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バングラデシュ国内難民キャンプでのロヒンギャ難民の初の感染確認[2020年05月16日(Sat)]
5月14日、バングラデシュの高官と国連広報担当者はロヒンギャ難民1名と地元の住民1名がCOVID-19に陽性反応を示したと述べた。人口密集したバングラデシュのコックスバザール難民キャンプで最初に確認されたケースであった。2名は、陽性反応を示した後、隔離センターに移送された。WHOスポークスマンによれば、2つのケースをフォローするために「迅速調査チーム」が形成され、感染者の接触先は、検疫と検査のために追跡されているとのこと。地方政府当局によれば、15日に、約5,000人を収容する1つのキャンプの全ブロックが閉鎖された。感染者と接触した人たちはすべてキャンプ内に設置された隔離センターに移送される予定。

(参考)ロヒンギャとは:1948年のビルマ(現在のミャンマー)では、ロヒンギャは認知されており、61年から64年にかけて自治地区を有していた。しかし、1982年の改正国籍法の施行により、135の土着民が除外され、無国籍者となった。ロヒンギャは1978年にミャンマー国軍や住民による迫害・差別から逃れるためにバングラデシュへ流出し、その後、1992年、2016年、2017年と流出が続いた。一般的には、1978年以来のミャンマー国軍や住民による迫害・差別から逃れるためにバングラデシュに流入し,バングラデシュの地元住民によって「ロヒンギャ」と呼ばれる人々をロヒンギャ難民としている。国境周辺のバングラデシュの住民は,振る舞いや言葉遣いでロヒンギャを見分けられるというが,男性も女性も,外見だけからロヒンギャとベンガル人を見分けるのは容易ではない.英領インド帝国時代以降,バングラデシュの独立後も,ナフ川を挟んで両国間の人々の往来は商売や通婚などを通じてさかんに行われ,数世代前にバングラデシュ側に定住した人や,ミャンマー側に親族のいる人も多い.それゆえ,ロヒンギャとベンガル人の境界は曖昧といえる。ロヒンギャ難民キャンプは、バングラデシュのコックスバザール県に存在する。バングラデシュには、ミャンマー国軍による掃討作戦が実施された1978年やその後流入した難民が暮らす公式キャンプがすでに存在していたが、2017年8月以降数十万人が流入し、公式キャンプの拡張や追加のキャンプが設けられた。現在、約100万人を抱える大小34のキャンプが存在する。最大のキャンプは、クトゥパロン・キャンプで、難民支援の中心地になっている。

(コメント)コックスバザール地区のロヒンギャ難民キャンプ内で感染者が発生すれば、瞬く間に感染が広がる危険は以前から指摘されていた。手洗いに必要な水は、潤沢にあるわけではなく、マスクや消毒液もない。感染者用の設備や医療従事者が整った救急医療室や集中治療室が存在しているわけでもない。難民は、まさに三密状態で暮らしている。キャンプ外に仕事に出ることは禁止されているが、実態として、日常的に出入りがあったとされている。こうした中、バングラデシュ政府は、昨年9月から違法取引を妨げるためとしてインターネットの接続を禁じている。すなわち、難民キャンプの住民は、感染から身を守る予防措置も、感染した際の十分なケアも、感染防止のための正しい情報も入らない状況に置かれている。WHOは難民啓発のためインターネット・アクセスを認めるようバングラデシュ政府に要請しているとされる。
https://www.aljazeera.com/news/2020/05/emergency-teams-race-virus-spread-rohingya-camps-200515070825239.html

Posted by 八木 at 14:31 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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