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ローマ教皇の古代都市ウル訪問の意味[2021年03月10日(Wed)]
3月6日、イラクを訪問中であったフランシスコ・ローマ教皇は、預言者アブラハム生誕の地であると信じられている古代イラクの都市にある巨大なシュメール神殿があるウルのジグラット(神殿)で異なる宗教間の融和行事に臨んだ。MEEがウル訪問の見ごたえのある写真を公開しているので、URLを紹介する。
https://www.middleeasteye.net/news/pope-francis-visit-ur
(MEEの関連記事)
●教皇のウルでの行事は、世界が注目する中、ウルの考古学的な価値を浮き彫りにし、歴史的な教皇の訪問の中で最も重要な瞬間の1つとなるように設定されていた。
●ウルはイラク南部のジーカール県にあり、県都ナシリヤから17kmの場所にある。エリドゥ、ギルス、ラガシュと並んで、この県にある4つの古代シュメールの都市の1つである。ウルはシュメール人の首都であり、彼らが灌漑システムを開発し、洗練された農業手法を実践し、メソポタミア周辺の都市と広範囲に交易した場所であった。
●かつて楕円形だったこの街は、紀元前3800年にまでさかのぼると考えられており、最初は1千年以上後にテキストで記録された。もともと、ウルはイラク南部のユーフラテス川の河口の位置にあった。しかし、何世紀にもわたって地形は大きく変化し、現在は川の南岸から離れた内陸に位置している。
●19世紀になると、欧州の考古学者は、聖書や他の古代のテキストで言及されているように、テルアルムカイヤルの遺跡をウルの街と結び付け始めた。英国の副領事であるジョン・ジョージ・テイラーは、1853年に大英博物館に代わってジッグラト神殿の発掘を始めた。1922年、英国の考古学者であるレオナード・ウーリー卿が最も大規模な発掘調査を行い、10年間に泥レンガで造られた16の王墓を発見した。
●ジッグラトは、泥レンガの3層の固い塊と、瀝青にセットされた焦げたレンガの表層で構成されている。 下の層は元の構造の一部であり、上の2つの層は紀元前6世紀の新バビロニアの修復物の一部である。
●寺院は、ウルの守護神である月の神ナンナールに捧げられている。その表層と記念碑的な階段は、1980年代にサダムフセインの下で復元された。
●聖書では、ウルという名前の都市は、紀元前2千年紀に住んでいたと考えられているユダヤ人、キリスト教徒、イスラム教徒の信仰の総主教であるアブラハム(アラビア語でイブラヒーム)生誕の地であると言われている。
●20世紀初頭の発掘調査中に、ウーリー卿は、アブラハムという名前の付いたジッグラトに隣接する複合構造物で円筒形のシールを発見した。紀元前1900年頃に建てられたこの複合構造物は、アブラハムの家であると彼は信じるようになった。
●ナシリヤ文明博物館の館長であるアメル・アブドルラザックは、ウルがアブラハムの生誕の地である限り、それは世界中のすべての人々、すべての宗教にとって重要な場所である。この場所を訪れることは、キリスト教の巡礼者にとって非常に重要である。何年もの間、エルサレムの聖墳墓教会とウルとの間に巡礼路を設けるための計画が滞っていた、と語った。
●何年にもわたる内政不安により、イラクのキリスト教徒の人口は大幅に減少した。 2003年時点では、イラクの4,000万人のうち150万人がキリスト教徒であった。今日、キリスト教徒の人口は約150,000〜400,000人とみられている。バスラのカルデア教会の大司教であるハビブ・ホルムズは、教皇フランシスコの訪問がキリスト教徒の帰国を促すことを望んでいると述べたが、彼らの帰還を促すには、さらに多くのことを行う必要があるとして、教皇の訪問後も、治安、良好なインフラ、法執行、正義、人権の尊重の進展が見られない限り、キリスト教徒が帰国するかどうかはわからない、と語った。
https://almasalah.com/ar/news/61378/%D8%A7%D9%84%D9%85%D8%B3%D9%84%D8%A9-%D9%81%D9%8A-%D8%A8%D9%8A%D8%AA-%D8%A7%D9%84%D9%86%D8%A8%D9%8A-%D8%A5%D8%A8%D8%B1%D8%A7%D9%87%D9%8A%D9%85-%D9%85%D9%86-%D9%87%D9%86%D8%A7-%D8%A8%D8%AF%D8%A3-%D8%AA%D8%A3%D8%B1%D9%8A%D8%AE-%D8%A7%D9%84%D8%AA%D9%88%D8%AD%D9%8A%D8%AF

(コメント)昨年9月15日、ワシントンD.C.のホワイトハウスで、トランプ大統領がネタニヤフ・イスラエル首相とアブドッラーUAE外相、ザヤニ・バーレーン外相と署名した関係正常化のための宣言文書は、「アブラハム合意」宣言と呼ばれている。アブラハムは、一神教の父と呼ばれ、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒すべてに共通する預言者である。預言者とは、神の言葉を預かられた人という意味で、イスラム教の聖地メッカのグランドモスク内のカーバ神殿の前にもイブラヒーム(アブラハムをアラビア語で表記するとイブラヒームとなる)の足跡があるモニュメント(マカーム・イブラヒーム)が祀られている。ユダヤ教徒は、アブラハムが、神から現在のイスラエルに位置するカナンの地を与えられたと信じている。
https://vid.alarabiya.net/images/2017/01/23/ef2ee2e1-7b15-4dd9-bbfe-127654dc6453/ef2ee2e1-7b15-4dd9-bbfe-127654dc6453.jpg
https://english.alarabiya.net/features/2017/01/23/The-story-behind-Abraham-s-shrine-at-the-Kaaba

Posted by 八木 at 11:07 | イスラム世界で今注目されている人物 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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