大分県日出町のムスリム埋葬墓地建設を巡る紆余曲折から考える異文化共生[2024年08月28日(Wed)]
日本国内に在住するムスリム(短期訪問者を除く)は、29万人(注:店田廣文早稲田大学名誉教授の推定)程度とみられている。また、日本人のムスリムは数万人とみられている。在留外国人が300万人を突破した今、日本では未だムスリムは極めて少数派であるものの、今後の共生社会を考えるうえでのいくつかの課題が目立ち始めている。最近、注目されているテーマのひとつは、ムスリム児童が、豚肉などのイスラム法上の禁忌(ハラーム)を避けるうえで、学校給食などを他の非ムスリム生徒とともに食せないという問題などである。食事はもちろん重要であるが、人間はいつか必ず死を迎えることになる。その時の埋葬場所も避けて通れない問題である。下記1.にムスリムの生活上の気がかりを挙げているが、特に(6)の埋葬について、8月25日に投開票が行われた大分県別府市日出(ひじ)町の町長選挙の結果とあわせて、ムスリムの土葬についての課題に触れてみたい。
1.在日ムスリムにとっての気がかり
ムスリムにとっての日本での生活上の気がかりはなんであろうか。ざっとおもいつくだけで、以下があげられる。
(1)礼拝所(モスク、マスジドほか)個人の毎日の礼拝、金曜礼拝の場所、時間は確保できるのか
(2)食事(豚肉、アルコール等ハラームの回避)ムスリムの在留者や旅行者はハラール(イスラム法上許されたものを意味する)な食事、食物にアクセスできるか、非ムスリムが主体の学校でムスリムの子どもの給食のハラール性は確保できるのか。そもそも、ハラール表示がなされているのか。
(3)ラマダン月における断食等宗教行事への参加ラマダン月には、日中飲食を断つため、渇きと闘うことになるが、周囲の理解は得られるのか。断食月明け大祭、犠牲祭祝賀への理解。
(4)コーラン教育、アラビア語学習、IT教育ムスリムの子どもたちのための適当な教育施設はあるのか
(5)服装ムスリム女性はヒジャブ(スカーフ)の着用が禁止されるのではないか。
(6)埋葬埋葬は日本では原則火葬となっているが、土葬にできないか。
(7)イスラム金融利子をとらないイスラム金融を活用できないのか。
(8)イスラムフォビア・ヘイト国内における少数派のムスリムは、イスラム嫌悪症、ヘイトの対象になるのではないか。
2.日出町長選選挙結果(2024年8月25日)
(1)当日有権者数は2万3021人。投票率は54・66%で前回を1・04ポイント下回った。
◇日出町長選開票結果(選管最終)
当8037 安部徹也 無新 4474 本田博文 無現
(2)当選した安部氏のムスリム土葬墓地建設に関する発言:26日に町内で記者会見した安部氏は、町議時代から墓地建設の許可手続きが不透明だと指摘し、反対してきたことを挙げた上で「(町が所有する埋葬用の土地)売却は許可しない予定で考えている」と述べた。
これまでの経緯
平成30年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設について相談に来庁
平成31年 3月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書提出
令和 2年 2月 別府ムスリム協会が、近隣住民等に対し土葬墓地開設に関する説明会開催 (7月にかけて計5回開催)
令和 2年 4月 別府ムスリム協会が、従たる事務所の登記を完了
令和 2年 5月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書を一部修正して再提出
令和 2年 8月 高平区、目刈区が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年11月 南端地区区長会が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地早期建設許可を求める署名提出
令和 2年12月 日出町議会が、高平区、目刈区及び南端地区区長会からの墓地開設反対の陳情書採択
令和 3年11月 高平区が、別府ムスリム教会に土葬墓地建設予定地について同区内の町有地への変更を提案し、別府ムスリム教会がこれに同意。以後、変更後の場所での検討開始
令和 3年12月 杵築市山香町下切地区から土葬墓地開設について説明の申し入れを受ける
令和 4年 2月 日出町が、杵築市山香町下切地区等住民に対し土葬墓地開設に関する説明会開催(1回目)
令和 4年 4月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設予定地を高平区内の町有地に変更した墓地等経営計画協議書提出
令和 4年 5月 土葬墓地開設についての事前協議済書を別府ムスリム協会に交付(交付に際して日出町から、これまで議論になった事項について合意書を作成するよう求める)
令和 4年 6月 高平区と別府ムスリム協会が、これまで議論になった事項について協議開始
令和 4年 7月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(2回目:これまでの経緯と事前協議の内容について)
令和 5年 2月 令和4年6月以降、高平区と別府ムスリム教会が協議してきた事項について協議が整う
令和 5年 3月 別府ムスリム協会が高平区に協定書(案)を送付
令和 5年 4月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(3回目:協定書(案)の内容と別府ムスリム協会が管理、運営する土葬墓地に対する日出町の対応ついて)
令和 5年 5月 高平区と別府ムスリム協会が、協定締結
(参考)高平区と別府ムスリム協会の協定締結内容(2023年5月)
■79区画の埋葬区画を設置し、同数を超えて設置しない。
■過去に別の遺体を埋葬しているときは、直近の埋葬日から20年以上経過していなければ同一区画に新たに埋葬しない。
■九州各県に住所、居所をおいていた者の遺体のみを埋葬する。
■高平地区内において、既存の墓地を拡張せず、新規の墓地を設置しない。
■年に1度、墓地の地下の水質検査を行い、検査結果を高平区長及び日出町に提出する。
■水質検査に異常(本件墓地における遺体の埋葬が原因であるものに限る)がみられる場合、検査結果に基づいて調査、検討、対策を行う。
■感染症を死因とする遺体など埋葬方法に留意すべき遺体について法令に則り適切に処理する。
(コメント)ムスリムは、地獄の炎を連想させる火葬を嫌らう。復活の日に身体が燃えてしまっていると復活の妨げになると考えられている。日本は、ほぼ99%火葬であるが、一部のキリスト教徒やムスリムは土葬される。土葬は法律上禁止されているわけではなく、条件を満たせば、土葬することは可能である。河合晴香さんの2017年のブログによれば、2017年当時でムスリム墓地は国内に7か所あると報告された。しかし、九州にはひとつも存在せず、本州などに移送して埋葬する必要があった。因みにTBSのアナウンサーであった国山ハセンの父は、イラク人でムスリムであったが、亡くなった際、静岡県の清水霊園に土葬で埋葬されたことを息子のハセンが報告している。
2023年5月の合意成立後、日出町内ではムスリム土葬墓地の建設計画が進んでおり、安部氏は反対、本田町長は、住民の合意が成立したとして容認していた。ムスリム埋葬墓地建設問題は、今回一騎打ちとなった選挙で、両候補とも前面に打ち出すことはなかったが、住民にとっては影の最大の争点でもあった。別府市のムスリム協会が、町有地約5千平方メートルを購入し建設を進める計画であるが、@水質汚染への懸念のほか、A79区画という埋葬地の規模の大きさ、B九州全土から日出町へムスリム遺体が継続的に運び込まれること、C20年たてば、同じ区画に前の遺体の上から新たな遺体を重ねて埋葬することが認められる、という計画に、町民が合意を覆して異例の「待った」をかけることになる。ムスリム団体側の構想に対して住民の反発が高まる中、町民の支持を受けた阿部新町長が、4年以上かけて団体側と住民が合意にこぎ着けた計画を白紙に戻す可能性が高まっている。
この事例からは、異文化共生の難しさの一端が見えてくる。宗教や習慣や言語が違う人々の数が少数であるとき、また、自分たちの周辺にあまり目立たないときには、地元のひとびとは比較的寛容にふるまう。しかし、自分たちがコミュニケーションをとらないひとたちが徐々に増えてきて、その人たちの仲間内で知らないところでコミュニケーションを取り始め、数が増え始めると、不安感を覚え、彼らを排除したいと思い始める。日出町のムスリム埋葬地建設合意は、4年間のやりとりを通じて、成立したものであり、「異文化共生のモデル」ともいえる対話の成果であると評価していたが、その土台は案外もろく、多くの住民が反対に回ったことから、いかに異文化共生が容易ではないことを図らずも改めて思い知らされることとなった次第である。
産経新聞https://www.sankei.com/article/20240825-CH6UIE7GRBBZ3K6B5CQ7VULCSI/
毎日新聞https://mainichi.jp/articles/20240826/k00/00m/010/221000c
国山ハセンアナウンサーと「土葬」の課題を考えるhttps://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/243845
河合晴香ブログhttps://wasegg.com/archives/1013
静岡自治研集会論文https://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/report/rep_shizuoka39/09/0918_ron/
1.在日ムスリムにとっての気がかり
ムスリムにとっての日本での生活上の気がかりはなんであろうか。ざっとおもいつくだけで、以下があげられる。
(1)礼拝所(モスク、マスジドほか)個人の毎日の礼拝、金曜礼拝の場所、時間は確保できるのか
(2)食事(豚肉、アルコール等ハラームの回避)ムスリムの在留者や旅行者はハラール(イスラム法上許されたものを意味する)な食事、食物にアクセスできるか、非ムスリムが主体の学校でムスリムの子どもの給食のハラール性は確保できるのか。そもそも、ハラール表示がなされているのか。
(3)ラマダン月における断食等宗教行事への参加ラマダン月には、日中飲食を断つため、渇きと闘うことになるが、周囲の理解は得られるのか。断食月明け大祭、犠牲祭祝賀への理解。
(4)コーラン教育、アラビア語学習、IT教育ムスリムの子どもたちのための適当な教育施設はあるのか
(5)服装ムスリム女性はヒジャブ(スカーフ)の着用が禁止されるのではないか。
(6)埋葬埋葬は日本では原則火葬となっているが、土葬にできないか。
(7)イスラム金融利子をとらないイスラム金融を活用できないのか。
(8)イスラムフォビア・ヘイト国内における少数派のムスリムは、イスラム嫌悪症、ヘイトの対象になるのではないか。
2.日出町長選選挙結果(2024年8月25日)
(1)当日有権者数は2万3021人。投票率は54・66%で前回を1・04ポイント下回った。
◇日出町長選開票結果(選管最終)
当8037 安部徹也 無新 4474 本田博文 無現
(2)当選した安部氏のムスリム土葬墓地建設に関する発言:26日に町内で記者会見した安部氏は、町議時代から墓地建設の許可手続きが不透明だと指摘し、反対してきたことを挙げた上で「(町が所有する埋葬用の土地)売却は許可しない予定で考えている」と述べた。
これまでの経緯
平成30年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設について相談に来庁
平成31年 3月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書提出
令和 2年 2月 別府ムスリム協会が、近隣住民等に対し土葬墓地開設に関する説明会開催 (7月にかけて計5回開催)
令和 2年 4月 別府ムスリム協会が、従たる事務所の登記を完了
令和 2年 5月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設についての墓地等経営計画協議書を一部修正して再提出
令和 2年 8月 高平区、目刈区が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年11月 南端地区区長会が、土葬墓地開設反対の陳情書提出
令和 2年12月 別府ムスリム協会が、土葬墓地早期建設許可を求める署名提出
令和 2年12月 日出町議会が、高平区、目刈区及び南端地区区長会からの墓地開設反対の陳情書採択
令和 3年11月 高平区が、別府ムスリム教会に土葬墓地建設予定地について同区内の町有地への変更を提案し、別府ムスリム教会がこれに同意。以後、変更後の場所での検討開始
令和 3年12月 杵築市山香町下切地区から土葬墓地開設について説明の申し入れを受ける
令和 4年 2月 日出町が、杵築市山香町下切地区等住民に対し土葬墓地開設に関する説明会開催(1回目)
令和 4年 4月 別府ムスリム協会が、土葬墓地開設予定地を高平区内の町有地に変更した墓地等経営計画協議書提出
令和 4年 5月 土葬墓地開設についての事前協議済書を別府ムスリム協会に交付(交付に際して日出町から、これまで議論になった事項について合意書を作成するよう求める)
令和 4年 6月 高平区と別府ムスリム協会が、これまで議論になった事項について協議開始
令和 4年 7月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(2回目:これまでの経緯と事前協議の内容について)
令和 5年 2月 令和4年6月以降、高平区と別府ムスリム教会が協議してきた事項について協議が整う
令和 5年 3月 別府ムスリム協会が高平区に協定書(案)を送付
令和 5年 4月 日出町が、杵築市山香町下切地区住民等に対して土葬墓地開設に関する説明会開催(3回目:協定書(案)の内容と別府ムスリム協会が管理、運営する土葬墓地に対する日出町の対応ついて)
令和 5年 5月 高平区と別府ムスリム協会が、協定締結
(参考)高平区と別府ムスリム協会の協定締結内容(2023年5月)
■79区画の埋葬区画を設置し、同数を超えて設置しない。
■過去に別の遺体を埋葬しているときは、直近の埋葬日から20年以上経過していなければ同一区画に新たに埋葬しない。
■九州各県に住所、居所をおいていた者の遺体のみを埋葬する。
■高平地区内において、既存の墓地を拡張せず、新規の墓地を設置しない。
■年に1度、墓地の地下の水質検査を行い、検査結果を高平区長及び日出町に提出する。
■水質検査に異常(本件墓地における遺体の埋葬が原因であるものに限る)がみられる場合、検査結果に基づいて調査、検討、対策を行う。
■感染症を死因とする遺体など埋葬方法に留意すべき遺体について法令に則り適切に処理する。
(コメント)ムスリムは、地獄の炎を連想させる火葬を嫌らう。復活の日に身体が燃えてしまっていると復活の妨げになると考えられている。日本は、ほぼ99%火葬であるが、一部のキリスト教徒やムスリムは土葬される。土葬は法律上禁止されているわけではなく、条件を満たせば、土葬することは可能である。河合晴香さんの2017年のブログによれば、2017年当時でムスリム墓地は国内に7か所あると報告された。しかし、九州にはひとつも存在せず、本州などに移送して埋葬する必要があった。因みにTBSのアナウンサーであった国山ハセンの父は、イラク人でムスリムであったが、亡くなった際、静岡県の清水霊園に土葬で埋葬されたことを息子のハセンが報告している。
2023年5月の合意成立後、日出町内ではムスリム土葬墓地の建設計画が進んでおり、安部氏は反対、本田町長は、住民の合意が成立したとして容認していた。ムスリム埋葬墓地建設問題は、今回一騎打ちとなった選挙で、両候補とも前面に打ち出すことはなかったが、住民にとっては影の最大の争点でもあった。別府市のムスリム協会が、町有地約5千平方メートルを購入し建設を進める計画であるが、@水質汚染への懸念のほか、A79区画という埋葬地の規模の大きさ、B九州全土から日出町へムスリム遺体が継続的に運び込まれること、C20年たてば、同じ区画に前の遺体の上から新たな遺体を重ねて埋葬することが認められる、という計画に、町民が合意を覆して異例の「待った」をかけることになる。ムスリム団体側の構想に対して住民の反発が高まる中、町民の支持を受けた阿部新町長が、4年以上かけて団体側と住民が合意にこぎ着けた計画を白紙に戻す可能性が高まっている。
この事例からは、異文化共生の難しさの一端が見えてくる。宗教や習慣や言語が違う人々の数が少数であるとき、また、自分たちの周辺にあまり目立たないときには、地元のひとびとは比較的寛容にふるまう。しかし、自分たちがコミュニケーションをとらないひとたちが徐々に増えてきて、その人たちの仲間内で知らないところでコミュニケーションを取り始め、数が増え始めると、不安感を覚え、彼らを排除したいと思い始める。日出町のムスリム埋葬地建設合意は、4年間のやりとりを通じて、成立したものであり、「異文化共生のモデル」ともいえる対話の成果であると評価していたが、その土台は案外もろく、多くの住民が反対に回ったことから、いかに異文化共生が容易ではないことを図らずも改めて思い知らされることとなった次第である。
産経新聞https://www.sankei.com/article/20240825-CH6UIE7GRBBZ3K6B5CQ7VULCSI/
毎日新聞https://mainichi.jp/articles/20240826/k00/00m/010/221000c
国山ハセンアナウンサーと「土葬」の課題を考えるhttps://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/243845
河合晴香ブログhttps://wasegg.com/archives/1013
静岡自治研集会論文https://www.jichiro.gr.jp/jichiken_kako/report/rep_shizuoka39/09/0918_ron/
Posted by 八木 at 15:27 | 情報共有 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)