• もっと見る
イスラム世界との結びつきを通じて、多様性を許容する社会の構築についてともに考えるサイトです。

« 中東イスラム世界に関心を抱くあなたへの助言 | Main

検索
検索語句
<< 2023年03月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最新記事
最新コメント
タグクラウド
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

中東イスラム世界社会統合研究会さんの画像
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/meis/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/meis/index2_0.xml
アサド大統領のUAE公式訪問の意味(シリアのアラブ陣営復帰に向けた動き)[2023年03月20日(Mon)]
シリアのバシャール・アル・アサド大統領は夫人アスマーを同伴し、2023年3月18日、アラブ首長国連邦(UAE)に到着し、アサド大統領は、UAEのシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(通称:MBZ)大統領と会談した。MBZ大統領は、ツイッターの声明で、両国は「両国間の関係を発展させることを目的とした建設的な会談を行った。我々の話し合いでは、シリアとその地域の安定と進歩を加速するための協力を強化する方法を探求した」と語った。シリア大統領府は、夫人アスマーが2011年以来初めてのアサド大統領に同伴した外国公式訪問の機会に、MBZ大統領の母親(故ザーイド大統領妻)でUAEでは「国家の母」と見なされているシェイク・ファーティマ・ビント・ムバラクと会談すると述べた。
アサド大統領にとっての湾岸諸国訪問は、2月6日のトルコとシリアを襲った壊滅的な地震以来、2月20日のオマーン訪問に続いて2回目となる。一方、エジプトのシュクリー外相、UAEのアブドッラー外相は、2月にそれぞれダマスカスを訪問していた。
2018 年12月に国際的に孤立したアサド政権との関係を正常化したUAEは、2 月 6 日の地震被災者支援のため積極的な支援活動を展開してきた。UAE は、地震に見舞われたシリアへの支援として 1 億ドル以上を約束した。また、捜索救助チームを派遣し、数千トンの緊急救援物資を提供し、首長国連邦の病院でシリア地震の犠牲者に治療を提供した。
UAEの上級大統領顧問アンワル・ガルガーシュは、「UAEのシリアに対するアプローチと取り組みは、アラブと地域の安定を強化することを目的としたより深いビジョンとより広範なアプローチの一部である。シリアがアラブ世界での地位に戻り、その地域での正当性を取り戻す必要があることに関して、UAEの立場は明らかだ。これは、今日のアサド大統領との会談でシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド殿下によって確認された」とはツイッターで述べた。
(参考)シリアとアラブ諸国関係修復に向けての主な動き
1. UAE:2018年12月27日、ダマスカスの大使館を2011年のアラブの春勃発で閉鎖して以来初めて再開。アブドッラーUAE外相は、2023年2月12日、シリア地震後初めてのアラブ高官として、シリアを訪問し、アサド大統領と会談。同外相は、2023年1月にもシリアを訪問している。アサド大統領は、2022年3月18日、ドバイとアブダビをそれぞれ訪問し、ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥームUAE副大統領兼首相(ドバイ首長)と会談したほか、アブダビのMBZ皇太子(当時、現在大統領)と会談した。国際的に孤立していたアサド大統領の外国訪問は、ロシアとイランに限られていた。
2. サウジ:サウジも高官のシリア訪問は実現していないが、アサド政権支配下の地域を含め、地震被災者救援の活動を実施している。過去には、2021年5月3日サウジのハーリド・フメイダン総合諜報庁長官が、このレベルのサウジの高官の訪問としては10年ぶりにダマスカスを訪問し、アサド大統領と会談したとされる。同長官は、ダマスカスでシリアのカウンターパートであるアリー・マムルーク(Ali Mamlouk)と会談した模様。同年5月26日、シリアの観光大臣ムハンマド・ラーミー・マルティーニ(Mohammed Rami Martini)は、2011年の内戦が始まって以来、シリア政府当局者として初めてサウジアラビアを訪問した。
3. ヨルダン:2023年2月15日、アイマン・サファディ・ヨルダン外務大臣がダマスカスを、ヨルダン外相としてはアラブの春以来となる訪問を実施した。過去には、2021年9月8日 ハラ・ザワティ・ヨルダンエネルギー・鉱物資源大臣、タレク・エル・モラ・エジプト石油・鉱物資源大臣、バッサム・トーメ・シリア石油・鉱物資源大臣、レイモンド・ガジャール・レバノン・エネルギー・水大臣がヨルダンの首都アンマンで会合し、エジプトの天然ガスのアラブパイプラインを通じたシリア経由、レバノンへの輸送のアクションプランを整えていくことに合意。同年9月29日 ヨルダンは、物流の往来のためヨルダン・シリア国境ジャーベル検問所の通過を完全開放した。
4. エジプト:シリア地震発生直後の2023年2月7日、エルシーシ・エジプト大統領は、アラブの春以降エジプト大統領としては初めて、アサド大統領に電話し、見舞いのメッセージを伝えた。2月27日、シュクリー外相も、エルシーシ政権誕生後初めて、ダマスカスを訪問した。シュクリー外相は、2021年9月国連総会の機会にメクダード・シリア外相と会談した経緯はある。
5. オマーン:2023年2月20日、アサド大統領はマスカットを公式訪問し、ハイサム国王の出迎えを受けた。オマーンは外交関係を維持してきたが、アラブ諸国内で先陣を切る形で、オマーンがアサド訪問を受け入れたことは、シリアのアラブ陣営復帰に向けた動きとして注目された。
6. バーレーン:2023年2月7日、ハマド国王は、アラブの春後初めてアサド大統領と電話会談し、お見舞いのメッセージを伝えた。バーレーンは、2018年12月のUAE大使館のダマスカス復帰に続き、外交使節の再開は行っていた。
(コメント)2021年5月26日に実施されたシリア大統領選挙で、現職バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)が1354万0860票、得票率95.1%で任期7年の4選を果たした。欧米諸国は、多くのシリア国民がボイコットする中で、選挙自体が有効ではないとして、アサド大統領の退陣を求め、制裁を継続してきている。特に、2020年6月、トランプ政権下の米政府はシリアの中央銀行の資金洗浄疑惑、シリア政権中枢の戦争犯罪を理由に、シーザー・シリア市民保護法を発動した。当時のポンペイオ国務長官は、米財務省と国務省がシーザー法と大統領令第13894号に従い、39の個人・団体を制裁対象に指定したと発表した。それは、シリア政府に経済的・政治的な圧力をかけ、その収入を断ち、それが戦争やシリア国民の大量虐殺に拠出されるのを食い止める持続的なキャンペーンを開始するのが目的とされる。制裁対象に指定されたのは、バッシャール・アサド大統領、アスマー夫人、ビジネスマンのムハンマド・ハムシュー氏、ファーティミーユーン旅団(注:イランがアレンジしたアフガニスタンのハザラ人の武装集団)、アサド大統領の弟のマーヘル・アサド准将、姉のブシュラー・アサド、マーヘル准将の妻のマナール・アサドなど。これをきっかけにシリアポンドは大暴落し、さらに、シリア政権側のレバノンにおける銀行口座も打撃をうけ、レバノンの金融危機にも発展した。一方で、ロシアの後ろ盾を得て国土の7割程度を回復してきたアサド政権が、2021年5月の大統領再選も受けて当面崩壊する見通しはなく、10年以上続いてきたシリア孤立政策を見直す動きも、UAEを筆頭としてアラブ諸国内で出始めていた。そうした中で、2023年2月6日、トルコで発生した大地震は、トルコだけではなく、トルコに避難していたシリア人、シリア北西部の最後の反体制派の拠点といわれたイドリブのシリア人ならびにクルド人支配地域のシリア人ならびにアサド政権の支配地域のシリア人にも大きな被害をもたらした。欧米諸国は、シリア人救済のために、アサド政権との接触を持つことを依然躊躇っており、シリア人被災者救援に積極的に動こうとはしていない。そこに、その隙間を埋めるような形で、アラブ諸国のアサド政権へのアプローチが活発化している。2021年以来出始めていたシリアのアラブ連盟復帰の動きがなかなか現実のものとならないのは、サウジアラビアがゴーサインを出さないためであるとの見方が根強かった。今回の地震被害で、米国もシリアの地震被害復旧のための取り組みについては、関与した者への制裁を一時見合わせると発表しており、3月10日に、イランとの外交関係再開合意を発表したサウジが、アサド政権下のシリアのアラブ陣営復帰を認めるタイミングに来たのではないかと考えられる。最近、一時トルコとの関係が冷え切っていたUAE、サウジ、エジプトとトルコの関係が改善してきており、地震で被害を受けた反体制派陣営のシリア人、トルコに一時避難した350万人規模のシリア人のシリアへの安全な帰還に向けても、アラブ諸国とトルコが、アサド政権との間で、実務的な問題解決の動きを進めることが期待される。それがなされなければ、2015年のシリア避難民の欧州等への大量移動が再現されることにもなりかねない。
https://www.aljazeera.com/news/2023/3/19/424

Posted by 八木 at 12:02 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

イラン・サウジ間の外交関係正常化に向けてのイラクの役割[2023年03月12日(Sun)]
3月10日、アリー・シャムハニ最高国家安全保障会議書記は、イラク首相ムハンマド・シーア・アル・スーダーニとの電話会談で、イランとサウジアラビアの間の5回の交渉をホストしてきたイラクの努力を高く評価し、イラクがイランとサウジアラビアの間の緊張緩和を達成するための土台を整えるために貴重な努力を払ってきたと述べた。

3月6日から10日まで北京での集中的な会談の後、イランとサウジアラビアは3月10日、両国が外交関係を正常化し、大使館再開と外交使節団交換を最大2か月以内に実施することに合意した。

スーダーニ・イラク首相は、本年2月シャルキルアウサト紙とのインタビューで、イラク政府はサウジ・イラン間の緊張した関係を修復することを目的として両国代表間での和解交渉の新しいラウンドを組織するために取り組んでいると述べ、交渉のレベルをこれまでの秘密裏の治安担当レベルから公の外交レベルに引き上げる後押しをしていると示唆していた。

(コメント)イラン・サウジ間の最初の接触は、2021年4月9日、当時のカーディミ・イラク首相の招待をうけたサウジの情報機関責任者ハーリド・ビン・アリー・アル=フメイダーン(Khalid bin Ali AL Humaidan)とイランのイスラム革命防衛隊 (IRGC)のエスマイール・カーニィ(Esmail Qaani)(2020年1月米軍に殺害されたカーセム・ソレイマニ・コッズ部隊司令官後任)の間で行われたとされる。その後、4回、計5回治安担当レベルで、秘密裏に協議が実施されてきた。こうした中、サウジとイランの外交関係正常化に向けての協議実施と合意が、北京でしかも習近平国家主席の全人代での3期目決定のタイミングで実施されたことは、中国がこの件で外交的得点をあげることに対して、サウジ、イラン、イラクがともに中国に花を持たせることを了解したとも解釈できる。関係3国は、今後の中国からの経済的な見返りも期待していると考えるのが自然である。他方、これから2か月以内にサウジ・イラン外相間で、大使館再開・外交使節交換に向けての具体的な話し合いがもたれることになるが、その際は、イラクが再び、協議の場所を提供することになると予想される。

https://www.tasnimnews.com/en/news/2023/03/10/2865424/iran-lauds-iraq-for-hosting-talks-that-led-to-rapprochement-with-saudis
https://financialtribune.com/articles/national/117066/baghdad-working-to-advance-iran-saudi-talks

Posted by 八木 at 10:19 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

イランとサウジアラビアの外交関係正常化(注目点)[2023年03月11日(Sat)]
2016年1月に、テロ容疑で死刑判決を受けていたサウジのシーア派指導者であったニムル・アルニムル師など47名のサウジ側による処刑に抗議したイランの群衆によるテヘランとマシュハドのサウジ大使館、領事館内への襲撃事件以来、公式の外交関係が途絶えていたサウジアラビアとイランは、2023年3月6 日から 3 月10日まで中国がホストして北京で行われてきた一連の会談終了時、声明を発出し、両国は外交関係を正常化し、2か月以内に両国の大使館を再開し、外交使節を復活させることに合意した、と発表した。注目点は、@中国が対立する両国の外交関係修復を後押ししたこと、A習近平国家主席の3期目が決定する全人代にあわせて、3月6日から北京で会合をホストしていたこと(参考:全人代は3月10日、全体会議を開いて投票を行い、習近平国家主席を賛成2952票、反対、棄権いずれも0票の全会一致で再選)、Bイランがウラン濃縮度を核兵器製造レベルに近い84%の濃縮達成と報じられた直後に、本来的にイランの核能力に、イスラエルと並んで最も敏感であるはずのサウジが、イランとの直接協議に臨んでいたことである。

サウジの代表団は国務大臣兼国家安全保障顧問のムサエド・ビン・ムハンマド・アル=アイバン氏が率い、イランの代表団は最高国家安全保障会議の書記であるアリー・シャムハニ少将が率いた。会談には、元中国外相である中国政府の外交トップである王毅政治局委員が同席した。

「サウジアラビアとイランは国家主権を尊重し、内政に干渉しないことに同意する」と声明は述べ、両国の外相は近く会談して、大使館再開に向けての具体的話し合うと付け加えた。

さらにサウジとイランは、2001 年4月17日に署名された安全保障協力協定と 1998 年5月27日に署名された貿易、経済、投資、テクノロジー、科学、文化、スポーツ、青年協定の活性化に合意した。

声明によると、両国代表は、中国の習近平国家主席が、対話と外交を通じて紛争を解決するために、イランとサウジアラビアの代表者間の会談を主催し後援するイニシアチブをとり、最近の会談を主催しホストしてくれたこと、ならびに会談の成功を支援するために尽力したことに謝意を表明した。 彼らはまた、2021年と2022年に両国の代表者間の対話セッションをホストしたイラクとオマーンにも謝意を表明した。

中国の王毅政治局委員は、北京でのイランとサウジアラビアの会談の成功について、「これは対話の勝利であり、平和のための勝利であり、世界が激動の時代に大きな朗報をもたらすものだ、中国は、誠実で信頼できる仲介者としてホストとしての義務を忠実に果たした、中国は今後も世界のホットスポット問題に対処する上で建設的な役割を果たし、大国としての責任を果たしていく」と述べたとされる。

中国の果たした役割に対して、サウジのサルマン国王、MBS皇太子はともに感謝しているとされ、また、イランも、今回の関係正常化合意は、最高指導者、ハメネイ師の承認を得ているとされる。声明にも言及があった過去の接触をホストしたオマーンのバドル・アル・ブサイディ外務担当相はツイッターで、サウジとイランの国交再開は「誰にとっても『ウィンウィン(相互利益)』であり、地域と世界の安全保障に恩恵をもたらす」と述べた。

(コメント)注目点で示したとおり、今回のイラン・サウジの外交関係正常化の合意は、中国外交の勝利といえる。中国にとっては、習近平体制が異例の3期目に入ることが全人代で決定された当日に合意が発表されたことで、国内的には、習近平体制の外交の成果を誇るとともに、対外的には、ウクライナ危機で、中国が対話による戦争終了を訴えていることを補強する材料になるともいえる。
中国は、イランとの間で2021年3月に、今後25年間にわたる当面4千億ドルの長期戦略パートナーシップ協定を結んでいる。一方、2022年12月には、習近平国家主席がサウジを訪問して、中国サウジの二国間首脳会談、中国GCC首脳会談、中国アラブ首脳会談を実施し、中国はサウジとの間で、12月8日、「包括的戦略パートナーシップ協定」署名。 中国企業は、新エネルギー、クラウドコンピューティング、物流、建設ほか34の投資協定に署名した。ウクライナ危機を背景にした原油価格高騰で財政的に余裕が出てきたサウジアラビアは、NEOMはじめ意欲的なメガプロジェクトを推進し、新時代の地域のリーダーとして存在感を高めている。こうした中で、中国との関係強化は、地域開発の面でも必要不可欠とみられる。一方のイランは、米国とのJCPOA復活に向けた核協議は一向に進まず、米国の対イラン制裁は解除される見通しはたたず、経済財政は悪化の一途をたどり、昨年9月からは、ヒジャブ着用問題をきっかけにした反体制抗議運動が収まらず、最近では、女子学生の中毒問題が発生し、対外的には、超強硬派が主導権をとったネタニヤフ政権から、イランの核開発阻止にむけた実力行使の脅威を受けている。こうした状況下の生命線は、中国やロシアとの関係強化であった。サウジとの関係改善は、イランにとっても、地域の緊張緩和のために歓迎すべき動きといえる。
気になるのは、サウジの次の動きである。最近、オマーンがイスラエルの航空機に対して領空通過を認めた。サウジは、2020年8月のUAE・イスラエルの国交正常化直後、イスラエル航空機の領空通過を認めている。トランプ政権末期、アラブ諸国は、UAEのほか、バーレーン、スーダン、モロッコが次々とイスラエルとの国交正常化を実現したが、サウジはそれに踏み切らなかった。しかし、今回のサウジ・イラン間の外交関係正常化のバランスとして、サウジがイスラエルとの国交正常化に動くことも考えられ、UAEとの間で、域内経済開発の主導権争いでしのぎを削っているサウジの動向が注目される。
https://english.alarabiya.net/News/saudi-arabia/2023/03/10/Iran-Saudi-Arabia-agree-to-re-establish-diplomatic-relations-Iranian-state-media
https://twitter.com/KSAmofaEN/status/1634180277764276227?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1634180277764276227%7Ctwgr%5E10ad2f92f87d958bd6db3318ba8d8bf1c7e5cda7%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fwww.aljazeera.com%2Fnews%2F2023%2F3%2F10%2Firan-and-saudi-agree-to-restore-relations

Posted by 八木 at 10:57 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

豪シンクタンク発表の先端技術研究論文国別競争力ランキング結果(圧倒的存在感を示した中国。中東ではイランが目立った)[2023年03月03日(Fri)]
 3月2日、オーストラリアのシンクタンク、豪戦略政策研究所(ASPI)は、エネルギーや人工知能(AI)、医療や防衛分野などにおける44項目について、2018〜22年に発表された影響力のある論文を分析し、重要な先端技術の国別研究競争力のランキングを公表した。全44項目のうち37項目で中国が1位となっており、次いで米国は7項目で1位となり、32項目で2位にとどまった。日本は44項目の中で、5位以内に入ったのは核エネルギーや量子センサーなどの4項目にとどまった。韓国は5位以内20項目で日本を上回った。中東勢では、イランが全体で6項目が5位以内で、サウジアラビアは1項目で5位となった。研究論文は、今後の各国の技術革新、技術開発の潜在可能性を物語っており、ASPIは中国が予想以上に多くの分野で米国に先行していることをみとめている。また、日本は、他の先進国・新興国との比較で遅れをとっているといわざるをえない。中東諸国の中では、イランが予想外に注目論文を発表しているといえる。
(44項目の概要と上位国)
1. 先端素材と製造右矢印1中国11分野(@ナノスケール材料と製造、A塗装、Bスマート素材、C先端複合素材、D新規メタマテリアル、Eハイスペック機械化プロセス、F先端爆発・エネルギー素材、G希少鉱物抽出、加工、H先端磁石と超伝導体、➉先端防御、J連続フロー化学反応合成、K3Dプリントを含む積層造形法)で1位独占。米国9分野、インド3分野で2位。日本2分野(H、J)で5位。イランは1分野(B)で4位。3分野(@、A、C)で5位
2. AI、コンピューティング、通信右矢印1中国7分野(@5G,6Gを含む先端無線通信、A高度光通信、BAIアルゴリズム、C分散型台帳、D先端データ解析、E機械学習、F防御的サイバーセキュリティ)で1位。米国3分野(G高性能コンピューティング、H先端統合電気回路デザイン・組み合わせ、➉自然言語処理)で1位。米国7分野で2位。中国3分野で2位。3位には、インドが6分野、英が3分野、韓国が1分野を占めた。サウジアラビアが、1分野(A)で第5位を占めた。日本は、10分類すべてで5位以内にランクインせず
3. エネルギーと環境右矢印1中国8分野(@動力用水素・アンモニア、Aスーパーキャパシター(大容量蓄電)、B蓄電池、C太陽光発電、D核廃棄物管理・リサイクル、E指向性エネルギー技術、Fバイオ燃料、G核エネルギー、で1位独占。米国は6分野で2位。韓国、インドがそれぞれ1分野で2位。日本は1分野(G)で3位のみ。イランは1分野(F)で4位。
4. 量子右矢印1米国は1分野(量子コンピューティング)で1位。中国は同分野で2位。中国は、3分野(Aポスト量子暗号、B量子通信、C量子センサー)で1位。2位は米国。日本は、1分野(C)で4位。
5. バイオ、遺伝子、ワクチン右矢印1中国が2分野(@合成生物学、Aバイオ分野製造)で1位。米国が1分野(Bワクチン、医療対策)で1位。
6. センシング、タイミング、ナビゲーション右矢印11分野(光センサー)で中国1位。米国2位。インド3位。
7. 防衛、宇宙、ロボット、輸送右矢印1中国4分野(@極超音速を含む先端航空エンジン、Aドローンおよび協調型ロボット、C自発的システム運用テクノロジー、D高度ロボティックス)、米国2分野(B小衛星、E宇宙船打ち上げシステム)で一位。中国2分野、米国4分野で2位。イランは1分野(@)で第5位
https://www.aspi.org.au/report/critical-technology-tracker

Posted by 八木 at 16:01 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

国連総会におけるロシア軍即時撤退決議採択(中東諸国の基本的姿勢に変化なし)[2023年02月24日(Fri)]
本2月24日で、ロシアが「特別軍事作戦」と名付けたウクライナ侵攻開始からちょうど1年となる。そのタイミングで、ニューヨークの国連総会においてウクライナにおける戦争終了とロシア軍の即時撤退を求めた総会決議案が採決に付された。米国時間23日の採決の結果は、賛成141、反対7、棄権32で、決議案は採択された。この採決での注目点は、ロシアのウクライナ侵攻に対する国際社会の見方が変化したか否かであった。結果として、1年前と国際社会の支持・不支持の構図は大きく変化していない中東諸国の立場にも大きな変化はみられない。但し、中東諸国は、トルコを含め欧米主導の対ロシア制裁には加わっていない。軍事的には、トルコがウクライナにドローンを供与し、イランがロシアにドローンを供与しているとされる。これまでの主要な決議の結果と中東諸国の対応をまとめておく。

1.2022年2月25日の安保理のロシア非難決議案右矢印1中国、インド、UAEが棄権。ロシアの拒否権行使で決議案は成立せず。

2.2022年3月2日ロシアの即時撤退を求めた国連総会決議右矢印1賛成141(UAEは賛成。ほかサウジを含むGCC、エジプト、イスラエル、トルコなども賛成。BRICSのブラジルは賛成。)、反対5(含むシリア)、棄権35(含イラン、イラク、アルジェリア、スーダン。インド、中国、南アも棄権)。モロッコは投票参加せず。

3.2022年3月24日のウクライナの主権・領土保全支持する国連総会決議右矢印1賛成140 (GCC、エジプト、トルコなど賛成。イラク、南スーダンは前回の棄権から賛成に転じた。BRICSのブラジルは賛成。)、反対5(含むシリア)、棄権38(含イラン、アルジェリア、スーダン。BRICSのインド、中国、南アも棄権)。

4.2022年4月7日の国連人権理事会からのロシアの追放を決定した国連総会決議右矢印1賛成93反対24(イラン、中国を含む)、棄権58(中東諸国のバーレーン、イラク、ヨルダン、クウェート、オマーン、カタール、サウジ、UAE、エジプト、イエメンは、前回の賛成から棄権に回った)
★BRICSのブラジルやサウジ、UAE、エジプトなど中東主要国は棄権に回った。

5.2022年10月12日のロシアによるウクライナ4州併合無効とする国連総会決議右矢印1賛成143(サウジ他中東諸国大半を含む。BRICSのブラジルは賛成)、反対5(シリアを含む)、棄権35(アルジェリア、中国、インド、南アを含む)

6.2022年11月15日のロシアに対するウクライナ賠償を求める国連総会決議右矢印1賛成94(トルコ、カタール、クウェートを含む)、反対14(シリア、イランを含む。中国も反対)、棄権73(サウジ、UAE、エジプトほかを含む。BRICSのブラジル、インド、南アも棄権)

7.2023年2月23日の戦争の終了とロシアの即時撤退を求めた国連総会決議右矢印1賛成141(イラクをはじめとする中東諸国の大半を含む。BRICSのブラジルは賛成)、反対7(シリアやアフリカのマリを含む)、棄権32(アルジェリア、イランを含む。BRICSの中国、インド、南アは棄権)、また、ベネズエラは決議不参加。
https://news.un.org/en/story/2023/02/1133847

Posted by 八木 at 15:31 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

出口の見えないシリア内戦(ISISによるシリア人53名の殺害)[2023年02月19日(Sun)]
2023年2月17日、シリア国営テレビは、同国中部のシリア第三の都市ホムス県砂漠地帯のアル・スクナ地区で過激派組織「イスラム国」(ISIS)による銃撃をうけ、砂漠でトリュフ(雷雨の後で採れることで知られる。高値で販売される)を採取していた民間人ら53人が殺害されたと報じた。過去1年間に起きたイスラム過激派による攻撃で最多の犠牲者となったとのこと。襲撃後に53体の遺体が運び込まれたパルミラ病院の院長は地元ラジオ「シャームFM」に、殺害されたのは民間人46人、兵士7人だと語った。過去にもトリュフを集めていた民間人がISISに狙われたことがあり、2019 年 4 月、少なくとも 19 人が誘拐された。ISISは、シリア、イラクの拠点のほとんどを失ったにもかかわらず、依然活動が鎮静化していない。

2月6日のトルコ・シリア大地震では、トルコ、シリア在住のクルド人にも犠牲者が多数発生した。クルド人の各勢力との関係をまとめれば次のとおり。シリアでは、各勢力が周辺国や政権側の思惑に翻弄されて、利害関係が複雑に絡み合っており、シリアのクルド人は、シリア内戦発生後12年が経過したにもかかわらず、世界から「見捨てられた」状況が続いている。
@シリアのクルド人民防衛隊(YPG)は、米軍を主体とする有志連合軍の最も信頼できる地上部隊であるシリア民主軍(SDF)の主力勢力として、対ISIS掃討作戦に多大の人的犠牲を払いながらも参加している。
Aトルコ政府からは、YPGはトルコのクルド労働者党(PKK)と同根のテロ組織に位置付け。トルコはYPG/PKKグループを国家の脅威とみなして、2018年、2019年二度にわたってシリアへの越境攻撃を実施し、今も、シリア領内の一部を実効支配している。
Bシリアのアサド政権は、シリア内戦において反体制派を分断する必要にかんがみ、クルド人に暫定的自治を容認したが、SDFが事実上米軍の保護下に置かれている関係上、クルド人地区の再統合や侵攻は控えている。
Cシリアのアサド政権の後ろ盾であるロシアのプーチン大統領は、反体制派のイドリブでの保護を主張するトルコのエルドアン大統領との間で、体制側と反体制側の停戦を実現し、イドリブ県は反体制派の最後の拠点となっている。
Dプーチン大統領は、ウクライナ危機において、トルコとの関係維持がロシアの生命線のひとつであるとみており、クルド人とアサド政権の関係修復には動いておらず、むしろ、アサド政権のトルコ接近を後押ししている。
Eすなわち、クルド人は、ISISとの戦いで、今も米軍と連携し、戦闘の中心になっているものの、トルコ軍からも攻撃をしかけられ、今回の地震でも大被害をうけ、救援物資の搬送も滞っている。

1.ISISによるカリフ国宣言から現在まで
ISISは、2014年6月イラク、シリアの領土の一部を実効支配するカリフ国を宣言。これに対して、イラクのシーア派は大アヤトラ・アリー・シスターニ師のファトワで、カリフ国との戦いを宣言。同年8月には米軍を主体とする有志連合軍が対ISIS作戦を開始した。ISISは有志連合軍に対して、次第に劣勢に追い込まれ、2017年7月、イラクの拠点モスルを失い、同年10月カリフ国の首都と評されたシリアのラッカを失った。その後、2019年3月にシリアの町バグーズでの1か月にわたる血なまぐさい戦いの末、最後の領土を失った。しかし、拠点を失ったものの、未だに政府軍や民間人ほかへの襲撃を繰り返し、脅威は解消していないばかりか、最近では、むしろ活動が活発化している観がある。
2.2022年のシリアにおける米軍のISIS掃討作戦の成果
(以下米国ウィルソンセンター記事ポイント)
2022 年、米国中央軍 (CENTCOM) は ISIS に対して 300 以上の掃討作戦を実施し、指導者と数十人の地域司令官を含め、シリアで 466 人、イラクで少なくとも 220 人の工作員計 686 人を殺害した。 同年2月、米国の特殊作戦部隊が、シリア北西部イドリブ県でアブー・バクル・アルバクダーディの後継者であったISIS指導者のアブー・イブラヒーム・アル・ハーシミ・アル・クレイシーを急襲し、同指導者が自爆に追い込まれた。同年 7 月には、シリアの ISIS のリーダーであるマーヘル・アル・アガルが、米国の無人機攻撃で殺害された。作戦の大部分は、米国が軍事作戦で連携するシリアのシリア民主軍(SDF)やイラク政府の治安部隊との共同で実行されている。

(参考1)米中央軍(CENTCOM)発表の2022年暦年に実施された対ISIS作戦右矢印1計313
(1) シリア:
@ パートナー部隊との連携した作戦108件
A 米国の独自の作戦14件
B ISIS 工作員の拘束215人
C ISIS 工作員の殺害466人(アルクライシ指導者殺害を含む)
(2)イラク:
@ パートナー部隊との連携した作戦191件
A ISIS 工作員の拘束159人
B ISIS 工作員の殺害少なくとも 220 人

(参考2)クレイシーISIS指導者の殺害
2019年10月27日のイドリブ県バリシャ村での米軍特殊部隊に追い詰められたアルバグダーディ1SIS指導者自害後、ISIS指導者となったアブー・イブラヒーム・アルハーシミ・アルクレイシーは、2022年2月3日早朝イドリブ県アトマ村の住居で米軍ヘリ4機から降下した特殊部隊員に追い詰められて自害したとされる。なお、クレイシーの居場所について、イラク情報部が有志連合に伝えた情報に基づき、作戦が実行されたとされる。

3.2022 年 12 月 28 日から 2023 年 1 月 5 日までのSDFによるISIS掃討作戦
2022 年 12 月 28 日から 2023 年 1 月 5 日まで、シリア民主軍と連合軍(生来の決意作戦統合任務部隊:Operational Inherent Resolve)は、シリア北東部アルジャジーラ域内で ISIS メンバーを追跡し、将来の攻撃を抑止するために大規模な作戦を実施した。アルジャジーラ 「サンダーボルト」作戦では、シリア民主軍SDFの約 1,000 人のメンバーが、テル・ハミス、テル・バラク、およびアル・ホール周辺地域を捜索した。8 日間の作戦中に、SDF は 150 回以上の襲撃と 40 回以上の村の掃討作戦を実施し、170 人以上の ISIS 工作員を拘束し、数百の武器、ISIS の補給・兵站物資を回収した。

4.ISIS戦闘員の拘留
イラクとシリアには未だ数多くのISIS戦闘員が拘留されている。 今日、シリア全土の収容施設には 10,000 人を超える ISIS 司令官・戦闘員がおり、イラクの収容施設には 20,000 人を超える ISIS 司令官・戦闘員がいる。 2022 年 1 月には、シリアのアル・ハサカで発生した ISIS の脱獄事件は、これらの刑務所がリスクにさらされていることを想起させる。 脱獄を封じ込めるための戦闘とその後の戦いにより、420 人以上の ISISメンバー が死亡し、120 人以上のパートナー部隊員が殺害された。また、アル・ホールキャンプの25,000人以上の子どもたちも、次世代戦闘員候補としてISISが狙いをつけている。2022年9 月、ISIS は、シリア北東部にある 60,000 人を超える ISIS の家族が収容されているアル・ホール拘置所に攻撃をしかけたが、失敗した。
https://www.wilsoncenter.org/article/centcom-fight-against-isis-2022

(参考)ISISによるハッサケ県シーナ刑務所襲撃
●2022年1月20日、ISIS傭兵部隊が、5千名の5,000人のISIS元戦闘員が収容されているシリア北東部ハッサケ県のシーナ刑務所を襲撃。トルコ占領地域とイラクからの200人の自爆テロ犯を含む戦闘員が参加。
●クルド人部隊主体のシリア民主軍(SDF)が迎撃し、23日時点で刑務所の支配をほぼ取り戻した。有志連合軍が、空からSDFを支援した。
●襲撃は、ISIS側の声明によれば、準備の6か月間の準備期間を経て、1月20日の午後7時30分頃に車両爆弾攻撃に続いて、刑務所内のISIS元戦闘員は、同時に医療スタッフ、料理人、警備員を攻撃し、脱出を試みた。
●直接の戦闘で、175名のISIS戦闘員が殺害され、27名のSDF隊員が死亡した。

Posted by 八木 at 11:36 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

シリアへの支援を渋る欧州への警鐘[2023年02月11日(Sat)]
2016年3月、メルケル独首相(当時)はトルコを訪問し、内戦下のシリアからの難民の欧州への移動を、トルコが盾となる約束をエルドアン大統領から取り付けて、阻止することに成功しました。トルコからギリシャに海路入国する非正規移民は、すべてトルコに一旦送り返されることになったため、海路欧州を目指すシリア人等の数は劇的に減少しました。その後、トルコは、世界最大の難民受け入れ国となり、現在も360 万人以上のシリア難民と 32万 人の他の国籍者を保護しています。 開発イニシアチブのレポートによると、2022年トルコは、人道支援に 55 億 9000 万ドルを費やし、GDP の 0.86% を占め、世界のリーダーとなっています。
そのトルコ南部とアサド政権下にあるアレッポなどのシリア北部地帯、トルコ軍が事実上支配しているアフリーン、アザーズ・ジャラブルス間などの国境周辺地帯、ならびにシリアの反体制派の支配地となっているシリア北西部イドリブが今回の巨大地震に見舞われました。マグニチュード7.8を測定したトルコ-シリア地震は、750万トンのTNTに相当する爆発エネルギーを放出したとのことです。 これに続いて、トルコ中部および東部でマグニチュード 6.7 の余震が続き、トルコとシリアの国境でマグニチュード 5.6 の余震が発生しました。余震は800回近く記録されています。NHKや中東メディアによれば、11日10時時点の最新の統計で、これまでに死者2万3千人以上(トルコ国内2万213人、シリア国内少なくとも3553人:ホワイトヘルメット発表2166人、シリア保健省発表1387)が死亡し、東日本大震災の関連死者も含めた数字2万2212人を上回ったとのことです。トルコでは、1999年1万7千人以上が死亡したイズミット大地震の犠牲者を上回っており、1939年以来最悪の地震被害となっているとされます。UNHCRによれば、シリアでは530万人が地震で住居を失い、国民の3/4の1530万人が緊急支援を必要としているとみています。
こうした中、ロンドンを拠点とする中東をカバーするメディア「ミドル・イースト・アイ」の共同創設者兼編集長のデービッド・ハーストは、英国はウクライナに2022年 27 億ドルの武器を提供し、23年も同額の軍事支援が予想される中、トルコとシリアの 2,300 万人の災害救援のために 600 万ドルしか提供を表明しておらず、信じがたい額であると指摘しています。英国、フランス、ドイツからはまだ多額の救援資金が集められておらず、サウジアラビアは、シリアとトルコの救援のためにサヘム プラットフォームが立ち上げ 4 日後に、5,100 万ドル以上を集めたとのことです。
シリアの反体制派の拠点イドリブは、プーチン・エルドアン合意により、停戦ラインが設けられ、アサド政権側からは、通常物資の輸送が行われることはなく、トルコのハタイ県側のバーブ・アルハワーが物資や人の往来の通過地点になっていました。しかし、ハタイ県が地震で大きな被害をうけ、検問所や途中の道路も被害をうけ、支援が困難な状態に陥っています。トルコは、急遽新たに2か所の通過地点の設置を認め、アサド政権も国際的な支援物資のイドリブ搬入のため、政権側からの輸送を認めたとのことです。米国はシリアのアサド政権とそれに関連する企業や団体に制裁を課しており、これが、シリア側への緊急支援の妨げになっているため、バイデン政権は、2月9日、Wally Adeyemo財務省副長官が、シリアへの今回の地震に関連した取引等について6か月間外国資産制限局(OFAC)の制裁適用を免除すると表明し、支援金のシリアへの送金が可能になるのではないかと期待されています。他方、アサド政権が、緊急の人道支援実施には、政権側との調整の下、進めることが効果的であると述べているものの、米国など西側諸国は、アサド政権とのかかわりなしに支援を行う意向を変えていません。
こうした中、懸念されるのは、欧州がシリア内戦下経験したシリアほかの難民・移民の大量流入の再現です。欧州は、すでにウクライナ避難民800万人を受け入れています。そして、今回、トルコに一時避難していたシリア人360万人、イドリブのシリア人400万人以上、さらにアサド政権支配地のシリア人、クルド人など多数が被災しました。これらの人々の多くは住む家を失い、生活の糧を失いつつあります。欧州がシリアやトルコへの本格的支援を躊躇っていれば、これらの人々がこれからどこに向かうのかは自明であると思われます。欧州は、アサド政権との間であっても制裁を一時凍結して、必要な支援提供を急ぐべきであると思われます。
https://www.middleeasteye.net/opinion/turkey-syria-earthquake-europe-heartless-face-billions-war
https://www.middleeasteye.net/live/live-turkey-syria-huge-quake-kills-hundreds
https://www.aljazeera.com/news/2023/2/10/quake-hit-syria-approves-aid-delivery-to-rebel-held-areas
https://www.aljazeera.com/news/2023/2/10/us-issues-sanctions-general-exemption-for-aid-to-syria

Posted by 八木 at 13:09 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

悲惨なシリア人の状況に追い打ちをかけたトルコ・シリア大地震[2023年02月07日(Tue)]
トルコ・シリア地震は、忘れ去られたかにみえるシリアの悲惨な状況がまったく解消しておらず、それに追い打ちをかけていることを国際社会に強く訴えることとなりました。
NHK等が報じたところでは、2月6日未明に発生したトルコ南部を震源とするMG7.8の地震で、7日日本時間午前11時の段階で、トルコの防災当局によれば2921人が死亡しました。シリアでは保健省がシリア北西部を中心にこれまでに711人が死亡したと発表しているほか、北西部の反政府勢力の支配地域で救助活動を行う団体は少なくとも700人が死亡したとしており、トルコとシリアの両国の死者は計4300人以上に上っており、さらに死者、負傷者数が増えると懸念されています。

これを受けて、6日、ロシアのプーチン大統領は、アサド大統領、エルドアン大統領と夫々電話会談し、お見舞いと支援を申し出ています。シリアのアサド大統領は、6日緊急閣議召集し、各省庁や県知事に救援活動を指示し、国連でもシリア大使が国際社会に支援を要請しました。シリアでは、既に駐留のロシア兵3百人以上が救援活動を開始したとされています。UAEのムハンマド・ビン・ザーイド(MBZ)大統領は、シリア、トルコ大統領に電話し、支援を申し出ています。カタールは救援チームをトルコに派遣し、1万移動住宅ユニットをシリア、トルコに提供する旨表明しました。サウジのサルマン国王はトルコ大統領に見舞い電報を発出し、MBS皇太子は、エルドアン大統領に電話し、見舞いを伝達しています。エジプト・シュクリー外相は、トルコのチャウシュオール外相、シリアのメクダード外相に電話し、支援を表明しました。

こうした中、懸念されるのは、シリア北西部のイドリブです。イドリブは、シリア内戦で拠点を政府軍側に奪われた反体制勢力派約4百万人が居住する地域です。トルコに近い反政府勢力のほか、旧ヌスラ戦線の流れを組むアブー・ムハンマド・アルジューラーニが指揮するHTS(シャーム解放機構)の拠点でもあります。また、イドリブでは、ISISのリーダーであったアブー・バクル・アルバグダーディ、さらに後任の指導者アブー・イブラヒーム・アルハーシミー・アルクレイシーبو إبراهيم الهاشمي القرشيが身を隠し、前者は、2019年10月27日トランプ政権によって、後者は、2022年2月3日バイデン政権によって米軍の特殊部隊に殺害されたトルコ国境に近い地域でもあります(下記参考1)。アサド政権は、国内の全土解放を目指して、イドリブ進攻を望んでいましたが、2018年9月反体制派を支えるトルコのエルドアン大統領とロシアのプーチン大統領が、イドリブでの停戦実現、安全地帯設定で合意(下記参考2)し、アサド政権は、それを受け入れざるを得ない状況にありました。

今回の地震で、シリア政権側から隔離されたイドリブで、トルコ側から迅速かつ効果的な支援が実施できるのか否か、この地震で、イドリブでのHTSが中心となっている権力構造に変化が出るのかシリアのアサド政権とアラブ諸国の関係修復につながるのかが注目されます。

参考1:アルクレイシーIS指導者のイドリブでの殺害
バイデン米大統領によると、本名がアミール・ムハンマド・サイード・アブドルラハマン・アル・マウラであるアブー・イブラヒーム・アルハーシミー・アルクレイシーは、2022年2月3日イドリブ北西部のアトマ村に滞在していた家に米軍兵士が4機のヘリから降下してきたときに爆弾で、彼自身と女性、子供を含む彼の家族を爆死させた。サッダーム・フセインの軍隊所属から、米国の情報提供者へ、さらに悪名高きISの長に就任するまで、アルクレイシーについて次のとおり。
アブドッラー・カルダシュまたはハッジ・アブドッラーとしても知られるマウラは、1976年にトルクメン人が多数の町であるイラク北部のタルアファルで生まれた。2021年発表されたBBCアラビア語放送の調査によると、彼の父親は2人の妻を持つムアッジン(注:モスクで、礼拝時間に呼びかけを行う役の人)であった。モースル大学でコーラン研究とイスラム教育を受けた後、マウラはバグダッド郊外のサッダーム・フセイン軍の将校として18か月間務めた。2003年に米国がイラクに侵攻した頃、マウラは過激派として活動を開始した。その後、彼はモースルに移り、そこでイスラム学の修士号を取得し、アルカーイダの階級を上げ始め、グループの宗教裁判官になった。2008年、米軍兵士はマウラのモースルの家を襲撃し、イラク南部のウンムカスルにあるキャンプ・ブッカの施設に彼を投獄した。ここにはアブー・バクル・アルバグダーディも投獄されていた。 それ以来、何人かの当局者は、そこで訓練と教化が促進されたため、そこを「ジハーディ大学」と呼んでいる。マウラは2009年に釈放されるまで、何ヵ月もの間、繰り返し尋問された。マウラは釈放されるとまもなくアルカーイダのイラク支部組織であるイラクのイスラム国の長であったバグダーディに合流した。彼はイラク北部のニナワ県で宗教指導者に指名された。バグダーディのように、マウラは影の(表舞台に立たない)指導者として選任され、意図的に戦闘から遠ざけられたと伝えられている。彼は前任者が殺害される前にイスラム国の「カリフ制」の運営に関与し、裁判官と宗教指導者を訓練し、大臣相当のさまざまな役職を歴任した。伝えられるところによると、2014年にISがイラク北部でシンジャールを占領したとき、彼はヤズィーディーの女性を奴隷にする制度に賛成するよう強く主張した。ISのトップリーダーたちが有志連合に連行され、グループが領土を失い始めたとき、マウラはバグダーディの右腕になり、BBCによれば、組織が再編成されたときに組織の財政を担当した。
ISは、2019年3月にシリアの町バグーズでの1か月にわたる血なまぐさい戦いの末、最後の領土を失った。5か月後の10月27日、米軍特殊部隊がトルコ国境近くのバリシャ村で彼のコンパウンドを襲撃したため、バグダーディは軍犬に追われてトンネルに逃げ込み、爆発物のベルトを爆発させ、自らと3人の子供が爆死した。マウラは、2019年10月にバグダーディが亡くなってから5日後に後継者に指名された。
https://www.middleeasteye.net/news/islamic-state-syria-iraq-what-we-know-islamic-state-leader-al-qurayshi
https://www.bbc.com/news/world-middle-east-60246129

参考2:イドリブに関するロシア・トルコ合意
◆2018年9月17日、ロシアのソチで開催されたプーチン・エルドアン首脳会談で、情勢が緊迫化していたシリアのイドリブ情勢への対応で、両首脳は、@政府軍・反体制派の境界線に沿って幅15〜20kmの非武装地帯の設置と旧ヌスラ戦線を含む過激派の撤収、A重火器等の撤去、Bトルコ・ロシア共同の非武装地帯の監視、C年末までのアレッポ・ラタキア間とアレッポ・ハマ間の幹線道路の通行の確保、に合意した。一方、エルドアン大統領は、「穏健な」反体制派は支配地区に留まると補足。プーチン大統領は合意に沿って、シリア政権側の了解を取り付けるとしており、政府軍・ロシア軍によるイドリブの反体制派への大規模軍事作戦は見合わせることになった。この合意の基本的枠組みは、依然変化していない。

1.プーチン大統領記者会見発言
●我々は、イドリブの状況に関する重大な問題を解決するための進捗を成し遂げ、調整された解決策に到達することができた。
●ロシアは緊張緩和地帯を設置した国のひとつである。我々の懸念は、イドリブの過激派からのアレッポ県、アレッポ市ならびにシリア領内に存在するロシアの軍事基地であるタルトゥース海軍基地とフメイミム空軍基地への脅威と関係している。
●プーチン大統領が言及した両首脳合意事項
@非武装地帯の設置:2018年10月15日までに、武装勢力と政府軍の境界に沿って15〜20kmの幅の非武装地帯設置を決定。旧ヌスラ戦線を含む過激派は非武装地帯から撤収する。
A重火器の撤収:2018年10月10日までに、トルコ大統領の提案に基づき、すべての反体制派の軍事的重装備、戦車、複合式ロケット発射機、大砲とモルタルの撤収を確保する。
B合同監視:トルコの移動偵察隊とロシアの軍事警察は、非武装地帯の監視を行う。
C主要幹線路の開通:トルコ側提案により、2018年末までにアレッポ・ラタキア間とアレッポ・ハマ間の幹線道路の交通を可能にする。
●ロシアとトルコは、シリアであらゆる形のテロと戦うコミットメントを再確認した。計画された手順を履行する実践的な取り組みは、シリアにおける政治的解決プロセスをさらに強化し、ジュネーブ・プラットフォームの作業を強化し、シリアに平和をもたらすことに貢献するというのが我々の共通の見解である。
●ロシアとトルコの両国が、アスタナ協議枠組みの完全なる活用を継続し、国連後援の下で、ジュネーブで長期的な政治的解決策を見つける機会を得ることが重要である。我々は、シリア政府、反体制派および市民社会の代表者の中から憲法委員会を構成するために引き続き努力する。目標はできるだけ早く作業を開始することである。
http://en.kremlin.ru/events/president/news/58574

2.エルドアン大統領補足
●穏健な反体制派は、彼らの支配下にある地域にとどまる。一方、テロリスト集団PKKのシリアでの同根組織クルド人民防衛隊(YPG)は、国家に脅威を与えている。
●トルコとロシアは、最近のイドリブ情勢に関する両国間の不一致と懸念の一部を克服するため、大いに努力してきた。

Posted by 八木 at 13:08 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

1年半で政権に返り咲いたネタニヤフ首相と超強硬派新内閣[2022年12月30日(Fri)]
12月29日、ベンヤミン・ネタニヤフ・リクード党首(73歳)は、120 議席で構成されるイスラエル議会クネセトで64 の連立メンバーのうち 63の信任を得て、イスラエルの第 37代目となる新政権発足に成功した。反対は54であった。ネタニヤフ首相率いるリクードと連立パートナーは、2022年11月1日に実施された総選挙で合計64議席を確保し、以後約2か月間にわたって連立交渉を続けていた。ネタニヤフ新首相は、右派宗教連合が政治的安定をもたらすと表明した。
リクードとその他の 5 つの政党それぞれの間で締結された連立協定、および公開された指針によると、新政府は包括的な司法改革を優先する、すなわち、 行政および立法権に対する司法のチェックを軽減・回避することを意図した法的措置の成立、さらに入植地を拡大し、西岸併合を検討し、物価高騰と闘い、国家のユダヤ人サービスに対する超正統派の管理をさらに一元化することを目論んでいる。
信任投票の前にクネセト本会議で演説したネタニヤフ氏は、新政府の 3 つの最優先事項を提示した。それは、@イランの核開発計画の阻止、A国家インフラの開発、Bセキュリティとガバナンスであった。

ネタニヤフ新首相は、2021年退任以来の返り咲きで、イスラエル首相の座に 2 期、合計 15 年間、イスラエルで最も長く首相を務めてきた。 今回は、ネタニヤフ氏にとって 6 番目の政府であり、極右政党と超正統派の政党をリクードと同盟させることで、対パレスチナ関係、入植地問題、対イラン関係などで、これまでで最も強硬な政府となるとみられている。連立政権に参加する極右政党「宗教シオニズム」や「ユダヤの力」はパレスチナ国家樹立に反対、これらの政党指導者は西岸入植者で、イスラエルの司法制度、少数派アラブ人、LGBTら性的少数者などの権利に反対してきた。
2021年6月13日に発足した第36代ベネット(「ヤミナ党首」)内閣(のちにラピッド暫定首相(「イェシュ・アティド党首」)に交代)は、発足時クネセトで賛成60−反対59−棄権1で成立したが、右派から左派、アラブ政党を含む反ネタニヤフ一点で成立した寄せ集め政権であり、政治の方向性が定まらず、政権基盤も不安定で当初予想されたとおり、短命政権に終わった。
(新内閣における注目顔ぶれ)
1.財務大臣兼国防省大臣右矢印1極右の「宗教シオニズム」党の指導者であるベザレル・スモトリッチは、財務大臣に就任したのみならず、国防省内で彼のために用意された新たな役割を通じて、占領されたヨルダン川西岸を統治する役割を遂行する。 スモトリッチは人種差別主義者、同性愛嫌悪者、ユダヤ人の超国家主義者であるとみなされてきた。 彼は、占領下のパレスチナの土地にユダヤ人入植地を建設することを強く支持している。議会での演説で、彼は国防省の大臣としての役割の一環として、「祖国に対する我々の支配を規則化し、強化する」計画であると述べた。彼は、過去にパレスチナ人への攻撃を企てたとして治安部隊に告発された経歴を持つ。
2.国家安全保障大臣右矢印1極右の「ユダヤの力」党の党首イタマール・ベン=グヴィルが任命された。ネタニヤフ首相との合意に基づき、ベン=グヴィルは、占領下のヨルダン川西岸と東エルサレムで活動する軍の下部組織である国境警備隊を掌握し、アルアクサー・モスクの警備も担当する。 ベン=グヴィルは、ヨルダン川西岸の都市ヘブロンの不法居住区に住んでいる。かつて1994 年にヘブロンのイブラヒミ・モスクで起きた銃撃事件で 29 人のパレスチナ人を殺害したユダヤ系イスラエル人、バルーク・ゴールドスタインへの支持を表明したこともあり、また、2007年イスラエルのパレスチナ人は追放されるべきであるとの発言によって扇動罪で有罪判決を受けたこともある。
(コメント)ベンジャミン・ネタニヤフ首相は、1996年から99年と2009年から2021年までの合計15年、6次にわたるイスラエルの政権を担ってきた。そして、今回の内閣は、歴代のネタニヤフ内閣との比較においても、最も、右寄りで宗教色が強く、パレスチナ人や入植地問題、対イラン関係で最も強硬な政府になるとみられている。すでに、ヨルダンのアブドッラー2世国王も、新内閣が「レッドライン」を超えないように警告を発している。パレスチナ人は、当然、これから何が起きるのか、強い警戒心を持って、身構えている。イランも、従来にも増しての核施設への攻撃や核科学者の殺害などに対して最大限の警戒態勢に入っている。ネタニヤフ首相自身は、贈収賄、詐欺、背任の容疑で起訴されており、容疑を否認しているものの、彼の刑事裁判は現在も続いている。 彼は、権力の座に復帰することによって、司法からの追及をかわそうとしている。そのために、極右、超正統派とも連携する必要があったとみられている。今回の組閣からは、ネタニヤフ首相は、入植地の拡大容認、入植地の併合容認、イランの核開発阻止に向けての一層の対イラン攻撃を容認することは疑い得ない。バイデン政権が、如何にイスラエル新内閣の暴走を止められるのか、UAEなどイスラエルと外交関係を正常化したアラブ国家は、パレスチナ問題の悪化が懸念される中でも、関係強化を継続するのか、など見守る必要がある。

Posted by 八木 at 12:14 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

日本のエネルギー安全保障に向けての巻き返し[2022年12月27日(Tue)]
2022年末に日本のエネルギー安全保障の観点から重要な2つのニュースが舞い込んできた。
1.オマーンからのLNG輸入:報道によれば、三井物産と伊藤忠商事、JERA(中部電力・東京電力出資のエネルギー調達等を行う会社)は、オマーンから3年後の2025年以降、年間で200万トン余りを10年程度の長期契約で新たに輸入する方針を固めた。西村経産大臣出席の下、12月27日にも契約文書が署名される見通し。日本は現在、LNGの輸入量の2.6%にあたる年間190万トン余りをオマーンから輸入している。
2.サウジアラビアとの水素・アンモニアエネルギー開発:報道によれば、西村経産相は12月25日、リヤドでサウジのアブドル・アジーズ・エネルギー相と会談し、水素や水素からできるアンモニア燃料などの生産・輸送技術での協力や、二酸化炭素(CO2)の回収技術に関する覚書を交わした。
(コメント)2021年11月、JERAは世界一、二位を争うLNG輸出大国カタールとのLNG供給の長期契約更新を打ち切りを表明していた。日本は、ロシアや豪州からのLNG輸入に活路を見出そうとしていた。しかし、その目算は、ロシアのウクライナ侵攻で崩れ去った。日本はサハリン1,サハリン2の権益は維持することとなったが、欧州を中心に、ロシア産天然ガス脱却のためにカタールなどの産ガス大国への働きかけを強化し、スポットのLNG市場は草刈り場となり、天然ガス価格の高騰を招いていた。こうした中、日本が中東のオマーンに目をつけて、2025年以降とはいえ、10年間200万トンを新たに輸入する契約にこぎつけたことは、日本経済にとっては大きな安心材料となったことは間違いない。
サウジアラビアとの関係では、ウクライナ危機後、欧米諸国やトルコが、2018年10月のサウジ人ジャーナリスト・カショギ氏のサウジ・イスタンブール領事館における殺害事件で滞っていたサウジの実質的指導者ムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)皇太子との関係修復に一斉に動き出した。3月には当時のジョンソン英国首相、4月には一時ほぼ絶交状態にあったエルドアン・トルコ大統領(6月にはトルコで会談)、7月にはバイデン米大統領、9月にはシュルツ独首相がサウジを訪問し、7月には、マクロン仏大統領がエリーゼ宮にMBS皇太子を迎えて会談し、欧米首脳のほとんどが原油の生産・供給増を訴え、MBS皇太子は、対欧米首脳との関係で、ロシアのプーチン大統領との関係を損なうことなく、これまでの弱い関係から一挙に強い立場に躍り出た。MBS皇太子は、11月には韓国を訪問し、ユン大統領と会談し、ビジョン2030の象徴的メガプロジェクトともいうべき、5千億ドル規模のNEOMプロジェクトへの韓国の参加への意思を確認し、12月には、習近平中国国家主席を招いて二国間会談、GCC中国首脳会談、アラブ中国首脳会談をアレンジし、中国をはじめとするアジア重視の姿勢を鮮明に打ち出していた。そうした中で、MBS皇太子は、11月日本訪問の観測があったにもかかわらず、日本には来訪せず、カタールでのFIFAサッカーワールドカップ開会式に出席し、日本のエネルギー外交は、周辺国との比較で立ち遅れているのではないかとの懸念も生じていた。石油資源国サウジアラビアは、石油売却代金を投資資金として、サウジの政府系ファンドである公的投資基金(PIF)が中心になり、経済の多角化、若者たちや女性への雇用の機会拡大に取り組んでいる。そして、次世代の産業基盤となる水素やアンモニア燃料製造の拠点となることを狙っている。サウジにはふんだんな太陽光照射があり、再生可能エネルギーを使用し、水を電解して得られるグリーン水素、ならびにそこで得られるグリーン水素と窒素を反応させて得られるグリーン・アンモニアの生産に競争力があるとみられている。さらに、化石燃料を燃やして排出されるCO2の貯留にも適した地下岩盤が存在するため、その過程で得られるブルー水素、ならびにブルーアンモニアの生産にも優位性がある。こうした中、遅ればせの感はあっても、水素やアンモニア燃料の開発や運搬手段で優れた技術を有する日本企業がサウジアラビアと連携するメリットは大きいと考えられる。サウジアラビアは、2024年を目途にRHQ(地域統括会社)免許の取得を外国企業に働きかけている。RHQ免許取得には、2つ以上の国で地点や営業拠点を有する多国籍企業であることや、15名以上の常勤スタッフの存在が条件になるとされる。この免許を取得しない場合には、サウジの政府調達から排除されることが懸念される。サウジとのエネルギー関係強化の窓は今回の経産大臣のサウジ訪問で開かれたが、日本の中東進出企業の大半は、ドバイに地域統括拠点を置いており、UAEとの関係を維持させながら、サウジの新たな要求にどう対処するのか、日本政府・経済界の知恵が問われている。

Posted by 八木 at 11:25 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

| 次へ