイスラム過激派組織であるため、ドイツ全土で禁止した」と述べ、この組織がイランの革命思想を広めており、IZHは「攻撃的かつ戦闘的な方法で」その思想を広めようと活動していたと記した。
一方、イラン国営通信社IRNAによると、イラン外務省は同日、この禁止措置をめぐって駐イラン・ドイツ大使を召喚した。同省はソーシャルメディア・プラットフォームXで、この禁止措置を「イスラム嫌悪の一例」であり表現の自由の侵害だと反論した。

(参考4)ドイツでの難民排除を求める勢力の台頭
9月1日、ザクセン州とチューリンゲン州は新しい州議会を選出する。移民に対する敵意と排除を求める右翼過激派政党として知られる「ドイツのための選択肢(AfD)」は、両州で最有力政党になる可能性がある。同党の支持率は現在約30%とされるが、ドイツで最も人口の多いノルトライン=ヴェストファーレン州の都市ゾーリンゲンでの致命的なナイフ攻撃は、同党の支持をさらに高める可能性が十分にある。保守派キリスト教民主同盟(CDU)内部からも、迅速かつ具体的な対応を求める声が上がっている。ゾーリンゲンでのナイフ攻撃事件の直後、党首フリードリヒ・メルツ氏はショルツ首相に対し、「8月23日に我が国で起きたようなテロ攻撃を効果的に防止するための決定について、迅速かつ遅滞なく我々に協力する」よう求めた。メルツ氏は庇護不認定者のシリアとアフガニスタンへの強制送還を実行すべきだと述べたとのこと。

(コメント)シリア難民(あるいは庇護申請者)による傷害事件は、2023年6月8日仏の南東部アヌシーでも発生している。町の公園で、刃物を持った男性が幼児などを襲う事件が起き、1〜3歳の子供4人と大人2人が刺された。ソーシャルメディアに投稿された事件当時の映像では、ナイフを持った男性が小さな遊び場に入り込み、明らかに襲撃する子供を探している様子がうかがえる。その後、男性はベビーカーに乗った子供を襲った。現場から逃亡した男性は、近くにいた高齢の男性も刺している。容疑者はシリア国籍の30代の男性で、23年11月にフランス当局に難民としての保護を申請していた。一方で、同人はスウェーデンで10年間暮らしており、妻子もあり、今年4月には同国で難民認定を受けていた。この人物はムスリムではなく、キリスト教徒であった。英国では、7月29日に英国サウスポートで発生した少女3名の殺害事件をうけて、ソーシャルメディアの投稿で、容疑者は2023年に英仏海峡をボートで渡って英国に到着したイスラム教徒の不法移民であるという誤った憶測が飛び交い、誤った名前「アリ・アル・シャカティ」という名前が広く流され、難民シェルターやモスクを襲撃するなどの大規模騒乱に発展し、約千名が一時拘束されるという事件に発展した。容疑者はムスリムではなく、英仏海峡を渡った非正規移民でもなかったが、英国民の中に移民・難民への拒否反応が極めて強いことを浮き彫りにすることとなった。中東やアフリカから非正規ルートで欧州に入ろうとする不法移民は、ますます増加しており、メルケル首相時代、特にシリア難民に対してその受け入れに寛容であったドイツも、移民難民排斥の声が高まっている。イタリアでは、メローニ政権が、すでに、地中海を渡ってイタリア領内に辿り着いた非正規移民の庇護申請希望者を、国内ではなく、域外のアルバニアで審査することを決定しており、EUは北アフリカ諸国に多額の資金を投入して、アフリカ域内で、非正規移民の欧州に向けた動きを海に出る前に阻止するよう働きかけている。英国では7月に政権が交代し、非正規移民のルワンダ移送による庇護審査計画は廃棄されたが、労働党政権も英仏海峡を越えて英国に上陸しようとする非正規移民の流れを食い止めることができるのか不透明感が漂う。こうした中、ドイツでは、今回のシリア人による殺傷事件を契機として、「ドイツのための選択肢」などの移民排斥のグループがますます支持を拡大していく可能性が高まっている。因みに、ゾーリンゲン事件で犯行声明を出したのはISISで、イスラムの過激派集団であるものの、ヒズボラなどのシーア派組織とは思想的にも行動パターンも相いれない勢力である。ドイツの治安当局は、国内での反ユダヤ主義勢力の取り締まりには熱心であったが、イスラム過激派のテロ対策には後手に回っていたといわざるをえない。
https://www.dw.com/en/germany-knife-attack-in-solingen-heats-up-election-campaign/a-70058372
https://www.infomigrants.net/fr/post/59397/solingen-attack-puts-spotlight-on-germanys-deportation-laws
https://www.bbc.com/japanese/65852116

Posted by 八木 at 16:23 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

大分県日出町のムスリム埋葬墓地建設を巡る紆余曲折から考える異文化共生[2024年08月28日(Wed)]
日本国内に在住するムスリム(短期訪問者を除く)は、29万人(注:店田廣文早稲田大学名誉教授の推定)程度とみられている。また、日本人のムスリムは数万人とみられている。在留外国人が300万人を突破した今、日本では未だムスリムは極めて少数派であるものの、今後の共生社会を考えるうえでのいくつかの課題が目立ち始めている。最近、注目されているテーマのひとつは、ムスリム児童が、豚肉などのイスラム法上の禁忌(ハラーム)を避けるうえで、学校給食などを他の非ムスリム生徒とともに食せないという問題などである。食事はもちろん重要であるが、人間はいつか必ず死を迎えることになる。その時の埋葬場所も避けて通れない問題である。下記1.にムスリムの生活上の気がかりを挙げているが、特に(6)の埋葬について、8月25日に投開票が行われた大分県別府市日出(ひじ)町の町長選挙の結果とあわせて、ムスリムの土葬についての課題に触れてみたい。

1.在日ムスリムにとっての気がかり
ムスリムにとっての日本での生活上の気がかりはなんであろうか。ざっとおもいつくだけで、以下があげられる。
(1)礼拝所(モスク、マスジドほか)右矢印1個人の毎日の礼拝、金曜礼拝の場所、時間は確保できるのか
(2)食事(豚肉、アルコール等ハラームの回避)右矢印1ムスリムの在留者や旅行者はハラール(イスラム法上許されたものを意味する)な食事、食物にアクセスできるか、非ムスリムが主体の学校でムスリムの子どもの給食のハラール性は確保できるのか。そもそも、ハラール表示がなされているのか。
(3)ラマダン月における断食等宗教行事への参加右矢印1ラマダン月には、日中飲食を断つため、渇きと闘うことになるが、周囲の理解は得られるのか。断食月明け大祭、犠牲祭祝賀への理解。
(4)コーラン教育、アラビア語学習、IT教育右矢印1ムスリムの子どもたちのための適当な教育施設はあるのか
(5)服装右矢印1ムスリム女性はヒジャブ(スカーフ)の着用が禁止されるのではないか。
(6)埋葬右矢印1埋葬は日本では原則火葬となっているが、土葬にできないか。
(7)イスラム金融右矢印1利子をとらないイスラム金融を活用できないのか。
(8)イスラムフォビア・ヘイト右矢印1国内における少数派のムスリムは、イスラム嫌悪症、ヘイトの対象になるのではないか。

2.日出町長選選挙結果(2024年8月25日)
(1)当日有権者数は2万3021人。投票率は54・66%で前回を1・04ポイント下回った。
◇日出町長選開票結果(選管最終)
当8037 安部徹也 無新 4474 本田博文 無現
(2)当選した安部氏のムスリム土葬墓地建設に関する発言:26日に町内で記者会見した安部氏は、町議時代から墓地建設の許可手続きが不透明だと指摘し、反対してきたことを挙げた上で「(町が所有する埋葬用の土地)売却は許可しない予定で考えている」と述べた。

これまでの経緯
平成30年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設について相談に来庁
平成31年 3月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書提出
令和 2年 2月 別府ムスリム協会が、近隣住民等に対し土葬墓地開設に関する説明会開催 (7月にかけて計5回開催)
令和 2年 4月 別府ムスリム協会が、従たる事務所の登記を完了
令和 2年 5月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書を一部修正して再提出      
令和 2年 8月 高平区、目刈区が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年11月 南端地区区長会が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地早期建設許可を求める署名提出
令和 2年12月 日出町議会が、高平区、目刈区及び南端地区区長会からの墓地開設反対の陳情書採択        
令和 3年11月 高平区が、別府ムスリム教会に土葬墓地建設予定地について同区内の町有地への変更を提案し、別府ムスリム教会がこれに同意。以後、変更後の場所での検討開始
令和 3年12月 杵築市山香町下切地区から土葬墓地開設について説明の申し入れを受ける
令和 4年 2月 日出町が、杵築市山香町下切地区等住民に対し土葬墓地開設に関する説明会開催(1回目)
令和 4年 4月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設予定地を高平区内の町有地に変更した墓地等経営計画協議書提出
令和 4年 5月 土葬墓地開設についての事前協議済書を別府ムスリム協会に交付(交付に際して日出町から、これまで議論になった事項について合意書を作成するよう求める)
令和 4年 6月 高平区と別府ムスリム協会が、これまで議論になった事項について協議開始
令和 4年 7月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(2回目:これまでの経緯と事前協議の内容について)
令和 5年 2月 令和4年6月以降、高平区と別府ムスリム教会が協議してきた事項について協議が整う
令和 5年 3月 別府ムスリム協会が高平区に協定書(案)を送付
令和 5年 4月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(3回目:協定書(案)の内容と別府ムスリム協会が管理、運営する土葬墓地に対する日出町の対応ついて)
令和 5年 5月 高平区と別府ムスリム協会が、協定締結

(参考)高平区と別府ムスリム協会の協定締結内容(2023年5月)
79区画の埋葬区画を設置し、同数を超えて設置しない
■過去に別の遺体を埋葬しているときは、直近の埋葬日から20年以上経過していなければ同一区画に新たに埋葬しない
九州各県に住所、居所をおいていた者の遺体のみを埋葬する。
■高平地区内において、既存の墓地を拡張せず、新規の墓地を設置しない
年に1度、墓地の地下の水質検査を行い、検査結果を高平区長及び日出町に提出する。
水質検査に異常(本件墓地における遺体の埋葬が原因であるものに限る)がみられる場合、検査結果に基づいて調査、検討、対策を行う。
感染症を死因とする遺体など埋葬方法に留意すべき遺体について法令に則り適切に処理する。

(コメント)ムスリムは、地獄の炎を連想させる火葬を嫌らう。復活の日に身体が燃えてしまっていると復活の妨げになると考えられている。日本は、ほぼ99%火葬であるが、一部のキリスト教徒やムスリムは土葬される。土葬は法律上禁止されているわけではなく、条件を満たせば、土葬することは可能である。河合晴香さんの2017年のブログによれば、2017年当時でムスリム墓地は国内に7か所あると報告された。しかし、九州にはひとつも存在せず、本州などに移送して埋葬する必要があった。因みにTBSのアナウンサーであった国山ハセンの父は、イラク人でムスリムであったが、亡くなった際、静岡県の清水霊園に土葬で埋葬されたことを息子のハセンが報告している。
2023年5月の合意成立後、日出町内ではムスリム土葬墓地の建設計画が進んでおり、安部氏は反対、本田町長は、住民の合意が成立したとして容認していた。ムスリム埋葬墓地建設問題は、今回一騎打ちとなった選挙で、両候補とも前面に打ち出すことはなかったが、住民にとっては影の最大の争点でもあった。別府市のムスリム協会が、町有地約5千平方メートルを購入し建設を進める計画であるが、@水質汚染への懸念のほか、A79区画という埋葬地の規模の大きさ、B九州全土から日出町へムスリム遺体が継続的に運び込まれること、C20年たてば、同じ区画に前の遺体の上から新たな遺体を重ねて埋葬することが認められる、という計画に、町民が合意を覆して異例の「待った」をかけることになる。ムスリム団体側の構想に対して住民の反発が高まる中、町民の支持を受けた阿部新町長が、4年以上かけて団体側と住民が合意にこぎ着けた計画を白紙に戻す可能性が高まっている。
この事例からは、異文化共生の難しさの一端が見えてくる。宗教や習慣や言語が違う人々の数が少数であるとき、また、自分たちの周辺にあまり目立たないときには、地元のひとびとは比較的寛容にふるまう。しかし、自分たちがコミュニケーションをとらないひとたちが徐々に増えてきて、その人たちの仲間内で知らないところでコミュニケーションを取り始め、数が増え始めると、不安感を覚え、彼らを排除したいと思い始める。日出町のムスリム埋葬地建設合意は、4年間のやりとりを通じて、成立したものであり、「異文化共生のモデル」ともいえる対話の成果であると評価していたが、その土台は案外もろく、多くの住民が反対に回ったことから、いかに異文化共生が容易ではないことを図らずも改めて思い知らされることとなった次第である。
産経新聞https://www.sankei.com/article/20240825-CH6UIE7GRBBZ3K6B5CQ7VULCSI/
毎日新聞https://mainichi.jp/articles/20240826/k00/00m/010/221000c
国山ハセンアナウンサーと「土葬」の課題を考えるhttps://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/243845
河合晴香ブログhttps://wasegg.com/archives/1013
静岡自治研集会論文https://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/report/rep_shizuoka39/09/0918_ron/

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ヒズボラの「アルバイーン」軍事作戦実施の背景(ナスラッラー書記長演説の注目点)[2024年08月26日(Mon)]
7月30日のイスラエルによるレバノン・ヒズボラのフアード・シュクル司令官暗殺と31日のテヘランでのイスマイール・ハニーヤ・ハマス政治局長暗殺に対し、ヒズボラとイランが報復を宣言し、その実施と態様が注目されていたところ、8月25日(日)ヒズボラは、イスラエルの軍事施設を標的に、カチューシャ・ロケットとドローンによる攻撃を実施した。これをうけて、ヒズボラの指導者であるハッサン・ナスラッラー書記長は、今回の軍事作戦に関する演説を行った。

1. ナスラッラーヒズボラ書記長演説注目点(2024年8月25日)
(1)作戦名:コードネームは、「アルバイーン作戦」と名付けられた右矢印1イスラム教シーア派の第3代イマーム・フセイン殉教のアルバイーン(イマーム死後40日を思い起こす行事の日がアルバイーン)
(2)作戦の目的:7月30日、イスラエルにより殉教したフアード・シュクル・ヒズボラ司令官暗殺への報復
(3)作戦の主な標的:テルアビブ近郊にあるイスラエル軍事諜報機関アマン部門のグリロット中央基地とサイバー部隊8200部隊、そしてアイン・シェメル空軍基地(レバノンとイスラエル国境から110キロ、テルアビブ市の外周から1,500メートルの位置にある。作戦の2番目の目標はレバノンから75キロ、テルアビブから40キロ離れたアイン・シェメル空軍基地)。標的は民間人ではなく軍人・軍事施設でなければならず、殉教した司令官の暗殺に直接関係した者ということで、テルアビブ近郊の基地が狙われた。
(4)作戦遂行のプロセス:イスラエル軍のアイアン・ドームほかの防御態勢を搔い潜るため、カチューシャ・ロケットをイスラエルの軍事施設を狙って、300発以上発射し(最終的には、340発となったとしている。一方、イスラエル側は、210発と発表)、イスラエル軍がカチューシャ迎撃に追われている中で、攻撃用ドローンをテルアビブ周辺の目標に向け、発進させた。
(5)攻撃の成果:イスラエル側は、攻撃を阻止し、被害は出ていないと説明。一方、ナスラッラーは、イスラエル側の主張は嘘で、被害は今後順次明らかになっていくだろうと指摘。
(6)弾道ミサイルの使用:イスラエルが、ヒズボラ攻撃の前に、レバノン南部のヒズボラ拠点を100機の戦闘機により空爆し、ミサイルや発射施設を破壊したとしていることに関し、ヒズボラは今回の攻撃では、弾道ミサイル、精密誘導ミサイルは使用しておらず、また、それらの兵器を温存しているが、今後、これらのミサイルを使用しないと決めているわけではなく、状況によって、使用することはありえると発言。
(7)今後の攻撃:ナスラッラー師は、「主要な標的である2つの基地、特にグリロットで起こったことを敵が隠蔽した結果を追跡し、その結果が満足のいくものであり、意図された目的を達成した場合、我々は作戦のプロセスが完了すると考える」と述べる一方、作戦の結果が我々の見解では十分ではなかったと考えられる場合には、現時点では別の機会まで対応する権利を留保する、と発言。

2.イスラエル国防軍のダニエル・ハガリ報道官は、25日の大規模な先制攻撃で少なくとも6人のヒズボラ工作員が死亡したと発表した。これで、先週だけで殺害されたヒズボラ工作員は30人となった。ハガリ報道官は、25日の(イスラエル軍によるヒズボラへの先制)攻撃は成功だったと宣言し、「ヒズボラの主張に反して、北部でも中央部でも、イスラエル国防軍基地に被害はなかった」と述べ、ナスラッラー師の主張を否定した。
イスラエルは、大規模な緊張激化に先立ち、米政府に事前通告していたことを明らかにした。タイムズ・オブ・イスラエルによれば、イスラエルは、ヒズボラのロケットおよびミサイル発射装置に対する夜明け前の先制攻撃について、米国に「しかるべき」事前通告を行った。米政権は攻撃を支持したが、攻撃の前後にイスラエルは全面戦争へと紛争がエスカレートしないように注意すべきだと警告していたとのこと。

(参考1)アルバイーンとは:シーア派の第3代イマーム・フセイン殉教の40日目を記念する「アルバイーン(注:アラビア語で40の意味)」行事。イマーム・フセインは、4代目カリフで初代イマームのアリーの二男で、クーファの民の呼びかけに応じ、メッカからわずか数十名を引き連れて同地に赴く途中のカルバラで、ウマイヤ朝の総督ヤジードの軍4千名の待ち伏せに遇い、奮闘むなしくイスラム暦1月10日戦死した(この日をシーア派教徒は「アシューラ」と呼び、自らの背中を傷つけることで、イマーム・フセインの痛みを共有し、フセインの悲劇を思い起こしている)。アルバイーンは、イマーム・フセインの死から40日目にあたる行事で、アシューラとアルバイーンは、シーア派イスラム教徒にとって最も重要な日のひとつとされる。
(参考2)ヒズボラとは:レバノンには、キリスト教、イスラム教に属する18の宗派が存在しており、シーア派は、現在単一宗派としては、国内最大をいわれている。レバノンのシーア派は、すべてイランと同じ12イマーム派に属しており、イランとは古くから交流があった。レバノンでは、預言者ムハンマドの血を引き、ホメイニ師とも縁戚関係にあったカリスマ性を有するイラン生まれのムーサ・サドル師が1970年代にアマル運動をおこし、シーア派内で絶大なる影響力を有していたが、1978年8月リビア訪問中に消息を絶ったアマルの指導権を引き継ごうとしたのが、シーア派宗教界の指導者のひとりシャムスディーン師であった。80年代初頭米国で教育を受けたナビー・ベッリが政治的指導者として頭角を現したが、組織はベッリ(国会議長)が、宗教界はシャムスディーンが指導することで折り合いがついた。1982年6月イスラエルのレバノン侵攻が始まると、アマル内にベッリの穏健路線に満足できず、イスラエルへの徹底抗戦を主張するグループがアマルを離脱し、のちにヒズボラとして知られる武装組織を結成した。1982年11月11日、ヒズボラは、南部ティールのイスラエル軍司令部に自爆攻撃を敢行し、イスラエル将校・兵士85名が犠牲になった。その後も、ベイルートの米大使館や米海兵隊司令部、仏中隊本部への自爆攻撃が実施され、300名以上が犠牲になったが、この事件にも、ヒズボラが関与したとみられている。ヒズボラは、最高意思決定機関シューラ評議会のもとで、軍事部門(ジハード評議会)だけでなく、政治部門、司法部門、社会福祉部門などさまざまな分野で活動している。シューラ評議会は、イランの最高指導者の権威にのみ従属しており、イランの最高指導者を、ワリー・アル・ファキーフと見なし、議論が行き詰まった場合、問題は最高指導者に照会される。理論的には、ヒズボラの書記長は、 評議会の「対等なメンバーのひとり」であるが、ハッサン・ナスラッラーの指導の下で、イランの最高指導者の権威の下で評議会の事実上の長となった。
(1)ヒズボラ書記長:第三代書記長は、ハッサン・ナスラッラー(Hassan Nasrallah)1992年2月16日より現在まで32年以上にわたり現職前書記長アッバース・ムーサウィは、車両移動中、イスラエルにより家族とともに殺害された。初代トフェイリは、現執行部と対立し、破門状態にある。様々なヒズボラ司令官や幹部が暗殺される中で、ナスラッラー師がこれまで長期にトップの座にあることは、イスラエルが、ナスラッラーを「必要悪」とみなして、暗殺を控えてきたことを示唆している。
(2)ヒズボラの旗:ヒズボラは、国内で武装解除を免れている唯一の非政府組織。レバノンにおけるイスラム抵抗組織(銃は、武装抵抗を続ける意味)

(参考3)ヒズボラの攻撃の標的となった基地等
1. Meron Base
2. Neve Ziv Bunker
3. Ga’aton Base
4. Al-Zaoura Bunkers
5. Al-Sahl Base
6. Kela Barracks in the occupied Syrian Golan
7. Yoav Barracks in the occupied Syrian Golan
8. Nafah Base in the occupied Syrian Golan
9. Yarden Base in the occupied Syrian Golan
10. Ein Zeitim Base
11. Ramot Naftali Barracks

(コメント)ナスラッラー師は、演説の最後に、「私たちは今日、血に飢えて戦っているのではなく、理性、武器、進軍、そして来るかもしれない日に備えて隠された弾道ミサイルを持って戦っている。この敵(イスラエルを指す)はよく知っているはずだ。レバノンの現実と性格、そしてレバノンで起こった大きな変化をよく理解しなさい。レバノンはもはや音楽隊で(すなわち、簡単に)侵略できるような弱いレバノンではない。逆に、私たちが音楽隊で(すなわち簡単に)あなたたちを侵略する日が来るかもしれない。」と語っている。この音楽隊というのは、かつて1970年代にダヤン国防相がレバノンは音楽隊であっても簡単に進軍し、占領できると豪語した発言を引用したもの。今回のヒズボラのイスラエル攻撃は、イランが、7月31日のハニーヤ殺害の報復として、ハメネイ師がイスラエルへの報復攻撃を明言しながら、その実施を遅らせてきた中で、発生した。イランは、ペゼシュキアン新政権が発足したばかりであり、4月13、14日のイランからイスラエルへの直接攻撃でも、周辺国にも事前通報し、イスラエルや米国などの支援国が迎撃態勢を整える余裕を与える形で、イラン本土から数時間かける形のミサイル・ドローン攻撃を行い、その結果イスラエル本土にはほとんど実質的被害を及ぼすことなく、交戦状態が一旦終了した。イランは、明らかに大規模な反撃は、欧米をイスラエル支援に回らせ、イランへの非難を高めるだけであることを承知しており、今回も、ガザ停戦交渉への悪影響を回避するためなどを理由に挙げて、報復実行を遅らせてきた。このイランとアウンの呼吸で行動しているのがヒズボラであり、振り上げたこぶしをなんらかの形で、振り下ろす必要には迫られているものの、2006年の大規模戦争のような事態はなんとしても避けたいというのが本音であろう。昨年10月7日のハマスのイスラエルとの戦争勃発にあたっても、ヒズボラとイランはハマスから何の事前予告も受けていなかったことを明らかにし、ハマス側とは距離を置いていることを強調していた。今回、ナスラッラー師が、弾道ミサイルを使用せず、イスラエルの先制攻撃でも被害はなかったと主張し、逆に弾道ミサイルを温存していることを誇示して、その気になれば、大規模攻撃も可能なのだと強調したことは、逆に、今回は、できるかぎりこれで矛先を収め、大規模戦争に巻き込まれるのは避けるという意思の表れと考えられる。
https://english.almanar.com.lb/2184096
https://english.almayadeen.net/news/politics/we-targeted-the-depth-of-the-occupied-territories--sayyed-na
https://blog.canpan.info/meis/archive/254

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二重の迫害に苦しむミャンマーのロヒンギャ [2024年08月20日(Tue)]
2024年8月19日、BBCは「私の家族は目の前で亡くなった:ミャンマーでの虐殺の悲惨な物語」というタイトルの衝撃的記事を発表した。一瞬、2017年8月の国軍の迫害を逃れて、隣国バングラデシュに74万人規模で避難したロヒンギャの当時を振り返る記事かと錯覚したが、まさに今月8月5日にラカイン州で発生した虐殺事件についての検証記事であった。8月5日午後6時頃、何千人もの怯えたロヒンギャがマウンドーの町のナフ川岸に向かったとき、泣き声と叫び声が響き渡った。この地域の村々が以前から攻撃を受けたため、ファイヤズさんを含む何百もの家族にとって、安全を確保するにはミャンマー西部からバングラデシュのより安全な海岸に逃げるしかないというのが唯一の選択肢だったとされる。ファイヤズ、妻、娘は脱出し、最終的には川を渡ったが、妻の妹と自分たちの赤ん坊は死亡した。別のロヒンギャのニサールは、母親、妻、息子、娘、妹と一緒に逃げることを決め、17時ごろには川岸にたどり着いていたものの、爆撃をうけ家族の中でただ一人生き残った。
BBCは、バングラデシュに逃げた12人以上のロヒンギャの生存者との一連の独占インタビューと彼らが共有したビデオを通じて、8月5日の夜に何が起こったのかを描き出すことに成功したとしている。

記事によれば、生存者全員(非武装のロヒンギャの民間人)は、2時間にわたって多数の爆弾が爆発する音を聞いたと語る。大半は、ミャンマーでますます使用されるようになっている武器であるドローンによって爆弾が落とされたと述べたが、中には、迫撃砲と銃撃が行われた。バングラデシュで活動する国境なき医師団(MSF)の診療所は、その後数日間で負傷したロヒンギャ族が急増したと述べており、負傷者の半数は女性と子どもだった。BBCが検証し分析した生存者のビデオには、血まみれの遺体で川岸が覆われている様子が映っており、その多くは女性と子どもだった。死者の数は確認されていないが、複数の目撃者がBBCに対し、多数の遺体を見たと語っている。

記事での注目点
@生存者のひとりは、ミャンマーで最も強力な反政府勢力の一つであるアラカン軍(AA)に襲われたと話した。アラカン軍はここ数カ月、ラカイン州のほぼ全域から軍を追い出している。彼らは、最初は村で襲われて逃げざるを得なくなり、その後、逃げようとした際に川岸で再び襲われたと語った。
Aアラカン軍はインタビューを拒否したが、広報担当のカイン・トゥカ氏は容疑を否定し、BBCの質問に対し「事件は我々が支配する地域では起きていない」との声明で答えた。
B裕福なロヒンギャの商人であるニサールは、ラカイン州の自宅近くで砲撃が激化すると、土地と家を売却した。しかし、紛争は予想以上に激化し、8月5日の朝、家族はミャンマーを離れることを決めた。しかし、自分一人を除いて家族全員死亡した。
Cファイヤズとその家族は村から村へと銃撃と爆弾が彼らを追いかけてきたため、「安全な場所はどこにもなかったので、川に逃げてバングラデシュに渡った」とし、全財産を船頭に渡し、川を渡らせた。現在、ミャンマーに強制送還されないようバングラデシュに隠れているとのこと。
D8月5日の攻撃の生存者の1人はBBCに対し、軍事政権と同盟を結んだARSA(アラカン・ロヒンギャ救世軍)の戦闘員が逃げる群衆の中にいたため、それが攻撃を引き起こした可能性があると語った。昨年末以来、ミャンマーの武装反乱軍の三勢力同盟の一部であるAAは、国軍に対して大きな軍事上の成果を上げてきた。しかし、国軍の敗北はロヒンギャ族にとって新たな危険をもたらした。彼らは以前、BBCに対し、AAと戦うために軍事政権に強制的に徴兵されていると語った。ロヒンギャ武装勢力ARSAがラカイン反乱軍に対抗するために軍事政権と同盟を結んだ決定と相まって、両コミュニティ間の元々悪かった関係をさらに悪化させ、ロヒンギャの民間人を報復の危険にさらした可能性がある。
Eラカイン州での戦争が迫る中、ここ数カ月でさらに多くのロヒンギャ族が到着しているが、バングラデシュが国境を開いた2017年時点での国境の開放はもう終了している。今回、バングラデシュ政府はこれ以上のロヒンギャ族の入国は認めないとしている。そのため、船頭や人身売買業者に支払うお金がある生存者(BBCは1人当たり60万ビルマチャット(184ドル、141ポンド)かかると聞いた)は、バングラデシュ国境警備隊をすり抜けて地元の人々に頼るか、ロヒンギャ族のキャンプに隠れるしかない。
Fあるロヒンギャは、「アラカン軍は私たちを家から追い出し、学校やモスクに監禁している、私は他の6家族と一緒に小さな家に監禁されている」と語った。一方、アラカン軍報道官はBBCに対し、軍との戦闘の最中に町から2万人の民間人を救出したと語った。彼らに食料と医療を提供していると述べ、「これらの作戦はこれらの人々の安全と安心のために行われているのであって、強制移住ではない」と付け加えた。電話のロヒンギャ男性はAAの主張を否定し、「アラカン軍は、私たちが逃げようとしたら撃つと私たちに言った。食料と薬が底をつきつつある。私は病気で、母も病気だ。 多くの人が下痢や嘔吐をしている」と述べた。

(参考)ロヒンギャが関連するミャンマー情勢
(1)2023年10月、三つの少数民族の武装勢力が「軍の攻撃から国民の命を守り軍事独裁政権を終わらせる」との声明を出し、軍に対し一斉蜂起に出た。三勢力は、東部シャン州を拠点とする「ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)」と「タアン民族解放軍(TNLA)」、それに西部ラカイン州に本拠を置く「アラカン軍(AA)」で、23年10月27日、まず東部シャン州の二つの勢力が軍に対する攻撃を一斉に開始し、幾つかの町や大小400を超える軍の拠点、さらに貿易に不可欠な中国沿いの国境検問所などを奪い取った。次いで西部ラカイン州でアラカン軍も攻撃を開始し軍に打撃を与えた。攻撃を始めた日付に因み「1027作戦」と呼んでいる。この蜂起に呼応して各地の民主派勢力も一斉に攻勢に転じた。国軍は効果的な反撃と事態の鎮圧が出来ず各地で劣勢に立たされている。劣勢に立たされたミャンマー軍は、ロシアからの軍事支援や、中国からの各種支援、徴兵再開によって、戦況を挽回しようとしている。
(2)国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは24年4月9日、ミャンマー・ラカイン州で同年2月以降、1000人以上のロヒンギャが国軍に連行されたと発表しており、「最前線に配置され、多くが殺されるか負傷した」と指摘する。欧州拠点のロヒンギャ支援団体「自由ロヒンギャ連合」の創設者ネイ・サン・ルイン氏も、「ロヒンギャを反体制派アラカン軍(AA)との戦闘で人間の盾にしている」と国軍を非難する。ロヒンギャは長年不法移民として差別され、国籍を付与されてこなかったが、「国軍に加われば国籍を付与する」と空手形を切るケースもあるとされる。国連人道問題調整事務所によると、強制的な連行を恐れてラカイン州から脱出する人は増えている。国軍がロヒンギャを動員する背景には、AAとの戦闘で劣勢に立たされていることがある。
(3)2024年5月24日CNN報道によれば、ミャンマー西部で国軍と敵対する少数民族の武装勢力「アラカン軍(AA)」がバングラデシュとの国境近くの町に火を放ち、5月18日以降最大で20万人が家を追われる事態となっている。これらの住民は国内で長く迫害されてきたイスラム系少数民族のロヒンギャで、女性や子どもを含む多くの人々は水田に身を潜めて数夜を過ごしている。食料や医薬品もない状況で、未確認ながら負傷者がいるとの報告も寄せられているという。軍事政権と戦うAAは西部ラカイン州で、ロヒンギャが多く暮らすバングラデシュ国境近くの町ブティダウンを制圧したと宣言。活動家や住民の親族の報告によると、AAの兵士らは町内のロヒンギャの家屋に火を放ち、略奪を行っているという。家を失った住民らは電話を没収され、国外の家族と連絡を取ろうとすれば殺すと脅されているという。

(コメント)ロヒンギャは、1982年の改正国籍法により、135の少数民族に国籍が認められたにもかかわらず、土着民とはみなされず無国籍となったベンガル系のイスラム教徒の集団を指す。軍やビルマ系ほかの国民からも差別や迫害をうけ、特に2017年8月の国軍による迫害で約74万人が隣国バングラデシュに避難し、100万人以上のロヒンギャが難民として生活している。他方、国内のロヒンギャがゼロになったわけでなく、2023年12月31日更新分のUNHCR推定によれば、ミャンマー国内には、ラカイン州を中心に632,789人の無国籍者(ロヒンギャ)が残っているとみられている。今回のBBC記事で、これまであまり知られていなかった状況が以下のとおりいくつか明らかになった。 
1)国籍を認められなかったロヒンギャの一部は、国軍により強制的に徴兵され、前線に送り込まれている
2)2017年8月25日ミャンマー西部ラカイン州で、アラカン・ロヒンギャ救世軍(Arakan Rohingya Salvation Army: ARSA)の武装グループが、警察検問所30カ所と軍の基地を襲撃し12人殺害されたことが、直接のきっかけとして、国軍によるロヒンギャ迫害と難民の大規模発生が起きたが、そのARSAが、国軍と手を組み、AAと戦っているとみられること
3)ミャンマー国内のロヒンギャの市民は、今や国軍、AA双方から迫害を受けていること
4)バングラデシュは、難民条約・議定書に加入しておらず、一時滞在者として、ロヒンギャを受け入れてきたが、もはや新規にロヒンギャを受け入れないとしており、危険を冒してバングラデシュに辿り着いたロヒンギャも、ミャンマー送還のおそれがあること
5)ミャンマーを脱出しようとするロヒンギャは、密航を支援する人やグループになけなしの財産を手渡す必要に迫られていること

記事の証言のとおり国軍とARSAが手を結んでいることが事実であれば、衝撃的である。AAは、ミャンマー国軍と戦っている反政府軍の有力部隊のひとつであり、仮に将来、ミャンマーの軍事政権が崩壊し、反体制側が政権をとるような事態になっても、ロヒンギャの一部が国軍側に入って戦ったことを理由に、ロヒンギャへの国籍付与、難民の帰還をみとめない可能性も否定できない。ロヒンギャを100万人規模で受け入れてきたバングラデシュも、ハシナ政権が崩壊し、暫定政権がロヒンギャにどのような対応をとるのかも不透明感が高まっている。国際社会は、今一度、二重の迫害に苦しむロヒンギャが置かれた苦難に目をむけるべきであろう。
https://www.bbc.com/news/articles/czx6w130q1ko

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ノルドストリーム爆破容疑者のウクライナへの脱出[2024年08月15日(Thu)]
2024年8月14日〜15日のドイツやロシアの報道によれば、本年6月ドイツ検察当局が2022年9月26,27日のバルト海のノルドストリーム海底天然ガスパイプラインの爆発事件への関与の容疑者として逮捕状を送付して、ポーランドに協力を要請していたウクライナ国籍の人物ウラジミール・Ts(注:ロイターによれば、ポーランドの法律では、犯罪捜査で容疑者のフルネームを公表することは認められていないとのこと)がポーランドからウクライナへ出国したと、ポーランド検察総長の報道官が述べた。報道官は、「ノルドストリームパイプラインの爆発事件への関与をドイツ治安当局が疑っているウクライナ人ダイバーのウラジミール・Tsは、7月初旬にポーランドからウクライナへ出国した」と、オネットニュースウェブサイトに語った。報道官は、容疑者の名前が(シェンゲン圏内の)国境警備局のデータベースに追加されていなかったため、ウクライナ人が国外に逃亡できたと述べた。ポーランドのシェモニアク内務大臣は、同国の法執行機関は海底天然ガスパイプラインの爆発の捜査で「ドイツなどの外国の機関と積極的に協力し、今後も協力を続ける」と述べた。これに先立ち、南ドイツ新聞はARDテレビとディ・ツァイト紙の合同調査結果を引用し、ドイツ連邦検察がノルドストリーム天然ガスパイプラインの破壊に関与した疑いでウクライナ人ダイビングインストラクターの逮捕状を発行していたと報じた。南ドイツ新聞は容疑者を最近ポーランドに住んでいたウラジミール・Ts氏と特定した。同紙によると、ドイツの検察はウクライナ人ダイビングインストラクター2人も捜査している。この3人はドイツの捜査の中心となっているヨット「アンドロメダ」の乗組員だった疑いがある。
https://tass.com/world/1829047

(参考)ノルドストリーム・ガスパイプラインに関するこれまでの経緯や爆発の背景等
(1)2022年9月26日、および27日、ロシアから欧州ドイツに向け天然ガスを運ぶパイプラインであるノルドストリーム2の一か所、ノルドストリーム1の2か所からガス漏れが発生していることが確認されました。二酸化炭素以上に地球温暖化に悪影響を及ぼすメタンガスが大量に放出されました。メタンガスは天然ガスの主成分です。ガス漏れが発生したバルト海の位置です。2022年9月30日、ブリンケン米国務長官は、ノルドストリームガス漏れ事案は、欧州が、ロシア産ガス依存から縁を切る絶好の機会であると表明しました。環境活動家は、二酸化炭素以上に地球温暖化に悪影響を及ぼすメタンの大量発生に危機感を募らせました。
(2)欧米は、ロシアによる自作自演の破壊行為との疑いをかけました。ロシアが「不可抗力」を宣言することによって、欧州へのガス供給停止の言い訳になるからです。一方ロシアは、自分たちが建設した重要インフラであるガスパイプラインを破壊するわけがないと主張しています。スウェーデンはじめ沿岸国の治安当局は、パイプラインの近くで引き起こされた爆発が原因との見方を示しました。場所はデンマークの沖合です。誰が破壊したのか様々な憶測が流れました。そのひとつが親ウクライナの、少人数の特殊部隊が爆破した可能性を伝える米やドイツなどの有力メディアの報道です。その見方を初めて伝えたのは米国の有力紙ニューヨーク・タイムズ。2023年3月、米国政府が親ウクライナ勢力による破壊工作だったことを示す情報を持っていると伝えました。さらに、ワシントン・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルも、事件が起きる3か月前の2022年6月、米国政府はウクライナ軍が6人の特殊部隊を派遣してパイプラインを爆破する計画を立てていたという情報を入手。ドイツなどにその情報を共有していたと伝えました。
(3)米国のピューリッツアー賞作家セイモア・ハーシュは、バイデン政権の関与を示唆し、2022年6月、米海軍のダイバーがパイプラインに遠隔で起動できる爆薬をしかけたとの見方を表明しました。米国情報部が関与したとする説、ウクライナの特殊部隊が関与したとする説などさまざまな疑惑が出ていますが、どれも確認はされていませんでした。
(4)欧州はウクライナ危機前輸入の約4割をロシア産天然ガスに依存していました。しかし今や15%程度です。欧州はロシアからの天然ガス供給に大きく依存してきました。ひとつはノルドストリームです。ヤマルならびにウクライナを経由したパイプラインがあり、さらに黒海から中東のトルコを経由したものが、トルコ・ストリームのバルカン新パイプラインです。このうち、ノルドストリーム1,2、ヤマル・ヨーロッパは供給停止状態です。トルコ経由のパイプラインに加え、不思議なことに戦争状態にあるウクライナ経由のパイプラインが稼働中です。2019年にロシアとウクライナ間で契約が成立し、2024年末までに70億ドルの通行料がウクライナ側に入ることになっています。しかし、ウクライナ側は、契約更新はありえないと断言しています。また、最近のウクライナ軍のロシア・クルスクへの越境攻撃では、ロシアから欧州諸国のオーストリア、スロバキア、ハンガリーへのガス供給拠点のスジャ(Sudzha)が近くにあります。
(5)天然ガス供給がいかに政治問題化しやすいかについて、ノルドストリーム2の建設の過程に簡単に触れておきます。
ノルドストリームは既存のパイプラインであるノルドストリーム1と新設されたノルドストリーム2が存在します。後者の建設については、パイプライン通過国の承認がなかなか得られませんでしたが、デンマーク・エネルギー庁が2019年10月30日、同国の大陸棚部分におけるパイプライン建設を承認しました。同パイプラインは、バルト海を経由し、ロシア産ガスをドイツまで移送するもので、デンマークの許可により、必要なすべての国から建設許可が得られ、パイプラインの建設が進み、2021年9月6日完工しました。ノルドストリーム2は、パイプラインの敷設により、ウクライナを通る既存ルートの利用が減ることで、同国はロシアから得ている重要な経由料を失うことになるため、ロシアによる2014年のクリミア半島併合以降、同国と対立関係にあるウクライナは、ロシアがパイプラインを「危険な地政学的武器」として利用する可能性があると欧州に警告してきました。
 米国は、建設を担うロシア船に対し制裁を発動し、ノルドストリーム2の完成は遅れ、ドイツは反発していました。しかし、トランプ前米大統領が悪化させた欧州との関係修復に取り組んできたバイデン大統領は、ついに2021年5月、プロジェクトに関わるロシア政府系企業に対する制裁を解除しました。専門家はこの動きについて、中国の台頭をはじめとする他の課題に対する独の支持を取り付けるための和解策との見方を示していました。
 しかし、独のシュルツ首相は、2022年2月22日、ノルドストリーム2の稼働承認の手続き停止を発表し、2022年9月26日には、現時点で原因が特定されていないガス漏れが発生し、結局同パイプラインは一度も稼働することなく、現在を迎えています
(6)現在、ロシアからパイプライン経由で、欧州に天然ガスが送付されているのは、ウクライナ経由のほかには、トルコ・ストリームガスパイプラインがあります。2020年1月にエルドアン大統領、プーチン大統領が出席して、パイプライン開所式典がトルコで開催されました。ハンガリーまで、ロシア産天然ガスを送るバルカン・パイプラインは2021年7月に完成し、同年10月から配送を開始しています。現時点で、ハンガリーはロシアの天然ガスを依然受け入れているEU 加盟国です。ハンガリーは、ロシアの原油輸入も継続中で、EUの対ロシア制裁には反対の立場を表明しています。
@ロシアは天然ガスを2本の海底パイプラインで輸送
Aうち1本は、トルコの国内消費用(157.5億立方メートル)
Bもう1本は、トルコ経由欧州輸送用(157.5億立方メートル)
(7)ロシアの欧州へのパイプライン経由の天然ガス供給が大幅に減少したことに伴い、欧州へのLNG(液化天然ガス)の輸出を大幅に拡大したのは、米国です。米国は、LNG輸出量でカタールを抜いて、2023年は世界第一位の国となりました。一方、カタールは、2021年秋日本との長期契約を更新できませんでしたが、22年〜23年にかけて中国や欧州のエネルギー企業と次々に長期契約を結ぶことに成功しました。
•21年末 日本JERAはカタールとの長期契約打ち切り
•22年1月 カタール・エナジーは、中国石油化工集団(シノペック) 年間200万トン、期間10年のLNG供給開始( 2021年3月、両社は初めての長期契約に調印)
•22年11月29日、カタール・エナジーは、米コノコ・フィリップスと共同で独に液化天然ガス(LNG)を長期供給すると発表した。コノコ社の子会社を通じ、2026年から少なくとも15年間、年最大200万トンを対独輸出する。建設中の独北部シュレスビヒ・ホルシュタイン州ブルンスビュッテル市に設置される浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備(FSRU)に船積みする。
•22年11月21日、シノペックがカタール・エナジーとの間で2026年から27年間の年間400万トンLNG供給長期契約締結
•23年6月21日、中国石油天然気集団公司(CNPC)がカタール・エナジーとの間で2026年から27年間の年間400万トン供給長期契約締結
•23年10月11日、仏トタルエナジーが、カタール・エナジーとの間で2026年から27年間の年間350万トン供給長期契約締結
•23年10月、英国に本部を置くシェルが、カタール・エナジーとの間でオランダへの2026年から27年間の年間350万トン供給長期契約締結
•23年10月23日、伊ENIがカタール・エナジーとの間で2026年から27年間の年間100万トン供給長期契約締結

(コメント)ロイターによれば、ドイツ当局は今年6月、爆破事案容疑者のドイツでの手続きに関連して、ワルシャワの地方検察当局に逮捕状を送った。ただ、ポーランド国境警備隊にこうした情報が伝わっておらず、容疑者は7月にポーランドからウクライナに出国した際にも拘束されなかったとされる。 ドイツはウクライナとの関係がノルドストリームを巡る調査で悪化することはないとしている。 ロシアは「ノルドストリーム」パイプラインの爆発に関して、米、英もしくはウクライナが関与した疑いがあるとして非難しているが、これらの国々は関与を否定している。 爆発事案発生後、ドイツ、デンマーク、スウェーデンが爆発事故に関して調査したものの、スウェーデンは爆発現場から回収した物体に見つかった爆発物の痕跡から、爆破が意図的なものと判断した。ただ、スウェーデンとデンマークは2024年2月、容疑者を特定せずに調査を終了している。ドイツの検察が逮捕状を、本年6月にポーランドに送付したとされているものの、容疑者は逮捕されず、シェンゲン域内の情報共有システムにも登録されず、容疑者がウクライナに出国できたとすれば、次の思惑が考えられる
@ウクライナがロシアの軍事侵攻にあって、EUはロシアの収入源を断つことを目的にロシアに各種の制裁を科している。天然ガスのEUへの供給は制裁対象にはなっていないものの、ロシアの天然ガス収入獲得を阻止することは、欧米からみれば、英雄的な行為である。その容疑者を逮捕して、ウクライナの士気を弱体化させるべきではないとの判断が働いた。
Aヨットで、海底パイプラインに爆発物をしかけることは、個人の犯行とはとても思えず、ウクライナ自身あるいは第三国の情報機関が関与して、実行されたとみることは自然である。容疑者逮捕によって、容疑者の背後のネットワークを、すくなくとも現時点で明らかにはしたくないとの判断が働いた。
Bポーランドは、容疑者を逮捕することによってロシアの攻撃をうけ全面的に支持しているウクライナとの摩擦を生じさせたくないとの判断が働いた。
いずれにしても、ウクライナに逃れた容疑者をドイツ、ポーランドとも積極的にウクライナ政府に引き渡しを求めるとは考えにくく、また、ウクライナ政府も仮にそのような要請があっても、応じるとはみられない
https://jp.reuters.com/markets/commodities/EET4HWBOZ5ORPBG7EKRPX6NPNQ-2024-08-14/

Posted by 八木 at 10:59 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

世界第1位の天然ガス埋蔵量を誇るロシアによる同第2位のイランへの天然ガス供給の不思議 [2024年08月11日(Sun)]
7月17日、イランのオウジ石油相は、ロシアがイランに天然ガスをカスピ海を経由して供給する合意を結んだと発表した。この合意では、イランはロシア産ガスを日量3億立方メートル(CM)受け取ることになっており、ロシアは海底パイプラインの技術を活用して、必要なパイプラインインフラの建設費用も負担する。ガス供給量は、イランの1日当たりの生産量(8億4000万〜8億5000万CM)の3分の1以上に相当するとされる。なぜ、ロシアとイランがかかる合意を結んだかを考えるうえで、天然ガスに関する関連統計をみてみる。

1.2023年の天然ガス確認埋蔵量(OPEC年次報告2024年版による)
第1位 ロシア 44兆CM
第2位 イラン 34兆CM

第3位 カタール24兆CM

2.2022年の天然ガス生産量(英国エネルギー研究所世界のエネルギー動向2023年版による)
第1位 米国 9,786億CM
第2位 ロシア6,184億CM
第3位 イラン2,594億CM


3.2022年12月5日〜24年6月までのロシアのパイプライン経由天然ガス供給(金額ベース:CREA月別報告による)
第1位 EU(39%)
第2位 トルコ(29%)
第3位 中国(26%)
(ロシアから欧州へのパイプライン経由ガス供給は、現在@トルコ・ストリーム2本のうち1本が欧州向け、Aウクライナ経由)

4.2023年のトルコの天然ガス輸入量(トルコのエネルギー市場規制機構(EPDK)の天然ガス年次報告書による)
第1位 ロシア 213億CM
第2位 アゼルバイジャン 103億CM
第3位 アルジェリア 60億CM
第4位 イラン    54億CM

(コメント)世界第1位の天然ガス埋蔵量を誇るロシアが同第2位のイランに天然ガスを供給する合意を結ぶことは世界の貿易が通常の状態にあれば極めて考えにくいが、エネルギー分野で欧米の厳しい制裁下にある両国が、天然ガス分野で協力することは国家の生き残りをかけた選択肢として不思議ではない。実際に、石油分野でも、世界一の原油埋蔵量を誇るベネズエラにイランが石油製品をタンカーで輸送し、同国のエネルギー不足緩和を支援したことは記憶に新しい。
EUがロシアに対して厳しい制裁を科している中、ロシアのEUへの天然ガス供給も壊滅的ダメージを受けているだろうと考えてしまうが、実はそうではない。もちろん、2022年9月のノルドストリーム1の爆破によるとみられる不通やロシアによるヤマル・パイプラインの停止もあり、ピーク時に比べて大幅に減っていることは間違いないが、ロシアと戦争中のウクライナ経由のパイプラインは未だ稼働しており、トルコ・ストリーム2本のうちの欧州向け1本(輸送能力年間157.5億CM)も稼働している。欧州連合はロシア産天然ガスへの依存を減らすための協調的な取り組みにもかかわらず、ロシアからのEU輸入は2024年上半期に前年比27%増となり、ロシアに87億ユーロの収入をもたらした。この急増により、EUのロシア産ガスへの依存は深まった。今年上半期、ロシアからの輸入はEUの天然ガス総摂取量の20%を占め、昨年より4%増加した。一部のEU諸国がロシア産LNGに対する制裁を求めているにもかかわらず、今年上半期のEUのLNG輸入は前年比9%増加した。ロシア産LNGは、今年のEUのロシア産ガス総輸入量の43%を占めている。ロシアからEUが輸入した天然ガスの残りは、ウクライナとトルコ・ストリームパイプラインを経由して到着し、輸入量が大幅に増加した。トルコ・ストリームパイプラインを通じてEUに入るガス輸入は64%増加し、ウクライナ経由の輸入は前年比30%増加した。

しかし、ロシアは最近のエネルギー輸送に関連する米国の経済・金融制裁強化の影響を受け始めており、米財務省は、24年2月ロシアが原油輸出から得る収入を減らすため、ロシア最大の海運企業ソフコムフロートを制裁対象に加え、同社に関連する14隻の原油タンカーを特定し、制裁対象とした。インドの石油企業は、米国の制裁対象となったソフコムフロートが運航する船舶によるロシア産原油の受け入れを停止した。ウクライナは、現在、2019年の5年契約に基づき、ロシア産天然ガスのウクライナ経由欧州向けパイプラインによる輸送を認めているものの、2024年末で契約を終了し、更新しないと明言している。ウクライナは、6月下旬に露石油大手ルクオイルに制裁を科し、ウクライナのパイプラインを経由した原油の供給が停止した。EUは2022年5月、ウクライナを侵略したロシアからの原油禁輸で原則合意したが、反対した内陸国ハンガリーなどに譲歩し、パイプライン経由の原油輸入は期限を設けず例外扱いとしていた。しかし、ウクライナは原油禁輸の例外扱いを2年以上続けてきたハンガリーに「脱ロシア依存」を迫っており、これに対してハンガリーはEUに仲裁を求めたが、EUはクロアチアのパイプラインを使ってロシア以外の国からの輸入を検討すべきだと述べ、仲裁に入らない考えを示している。6月24日、EU理事会は対ロシア制裁第14弾を発表し、この中で、ロシア産液化天然ガス(LNG)のEU域内での第三国向け積み替えを禁止した。
このような状況をうけ、ロシアは、欧州沿岸を経由せずに、カスピ海を経由した南北回廊を利用した物流を拡大し、イランのみならず、インド、東アジアを見据えた貿易ルート強化を見据えている。ロシアは、カスピ海に通じるラシュト・アスタラ間の鉄道建設をロシア資金で進めることでイランと合意している。天然ガスについても、カスピ海地下パイプライン建設費用をロシア側が提供し、イランが国内消費に使用しない部分の天然ガスの第三国への供給を認める形で、天然ガス供給の実現を急ぐとみられる。ロシアやイランの天然ガスを受け入れているトルコでは、黒海で、埋蔵量7100億CM規模の天然ガス田が見つかっており、トルコが、ロシアやイランに対して、長期ガス供給交渉で立場が強くなることを見越して、両国はアジアを念頭に天然ガス供給先確保を模索するものとみられる。
https://www.iranintl.com/en/202407170540
https://energyandcleanair.org/june-2024-monthly-analysis-of-russian-fossil-fuel-exports-and-sanctions/
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/06/95e4aa7e03daf251.html

Posted by 八木 at 10:14 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

英国全土での大規模暴動の背景(キーワードは、ムスリムと不法移民排斥ならびにルワンダ)[2024年08月09日(Fri)]
2024年7月29日、英イングランド北西部サウスポートで、テイラー・スウィフトをテーマにしたダンスとヨガのイベントで、6歳のベベ・キング、7歳のエルシー・ドット・スタンコム、9歳のアリス・ダ・シルバ・アギアールの少女3人がナイフで殺害され、さらに8人の子供と2人の大人が負傷した。その日遅く、17歳の容疑者、アクセル・ルダクバナは、英国での過去10年間で最悪の暴動事件に関与した疑いで逮捕された。警察は同事件をテロ関連とは扱っていないと発表した。襲撃の直後、ソーシャルメディアの投稿では、容疑者は2023年にボートで英国に到着した不法移民であるという誤った憶測が飛び交い、誤った名前「アリ・アル・シャカティ」という名前が広く流され、同時に、容疑者がイスラム教徒であるという根拠のない噂が飛び交った。偽情報拡散をきっかけに、全土で暴力的なデモが発生し、 暴動が始まって以来、数日で400人近くが逮捕されている。容疑者は噂と異なり、ウェールズでルワンダ人の両親のもとに生まれたキリスト教徒で、ムスリムではなかった。

7月30日、サウスポートでは、1000人以上が犠牲者を追悼する集会に出席した。その後、地元のモスクの近くで暴動が勃発。人々はレンガやビン、その他の物体をモスクと警察に投げつけ、警察車両が放火され、警官27人が病院に運ばれた。この集会については、テレグラムメッセージアプリの地域反移民チャンネルで取り上げられていた。警察によると、暴動には、現在は解散した極右団体イングランド防衛同盟(EDL)の支持者が関与していたとみられる。サウスポート暴動の翌日、ロンドン、ハートリプール、マンチェスターで暴力的な抗議活動が勃発した。さらに8月2日にはリバプール、3日には、ブリストルほか数都市やベルファストでも抗議活動が起こり、南海岸のプリマスから北東部のサンダーランドまで英国全土に波及していった。その多くのケースでモスクや庇護希望者を収容する宿泊施設が標的となった。暴力的な抗議活動は、さまざまなサークルの複数のインフルエンサーが、攻撃者の身元に関する虚偽の主張を増幅させ、極右の個人や団体とは何の関係もない一般の人々を含む大勢の聴衆を刺激した。群衆はモスクや難民希望者の宿泊施設を襲撃し、車や図書館を含む建物に火が放たれ、商店は略奪された。ロザラムでは、難民希望者を収容していたホリデイ・インの恐怖に怯えたスタッフが、建物に押し入った暴徒から身を守るために冷蔵庫やその他の家具をドアに積み上げた様子を語った。近隣住民は、暴徒が庭に入ってきたため家から逃げたと語った。

Xでは、「イングランド防衛同盟」(EDL)の創設者で極右活動家、有罪判決を受けたトミー・ロビンソン(本名スティーブン・ヤックスリー・レノン)が、キプロスでの休暇中に100万人近いフォロワーに扇動的なメッセージを投稿し、それにも多くのインフルエンサーが反応したとされる。

リーズ、リバプール、サンダーランド、ミドルスブラ、ヘイスティングスなど、モスクが攻撃の標的となっている。バーンリーでは、墓地のイスラム教徒区画の墓石が破壊されたため、警察の捜査が開始された。こうした状況をうけ、スターマー内閣は関係が中断状態にあった英国イスラム評議会との関係修復を要請されている。

8月4日、クーパー英国内務大臣は、迅速に配備できる新たな緊急警備により、モスクの保護を強化すると発表し、「ここ数日、モスクを標的とした攻撃は、まったくの恥ずべき行為だ、これは、一部の町や都市で見られた犯罪的な凶悪行為や暴力行為の一部であり、私たちは決して容認できない。我が国における過激主義、人種差別、イスラム嫌悪を容認することはできない」とビデオ演説の中で述べた。
保護措置の強化は英国イスラム評議会(MCB)によって歓迎され、同評議会はモスクと直接的な支援を提供するために連絡を取っていると述べた。8月5日、労働党議員アフザル・カーンは、キール・スターマー首相に宛てた書簡を発表しモスクへの攻撃やイスラム嫌悪の憎悪を叫ぶ極右の暴徒により、英国のイスラム教徒は不安と危険を感じているとして、MCBと交渉するよう求めた。そして、「イスラム教徒コミュニティへの明確な支持を示す」必要があると述べた。

(参考)2009年に前回労働党政権が関係を中断して以来、歴代の英国政府はMCBとの関わりをほとんど拒否してきた。この関係中断は、2008年12月から2009年1月にかけてイスラエルが3週間にわたってガザで行った戦争(キャスト・リード作戦)の後、当時の同組織の副事務総長がパレスチナ人の抵抗権を支持する宣言に署名した後に起こった
労働党は2010年の総選挙で敗北する前に関係を修復し、MCBはその後、2015年まで続いた保守党主導の連立政権中に自由民主党の大臣らと数回会談した。しかし、保守党政権の閣僚らは2010年から2024年までMCB関係者との面会を拒否した。

(コメント)なぜ、かかる大規模な暴動が起きたのか。ひとつには、増え続ける不法移民、なかでもムスリムの移民が増加しているとの危機感、反発が背景にあったと考えられる。2022年−23年の英国のヘイトクライム統計では、総数8233件中、被害者第一位がムスリムで3400件(44%)、第二位がユダヤ教徒1510件(19%)、第三位がキリスト教徒609件(8%)となっており、ムスリムはガザ危機勃発前から、ヘイトの対象になっていたことが伺われる。今回の事件の容疑者が、不法移民のムスリムであるとの偽情報と、この2年間度々大きく報じられてきたルワンダが結びつき、不法移民のムスリムが、一般庶民の生活苦にもかかわらず、庇護希望者収容のためのホテル暮らしをしているとの不満と怒りが結びつき、今回のようなモスクや難民用施設攻撃をはじめとする大規模暴動に発展したものと考えられる。
@暴動の背景には、スターマー政権の移民政策への不満があるとも指摘されている。保守党のスナク(前)政権は、2年間かけて不法移民のルワンダ移送計画を推し進め、7月の総選挙で勝利すれば、7月中にも英仏海峡をボートで辿り着いた不法移民をルワンダに強制移送する計画を実施する意向であったが、歴史的敗北を喫した(下院、定数650。労働党は、211議席増の412議席を確保。保守党は251議席減の121議席で大敗北)。労働党は、14年ぶりに政権に復帰し、首相に就任したスターマー党首は7月6日の新政権発足直後に、同計画の廃止を発表し、国境警備の強化や密航業者の摘発に重点を置くと表明した。だが、不法移民流入を効果的に防ぐ方策は現在までのところ示されていない。ルワンダ政府は、保守党政権が支払い済の2億4000万ポンドの返済を行う考えはないと表明している。
A2024年3月までの1年間で、英仏海峡を小型ボートで上陸を果たした不法移民の国籍別第1位はアフガニスタン人(5727人)、第2位イラン人(3701人)、第3位トルコ人(3274人)、第4位エリトリア人(2895人)、第5位シリア人(2641人)(以上BBC)であり、しかも、2024年3月までの1年間の原審段階の庇護付与率は、アフガニスタン人で98%、イラン人84%、トルコ人60%、エリトリア人99%、シリア人99%と極めて高い数字が記録されている。これらの出身国は、ムスリム多数国である。すなわち、不法移民で増え続けているのは、ムスリムということになり、不法移民=ムスリムのレッテルが貼られやすいといえる。また、上述のとおり、長らく、英国の政権はムスリム団体との関係を断っており、ムスリムを潜在的に危険な存在とみなしてきた経緯がある。
B極右団体EDLを創設した著名な反イスラム活動家のトミー・ロビンソン氏がXで暴力を扇動する投稿を繰り返していることも騒乱拡大の要因の一つに挙げられている。同氏のフォロワー数は100万人に迫る勢いとのことで、投稿を野放しにしているXへの批判も強まっている。同人が休暇滞在中のキプロスでは、キプロス当局が英国当局に協力する用意があることを伝えたとされる。
C暴徒には反移民を旗印とする大衆迎合政治家のファラージ下院議員率いる右派政党「リフォームUK」の支持者らも合流しているとみられている。同党は7月の総選挙で得票率14.3%を記録したが、獲得議席数は二大政党に有利な小選挙区制のため5議席にとどまった。欧州全体で、移民排斥を主張する勢力の勢いが強まっているが、「リフォームUK」は、国民の声を受け止める母体として存在感を高めるため、同党シンパや支持者を暴力デモに駆り立てた可能性は否定できない。
https://www.bbc.com/news/articles/ckg55we5n3xo
https://www.aljazeera.com/news/2024/8/4/far-right-rioters-attack-hotel-housing-asylum-seekers-in-uk
https://in-cyprus.philenews.com/local/cyprus-police-ready-to-assist-uk-in-tommy-robinson-case/

Posted by 八木 at 15:26 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ヒズボラとイスラエルの緊張拡大(マジュダル・シャムス村での死傷事件の真相)[2024年08月09日(Fri)]
2024年7月27日、イスラエルの占領下にあるゴラン高原のマジュダル・シャムス村のサッカー場に爆発物が落ち、12人の子どもが死亡(下記サイトのイスラエルのドゥルーズ・ヘリテージ・センターで犠牲者の写真が掲載されている)した。イスラエルはレバノンのシーア派組織ヒズボラを非難し、着弾現場で見つかったとされる破片は、イラン製のファラク 1 ロケットと一致したと発表した。ヒズボラは、その件の前4件については、攻撃の事実を認めたが、マジュダル・シャムスの件については、攻撃を完全否定した。イスラエルは、この攻撃の報復として、7月30日、ベイルートのヒズボラ幹部フワード・シュクル司令官を殺害し、翌31日には、イラン大統領就任宣誓式出席のため、テヘランを訪問中のイスマイール・ハニーヤ・ハマス政治局長を殺害したとみられている。
そもそも、ヒズボラがゴラン高原のドゥルーズコミュニティを攻撃し、多数の死傷者を出したとイスラエル側が発表したことについて、現地事情を知る人であれば、誰もが疑問を感じることであろう。その主要な理由は次のとおり。
@今回被害に遭ったのは、イスラエルの占領下にあるゴラン高原の人口約2万5千人のアラビア語を話すマジュダル・シャムス村のドゥルーズコミュニティの市民であること
Aドゥルーズは、イスラム教の異端ともみられる「輪廻転生(タカッムス)」を信じる独特の宗派に属し、シリア、レバノン、イスラエルの山岳部で主に居住する人々で、レバノンに拠点を有して政治・経済活動も行うヒズボラが、シリアやレバノン社会で同胞ともみなすドゥルーズを敵に回す、あるいは攻撃する理由が全くないこと(注:但し、イスラエル軍には、イスラエル国籍を有するドゥルーズも含まれる)
B今回、死傷したドゥルーズの多くは、イスラエル国籍取得を拒否している者がほとんどであったとされること(MEEの報道参照)。

そのうえで、次のとおりいくつか可能性が考えられる。
1) ヒズボラが発射したロケットが進路を誤ったか、イスラエル軍の防御行動により、進路をふさがれ、サッカー場に着弾したのか右矢印13km離れたところヘルモン山のイスラエル軍基地が存在するため、そこを狙ったが進路をそれたか、あるいは妨害され、サッカー場に着弾した可能性は排除できない。しかし、迎撃の結果進路が反れたのであれば、ヒズボラはそれを認める可能性は高いが全面否定している。マヤディーン紙は、イラン製ファラク1ロケットならもっと大きなクレーターができたはずと指摘している(サッカー場着弾地点の画像は、下記のマヤディーン紙リンクから)。
2) イスラエル軍のアイアン・ドームが標的を外れ、サッカー場に着弾したのか右矢印1アイアン・ドームは無敵ではなく、これまでも度々迎撃に失敗していることが指摘されている。これには、2023年12月初旬にテルアビブで発生したアイアン・ドーム迎撃機の墜落や、2024年7月25日にヒズボラのドローンの迎撃に失敗した後、引き起こされた火災が含まれるとのこと。また、直近の例で、イスラエル軍は、8月6日に「ヒズボラのドローン攻撃」にアイアン・ドームによる迎撃を行い、その結果ナハリヤ近郊の国道4号線に物的被害をもたらしたことを認めている。しかし、マジュダル・シャムスの件では、イスラエルは、レバノンのヒズボラによる攻撃であることを発表し、ネタニヤフ首相も現場を訪れている(但し、犠牲者の家族は面会を断ったとされる)ことから、仮にアイアン・ドームの迎撃失敗であったとしても、いまさら発表を否定することはできない。
3) 上記のいずれかにかかわらず、ネタニヤフ政権によるイランならびにその補完勢力に対する戦闘エスカレーションの口実を用意するため右矢印1米国訪問で共和党議員多数の激励を受けたネタニヤフ首相は、フワード・シュクル・ヒズボラ司令官とイスマール・ハニーヤ・ハマス政治局長暗殺を決定しており、米国からの圧力で、ガザ停戦を実行する前に、主な脅威をすべて取り除く(すわなち、ハニーヤ・ハマス政治局長、カッサーム旅団のムハンマド・ディーフ、ヤヒヤ・シンワル・ガザ現地代表(現政治局長)抹殺のタイミングを計っていたところ、原因が、上記1)か2)にかかわらず、多数のドルゥーズの少年少女が亡くなった件を、イランとその補完勢力への攻撃エスカレーションの口実にしようとした可能性が高いこと。

(コメント)レバノン進歩社会党の元党首で、レバノン・ドゥルーズコミュニティの代表的人物であるワリード・ジュンブラートは、イスラエルが地域の諸グループ間の紛争を煽ろうとしていることに警戒する必要があると強調し、占領下のシリア領ゴラン高原で亡くなった殉教者の遺族に心からの哀悼の意を表したとされる。今回、ヒズボラが直接、ゴラン高原のドゥルーズの人々を標的にしたことは、100%ありえないと考えられる。もちろん、イスラエルとの交戦で、ヒズボラがレバノン側からドローンやミサイル攻撃を行っていることは事実である。しかし、イスラエル側の、その直後のヒズボラ司令官暗殺やハニーヤ政治局長のイラン国内での殺害は、イスラエルがイランやその補完勢力を巻き込み、戦闘をエスカレートさせ、停戦を強いられる前に、イスラエルが脅威と考える人物の実力による排除(殺害)を行い、イスラエルへの主要な脅威は取り除かれたという主張を行い、人質の犠牲者が出たことは、イスラエルの安全のために仕方なかったというシナリオを完結させるための行動としか考えられない。イスラエル政府は、8月15日からのガザ停戦の協議のためにカイロにチーム派遣に同意したとされるが、ハニーヤ後継のシンワル新政治局長暗殺とヒズボラがさらに攻撃を激化させるのであれば、長年実行を躊躇ってきたナスラッラー・ヒズボラ事務局長殺害を視野に入れていることは想像に難くない。
https://www.middleeasteye.net/news/majdal-shams-claims-and-counterclaims-deadly-attack
https://english.almayadeen.net/news/politics/did-an-israeli-iron-dome-missile-cause-the-majdal-shams-mass
https://english.almayadeen.net/news/politics/lebanon-s-jumblatt-urges-unity-as--israel--tries-to-sow-disc
https://archive.org/details/factcheck-israel-victim-misidentified_20240802_1117

Posted by 八木 at 11:29 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

急速に進展するシリアとトルコの関係回復に向けての動き[2024年07月12日(Fri)]
トルコのエルドアン大統領は、10年以上前のシリア内戦勃発時に断絶したトルコとシリアの外交関係の回復を妨げる障害はないと述べ、両隣国が緊張を終わらせ関係を正常化する意向を示した。
1.エルドアン大統領のシリア関係改善に向けての最近の発言
(24年6月28日)(外交関係を)樹立しない理由はない。過去にシリアとの関係を維持したのと同じように、アサド大統領とは家族との面会も含めた会見を行ったが、二度とそのようなことは起こらないとは言えない(注:関係が悪化する前の2008年にエルドアン大統領とアサド大統領の家族がトルコ南部で休暇を過ごしたことを含めて指摘しているとのこと)。我々がシリアの内政に干渉する目的を持っていることはありえない。シリアの人々は我々の兄弟だ。
(24年7月5日)ロシアとシリアの大統領をトルコに招待し、アンカラとダマスカスの関係正常化の可能性とシリア情勢全般の解決について話し合うことを検討している。プーチン氏がトルコを訪問できれば、トルコとシリアの関係正常化の新たなプロセスの始まりとなるかもしれない、として「恒久的な解決メカニズム」の設立を求めた。

(2)2024年6月26日、アサド大統領はロシアのプーチン大統領のシリア特使アレクサンダー・ラヴレンチェフ氏に対し、シリア政府は「トルコとの関係改善に向けたあらゆる取り組みにオープンである。ただし、そのプロセスが主権の尊重とシリア国家が国土全体に対する権威を回復したいという願望に基づくものである場合に限られる」と語った。(参考:トルコは、2018年1月の「オリーブの枝」作戦によりシリア北西部アフリーン地区、2016年8月の「ユーフラテスの盾」作戦によりジャラブルス以西のユーフラテス川西部、2019年10月の「平和の泉」作戦によりユーフラテス川東部の帯状地帯に進軍し、支配を継続している)

(3)ラヴレンチェフ特使は、アサド大統領は「一方ではシリア国家の全領土に対する主権に基づき、他方ではあらゆる形態のテロリズムとその組織と闘うことを基盤として、シリアとトルコの関係に関連するあらゆる取り組みに対してシリアがオープンである」ことを明言した。ロシア特使はこれに対し、「現在の状況はこれまで以上に調停の成功に適しているように思われ、ロシアは交渉を前進させる準備ができており、目標はシリアとトルコの関係修復に成功することである」と述べたと、シリア国営通信社SANAが報じた。

(4)トルコ野党指導者の示唆
2024年6月29日、CHPのリーダーであるオズグル・オゼルは、1か月または1か月半以内にシリアでシリアのアサド大統領と会談する予定であると述べた。「私たちはアサドとの裏外交を支持しており、結果は非常に良好。今後1か月または1か月半以内に、うまくいけば、保証はできないが、アサドと会う予定。その前に、トルコの外務大臣やエルドアン大統領と会うかもしれない」とオゼルはジャーナリストのファティ・アルタイリとのインタビューで語った。

(5)シリア反体制派の反発
6月28日、反体制派が支配するシリアの都市イドリブと周辺地域に数百人のデモ参加者が集まり、シリア内戦勃発以来初めて、政府支配地域とアレッポ県のトルコ支援反体制派支配地域を結ぶ主要検問所が商業交通に間もなく再開されるという報道に抗議した。デモ参加者らは「政権との検問所を開放するのは犯罪であり、殉教者の血に対する裏切りだ」と書かれた横断幕を掲げ、「検問所を開放するのではなく、戦闘を開始せよ」と訴えた。(参考:シリアのイドリブ地区は、アサド政権側に反旗を翻したシリア反体制派の最後の拠点で、アルカーイダ系とされるシャーム解放機構勢力(HTS)やトルコが影響力を有する自由シリア軍(SNA)他の勢力など家族を含め300万人、400万人が居住しているとされる。2017年1月に開始されたトルコ、ロシア、イランが主導するアスタナ・プロセスで、政府軍側と反体制派側の緊張緩和、停戦が実現したが、反体制派は、アサド退陣を掲げ、関係修復の見通しは立っていない)

(6)トルコ国民のシリア難民への反発
6月末、シリアのアル・ワタン紙がトルコとダマスカスの関係正常化の可能性を報じた直後、国中で騒乱が勃発した。6月30日深夜、中央州カイセリ市で始まった。これは、26歳のシリア人による7歳の少女への強姦疑惑が地元メディアで報じられた後に起きた。激怒した住民は車をひっくり返し、移民を襲撃し、トルコからの難民全員の国外追放を要求した。暴徒たちは反政府スローガンを連呼し、エルドアンの辞任を要求した。その後、抗議活動はアラニヤ、アンタルヤ、コンヤ、イスタンブール、アンカラ、ブルサなどの大都市に広がった。7月2日、ソーシャルメディアでの声明で、アリ・イェルリカヤ内務大臣は暴動参加者474人の逮捕を発表した(参考:トルコは、シリア難民を難民条約の義務としてではなく、「一時的な保護」対象者として、最大370万人、最近の数字でも310万人前後のシリア人を受け入れており、そのほとんどが都市部で生活しているとされる。義務教育や医療も提供され、就労も条件付きで認められている。しかし、トルコの財政的、社会的、経済的負担は大きく、2011年以来、トルコは難民のための人道支援、医療、教育、インフラ整備に400億ドル以上を費やし、シリア難民1人当たりのコストは年間約8,000ドルに上ると主張しているとされる。トルコ国民とシリア難民間の摩擦もたびたび伝えられ、2023年5月の大統領選挙や、2024年3月の統一地方選挙でも、シリア難民問題は選挙運動の争点にもなってきた。2023年の大統領選挙では、クルチダルオール野党統一候補は、2年以内のシリア人の本国帰還を目指すとしていた。エルドアン政権は、トルコが実効支配するシリア領内にシリア人の町を建設し、そこに100万〜200万人規模のシリア人を帰還させる計画を打ち上げていた
https://blog.canpan.info/meis/archive/538
https://apnews.com/article/turkey-syria-diplomatic-relations-ec9876ed10183ef235c38ca387ac4731#
https://www.rt.com/news/600877-russia-wants-peace-middle-east/

(コメント)エルドアン大統領は、シリア内戦ぼっ発後、険悪な仲となり一時退陣を強く求めていたシリアのバッシャール・アサド大統領を家族ぐるみで交流したこともある「古くからの友人」と称し、関係改善に意欲を示した。欧米諸国は、依然アサド大統領の退陣を求め、シリアに厳しい経済制裁を科しており、2011年の内戦ぼっ発後も、シリアへの自主帰還を果たすシリア人は一向に増えていない(2016年〜23年末までのシリア人自主帰還者数は39万人強)。欧州に移動し、庇護申請を求めるシリア人も再び増加している。シリア内戦開始から12年経過した2023年段階でも、EUへのシリア人新規庇護申請者は約18万人と、出身国別でアフガニスタンを上回り、 3年連続で第一位で、増加傾向にある。トップの申請先は約10万人のドイツとなっている。
エルドアン大統領は、2023年の大統領選挙には勝利したが、2024年の統一地方選挙では、シリア難民問題の早期解決を訴える野党CHP(共和人民党)の躍進をうけ、この問題を、放置できない状況に追い込まれつつある。シリアは、2023年5月にアラブ連盟復帰を果たし、トルコは一時期冷却していたサウジアラビア、UAE、エジプトとの関係を改善しており、これらの主要国がアサド政権を認める方向に転じた今、トルコが、隣国シリアとの関係を悪化したまま放置するメリットは乏しい。トルコは、クルド労働者党(PKK)とPKKと同根とみなすシリアのクルド人武装勢力YPG(クルド人民防衛隊)などをテロ組織とみなしており、クルド系組織の国境をまたぐ活動を取り締まるには、アサド政権との協力が不可欠と考えている。トルコとシリアは、1998年10月にPKKとその協力者の活動を抑制するための、「アダナ」合意を結んでおり、それが、1999年のシリアを追われたアブドッラー・オジャランPKK党首のケニアにおける逮捕・拘束につながっており、トルコ政府は、この合意は、「破棄された」ものとはみておらず、アサド政権との関係回復によって、合意を再び、活性化できると考えている。石油・ガス資源が豊富なシリア北東部は、YPGが主勢力のシリア民主軍(SDF)が米軍の支援を得て、未だ実効支配しているが、米大統領選挙で、トランプ氏が大統領に復帰すれば、シリア北東部からの米軍の撤退もありえないわけではない@米軍のシリアからの撤退、Aアサド政権によるクルド支配地区への管理の拡大、Bトルコ軍のシリア北部国境付近からの撤退、Cイドリブの反体制派武装組織の解体、D湾岸産油国の支援を受けたシリアの復興再建の本格化(トルコの土建業者が復興の中心的役割を果たす)、E300万人におよぶシリア人のシリア本国への本格的帰還、をエルドアン大統領は思い描いているのではないと想像される。

Posted by 八木 at 15:21 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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