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2年ぶりにシリア北部のクルド人の町コバニを舞台にした「ラジオ・コバニ」を鑑賞して[2019年12月05日(Thu)]
12月4日、ユニセフ・ハウスでフォト・ジャーナリストの安田 菜津紀さんを招いて、シリア北部のトルコ国境付近の町コバニ(アラブ名:アイン・アルアラブ)を舞台に、クルド人部隊によるコバニのISIS支配からの解放とその後の復興に向けての激励を、クルド人女性が創設したラジオ局を通じて発信していく状況の展開を描く映画「ラジオ・コバニ」が上映された。安田さんは、2011年のアラブの春前にシリアに入り、さらに、本年1月にもコバニを取材している。映画の冒頭は、爆撃され、あちこちのがれきの下からブルドーザー等で回収される遺体がこれでもかというくらい無造作に映し出されている。安田さんによればこれは監督が、現地の子どもたちは、何か月もこのような悲惨な状況と隣り合わせに暮らさざるをえないのであり、この映像を1分も見ることができなければ、現地のひとびとの気持ちがわかるはずがないとの認識からあえて、目を背けたくなる遺体回収の場面から映画を開始したとのことである。アラブの春で、アサド政権と反体制派が激しい戦闘を繰り返し、支配の空白地帯が生じたのに乗じて、イスラム国ISISがシリアに侵入し、一時はシリア全土の1/3近くを実効支配するにいたった。これに対して、米主導の有志連合に、戦闘における最も信頼できる地上軍として参戦した部隊が、クルド人民防衛隊(YPG)、同女性部隊(YPJ)であった。クルド人部隊は、3か月あまりの激戦ののち、コバニを解放した。その後、テルアブヤド、マンビジ、一時ISISの首都と呼ばれたラッカ、さらにディリゾールまで軍を進め、2017年10月までにISISが支配していた拠点をほぼ解放した。クルド人は、国際社会が呼びかけた「テロとの戦い」に先頭を切って参戦し、その結果約1万1千人が戦死した。シリアのクルド人組織は、男女平等を掲げており、その結果政治的にも代表を男女で分かち合うが、非常時には兵役を免れず、対ISIS戦でも女性兵士多数が死亡した。クルド人が解放した町の中でも、「コバニ」はクルド人の連帯と抵抗と誇りを示す象徴的な町であり、2015年の解放後、クルド人たちはがれきとなった町の復興に取り組んだ。クルド人は、内戦期間中、アサド政権とは正面からはぶつからず、米軍ほか有志連合の支援をうけて解放したトルコ国境沿いの3つのロジャバ(クルド語で西クルディスタンを意味するとのこと)カントンで自治を開始し、将来の連邦自治地区の創設を目指した。これに脅威を感じ、YPG、YPJをトルコのクルド労働者党(PKK)と同根のテロリスト組織とみなすトルコは、2018年1月にシリア北西部のアフリーンに越境侵攻(「オリーブの枝」作戦)し、クルド人部隊を駆逐し、そして2019年10月にシリア北部に「安全地帯」を構築するとして、越境侵攻(「平和の泉」作戦)した。トランプ大統領は、米軍の撤退を命じ、事実上トルコの進軍を容認した。その結果、数百名規模で、クルド人戦闘員、民間人が死亡した。国内外の批判の高まりをうけたトランプ政権の介入、ならびにそれを引き継いだロシアの介入によって、停戦が実現したが、YPG、YPJは、テルアブヤド・ラアス・アルアイン間の30kmのベルト地帯からの撤去を強いられ、その左右の国境地帯でも、幅10kmにわたってロシアとトルコが共同パトロールを開始することになり、YPG、YPJは、国境から30km以南に撤退を強いられることになった。これにより、クルド人部隊は、数年かけて徐々に形作ってきた連邦自治をシリア北部で行う基盤を失うことになった。コバニはどうなったのであろうか。安田さんは、トルコの侵攻後、コバニにとどまるクルド人映画関係者に連絡をとったとのことである。コバニは、トルコの侵攻後、アサド軍が迅速に近郊に進出し、ロシア軍が現地に進駐したため、完全には、トルコの支配下にはおかれていない。しかし、もはやクルド人が自分たちで、再建できる町ではなくなっている。国をもたない世界最大の民族といわれるクルド人の苦悩は、シリアでも継続されることを、2018年にNHK衛星放送でみた「ラジオ・コバニ」を、2019年12月に改めてみて、その想いを強くせざるをえなかった。
安田さんは、複雑な中東情勢を考えるきっかけとして、身近なテーマ、たとえば、中東の食事を通じて、関心を深めていくことがよいのではないかとコメントしていた。彼女は、2019年1月に久々にシリアを訪問して、ファラフェル(シリアの伝統的ひよこ豆料理でコロッケのような形状)に食べて涙したと述べていたのが印象的であった。

(あらすじ)
トルコとの国境に近いシリア北部のクルド人街コバニは、2014年9月から過激派組織「イスラム国」(IS)の占領下となるも、クルド人民防衛隊(YPG)による激しい迎撃と連合軍の空爆支援により、2015年1月に解放された。人々はコバニに戻って来たが、数カ月にわたる戦闘で街の大半が瓦礫と化してしまった。
そんな中、20歳の大学生ディロバンは、友人とラジオ局を立ち上げ、ラジオ番組「おはよう コバニ」の放送をはじめる。生き残った人々や、戦士、詩人などの声を届ける彼女の番組は、街を再建して未来を築こうとする人々に希望と連帯感をもたらす。
監督・脚本:ラベー・ドスキー 
https://www.uplink.co.jp/kobani/

Posted by 八木 at 16:16 | 日本とイスラム世界の出会い | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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