ドイツにおけるゾーリンゲン無差別殺傷事件をうけた庇護(難民)不認定者追放の動き[2024年08月29日(Thu)]
ドイツ西部ゾーリンゲンで8月23日に起きた無差別殺傷事件で、独捜査当局は同25日、シリア出身の男(26歳)を拘束したと発表した。男はゾーリンゲンの市政650年を祝うストリートフェスティバルのイベント会場で来場客を刃物で切りつけ、3人が死亡し、8人が重軽傷を負った。男は警察に自首し、犯行を認めているとされる。男は、イッサ・アル・H*(氏名全体は公表されていない)で、2022年12月にブルガリアを経てドイツに入国。庇護(難民認定)申請して、ゾーリンゲンの難民施設に滞在していた。当局の監視対象ではなかったとされる。8月24日イスラム過激派組織ISIS「イスラム国」が、パレスチナなどの「イスラム教徒のための復讐(ふくしゅう)」とする犯行声明を出しており、独当局は男がメンバーの疑いがあるとみて関係を調べている。ドイツ政府はガザで軍事作戦を続けるイスラエルを一貫して支持する姿勢を示しており、反ユダヤ主義を取り締まるためとして、7月には53の物件を捜索し、ハンブルグ・イスラムセンターを閉鎖するとともに、有名なブルー・モスクを含む4か所のモスク閉鎖などの強硬な措置を取り始めている。事件を受け、ドイツ国内では難民の受け入れに否定的な声が強まっているほか、政府は、庇護不認定者の国外退去を強化しようとしている。これまで、ノン・ルフールマン原則に基づき、出身国送還に消極的であったドイツでも、シリア人やアフガニスタン人などの国外追放の動きが強まっている。
(参考1)ドイツ当局による庇護不認定者の強制送還
(1)今年第1四半期の公式な強制送還件数(ノイエ・オスナブリュッカー・ツァイトゥング紙5月報道)2023年の最初の3か月間に強制送還された人は約3,566人。2024年にはその数は4,791人に上り、34%の増加となった。一方で計画されていた強制送還が約7,048件実施されなかった。
(2)送還未実施の理由:大多数のケースでは、拒否された庇護申請者が行方不明になったか、出身国が受け入れに同意しなかったため。パイロットが技術的な理由で強制送還便の飛行を拒否した場合や強制送還予定の人が深刻な健康問題を抱えている場合もある。
(参考2)ドイツにおけるシリア人の保護について
ジュネーブ難民条約で難民の資格を満たさない場合、ドイツでは、母国に送還されると深刻な危険にさらされる場合、「補完的保護」制度で保護を申請することが認められている(EU内では、ドイツを含め、@条約難民、A補完的保護、B人道配慮による国際保護制度が運用されている。また、これ以外に、ウクライナ避難民など大量かつ緊急に域外人を受け入れる必要があるときに発令される「一時的保護」制度がある)。
シリアは、2020年にドイツの強制送還禁止国リストから削除された。また、2024年7月には、有罪判決を受けた密輸業者の強制送還に関する裁判所の判決で、シリアの一部の地域は安全に送還できるとされた。しかし、ドイツにいるシリア難民のほとんどは、依然として補完的保護、あるいは、その他の保護スキームでの滞在を許可されている。
難民申請が却下された人は、通常、公衆の安全を脅かすリスクがあるとみなされた場合、または逃亡を試みる可能性が強いと疑われる場合にのみ、強制送還を待つ間、拘留される。ドイツの報道によると、イッサ・アル・Hは危険または逃亡の危険があるとはみなされていなかった。
ゾーリンゲンの容疑者の事件でさらに事態を複雑にしたのは、EUの難民法に関連するダブリン規則である。アル・Hは2022年にドイツのビーレフェルト市に来て庇護申請する前に、まずブルガリア経由でEU域内に到着していた。そのため、庇護申請を処理するために域内最初の到着地点であるブルガリアに送り返されるべきだった。しかし、当該人物が2番目の国に6か月以上滞在する場合、責任は新しい場所に移るとのこと。
(参考3)ドイツのシーア派系宗教施設やモスクの閉鎖
7月24日、ドイツのフェザー内務大臣は、ハンブルク・イスラムセンター(IZH)が過激主義を広めたとして禁止され、ドイツ最古のモスクの一つで、IZHが運営する地元で有名な「ブルー・モスク」(イマーム・アリ・モスク)が警察の捜索を受けていると述べた。内相は、「IZHが攻撃的な反ユダヤ主義を広めている」として捜査を受けており、2023年11月のユダヤ人支持グループへの襲撃で(レバノンのシーア派組織)ヒズボラとのつながりが証明され、今回のイスラムセンターの禁止につながったと述べた。内務省は声明で、「ハンブルク・イスラム・センターとその関連組織は、憲法違反の目的を追求するイスラム過激派組織であるため、ドイツ全土で禁止した」と述べ、この組織がイランの革命思想を広めており、IZHは「攻撃的かつ戦闘的な方法で」その思想を広めようと活動していたと記した。
一方、イラン国営通信社IRNAによると、イラン外務省は同日、この禁止措置をめぐって駐イラン・ドイツ大使を召喚した。同省はソーシャルメディア・プラットフォームXで、この禁止措置を「イスラム嫌悪の一例」であり表現の自由の侵害だと反論した。
(参考4)ドイツでの難民排除を求める勢力の台頭
9月1日、ザクセン州とチューリンゲン州は新しい州議会を選出する。移民に対する敵意と排除を求める右翼過激派政党として知られる「ドイツのための選択肢(AfD)」は、両州で最有力政党になる可能性がある。同党の支持率は現在約30%とされるが、ドイツで最も人口の多いノルトライン=ヴェストファーレン州の都市ゾーリンゲンでの致命的なナイフ攻撃は、同党の支持をさらに高める可能性が十分にある。保守派キリスト教民主同盟(CDU)内部からも、迅速かつ具体的な対応を求める声が上がっている。ゾーリンゲンでのナイフ攻撃事件の直後、党首フリードリヒ・メルツ氏はショルツ首相に対し、「8月23日に我が国で起きたようなテロ攻撃を効果的に防止するための決定について、迅速かつ遅滞なく我々に協力する」よう求めた。メルツ氏は庇護不認定者のシリアとアフガニスタンへの強制送還を実行すべきだと述べたとのこと。
(コメント)シリア難民(あるいは庇護申請者)による傷害事件は、2023年6月8日仏の南東部アヌシーでも発生している。町の公園で、刃物を持った男性が幼児などを襲う事件が起き、1〜3歳の子供4人と大人2人が刺された。ソーシャルメディアに投稿された事件当時の映像では、ナイフを持った男性が小さな遊び場に入り込み、明らかに襲撃する子供を探している様子がうかがえる。その後、男性はベビーカーに乗った子供を襲った。現場から逃亡した男性は、近くにいた高齢の男性も刺している。容疑者はシリア国籍の30代の男性で、23年11月にフランス当局に難民としての保護を申請していた。一方で、同人はスウェーデンで10年間暮らしており、妻子もあり、今年4月には同国で難民認定を受けていた。この人物はムスリムではなく、キリスト教徒であった。英国では、7月29日に英国サウスポートで発生した少女3名の殺害事件をうけて、ソーシャルメディアの投稿で、容疑者は2023年に英仏海峡をボートで渡って英国に到着したイスラム教徒の不法移民であるという誤った憶測が飛び交い、誤った名前「アリ・アル・シャカティ」という名前が広く流され、難民シェルターやモスクを襲撃するなどの大規模騒乱に発展し、約千名が一時拘束されるという事件に発展した。容疑者はムスリムではなく、英仏海峡を渡った非正規移民でもなかったが、英国民の中に移民・難民への拒否反応が極めて強いことを浮き彫りにすることとなった。中東やアフリカから非正規ルートで欧州に入ろうとする不法移民は、ますます増加しており、メルケル首相時代、特にシリア難民に対してその受け入れに寛容であったドイツも、移民難民排斥の声が高まっている。イタリアでは、メローニ政権が、すでに、地中海を渡ってイタリア領内に辿り着いた非正規移民の庇護申請希望者を、国内ではなく、域外のアルバニアで審査することを決定しており、EUは北アフリカ諸国に多額の資金を投入して、アフリカ域内で、非正規移民の欧州に向けた動きを海に出る前に阻止するよう働きかけている。英国では7月に政権が交代し、非正規移民のルワンダ移送による庇護審査計画は廃棄されたが、労働党政権も英仏海峡を越えて英国に上陸しようとする非正規移民の流れを食い止めることができるのか不透明感が漂う。こうした中、ドイツでは、今回のシリア人による殺傷事件を契機として、「ドイツのための選択肢」などの移民排斥のグループがますます支持を拡大していく可能性が高まっている。因みに、ゾーリンゲン事件で犯行声明を出したのはISISで、イスラムの過激派集団であるものの、ヒズボラなどのシーア派組織とは思想的にも行動パターンも相いれない勢力である。ドイツの治安当局は、国内での反ユダヤ主義勢力の取り締まりには熱心であったが、イスラム過激派のテロ対策には後手に回っていたといわざるをえない。
https://www.dw.com/en/germany-knife-attack-in-solingen-heats-up-election-campaign/a-70058372
https://www.infomigrants.net/fr/post/59397/solingen-attack-puts-spotlight-on-germanys-deportation-laws
https://www.bbc.com/japanese/65852116
(参考1)ドイツ当局による庇護不認定者の強制送還
(1)今年第1四半期の公式な強制送還件数(ノイエ・オスナブリュッカー・ツァイトゥング紙5月報道)2023年の最初の3か月間に強制送還された人は約3,566人。2024年にはその数は4,791人に上り、34%の増加となった。一方で計画されていた強制送還が約7,048件実施されなかった。
(2)送還未実施の理由:大多数のケースでは、拒否された庇護申請者が行方不明になったか、出身国が受け入れに同意しなかったため。パイロットが技術的な理由で強制送還便の飛行を拒否した場合や強制送還予定の人が深刻な健康問題を抱えている場合もある。
(参考2)ドイツにおけるシリア人の保護について
ジュネーブ難民条約で難民の資格を満たさない場合、ドイツでは、母国に送還されると深刻な危険にさらされる場合、「補完的保護」制度で保護を申請することが認められている(EU内では、ドイツを含め、@条約難民、A補完的保護、B人道配慮による国際保護制度が運用されている。また、これ以外に、ウクライナ避難民など大量かつ緊急に域外人を受け入れる必要があるときに発令される「一時的保護」制度がある)。
シリアは、2020年にドイツの強制送還禁止国リストから削除された。また、2024年7月には、有罪判決を受けた密輸業者の強制送還に関する裁判所の判決で、シリアの一部の地域は安全に送還できるとされた。しかし、ドイツにいるシリア難民のほとんどは、依然として補完的保護、あるいは、その他の保護スキームでの滞在を許可されている。
難民申請が却下された人は、通常、公衆の安全を脅かすリスクがあるとみなされた場合、または逃亡を試みる可能性が強いと疑われる場合にのみ、強制送還を待つ間、拘留される。ドイツの報道によると、イッサ・アル・Hは危険または逃亡の危険があるとはみなされていなかった。
ゾーリンゲンの容疑者の事件でさらに事態を複雑にしたのは、EUの難民法に関連するダブリン規則である。アル・Hは2022年にドイツのビーレフェルト市に来て庇護申請する前に、まずブルガリア経由でEU域内に到着していた。そのため、庇護申請を処理するために域内最初の到着地点であるブルガリアに送り返されるべきだった。しかし、当該人物が2番目の国に6か月以上滞在する場合、責任は新しい場所に移るとのこと。
(参考3)ドイツのシーア派系宗教施設やモスクの閉鎖
7月24日、ドイツのフェザー内務大臣は、ハンブルク・イスラムセンター(IZH)が過激主義を広めたとして禁止され、ドイツ最古のモスクの一つで、IZHが運営する地元で有名な「ブルー・モスク」(イマーム・アリ・モスク)が警察の捜索を受けていると述べた。内相は、「IZHが攻撃的な反ユダヤ主義を広めている」として捜査を受けており、2023年11月のユダヤ人支持グループへの襲撃で(レバノンのシーア派組織)ヒズボラとのつながりが証明され、今回のイスラムセンターの禁止につながったと述べた。内務省は声明で、「ハンブルク・イスラム・センターとその関連組織は、憲法違反の目的を追求するイスラム過激派組織であるため、ドイツ全土で禁止した」と述べ、この組織がイランの革命思想を広めており、IZHは「攻撃的かつ戦闘的な方法で」その思想を広めようと活動していたと記した。
一方、イラン国営通信社IRNAによると、イラン外務省は同日、この禁止措置をめぐって駐イラン・ドイツ大使を召喚した。同省はソーシャルメディア・プラットフォームXで、この禁止措置を「イスラム嫌悪の一例」であり表現の自由の侵害だと反論した。
(参考4)ドイツでの難民排除を求める勢力の台頭
9月1日、ザクセン州とチューリンゲン州は新しい州議会を選出する。移民に対する敵意と排除を求める右翼過激派政党として知られる「ドイツのための選択肢(AfD)」は、両州で最有力政党になる可能性がある。同党の支持率は現在約30%とされるが、ドイツで最も人口の多いノルトライン=ヴェストファーレン州の都市ゾーリンゲンでの致命的なナイフ攻撃は、同党の支持をさらに高める可能性が十分にある。保守派キリスト教民主同盟(CDU)内部からも、迅速かつ具体的な対応を求める声が上がっている。ゾーリンゲンでのナイフ攻撃事件の直後、党首フリードリヒ・メルツ氏はショルツ首相に対し、「8月23日に我が国で起きたようなテロ攻撃を効果的に防止するための決定について、迅速かつ遅滞なく我々に協力する」よう求めた。メルツ氏は庇護不認定者のシリアとアフガニスタンへの強制送還を実行すべきだと述べたとのこと。
(コメント)シリア難民(あるいは庇護申請者)による傷害事件は、2023年6月8日仏の南東部アヌシーでも発生している。町の公園で、刃物を持った男性が幼児などを襲う事件が起き、1〜3歳の子供4人と大人2人が刺された。ソーシャルメディアに投稿された事件当時の映像では、ナイフを持った男性が小さな遊び場に入り込み、明らかに襲撃する子供を探している様子がうかがえる。その後、男性はベビーカーに乗った子供を襲った。現場から逃亡した男性は、近くにいた高齢の男性も刺している。容疑者はシリア国籍の30代の男性で、23年11月にフランス当局に難民としての保護を申請していた。一方で、同人はスウェーデンで10年間暮らしており、妻子もあり、今年4月には同国で難民認定を受けていた。この人物はムスリムではなく、キリスト教徒であった。英国では、7月29日に英国サウスポートで発生した少女3名の殺害事件をうけて、ソーシャルメディアの投稿で、容疑者は2023年に英仏海峡をボートで渡って英国に到着したイスラム教徒の不法移民であるという誤った憶測が飛び交い、誤った名前「アリ・アル・シャカティ」という名前が広く流され、難民シェルターやモスクを襲撃するなどの大規模騒乱に発展し、約千名が一時拘束されるという事件に発展した。容疑者はムスリムではなく、英仏海峡を渡った非正規移民でもなかったが、英国民の中に移民・難民への拒否反応が極めて強いことを浮き彫りにすることとなった。中東やアフリカから非正規ルートで欧州に入ろうとする不法移民は、ますます増加しており、メルケル首相時代、特にシリア難民に対してその受け入れに寛容であったドイツも、移民難民排斥の声が高まっている。イタリアでは、メローニ政権が、すでに、地中海を渡ってイタリア領内に辿り着いた非正規移民の庇護申請希望者を、国内ではなく、域外のアルバニアで審査することを決定しており、EUは北アフリカ諸国に多額の資金を投入して、アフリカ域内で、非正規移民の欧州に向けた動きを海に出る前に阻止するよう働きかけている。英国では7月に政権が交代し、非正規移民のルワンダ移送による庇護審査計画は廃棄されたが、労働党政権も英仏海峡を越えて英国に上陸しようとする非正規移民の流れを食い止めることができるのか不透明感が漂う。こうした中、ドイツでは、今回のシリア人による殺傷事件を契機として、「ドイツのための選択肢」などの移民排斥のグループがますます支持を拡大していく可能性が高まっている。因みに、ゾーリンゲン事件で犯行声明を出したのはISISで、イスラムの過激派集団であるものの、ヒズボラなどのシーア派組織とは思想的にも行動パターンも相いれない勢力である。ドイツの治安当局は、国内での反ユダヤ主義勢力の取り締まりには熱心であったが、イスラム過激派のテロ対策には後手に回っていたといわざるをえない。
https://www.dw.com/en/germany-knife-attack-in-solingen-heats-up-election-campaign/a-70058372
https://www.infomigrants.net/fr/post/59397/solingen-attack-puts-spotlight-on-germanys-deportation-laws
https://www.bbc.com/japanese/65852116
Posted by 八木 at 16:23 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)