2026年1月3日早朝、数十機以上の米軍機がベネズエラの防空システムを攻撃し始め、軍用ヘリコプターに搭乗した攻撃部隊が、
マドゥロ大統領夫妻が滞在する要塞化された施設に着陸した。着陸から数分後、
特殊部隊は施設内に突入し、マドゥロ大統領とマドゥロ夫人を捕らえた。夫妻は安全な部屋に逃げ込もうとしたが、その前に拘束された。トランプ大統領が作戦開始を命じてから、マドゥロ大統領夫妻を拘束した突撃部隊がベネズエラ領空から無事に撤退するまで、わずか5時間も経たない電撃作戦であった。
作戦は米国人の死者を一人も出さずに完了した。特別軍事作戦は、米政権側からみて大成功であった。しかし、
警護にあたっていたとされるキューバ人32名(キューバ政府言及)を含め約80名(ベネズエラ暫定政府言及)が犠牲になったとみられる。マドゥロ氏夫妻は米東部ニューヨーク州で
麻薬テロやコカイン輸入の共謀の容疑で裁判にかけられ、5日の初法廷では、マドゥロ夫妻はそれぞれ無罪を主張した。海外に逃れていた野党指導者でノーベル平和賞受賞者の
マチャド氏はトランプ政権の行動を称賛し、トランプ大統領と親密なアルゼンチンのミレー政権も支持した。一方、
中国やロシアは、国際法違反であると非難した。英国は、自国は今回の米国の行動に一切関与していないとしたうえで、
状況は複雑であるとして米国非難を避けた。西側の多くの国々も、おそらく国際法違反であると多くの指導者が認識しつつも、米国からの反発を恐れて、批判を避けた。
1. 今回の前例
(1)テロ組織のトップへの襲撃:テロ組織のリーダーを他国領域で、
ピンポイントで急襲して成功を収めた件としては、アルカーイダの指導者であったオサマ・ビン・ラーデンの潜伏先への襲撃があげられる。
2001年9月11日、アルカーイダ・メンバー19名(全員中東出身のイスラム教徒。うち15名がサウジ出身者)が航空機4機をハイジャックし、米国で世界貿易センタービルや国防総省などで同時多発テロを実行した(いわゆる、9.11事件)。これに対して、
米国情報部はビンラーデンを追跡し、2011年5月2日、ビンラーデンは、アフガニスタンではなく、隣国パキスタンのアボッタバードのコンパウンドに対する米海軍シールズによる急襲作戦で殺害された。 ビンラーデンの遺体は持ち運ばれ、海に投棄された。 作戦はCIAによる10年間の追跡の成果であったとされる。世界貿易センタービルでは2977人が犠牲になった。ビンラーデンを拘束せず、殺害し、遺体も海中に投棄したことも含め、米国民の多数は、行動を支持したとみられている。
ビンラーデンへの襲撃は、ホワイトハウスで当時のオバマ大統領やクリントン国務長官が映像を見守る中で実行され、今回も同様に、トランプ大統領ほか側近が見守る中で実行された。
(2)
政権中枢の人物の拉致:今回のマドゥロ拘束・拉致は、
米ブッシュ(父)政権が1990年1月3日に中米パナマのノリエガ将軍を拘束し、米国に連行した後、裁判にかけた事案と酷似している。@
拘束の日がノリエガのケースと一致すること、A
他国の領土内での政治トップの拘束の理由として、米国内で「麻薬密輸」などで起訴されていたことを拉致の根拠に挙げていること、B
パナマ運河という米国の経済にとっての国際輸送の最重要拠点を抱える国での反米指導者を排除する必要があったこと、である。@の1月3日は、まさにノリエガ将軍が36年前に米軍に拘束された同じ日であった。Aについては、
ノリエガ将軍は、米政府から敵視されて1988年、マイアミとタンパの連邦大陪審により、恐喝、麻薬密輸、マネーロンダリングの罪で起訴されていた。
米国は、ノリエガの辞任を求める交渉が失敗(参考:今回もトランプ大統領はマドゥロ大統領に電話で退任を呼びかけたとされる)し、
ノリエガが1989年のパナマ総選挙を無効にした(参考:西側諸国のほとんどが2024年7月のベネズエラ大統領選挙結果は不正に操作されたとみている)後、同年12月にパナマに軍事侵攻した。ノリエガは捕らえられて米国に飛ばされ、そこで
マイアミの起訴状で裁判にかけられ、ほとんどの容疑で有罪判決を受け、40年の懲役を言い渡され、減刑された後、17年服役した。その後ノリエガは2010年に仏に引き渡され、そこで有罪判決を受け、マネーロンダリングで7年の禁固刑を言い渡された。ノリエガは83年に国防軍司令官となり、パナマを実質的な独裁者として支配。当初はCIAにも協力し、米政権と良好な関係にあったが、コロンビアの麻薬カルテルともつながりがあったことで不信を買った(参考:今回、マドゥロ大統領が麻薬密売に関わっていたことが、拉致の理由であるとすれば、
ベネズエラ以上にコロンビアが標的になってもおかしくはなかったはずである)。当時のブッシュ(父)大統領はトランプ大統領と同様に
麻薬を「国内最大の脅威」と位置付け(参考:今回、トランプ政権は、麻薬を第四の大量破壊兵器に指定し、ベネズエラが米国に脅威を与えていると主張)、「麻薬戦争」を展開。当時も米軍のパナマ侵攻は国際法違反との批判が上がっていた。ノリエガは2011年に仏から本国に送還され、本国で収監されたが、
2017年に脳腫瘍と診断され、手術後しばらくしてパナマ市で死去した。Bについては、本来米国の支配下に置くべき海上交通の要衝であるインフラが、反米主義者の下に置かれることは容認できないとの思いがあったとみられる(参考:今回トランプ政権は米企業が開発してきた石油資源がベネズエラの政権に搾取されてきたとの立場とみられる)。
2.石油資源:今回の拉致事件後、
トランプ政権は、ベネズエラを運営し、ベネズエラの石油資源の販売を管理する意向を表明している。ベネズエラは、OPECの年次統計資料2025年版で、2024年末時点で
世界第一の3030億バレルの確認原油埋蔵量を誇る国(2位がサウジアラビア、3位がイラン)ではあるが、チャベス政権以降の長年の米国による制裁の影響によるインフラの老朽化やそもそもベネズエラ原油は、
アスファルトに活用されるような重質油が多いことなどにより、原油(コンデンセートを含む)生産量は、英国エネルギー研究所年次報告2025年版によれば、
2000年に293.6万b/dであったものが、2024年には、91.4万b/dに留まっている。
マドゥロの前任者チャベス氏が1999年に政権を掌握して、76年設立の国営石油会社PDVSA(ペトロレオス・デ・ベネズエラ)を直接支配下に置き、さらにその後エクソンモービルやコノコフィリップスを含む外国石油企業の資産を国有化したとされる。チャベス大統領の死後の2013年、マドゥロ氏が国の実権を握った。1年後の2014年には、原油価格が再び暴落し、ベネズエラは激しいインフレと国外への大規模な移民を伴う経済的災難に陥った。
米政府は2005年からベネズエラに制裁を科しており、
トランプ政権1期目の19年にはPDVSAからの米国向け原油輸出を事実上すべて停止した。その後、22年に当時のバイデン大統領は石油価格抑制策の一環として、
シェブロン社にベネズエラでの操業許可を与えた。この許可はトランプ政権が2025年3月に一旦取り消したが、後にマドゥロ政権に収益が渡らないことを条件に再発行された。
ベネズエラのインフラ崩壊とPDVSAの資源不足により、同国の石油会社は潜在能力に見合った量の原油を生産できなくなっていた。
ベネズエラの苦境に当初手を差し伸べたのは、
2018年から米国の制裁下にあったイランであった。
(これまでのイランとベネズエラの石油輸送に関する協力概要)
•イランの最初の石油製品の輸送は2020年5月にベネズエラに向けて
5隻のイランタンカーがペルシャ湾岸のバンダル・アッバース近くの製油所を出発し、総額4500万ドル、153万バレル以上のガソリンを5月23日から6月2日の間に、ベネズエラに届けた。タンカーは、カリブ海に入った後、ベネズエラ軍によって護衛された。
•米海軍は燃料の輸送を妨害しなかった。代わりに、トランプ政権は
海運会社と船長に対する制裁を科した。 米政府は、同年8月には、ベネズエラに向かう途中の5隻のタンカー(ベラ、ベリング、パンディ、ルナ)の船主、保険会社、船長が貨物を引き渡さなかった場合、制裁措置を受けると警告した。
ギリシャの船の所有者が従わず、2020年 8月14日、米国は貨物(110万バレルのガソリン)を押収した。のちに、燃料は売却された。
•しかし、
ベネズエラへのイランの石油輸送は、米国の制裁にもかかわらず続いた。 同年9月末に100万バレル以上のガソリンを運ぶ3隻の艦隊がベネズエラに到着した。イランはまた、
ベネズエラが石油を輸出するのを助けるために偽装のタンカーを使い始めた。
•2021年2月23日、
イランはガソリンの出荷と引き換えにベネズエラからジェット燃料を受け取っている。 ベネズエラは、国内の空の旅の制限のためにジェット燃料の余剰がある。 燃料は、イランがベネズエラにガソリンを送るために使用したのと同じタンカーで輸送された。
•さらに、2021年イランは、主に
サウス・パースガス田からのコンデンセートをベネズエラに輸出し、かわりにベネズエラ産原油Mereyを輸入してきた。
•2023年2月、
イランの海運産業会社SADRAはベネズエラの国営エネルギー会社PDVSAから大型石油タンカー2隻の建設を受注した。既に引き渡していた2隻とあわせて合計4隻を請け負うこととなった。2023年2月イランのSADRAはまた、
日量95万5000バレルのパラグアナ製油所複合施設を改修するためPDVSAと4億6000万ユーロの契約を結ぶことになった。
その後、イランとベネズエラの関係が、冷え込むと、
ロシアがベネズエラ産原油を買い取り、中国に販売するという戦略を取り始めた。米国はかつてベネズエラ産原油の主な購入国だったが、制裁の導入以降、
直近10年は中国が主な輸出先となっていた。中国はチャベス前政権下でベネズエラへの最大の融資国となった。
対中債務は約100億ドルに上る。ベネズエラは、かつて
中国と共同所有していた3隻の大型石油タンカー(VLCC)で輸送される原油で債務を返済している。但し、
中国のベネズエラ産原油の輸入は、2024年の税関総署データに基づくと、ベネズエラのシェアは0.25%で、2025年1月〜11月だとベネズエラのシェアは0.06%に過ぎず、中国はベネズエラ産原油が入らなくとも全く困らない状況にはある。
米国は、1月7日、ホワイトハウス報道官が、
石油の販売再開に向け米国がベネズエラに科している制裁を段階的に解除していることを明らかにした。 また、
ライト・エネルギー長官は、石油の販売を「アメリカが無期限に管理する。石油販売とその収益を管理すれば、ベネズエラに大きな影響力を持つことができる」と強調し、収益はベネズエラに還元する考えを示した。トランプ政権は、米国石油企業にベネズエラの石油産業再活性化に参加するようはっぱをかけており、
その第一人者はベネズエラの国営石油大手PDVSAとの合弁事業により、既に石油事業を行っているシェブロンであり、次にベネズエラによる07年の石油産業国有化で撤退した
エクソンとコノコフィリップスにも働きかけているとされる。
(コメント)今回のマドゥロ大統領の拉致について米国は、パナマの指導者であった
ノリエガ将軍拉致・裁判を前例に、米国の司法に基づく正当な行為としているが、
国際法違反は明らかであり、どのように正当化しようとも許されるのは、ベネズエラ国外での拘束までであると考えられる。他国の領土内に入って、大統領警護隊員や民間人を犠牲にし、「国家元首」を拉致、連行するという行為は、
米国が世界の唯一の保安官であり、その他の国がすべて、保安官に逆らえないという状況のみでありうるということであり、安保理常任理事国で、かつ世界最強の軍隊を有する国が、
仮に政権の正統性に疑問があったとしても、ひれ伏さない国のトップを有無を言わさず拉致連行することはあってはならない。しかも、その国を運営し、
石油資源を自国の利益になるように管理するということは、
ベネズエラ人の総意がない限り、盗人行為としか思われない。
また、今回、トランプ政権は当面暫定大統領となった
ロドリゲス前副大統領の政権に米国の指示に従い、国の運営を米国の指導の下、行うよう圧力をかけ、従わなければ、マドゥロ大統領より厳しい状況に直面するだろうと脅している。しかし、ロドリゲス暫定大統領以下、
政権中枢には、国防大臣や内務大臣はじめ、マドゥロ政権を支えてきた人物たちがそのまま居残っており、マドゥロ氏と責任を分かち合ってきた人々である。その人たちを操って、
米国の利益のために、石油資源の米企業による活用をはじめとする米国の利益のために働くよう命じている。
今回のマドゥロ大統領拉致は、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」と中国やロシアの影響を自国の勢力圏から排除し、いわゆる
「西半球」を支配するとの野望(参考:25年末に発表された米国国家安全保障戦略の一環として、米国は「モンロー主義への『トランプの論理』を主張・行使する」と明記した。トランプ氏はこれを現在、
「ドンロー主義」と呼んでいる。この文書では、「米大陸を中心とする西半球における米国の優位性を回復する」という目標が掲げられている。その地域において、
米国は各国政府に対し、「麻薬テロリスト、麻薬カルテル、その他の国境を越えた犯罪組織」との戦いに協力するよう求めている。域外の
勢力に対しては、西半球で「敵対的な外国勢力による侵略や重要資産の取得がない状態を維持する」として、
実質的に中国やロシアなど域外大国の排除する方針を明確にしている)に基づいている。米政権の目標達成には、米石油企業がベネズエラの石油生産能力の拡大とインフラ整備において、実質的支配を確保することが必要になるとみられる。
石油業界幹部らはこれにかかる費用が年間100億ドル(約1兆5600億円)に達する可能性があると主張している。ベネズエラ国営石油会社PDVSAは
自社のパイプラインが50年間更新されていないことを認めており、インフラを更新してピーク生産レベルに戻すには580億ドルの費用がかかるとしている。
さらに複雑な問題として、PDVSAは数十年にわたり実質ベネズエラ軍が運営してきており、ベネズエラ経済は同社の成功に完全に依存してきた。トランプ大統領は、米国石油企業にはっぱをかけているが、ベネズエラの石油インフラを確保するためには、巨額の資金のほか、米
軍による現地での長期的な駐留が必要になるとみられている。
中東産油国にとっての懸念も付け加えたい。
ベネズエラは、OPEC創設国のひとつであり、世界最大の確認原油埋蔵量を誇る国である。
OPECは、1960年9月に西側メジャーが独占してきた石油利権を産油国に取り戻そうとして立ち上がった機関である。そのOPECの最重要国の石油が、
OPEC外の米国の支配下に置かれ、石油の生産や販売を管理されるということになれば、OPECは事実上崩壊ということになる。さらに、ベネズエラの野党系市民は、今回のトランプ政権の行動を称賛していると伝えられているが、
自分たちの資源を米国に自由に操られ、それも、当面は、マドゥロを支えてきた側近たちの新政権に委ねるということを本当に受け入れられるのであろうか。すなわち、正義や人権ではなく、「トランプ政権に従うか、逆らうのか」で、自国の未来が決定されるということを本当に受け入れられるのであろうか。また、世界は、
トランプ政権が国際社会に示した「ジャングルの掟」すなわち、弱肉強食、弱者は強者に従うしかないという論理を受け入れるしかないのであろうか。これが認められれば、
グリーンランドもウクライナも台湾も、軍事的強者に従うしかなく、力のない羊たちは、沈黙を守るしかないのであろうか。そして、吹き荒れる嵐が静まるのを待つしかないのであろうか。
https://www.cnn.co.jp/business/35242355.htmlhttps://www.sankei.com/article/20260105-BKYOQY3SUVIIPADOM6BFRGWY74/https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%AChttps://news.yahoo.co.jp/expert/articles/f7d701293ed97ae7b5ade50fcec191e4f9911d44