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イスラム世界との結びつきを通じて、多様性を許容する社会の構築についてともに考えるサイトです。

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次期シリア大統領選挙は、5月26日[2021年04月20日(Tue)]
シリア国営通信SANAによれば、4月18日ハムーダ・サッバーグ・シリア議会議長は、次期大統領選挙が5月26日に行われると発表した。
在外投票も実施され、2021年5月20日に投票が開始される。候補者は10日間のうちに立候補登録を済ませる必要がある。立候補には、アサドのバアス党が支配する議会で、35人の国会議員の支持を必要としている。
前回の大統領選挙は2014年6月に行われ、アサド大統領が88.7%の得票率で当選した。任期は7年
シリア大統領官邸は、3月18日アサド大統領とアスマー夫人は、新型コロナ・ウィルス陽性が確認されたと発表していた。アスマー夫人は、2019年に乳がんの手術を受けた経緯がある。夫妻は、その後陰性が確認され、大統領は、3月30日には通常の職務に復帰したことが確認された。
https://www.rudaw.net/english/middleeast/syria/180420211
https://www.middleeasteye.net/news/syria-presidential-elections-slammed-farce
https://www.voanews.com/covid-19-pandemic/syrian-president-assad-his-wife-have-recovered-covid-19
(コメント)軍事的には、2016年12月にアレッポを解放し、反体制勢力をシリア北西部のイドリブに封じ込め、シリアの領土の多くを解放し一息ついたアサド政権であるが、これから復興に力を入れようとした矢先の2020年6月に、トランプ政権下の米政府はシリアの中央銀行の資金洗浄疑惑、シリア政権中枢の戦争犯罪を理由に、シーザー・シリア市民保護法を発動した。当時のポンペイオ国務長官は、米財務省と国務省がシーザー法と大統領令第13894号に従い、39の個人・団体を制裁対象に指定したと発表した。それは、シリア政府に経済的・政治的な圧力をかけ、その収入を断ち、それが戦争やシリア国民の大量虐殺に拠出されるのを食い止める持続的なキャンペーンを開始するのが目的とされる。制裁対象に指定されたのは、バッシャール・アサド大統領、アスマー夫人、ビジネスマンのムハンマド・ハムシュー氏、ファーティミーユーン旅団、アサド大統領の弟のマーヘル・アサド准将、姉のブシュラー・アサド、マーヘル准将の妻のマナール・アサドなど。これをきっかけにシリアポンドは大暴落し、さらに、シリア政権側のレバノンにおける銀行口座も打撃をうけ、レバノンの金融危機にも発展した。
シリア内戦で、アサド大統領を守ってきたのは、まちがいなくロシアのプーチン大統領である。2015年9月30日からのロシア軍のシリアでの軍事作戦開始は、シリア内戦の行方を占う意味で決定的であった。シリアはロシアにとっての長らくの軍事パートナーで、ロシアの海軍がタルトゥース基地を利用できるほか、中東への橋頭保としてシリアの重要性を認識していた。しかし、2020年4月、ロシアのメディアが、盟友であるはずのアサド大統領が次期大統領選挙に出ても30%の得票しか期待できないとの衝撃的な世論調査結果を発表した。これを巡って、プーチン大統領がアサドを見捨てようとしているのではなかとの観測も一部で生じた。しかし、自身も2036年まで大統領に留まることを可能にする憲法改正を行い、ロシアの反体制指導者ナワリヌイ氏の扱いなどを巡って激しく欧米と対立するロシアのプーチン大統領は、欧米が歓迎するような形で、アサド大統領を引きずり落とすことに影響力を発揮することは期待できない。長年アサド政権と対立してきたUAEはすでに2018年末に大使館をダマスカスに戻しており、米国との間でカショギ氏殺害をはじめとする人権問題を抱えるサウジも、アサド政権への立場を軟化する方向にあり、アラブ諸国内では、凍結中のシリアのアラブ連盟加盟資格停止を解くべきであるとの意見も出始めている。いずれにせよ、ロシアがアサド大統領の首に鈴をつけない限りアサドが大統領の座を降りることは考えられない

Posted by 八木 at 16:37 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

4月9日亡くなった英王室フィリップ殿下と中東要人接触の懐かしい画像[2021年04月11日(Sun)]
英王室は4月10日、エリザベス女王の夫で4月9日、99歳で亡くなったエジンバラ公フィリップ殿下の葬儀について、ロンドン郊外ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で4月17日に執り行うと発表した。英国は、歴史的に中東とは深いつながりを持っているが、ロンドンを拠点とするミドル・イースト・アイは、フィリップ殿下の中東要人との興味深く懐かしい画像を紹介しているので、中東にご関心の方は、下記URLからアクセス願いたい。
https://www.middleeasteye.net/news/pictures-prince-philips-history-middle-east
@ イラクのファイサル2世国王(1952年9月スコットランド北部のバルモラル城パーク)
A ヨルダンのフセイン国王(1955年6月ウィンザー城)
B イランのシャー・レザー・パフラビー国王(1961年3月テヘラン)
C イスラエルのワイツマン大統領(1997年2月ロンドン)
D サウジのアブドッラー皇太子(1998年9月バルモラル城)
E ヨルダンのアブドッラー2世国王(2001年11月ウィンザー城)
F サウジのアブドッラー国王(2007年バッキンガム宮殿)
G トルコのアブドッラー・ギュル大統領(2008年5月アンカラ大統領宮殿)
H カタールのハマド・ビン・ハリーファ・アルサーニー首長(2010年10月ウィンザー城)
I UAEのムハンマド・ビン・ザーイド・アルナヒヤーン・アブダビ皇太子(2010年11月アブダビのシェイク・ザーイド・グランドモスク)
J オマーンのカブース国王(スルタン・カブース)(2010年11月マスカット)
K トルコのハイリュンニサ・ギュル大統領夫人(2011年11月バッキンガム宮殿に向かう途中)
L バーレーンのハマド・ビン・イッサ・アルハリーファ国王(2012年5月ウィンザー城)
M カタールの首長夫人モーザ妃(2012年5月ウィンザー城)
N クウェートのサバーハ首長(2012年11月ウィンザー城)
O UAEのハリーファ・ビン・ザーイド・アルナヒヤーン大統領(2013年ウィンザー城)

Posted by 八木 at 08:57 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ファラオのミイラ展示を国家発揚の機会ととらえるエルシーシ大統領と展示を禁止したサダト大統領[2021年04月05日(Mon)]
4月3日、エジプトでは、エジプト王(ファラオ)のミイラ22体(王18体、女王4体)をカイロ博物館から、新たに完成したエジプト文明博物館に移動するパレードが実施された。ファラオのミイラは、1台ずつ王または女王の名前が刻まれた金色の車列で移送された。ファラオのミイラには、有名なラムエス2世やハトシェプスト女王が含まれている。車列は、カイロ中心部タハリール広場を出発し、カイロ市内を移動したのち、エルシーシ大統領が待ち受ける新博物館に到着した。移送されたファラオたちのミイラは、4月18日から「ミイラの間」で展示される。観光は、エジプトの4大外貨収入源のひとつで、エジプト政府は、2011年のアラブの春、2013年の軍部によるクーデター、2020年からのコロナパンデミックによる外国人観光客の減少による収入減の反転攻勢を目指している。

今回のファラオのミイラ移送パレードは、エジプト国民に対しては、エルシーシ政権による国威発揚と観光産業の復活のメッセージであり、外国人に対しては、四大文明発祥の地であるエジプトをぜひ訪問してほしいとの呼びかけである。

エルシーシ政権は、あたかも古代の王たちに敬意を表したかのような大々的なパレードを行った。一方、王たちのミイラの一般公開を禁じたエジプトの大統領もいた。1979年にイスラエルとの和平を実現し、1981年10月6日の戦勝記念日に、イスラム過激派によって暗殺されたサダト大統領である。サダト大統領は1980年にカイロ博物館でラムセス2世のミイラを見学した後、ミイラの展示を禁止した。大統領は、薄い亜麻布を除いて、偉大なラムセス2世がほとんど裸の状態で置かれて観光客の目に晒されるのを見たとき、大きなショックを受けたとされる。サダト大統領は自らをファラオのイメージとダブらせていたとされる。
https://youtu.be/DXdR4Prv1zA?t=4
https://www.aljazeera.com/gallery/2021/4/4/in-pictures-egyptian-mummies-paraded-through-cairo

Posted by 八木 at 10:44 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

ローマ教皇の古代都市ウル訪問の意味[2021年03月10日(Wed)]
3月6日、イラクを訪問中であったフランシスコ・ローマ教皇は、預言者アブラハム生誕の地であると信じられている古代イラクの都市にある巨大なシュメール神殿があるウルのジグラット(神殿)で異なる宗教間の融和行事に臨んだ。MEEがウル訪問の見ごたえのある写真を公開しているので、URLを紹介する。
https://www.middleeasteye.net/news/pope-francis-visit-ur
(MEEの関連記事)
●教皇のウルでの行事は、世界が注目する中、ウルの考古学的な価値を浮き彫りにし、歴史的な教皇の訪問の中で最も重要な瞬間の1つとなるように設定されていた。
●ウルはイラク南部のジーカール県にあり、県都ナシリヤから17kmの場所にある。エリドゥ、ギルス、ラガシュと並んで、この県にある4つの古代シュメールの都市の1つである。ウルはシュメール人の首都であり、彼らが灌漑システムを開発し、洗練された農業手法を実践し、メソポタミア周辺の都市と広範囲に交易した場所であった。
●かつて楕円形だったこの街は、紀元前3800年にまでさかのぼると考えられており、最初は1千年以上後にテキストで記録された。もともと、ウルはイラク南部のユーフラテス川の河口の位置にあった。しかし、何世紀にもわたって地形は大きく変化し、現在は川の南岸から離れた内陸に位置している。
●19世紀になると、欧州の考古学者は、聖書や他の古代のテキストで言及されているように、テルアルムカイヤルの遺跡をウルの街と結び付け始めた。英国の副領事であるジョン・ジョージ・テイラーは、1853年に大英博物館に代わってジッグラト神殿の発掘を始めた。1922年、英国の考古学者であるレオナード・ウーリー卿が最も大規模な発掘調査を行い、10年間に泥レンガで造られた16の王墓を発見した。
●ジッグラトは、泥レンガの3層の固い塊と、瀝青にセットされた焦げたレンガの表層で構成されている。 下の層は元の構造の一部であり、上の2つの層は紀元前6世紀の新バビロニアの修復物の一部である。
●寺院は、ウルの守護神である月の神ナンナールに捧げられている。その表層と記念碑的な階段は、1980年代にサダムフセインの下で復元された。
●聖書では、ウルという名前の都市は、紀元前2千年紀に住んでいたと考えられているユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒の信仰の総主教であるアブラハム(アラビア語でイブラヒーム)生誕の地であると言われている。
●20世紀初頭の発掘調査中に、ウーリー卿は、アブラハムという名前の付いたジッグラトに隣接する複合構造物で円筒形のシールを発見した。紀元前1900年頃に建てられたこの複合構造物は、アブラハムの家であると彼は信じるようになった。
●ナシリヤ文明博物館の館長であるアメル・アブドルラザックは、ウルがアブラハムの生誕の地である限り、それは世界中のすべての人々、すべての宗教にとって重要な場所である。この場所を訪れることは、キリスト教の巡礼者にとって非常に重要である。何年もの間、エルサレムの聖墳墓教会とウルとの間に巡礼路を設けるための計画が滞っていた、と語った。
●何年にもわたる内政不安により、イラクのキリスト教徒の人口は大幅に減少した。 2003年時点では、イラクの4,000万人のうち150万人がキリスト教徒であった。今日、キリスト教徒の人口は約150,000〜400,000人とみられている。バスラのカルデア教会の大司教であるハビブ・ホルムズは、教皇フランシスコの訪問がキリスト教徒の帰国を促すことを望んでいると述べたが、彼らの帰還を促すには、さらに多くのことを行う必要があるとして、教皇の訪問後も、治安、良好なインフラ、法執行、正義、人権の尊重の進展が見られない限り、キリスト教徒が帰国するかどうかはわからない、と語った。
https://almasalah.com/ar/news/61378/%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%B3%D9%84%D8%A9-%D9%81%D9%8A-%D8%A8%D9%8A%D8%AA-%D8%A7%D9%84%D9%86%D8%A8%D9%8A-%D8%A5%D8%A8%D8%B1%D8%A7%D9%87%D9%8A%D9%85-%D9%85%D9%86-%D9%87%D9%86%D8%A7-%D8%A8%D8%AF%D8%A3-%D8%AA%D8%A3%D8%B1%D9%8A%D8%AE-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D9%88%D8%AD%D9%8A%D8%AF

(コメント)昨年9月15日、ワシントンD.C.のホワイトハウスで、トランプ大統領がネタニヤフ・イスラエル首相とアブドッラーUAE外相、ザヤニ・バーレーン外相と署名した関係正常化のための宣言文書は、「アブラハム合意」宣言と呼ばれている。アブラハムは、一神教の父と呼ばれ、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒すべてに共通する預言者である。預言者とは、神の言葉を預かられた人という意味で、イスラム教の聖地メッカのグランドモスク内のカーバ神殿の前にもイブラヒーム(アブラハムをアラビア語で表記するとイブラヒームとなる)の足跡があるモニュメント(マカーム・イブラヒーム)が祀られている。ユダヤ教徒は、アブラハムが、神から現在のイスラエルに位置するカナンの地を与えられたと信じている。
https://vid.alarabiya.net/images/2017/01/23/ef2ee2e1-7b15-4dd9-bbfe-127654dc6453/ef2ee2e1-7b15-4dd9-bbfe-127654dc6453.jpg
https://english.alarabiya.net/features/2017/01/23/The-story-behind-Abraham-s-shrine-at-the-Kaaba

Posted by 八木 at 11:07 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

イラク訪問中のローマ教皇とシーア派最高権威であるシスターニ師との会見[2021年03月07日(Sun)]
3月6日、前日から歴代教皇としては初めてイラクを訪問中のローマ教皇フランシスコは、イラク・シーア派の聖地であるナジャフでイラク・シーア派最高の権威である大アヤトラ・アリー・シスターニ師との間で50分間に及ぶ「歴史的な」会見を行った。そこでは、両者は宗教的寛容へのコミットメントを強調した。
(参考)ナジャフとは:イスラム教4代目正統カリフでシーア派初代イマームである預言者ムハンマドの甥で娘婿であるアリーの廟があり、シスターニ師の本拠でもある。
●シスターニ師が外国要人と会見することはめったにないが、宗教間対話の率直な支持者であるフランシスコ教皇の会見を受け入れた。シスターニ師との会見実現には、半年間の調整を要したとされる。
●宗教間対話の強力な支持者である教皇フランシスコは、バングラデシュ、モロッコ、トルコ、アラブ首長国連邦など、イスラム教徒が多数を占めるいくつかの国でスンニー派の聖職者トップと会見してきたが、世界で2億人を占めるシーア派(イスラム世界内では少数派ながら、イラクでは過半数を占めている)宗教指導者トップと会見するのは初めて
●シスターニ師は5歳で宗教学を始め、1990年代にシーア派の聖職者の仲間入りをしてシーア派最高権威である大アヤトラに登りつめた。サッダーム・フセインが政権を握っている間、彼は何年も自宅軟禁で苦しめられたが、2003年のサッダーム政権崩壊後、イラク・シーア派に最も影響力を有する宗教指導者として、公的役割を担い、2014年6月のISISのカリフ国宣言に対しては、ISISを打倒し、イラクを過激派の支配から救うために公式動員勢力(PMF、PMU、ハッシュド・シャアビィともいう)立ち上げを呼びかけた
(ローマ教皇のイラク訪問マップ)https://www.aljazeera.com/wp-content/uploads/2021/03/INTERACTIVE-POPE-VISIT-TO-IRAQ2_1-x-1-with-photos.jpg?w=770&resize=770%2C770
(関連記事)https://www.middleeasteye.net/news/pope-francis-meets-iraqs-top-cleric-ali-sistani-historic-meeting
(参考)ローマ教皇とイスラム世界とのこれまでの接触
1.ローマ教皇とイスラム世界との接触を振り返りたい。パウロ6世は1964年に最初の聖地巡礼を行い、ヨハネ・パウロ2世は2001年にモスクに足を踏み入れた最初の教皇であった。フランシスコ教皇は、在任開始後トルコからパレスチナ、エジプト、ヨルダン、バングラデシュ、中央アフリカ共和国やアラブ首長国連邦(UAE)を訪問し、現場のモスクでイスラムの指導者と共に祈り、二つの信仰の崇拝者たちの間の寛容と平和を呼びかけてきた
2.2019年2月3日夜、ローマ・カトリック教会の第266代教皇であるフランシスコ教皇は、就任後初めてアラビア半島に足を踏み入れ、UAEを訪問した。空港では、UAEの実質的な最高指導者であるシェイク・ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン(通称MBZ)アブダビ皇太子兼UAE国軍副司令官(注:UAEのトップ兼国軍最高司令官はハリーファ大統領であるが、行政の執行は弟のMBZに委ねている)による出迎えを受けた。教皇は3日間のUAE滞在中、アブダビのザーイド・スポーツシティ・スタジアムで約13万5千人の信者を対象にミサを行い、2月3日から2日間の日程で、2019年を「寛容の年」として宣言したUAEのアブダビにおいて開催されている「人類の友愛に関する世界会合」に出席した。同会合出席の機会に、フランシスコ教皇は、イスラム世界での最高の宗教的権威のひとつであるエジプトのアズハル機構を代表するシェイク・アハメド・アル・タイイブ・グランド・イマームとも会合した。
3. 湾岸諸国が、宗教対話を主導するのは今回が初めてではない。2007年11月には、アブドッラー・サウジ国王がバチカンを訪問し、ローマ教皇と対話した。翌2008年6月、アブドッラー国王は、メッカにおいて、イランのラフサンジャニ元大統領をはじめとするシーア派代表も招き、イスラム対話を実施。その成果を踏まえ、7月には、イスラム、キリスト、ユダヤ教の融和を目的とする世界宗教対話会合をマドリッドで開催した。それは、同年11月の国連における世界信仰対話会合の開催に結びついた。日本も河野洋平外務大臣のイニシアティブの下、外務省が2002年に「イスラム世界との文明対話」との称する対話を開始し、板垣雄三東大名誉教授らが中心となり計8回対話会合を実施した。文明間対話サウジ会合では、対話出席者へのアブドッラー国王による接見が実現した。
4.ここ数年間は、イスラム世界との間で、スンニー派の代表格であるサウジとシーア派世界を代表するイランとの確執が目立っているが、アブドッラー国王時代は、イランとの間で様々な問題を抱えつつ、イランとの間でも必要以上に関係が悪化しないよう努めてきたことが伺われる。今回のフランシスコ教皇のイラク訪問が、異なる宗教間、民族間の融和を促し、緊張と対立を緩和させるきっかけとなることが期待される。

Posted by 八木 at 10:42 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

サウジ人ジャーナリスト・ジャマール・カショギ殺害2周年[2020年10月06日(Tue)]
2018年10月2日、トルコ人女性との結婚に必要な独身証明書の発行を受けるためにイスタンブールのサウジ領事館を訪問した著名なサウジ人ジャーナリストでワシントン・ポストのコラムニストであったジャマール・カショギ氏が殺害されてから丸二年が経過した。2周年の機会に、米大統領選挙選を争っているバイデン前大統領は、カショギ殺害に際して声明を発出し、大統領に就任すれば、サウジは重要な安全保障上のパートナーであっても、サウジ王国との関係を見直し、イエメンでのサウジアラビアの戦争に対する米国の支援を終了し、米国の武器売却や石油購入を、米国の民主主義ならびに人権に関する価値に優先しないと宣言した。トランプ政権は、カショギ殺害がサウジ人により実行されたことが明らかになったあとも、1100億ドルの武器取引を守るためとして、一貫してムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)皇太子を擁護し続けた。11月の大統領選挙の結果は、米国の内政のみならず、外交政策にも大きな影響を及ぼすことが予想される。カショギ氏がなぜ殺害されることになったか、サウジ領事館訪問後どのような展開があったのか、ドイツの公共放送局DWが詳細かつわかりやすく報じている。ご関心のある方は、以下のyoutubeをご覧いただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=4DVah3bZlV8&feature=youtu.be

(参考)ジャマール・カショギ氏殺害命日にあたってのバイデン前副大統領声明
●2年前、伝えられるところによると、サウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマンの指示で行動したサウジアラビアの工作員は、サウジアラビアの体制に批判的なジャーナリストで、米国居住者であるジャマール・カショギ氏を殺害し、(遺体を)解体した。彼は、彼の政府の政策を批判したことにより命を引き換えにした。今日、私は多くの勇敢なサウジアラビアの女性と男性、活動家、ジャーナリスト、そして国際社会に加わり、カショギ氏の死を悼み、世界中の人々に自由の中で普遍的な権利を行使するよう呼びかけている。

ジャマール・カショギ氏と彼の愛する人たちは(その死に)説明責任が果たされることに値する。バイデン・ハリス政権下で、私たちはサウジ王国との関係を見直し、イエメンでのサウジアラビアの戦争に対する米国の支援を終了し、米国が武器を売ったり石油を購入したりするために、その入り口で(米国の)価値観に違反しないかチェックしないようにすることはない民主的価値と人権への米国の取り組みは、私たちの最も近い安全保障パートナーに対しても、優先事項となるであろう。私は、世界中の活動家、反体制派、ジャーナリストが迫害や暴力を恐れることなく自由に思いのたけを話す権利を擁護する。ジャマールの死は無駄にはならない。私たちは彼の記憶のおかげで、より公正で自由な世界のために戦うことができる。
https://joebiden.com/2020/10/02/anniversary-of-jamal-khashoggis-murder-statement-by-vice-president-joe-biden/?fbclid=IwAR0z1gKDOw9efWhSugwoJJq4qY_2okaMsAClcL-ZFBVa2Dh5QTQJKrocmCw

Posted by 八木 at 15:56 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

トランプ大統領の最後通牒に従い、ロシアとの減産合意をまとめたサウジのMBS皇太子[2020年05月01日(Fri)]
国の代表が、他国の首脳と電話会談するときに、脅したり、罵倒したり、最後通牒を突き付けることはまず考えられない。国際関係では、二国間の利害が対立し、緊張が生じることはめずらしくはないが、そのような場合、通常は、まず、実務レベルで問題点を洗い出し、選択肢を検討したうえで、最後にトップが対応することになる。しかし、中東では、必ずしもそうではない。3月のロシアとサウジの減産調整協議の際は、ムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)サウジ皇太子がプーチン大統領に最後通牒を突き付け、両者が声を荒げ、決裂が決定的になったとされる。4月30日、ロイターは、トランプ米大統領が、4月2日MBS皇太子に電話し、減産を飲まなければ、米国は議会の米軍のサウジ撤退法案の成立により、75年間続いた米軍によるサウジの保護をもはや続けることができなくなるとして、減産に向けてロシアと合意するよう要求し、MBS皇太子もそれを飲まざるをえなかったとの特別レポートを掲載した。トランプ大統領はサウジの説得には成功したものの、コロナの影響で、国内でだぶついている石油への需要増による原油価格の適正価格への上昇にまでは現在のところ、有効な手立てを講じられないでいる。
(参考)ロイター報道主要点
●4月2日の電話で、トランプ大統領はサウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)に、石油輸出国機構(OPEC)が原油生産を削減し始めない限り、米連邦議会議員がサウジから米軍を撤退させる法律を制定するのを止める力はないと述べたと、この問題に詳しい情報筋が語った。
●これまでに報告されたことのなかった75年間におよぶ米・サウジ間の戦略的同盟関係を覆す脅迫は、コロナウイルスのパンデミックで石油需要が崩壊した中で、米国の圧力キャンペーンにより石油供給を削減する画期的な世界的合意をもたらしたホワイトハウスの外交的勝利といえるものであった。
●米国の情報筋によると、トランプ大統領は減産合意発表の10日前にMBS皇太子にメッセージを伝えた。サウジの事実上の指導者は脅迫に驚き、彼の補佐官に部屋から出るよう命じ、プライベートで議論を続けたと、米高官筋から説明を受けた。
●この取り組みは、政府がウイルスと戦うために世界中の経済を閉鎖したときの歴史的な価格の暴落から米国の石油産業を保護したいというトランプ大統領の強い願望を示している。それはまた、通常はガソリン価格の上昇につながる供給削減により、米国人のエネルギーコストを引き上げたことでトランプが長年批判していた石油カルテルに対する批判を明らかに覆したものでもある。今や、トランプ大統領はOPECに生産を削減するように求めていた。
●米高官によれば、トランプ大統領は、サウジアラビアのMBS皇太子に、サウジの原油生産削減なしでは「米軍の撤退につながる可能性のある制限を米国議会が課すことを阻止する方法はない」と通告した。当局はサウジの指導者たちに、「あなたがたが我々の産業を破壊しているにもかかわらず、我々はあなたがたの産業を守っている」と伝えた。
●トランプ大統領とMBS皇太子との電話の前の週、米国共和党上院のケビン・クレイマー議員とダン・サリバン議員は、サウジアラビアが石油生産量を削減しない限り、すべての米国軍、パトリオットミサイル、対ミサイル防衛システムを王国から撤去する法案を提出した。タイミングの悪いサウジロシアの原油価格戦争に対する議会の怒りの中で、この措置への支持は勢いを増していた。サウジは4月に増産を開始し、ロシアが初期のOPEC供給協定に沿って生産削減を拡大することを拒否した後、原油の洪水的な供給を世界に放った。
●4月12日、トランプの圧力を受けて、米国以外の世界最大の石油生産国は、これまでに交渉された中で最大の生産削減に合意した。OPEC、ロシア、その他の同盟国の生産者は、生産量を1日あたり970万バレル(bpd)削減に同意した。これは、世界の生産量の約10%にあたる。その量の半分は、サウジアラビアとロシアによるそれぞれ250万バレルの削減によるものであり、両国の予算は高い価格の石油とガスの収益に依存している。
●世界の生産量の10分の1を削減するという合意にも関わらず、原油価格は引き続き歴史的な安値まで下落した。先週の米国の石油先物は、売り手が買い手に支払い、保管する場所のない石油の配送を避けるため、0ドルを下回った。グローバルな石油ベンチマークであるブレント先物は、バレルあたり15ドルに低下した。これは、1999年の原油価格の暴落以来見られなかったレベルへ、年初の70ドルから下落した。
●ノースダコタ州選出の共和党上院議員であるクレイマー氏はロイター通信に対し、大統領がMBS皇太子に電話した3日前の3月30日、サウジアラビアからの米軍の保護撤回に関する法案について話したと語った。
●トランプ氏がサウジアラビアに米国の軍事的支援を失う可能性があると語ったかどうか尋ねられたダン・ブルイエット米国エネルギー長官は、大統領は「米国の生産者を保護するためのあらゆる手段を行使する権利を留保している」と伝えた。
両国の戦略的パートナーシップは1945年に遡り、フランクリンD.ルーズベルト大統領が海軍巡洋艦USSクインシーでサウジアラビア王アブドルアジーズ・イブン・サウードと会談した。彼らはサウジアラビアの石油埋蔵量へのアクセスと引き換えに米軍の保護を与えるとの合意に達した。現在、米国はサウジに約3千人の軍隊が駐留しており、米海軍の第5艦隊はこの地域からの石油輸出を防衛している。
●サウジアラビアは、武器とイランなどの地域のライバルに対する保護を米国に依存している。しかし、王国の脆弱性は、昨年9月14日、サウジアラビアのアラムコ石油施設への18台の無人偵察機と3つのミサイルによる攻撃でさらされた。ワシントンはイランを非難した。イランはそれを否定した。
●トランプ大統領は当初、ガソリン価格の低下はドライバーの減税に似ていると述べ、原油安を歓迎した。3月中旬にサウジアラビアは、原油生産量を過去最高の1,230万バレルを押し上げると発表し、ロシアとの価格戦争を開始した。供給の爆発的増加は、世界中の政府が燃料消費を押し下げるステイホームの指示を発出し、米国の石油会社が原油価格の崩壊で大打撃を受けることを明らかになったため、米国の石油関連州選出の上院議員たちは激怒した。
●3月16日、クレイマー議員を含む13人の共和党上院議員は、サウジアラビアの米国への戦略的依存を思い起こさせるためMBS皇太子に書簡を送った。同グループはまた、ウィルバー・ロス商務長官に、サウジアラビアとロシアが米国市場に石油を氾濫させることにより国際貿易法を破っていたかどうかを調査するよう要請した。
●3月18日、上院議員(アラスカ選出のサリバン議員とテキサスのテッドクルズ議員を含むグループ)は、駐米サウジ大使リーマ・ビント・スルタン王女に異例の電話を行った。各上院議員が出身州の石油産業への損害を詳述した。大使は、上院議員から話を聞いた。クレイマー議員によれば、王女は彼らのコメントを、エネルギー相を含むサウジアラビアの当局者に伝えたと述べた。上院議員たちは王女に、サウジは上院でサウジ主導のアラブ連合軍に反対する動きに直面していると語った。
●サウジアラビアと米国の当局者は、フーシー派はイランによって武装されていると述べ、テヘランはこれを否定している。イエメンに対する上院共和党の支持は、昨年サウジアラビアにとって極めて重要であることが判明した。上院は、10万人以上の死者を出し、人道危機を引き起こしたイエメン紛争への怒りの中で、サウジアラビアへの米国の武器販売やその他の軍事支援を終わらせるためのいくつかの措置を盛り込んだ法案の成立を阻止したトランプ大統領の拒否権発動を支持した。
●クレイマー議員は、同議員とサリバンがサウジアラビアから米軍を撤収する法案を共同で提出してから約1週間後の3月30日にトランプ大統領に電話をかけたと語った。クレイマー上院議員は、大統領は同日、ブルイエット・エネルギー長官、ラリー・カドロー上級経済顧問、ライトハイザー米国通商代表と同日電話でクレイマー議員に電話を返してきたと述べた。クレイマー議員は、大統領に対して、電話口に出ていないが、非常に役立つ人はマーク・エスパー国防長官であり、国防長官が、米軍を保護するために部隊を域内の他の場所に移動させることに取り組くむことを期待していると述べた。国防総省は、エスパーがサウジアラビアから軍事資産を引き上げることについての議論に関与していたかどうかについてのコメントの要請に応じなかった。
●トランプ大統領の石油外交は、3月中旬に始まったサウジアラビアのサルマン国王、MBS皇太子、ロシアのプーチン大統領との目まぐるしい電話のやりとりの中で展開された。ロシア大統領府は、プーチン大統領のトランプ大統領との会話の事実を確認し、彼らは石油供給の削減とコロナウイルスのパンデミックの両方について議論したと述べた。
●4月2日のMBS皇太子との電話会談で、トランプ大統領はサウジアラビアの統治者に(大統領の要請に応えれば)、次回議会が米国のサウジへの防衛を終わらせるための法案を提出した際には、「打ち切らせる」と語ったと、情報筋は述べた。トランプ大統領は、4月初旬にサウジアラビアとロシアからの石油輸入に関税を課すと公けに脅していた。
●4月3日、トランプはホワイトハウスで上院議員のクレイマー、クルス、サリバン、およびエクソンモービル、シェブロン、オクシデンタルペトロリアム、コンチネンタルリソースなどの企業の石油幹部との会合を主催した。会議の公開部分で、クレイマー議員はトランプに、ワシントンがサウジアラビアを防衛するために費やした数十億ドルを他の軍事的優先事項に使用できると語った。
●中東の外交官がロイター通信に語ったところによると、米軍によるサウジ防衛が失われる見通しに対して、サウジ王室は、ひざまずき、トランプ大統領の要求に屈した
●長時間の面倒な交渉の後、4月12日サウジとロシアは5月と6月に970万バレルの記録的な生産削減に合意した。トランプ大統領は合意を歓迎し、ブローカーとして自賛し、控えめに言っても、OPEC +が削減しようとしている数量は1日あたり2000万バレルであると合意の直後にツイートした。サウジアラビアのエネルギー相、アブドルアジーズ・エネルギー相は、MBS皇太子が、この合意の取り付けに尽力したと語った。
https://www.reuters.com/article/us-global-oil-trump-saudi-specialreport/special-report-trump-told-saudis-cut-oil-supply-or-lose-u-s-military-support-sources-idUSKBN22C1V4

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サウジ人ジャーナリストのカショーギ氏殺害に関するイスタンブール検察の起訴状(サウジ領事館に出入りした技術者の証言)[2020年04月21日(Tue)]
2018年10月2日にイスタンブールのサウジ領事館を訪問し、そこで本国から派遣された襲撃団によって殺害されたジャマール・カショーギ(Jamal Khashoggi)の遺体はどうなったのかが、この事件の真相を探るうえで極めて重要なポイントとなっている。この事件を追い続けているミドル・イースト・アイ(MEE)紙は、3月イスタンブール検察庁が裁判所に提出したトルコの起訴状は、殺害されたジャーナリストの遺体を捜査した調査官がサウジ総領事の公邸に井戸とオーブンに焦点を当てていたが、遺体消失の背後にある謎を解決できていないことが示唆されている、としてサウジ領事館で働いていた地元の技術者から捜査当局が得た証言の一部を明らかにしている。
(参考)MEE記事関連部分
●MEEが入手した起訴状は、サウジアラビア領事館で働いたことのある地元の技術者の証言を引用しており、彼は、2018年10月2日の殺害後の総領事の邸宅の庭でカショーギを殺害するために送られた襲撃隊の2人のメンバーを目撃したと述べた。殺害の日に、エンジニアのグループが邸宅改修するために来たと言われ、その技術者は、彼らを助けるように頼まれたと述べた。
●彼が邸宅の庭に到着したとき、彼は何人かの人々が走り回っていたのを目撃した。小屋から出てくる人もいれば、台所を出る人もいた。これらの人々はオーブンに火を入れるよう彼に言った。彼らはそれに火をつけようとしたが、換気が遮断されたため機能しなかったことに気づいた、それから彼らは彼にオーブンにいくつかの木を運ぶように依頼した、そして彼らの一人は、彼がいくつかの木片を運ぶのを手伝った、と述べた。
●技術者はまた、周りの誰もが急いでいると言って、彼は直ちに庭を去るよう求められた。「オーブンの周りの大理石は、変色していたため、硝酸または漂白剤のいずれかで洗浄されたとみられる」と述べた。
●技術者は警察に、彼が木材を運ぶのを助けた襲撃チームのメンバーのひとりは、サアド・アルザハラーニ(Saad H Alzahrani)またはサアド・アルブスターニ(Saad al-Bostani)のいずれかであると考えられる、また、彼が小屋を去るのを見た一人はムスタファ・モハメッド・アル・マダニかナイフ・ハッサン・アル・アリフィのどちらかであると伝えた。
●地元のレストランで働いている別の目撃者は、殺人が発生する1時間前に、アラビア語とトルコ語の両方を話す2人が店から生の肉を購入したと述べた。
●詳細は、以前のレポートと調査によってスケッチされた、打撃隊の動きと行動の描写に一致している。カショーギを襲撃するために王国からイスタンブールに来訪したサウジアラビアの工作員は、徹底的な清掃を通じて彼らの痕跡を隠そうとした。
●トルコの捜査官が最終的にカショーギが殺害され解体された領事館の建物に入るのを許可されたとき、表面はきれいにこすられ、壁には新鮮なペンキが塗られていた。カショーギの殺害に続いて、工作員たちは近くの総領事宅に集合したことが知られている。ジャーナリストの遺体は発見されていないが、調査の知識を持つ情報筋は以前、邸宅のオーブンが身体の一部の処分に使用された可能性があるとMEEに伝えている。
●2019年2月にMEEが見た警察の報告によると、オーブンは摂氏1,000度に達する可能性があり、これは「痕跡なしにすべてのDNA証拠を燃やすには十分」であった。
●総領事公邸の別の重要な場所は邸宅の真下の井戸であった。起訴状によると、調査官はサウジアラビア当局に2018年10月17日にそれを検索する許可を求めた。彼らは水のサンプルを取ることだけが許された。トルコのある情報筋は昨年MEEに、暗殺チームがカショーギの遺体を密封された袋に入れて井戸に入れた可能性があるため、水のサンプルだけでは十分ではなかったと語った。
●起訴状で明らかになったもう一つの詳細は、警察がKhashoggiのiPhoneとiPadのコンテンツにアクセスするのに苦労しており、デバイスを作っている会社であるAppleが支援要請に応じなかったことである。
https://www.middleeasteye.net/news/khashoggi-indictment-oven-well-evidence-destroyed
(AKP幹部アクタイ氏の証言)https://blog.canpan.info/meis/archive/385
(大型のかまどに言及した以前のブログ)https://blog.canpan.info/meis/monthly/201903/1
(コメント)カショーギ氏の遺体がどこにあるのか、どうなったのかはサウジの裁判でも、トルコ側の捜査によっても明らかになっていない。しかし、有力な情報として、総領事公邸のかまどが、通常600度程度までの温度になるのに対して、1000度までの高温で燃やすことができるよう直前に機能強化されていたことが明らかになっていた。サウジの領事館で働いたことのある技術者の証言は、このかまどでカショーギ氏の遺体の一部が焼却された可能性があることを示唆している。殺害直前に大量の肉が購入され、かまどで焼いた偽装工作が行われた可能性もある。偽装工作といえば、殺害直後に、カショーギ氏が領事館を去ったとみせかけるために、襲撃団のひとりがカショーギ氏の眼鏡とジャケットを着て、付け髭をつけて、周辺を歩き回ったことも知られている。殺害現場となった領事館内には、トルコの捜査当局の内部調査を許すまで、約一週間にわたって、サウジ本国から送られた専門家によって殺害の痕跡を消し去る工作が行われた可能性も指摘されている。
サウジ指導部は、サウジの一審判決が出た後、トルコ側が、サウジ人20名を起訴し、容疑者欠席のままトルコ国内で裁判手続きを開始したことに強く反発しており、トルコの公式通信社であるアナドール通信やTRTほかトルコのメディアのサイトを封鎖する措置をとった。これに反発したトルコ側も4月19日、サウジの国営通信SPA, UAEの公式通信社WAM を含む サウジとUAEのメディアニュースサイトを封鎖するという対抗措置に出てサウジとトルコの両国指導部の関係は後戻りできないほど、悪化している。
https://www.aljazeera.com/news/2020/04/turkey-blocks-saudi-emirati-state-news-websites-200419112800587.html

Posted by 八木 at 16:02 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

サウジ人ジャーナリスト殺害に関するトルコ与党幹部の新たな証言[2020年04月16日(Thu)]
4月15日、トルコで開始された2018年10月2日、イスタンブールのサウジ領事館で殺害された著名なサウジ人ジャーナリストで、元ワシントンポストのコラムニスト、ジャマール・カショーギ氏の裁判で、ジャマールの友人であったトルコ与党公正発展党(AKP)幹部のアクタイ氏が証言し、米国のサウジ大使館員が、カショーギ氏に本国の皇太子に電話させるために、旅券の紛失を装い、大使館への出頭を仕組んでいたとの話を、カショーギ本人から聞いていたことを証言した。カショーギ氏の殺害については、サウジ本国で11名が起訴され、うち、5名に一審で死刑判決が下っていたが、トルコは、その裁判が国際基準に遠く及ばないとして、イスタンブールの検察は独自に3月26日サウジ人容疑者20名を起訴し、欠席裁判プロセスが開始されていた。
(これまでの経緯)https://blog.canpan.info/meis/daily/202003/27
(参考)アクタイ氏の証言に関するトルコ・デイリーサバーハ氏の記事骨子
●サウジアラビアの工作員はワシントンポストのコラムニストであるジャマール・カショーギのパスポートをワシントンの自宅から盗んで大使館に行くよう強要したと、与党公正発展党(AK党)のヤシン・アクタイ副会長は殺害されたジャーナリストの親しい友人の言葉を引用して証言した。
●カショーギの友人であり、カショーギ殺害裁判で証人として証言しているアクタイ氏は検察に、ワシントンのサウジアラビア大使館員が自宅から彼のパスポートを盗み、大使館に行って新しいパスポートを申請するよう強要したと語った。彼はパスポートを失ったと思った。大使館で、彼はサウジアラビアに戻るように説得しようとしたサウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマン(MBS)と電話をするよう強いられた(注:当時の駐米サウジ大使は、MBSの実弟ハーリド王子)。
●カショーギは、サウジ大使館の館員達が彼を待ち受けていたかのように振る舞い、訪問後に不安を感じたと述べた。帰宅後、カショーギは紛失したはずのパスポートを発見し、この件がサウジアラビア大使館が計画したものであったことを友人である自分に伝えたとアクタイ氏は語った。アクタイ氏は証言で、カショーギはサウジアラビアを愛し、住みやすい場所になるよう努めたと付け加えた。
●彼の失踪についてカショーギの婚約者(注:彼女は当日、カショーギ氏が領事館から出てくるのをずっと待っていた)から電話を受けた後、彼がサウジアラビア大使ワリード・エルホレイジに電話したことを明らかにした。自分はカショーギが自分の友人であり、イスタンブールの領事館に入った後は決して出てこなかったと大使に話した、そして大使はジャマールは自分の友人でもあり、彼は数分もしないうちにあなたの元に戻るだろうと言ったが、そうならなかったと、アクタイ氏は証言した。
●アクタイ氏は、殺害されたジャーナリストを最後に見たのは2018年8月で、サウジ政府がサウジアラビアが英国、レバノン、独、エジプトの反体制派を排除するためのいくつかの活動を行っているが、彼はサウジアラビアがそのような作戦を実行することによってトルコとの関係を危険にさらさないと思ったのでイスタンブールでは安全だと感じていたと証言した。
●トルコの裁判所は最近、イスタンブールのサウジアラビア領事館での2018年のカショーギ殺害に関する起訴を受け入れた。ワシントンポストの元コラムニストであるカショーギは、2018年10月2日にイスタンブールのサウジ領事館を訪れた直後にサウジアラビアの工作員グループによって殺害され、解体された。彼の遺体は発見されなかった。国連および他の独立組織の報告によると、カショーギはムハンマド・ビン・サルマン(通称MBS)皇太子の命令で殺された可能性が非常に高いとされる。
●(サウジでの)9回の公判の後、襲撃チームの第2の男、マーヘル・アブドルアジーズ・ムトレブ(Maher Abdulaziz Mutreb)、およびサウジアラビア安全保障局の法医学的検査の責任者であるサラーハ・ムハンマド・アルトゥバイギ(Salah Muhammed al-Tubaigy)を含む襲撃チームの5人の容疑者がカショーギの遺体を解体した罪で、サウジアラビアの裁判所が死刑を言い渡した。報告によると、11人の容疑者のうち10人が手錠なしで公判に来た。裁判期間中、彼らは非常に落ち着いていたと報告書は付け加えた。
●最初の公判で、検察官は11人の容疑者の告発と自白を1時間15分で1人ずつ読み上げた。検察官の起訴状朗読では、今回の殺害チームの計画の詳細が再び明らかになった。たとえば、最初は領事館の庭に遺体を埋めることを考えていたが、発見される可能性があるため、その考えを放棄した。その後、ムトレブの命令により、遺体は解体され、黒い袋に詰められた。検察官は、袋が地元の協力者に配達されるか、イスタンブールから運び出されることが計画されていたと指摘した。
●容疑者の1人であるマンスールオスマン・.アバフセインは、公聴会で名前が言及されていなかった地元の協力者と会うために、殺人の2日前にイスタンブールに来たことを認めた。別の容疑者であるフゥアード・アルバラウィは、ムトレブの命令により彼らが(カショーギの)体を解体したと自白した。一方、ムトレブは、最初は殺すつもりはなかったと語り、交渉しようとしていた。トゥバイギは、彼らが「誤って」カショーギを殺し、必要ならば彼の家族に代価を支払うことができると主張した。暗殺団のリーダーのマンスール・アブ・フセインは領事館での夕食中にムトレブからカショーギ殺害のニュースを受け取ったと述べ、容疑者の1人であるムフリフ・アルムシーフ(Muflih al-Musih)は、プレス報道で事件を知ったと主張した。もう一人の容疑者、ムハンマド・アルザフラニは、彼が拘留された後にその情報を受け取ったとまで主張した。
●起訴状によると、サウジアラビアの将軍で諜報部員として働いていたアバフセイン容疑者は、MBSのオフィスで任務を課され、アハメド・ビン・ムハンマド・アルアッシーリ(情報部副長官)から、カショーギを国に連れ帰り、抵抗した場合は彼を殺すように指示された。さらに、アバフセインは、殺人のために自分自身を含む15人の襲撃団を集めたと付け加えた。彼はまた、襲撃団にタスクを分散させ、それらを3つのグループ(インテリジェンス、ロジスティクス、交渉)に分けた。アバフセインはまた、イスタンブール領事館を作業場としてカショーギに会う場所に決定し、殺害の前、最中、後のすべての不測事態に対する計画を立てた。起訴状はアル・アッシーリとサウード・アルカハタニを拷問による意図的な殺害を扇動したとして起訴し、両方のために終身刑を求めた。また、他の18人のサウジ人を起訴し、それぞれに終身刑を求めている。起訴状によると、これらの被告人は、カショーギがサウジアラビアに戻ることを拒否した場合、カショーギを殺害し、共同で犯罪を犯すことに合意していた。
●超法規的殺害に関する国連の特別報告者であるアグネス・カラマール氏は、裁判をあざけりとして非難し、首謀者は自由に歩き回れるばかりでなく、彼らは捜査でも、裁判でもほとんど触れられていない。それは正義の正反対にある、と述べた。さらに、ジャーナリストの殺害に対する不処罰は一般に政治的抑圧、汚職、権力の乱用、プロパガンダ、さらには国際的な共謀さえ明らかにしている。すべては#SaudiArabiaに存在している。MBSに言及して、皇太子のような殺人を扇動、許可、または殺害者を隠ぺいする人々を特定するための調査がなされるべきと述べた。カラマール氏は8月の報告で、サウジアラビアが国家として殺人の責任があると述べた。また、MBSをカショーギの殺害に関連付けた信頼できる証拠も見つかったとしている。報告者は、サウジ政府からの協力はなく、米国からの支援も最小限であったと述べた。
●トルコは判決を批判し、殺害と正義の提供に光を当てる期待には及ばなかったと述べた。トルコ外務省は声明のなかで、サウジアラビアの裁判所の決定は、殺人事件のあらゆる側面に光を当て、正義を提供するという我が国と国際社会の両方の期待に応えるにはほど遠いと述べている。
https://www.dailysabah.com/politics/saudi-agents-stole-khashoggis-passport-to-force-him-to-visit-embassy-witness-says/news/amp

Posted by 八木 at 10:42 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

イラク・シーア派の最高宗教権威シスターニ師は、コロナウイルス感染死者の火葬を禁じるファトワを発出 [2020年03月29日(Sun)]
3月28日、イラク・シーア派最高の宗教的権威であるアリー・アル・シスターニ師は、公式ウェブサイトでのコロナウイルス犠牲者の洗浄、覆い、埋葬に関する問い合わせに応じて、@コロナウイルスが原因で亡くなった人々を公共の墓地に葬ることに異議はなく、関係当局はこれを促進する必要がある、A(ウイルス感染死者の遺体を火葬する可能性について)イスラム教徒の遺体を火葬することは許されず、彼の親族や他の人々はそれを控え、それを埋めることを主張しなければならない、とのファトワ(宗教的意見)を発出した。シスターニ師は、死者を棺に入れる手順について、「死者の顔をキブラ(メッカのカアバ神殿)の方向にあわせ遺体を棺の箱の右側に向ける」という条件で、手順を承認した。

3月28日イラク保健省は、前日比2人の死者と48人の新たな感染者が報告され、コロナウイルス感染者の死者は42人に、感染者総数は506人に達したと発表した。

Posted by 八木 at 10:27 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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