アサド大統領にとっての湾岸諸国訪問は、2月6日のトルコとシリアを襲った壊滅的な地震以来、2月20日のオマーン訪問に続いて2回目となる。一方、エジプトのシュクリー外相、UAEのアブドッラー外相は、2月にそれぞれダマスカスを訪問していた。
2018 年12月に国際的に孤立したアサド政権との関係を正常化したUAEは、2 月 6 日の地震被災者支援のため積極的な支援活動を展開してきた。UAE は、地震に見舞われたシリアへの支援として 1 億ドル以上を約束した。また、捜索救助チームを派遣し、数千トンの緊急救援物資を提供し、首長国連邦の病院でシリア地震の犠牲者に治療を提供した。
UAEの上級大統領顧問アンワル・ガルガーシュは、「UAEのシリアに対するアプローチと取り組みは、アラブと地域の安定を強化することを目的としたより深いビジョンとより広範なアプローチの一部である。シリアがアラブ世界での地位に戻り、その地域での正当性を取り戻す必要があることに関して、UAEの立場は明らかだ。これは、今日のアサド大統領との会談でシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド殿下によって確認された」とはツイッターで述べた。
(参考)シリアとアラブ諸国関係修復に向けての主な動き
1. UAE:2018年12月27日、ダマスカスの大使館を2011年のアラブの春勃発で閉鎖して以来初めて再開。アブドッラーUAE外相は、2023年2月12日、シリア地震後初めてのアラブ高官として、シリアを訪問し、アサド大統領と会談。同外相は、2023年1月にもシリアを訪問している。アサド大統領は、2022年3月18日、ドバイとアブダビをそれぞれ訪問し、ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームUAE副大統領兼首相(ドバイ首長)と会談したほか、アブダビのMBZ皇太子(当時、現在大統領)と会談した。国際的に孤立していたアサド大統領の外国訪問は、ロシアとイランに限られていた。
2. サウジ:サウジも高官のシリア訪問は実現していないが、アサド政権支配下の地域を含め、地震被災者救援の活動を実施している。過去には、2021年5月3日サウジのハーリド・フメイダン総合諜報庁長官が、このレベルのサウジの高官の訪問としては10年ぶりにダマスカスを訪問し、アサド大統領と会談したとされる。同長官は、ダマスカスでシリアのカウンターパートであるアリー・マムルーク(Ali Mamlouk)と会談した模様。同年5月26日、シリアの観光大臣ムハンマド・ラーミー・マルティーニ(Mohammed Rami Martini)は、2011年の内戦が始まって以来、シリア政府当局者として初めてサウジアラビアを訪問した。
3. ヨルダン:2023年2月15日、アイマン・サファディ・ヨルダン外務大臣がダマスカスを、ヨルダン外相としてはアラブの春以来となる訪問を実施した。過去には、2021年9月8日 ハラ・ザワティ・ヨルダンエネルギー・鉱物資源大臣、タレク・エル・モラ・エジプト石油・鉱物資源大臣、バッサム・トーメ・シリア石油・鉱物資源大臣、レイモンド・ガジャール・レバノン・エネルギー・水大臣がヨルダンの首都アンマンで会合し、エジプトの天然ガスのアラブパイプラインを通じたシリア経由、レバノンへの輸送のアクションプランを整えていくことに合意。同年9月29日 ヨルダンは、物流の往来のためヨルダン・シリア国境ジャーベル検問所の通過を完全開放した。
4. エジプト:シリア地震発生直後の2023年2月7日、エルシーシ・エジプト大統領は、アラブの春以降エジプト大統領としては初めて、アサド大統領に電話し、見舞いのメッセージを伝えた。2月27日、シュクリー外相も、エルシーシ政権誕生後初めて、ダマスカスを訪問した。シュクリー外相は、2021年9月国連総会の機会にメクダード・シリア外相と会談した経緯はある。
5. オマーン:2023年2月20日、アサド大統領はマスカットを公式訪問し、ハイサム国王の出迎えを受けた。オマーンは外交関係を維持してきたが、アラブ諸国内で先陣を切る形で、オマーンがアサド訪問を受け入れたことは、シリアのアラブ陣営復帰に向けた動きとして注目された。
6. バーレーン:2023年2月7日、ハマド国王は、アラブの春後初めてアサド大統領と電話会談し、お見舞いのメッセージを伝えた。バーレーンは、2018年12月のUAE大使館のダマスカス復帰に続き、外交使節の再開は行っていた。
(コメント)2021年5月26日に実施されたシリア大統領選挙で、現職バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)が1354万0860票、得票率95.1%で任期7年の4選を果たした。欧米諸国は、多くのシリア国民がボイコットする中で、選挙自体が有効ではないとして、アサド大統領の退陣を求め、制裁を継続してきている。特に、2020年6月、トランプ政権下の米政府はシリアの中央銀行の資金洗浄疑惑、シリア政権中枢の戦争犯罪を理由に、シーザー・シリア市民保護法を発動した。当時のポンペイオ国務長官は、米財務省と国務省がシーザー法と大統領令第13894号に従い、39の個人・団体を制裁対象に指定したと発表した。それは、シリア政府に経済的・政治的な圧力をかけ、その収入を断ち、それが戦争やシリア国民の大量虐殺に拠出されるのを食い止める持続的なキャンペーンを開始するのが目的とされる。制裁対象に指定されたのは、バッシャール・アサド大統領、アスマー夫人、ビジネスマンのムハンマド・ハムシュー氏、ファーティミーユーン旅団(注:イランがアレンジしたアフガニスタンのハザラ人の武装集団)、アサド大統領の弟のマーヘル・アサド准将、姉のブシュラー・アサド、マーヘル准将の妻のマナール・アサドなど。これをきっかけにシリアポンドは大暴落し、さらに、シリア政権側のレバノンにおける銀行口座も打撃をうけ、レバノンの金融危機にも発展した。一方で、ロシアの後ろ盾を得て国土の7割程度を回復してきたアサド政権が、2021年5月の大統領再選も受けて当面崩壊する見通しはなく、10年以上続いてきたシリア孤立政策を見直す動きも、UAEを筆頭としてアラブ諸国内で出始めていた。そうした中で、2023年2月6日、トルコで発生した大地震は、トルコだけではなく、トルコに避難していたシリア人、シリア北西部の最後の反体制派の拠点といわれたイドリブのシリア人ならびにクルド人支配地域のシリア人ならびにアサド政権の支配地域のシリア人にも大きな被害をもたらした。欧米諸国は、シリア人救済のために、アサド政権との接触を持つことを依然躊躇っており、シリア人被災者救援に積極的に動こうとはしていない。そこに、その隙間を埋めるような形で、アラブ諸国のアサド政権へのアプローチが活発化している。2021年以来出始めていたシリアのアラブ連盟復帰の動きがなかなか現実のものとならないのは、サウジアラビアがゴーサインを出さないためであるとの見方が根強かった。今回の地震被害で、米国もシリアの地震被害復旧のための取り組みについては、関与した者への制裁を一時見合わせると発表しており、3月10日に、イランとの外交関係再開合意を発表したサウジが、アサド政権下のシリアのアラブ陣営復帰を認めるタイミングに来たのではないかと考えられる。最近、一時トルコとの関係が冷え切っていたUAE、サウジ、エジプトとトルコの関係が改善してきており、地震で被害を受けた反体制派陣営のシリア人、トルコに一時避難した350万人規模のシリア人のシリアへの安全な帰還に向けても、アラブ諸国とトルコが、アサド政権との間で、実務的な問題解決の動きを進めることが期待される。それがなされなければ、2015年のシリア避難民の欧州等への大量移動が再現されることにもなりかねない。
https://www.aljazeera.com/news/2023/3/19/424
Posted by 八木 at 12:02 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)