カタールは、アラビア半島のアラビア湾(ペルシャ湾)側に突き出た半島国家で、
人口は外国人を含めて300万人に満たず、うちカタール国籍者は10%強しかいないとみられている。その国の政治的、経済的影響力が今注目されている。とりわけ、今回の
ハマスの人質となった米国人親子2名の解放のほか、イ
スラエル人女性高齢者2名の解放も報じられた。さらに、現在、外国籍との二重国籍者50名程度の解放の話が進んでいるとも報じられている。なぜ、カタールは、このような仲介活動を行うことができるのであろうか。
1. カタールの政治力
カタールは、サーニー家が支配する首長制国家で、
現在の元首は、シェイク・タミーム・ビン・ハマド・アールサーニー首長である。2013年6月25日に父親のハマド前首長から元首の座を引き継ぎ、現年齢43歳においても世界で最も若い君主であるといわれる。このカタールの政治力を引き出しているのは、
長年培ってきたイスラム主義勢力とのネットワークと石油・天然ガスを背景にした財政力である。カタールには、米中央軍の基地である
約1万人の兵員を抱えるウデイド空軍基地が存在する。親米国家でありながら、イスラム過激組織指導者、あるいは過激な行動を容認する精神的指導者であるとされる人物も国内に受け入れてきた。その代表的人物は、
エジプト出身のユースフ・アルカラダーウィ師である。同師は、
ムスリム同胞団の精神的指導者で、イスラム主義者に強い影響力を有していたが、2022年9月26日カタールのドーハで死去した(アラブ紙が報じた同師の主なファトワ下記1のとおり)。現在、イスラエルと戦闘状態に入っている
ハマスの最高指導者イスマイール・ハニーヤ政治局員もカタールに事務所を構える。10月7日のハマスの襲撃後のイスラエル軍によるガザ完全包囲の中で、なぜ、
ハニーヤ指導者が、ガザを抜け出て、カタールでイラン外相等と会談できたのか不思議に思った人も多いと思われるが、
ハニーヤはカタール政府に2013年以来客人として迎入れられており、ガザにいたわけではない。すなわち、
ハマスに直接影響力を行使できるのが、カタール政府といえる。もちろん、ガザの現場では、ハマスの軍事部門アル・カッサーム旅団を率いるムハンマド・ディーフ司令官や、ハマスと連携するイスラム聖戦(イスラミック・ジハード)も存在し、
政治部門と軍事部門は立場が完全に一致するとはいえないものの、それでもカタールからの要請をハマスは無視することはできない。
カタールは、テロ組織を支援しているとの理由で、2017年6月5日から
隣国サウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトから外交関係を打ち切られ、陸海空の封鎖を受けてきたが、この間、トルコなどの支援も受けて、この危機を乗り越えることができた。トルコもカタールと並んで同胞団にパイプをもつ国であり、アラブ4か国のカタール封鎖時には、いち早くトルコ軍部隊を派遣して、軍事的緊張拡大を抑制した。ハマスは、エジプトで、ムバラク政権を崩壊させたムスリム同胞団とは思想的に近い関係にある
「イスラム抵抗運動」と呼ばれるイスラム主義組織であり、カタールは、ハマスや同胞団も支援しているとして、アラブ4か国に
テロ支援国家呼ばわりされ、このような組織との関係を断つこと、アルジャジーラなどカタールが資金提供しているメディアを閉鎖することなどを要求したが、2021年1月上旬アラブ4か国は、見返りを得ることなくカタール封鎖を解くことになった。さらにカタールは、
アフガニスタンのタリバーンと米国トランプ政権との和平交渉の場を提供してきた。トランプ政権による和平合意を引き継いだバイデン政権は、2021年8月アフガニスタンから完全撤退した。アフガニスタンからは多くの避難民が国外に逃れた。
女性の就労や教育などの人権問題が悪化し、経済的にも新たな援助が入らず、疲弊している。2021年8月の親米アフガン政権崩壊後、世界中のどの国もタリバーン政権下のイスラム国家を承認していないが、2023年9月現在、15か国が大使館をカブールで開いているとされ、
西側の多くの国々は、カタールで、必要に応じて、タリバーン政権側と接触しているとされる。
(参考1)アル・カラダーウィー師の物議を醸したファトワ
2003〜2005年:
イスラエルおよびユダヤ人に対するジハードを呼びかけるファトワを複数回発した。その中で、
パレスチナに住むユダヤ人成人は全員「占領者、戦闘員」であり、戦争の正当な標的であるとした。
2004年:イラクに駐留する米軍に対する反乱を正当化し、戦う者の殺害を容認した。
2010年:自爆テロは本当の意味での自殺ではなく、作戦を実行した結果としての事故的な死であり、
聖戦における名誉ある犠牲であり殉教であると見なされると主張した。
(参考2)米国とタリバーンとの和平交渉を仲介したカタール
2020年2月29日 米国トランプ政権とタリバーンは、カタールのドーハでアフガニスタンに「平和をもたらすための合意」に署名。 米国とNATOの同盟国は、武装勢力が合意を支持した場合、14か月以内(2021年4月末まで)にすべての軍隊を撤退させることになった。トランプ政権からアフガン合意を引き継いだバイデン政権は、米軍は、同時多発テロからちょうど20年後の2021年9月11日までにアフガニスタンから撤退する予定を表明。その後、ガーニ政権支配地を次々に奪還したタリバーン部隊は 2021年8月15日、カブールに侵攻、支配し、欧米軍は8月末までに完全撤退。
2. カタールの経済力
カタールは液化天然ガス(LNG)の輸出量で、カタールは米国、豪州とトップを争っており、
2022年のBPほかの統計では、カタールが1位を僅差でライバルを退けたとされる。
カタールには、ガス輸出国フォーラムの事務局も置かれている。ロシアやイランもメンバー国である。カタールは
ノースフィールドガス田拡張プロジェクトを実施中。なお、カタールは産油国でもあるが、OPECからは脱退している。
(1)North Field拡張プロジェクトは同国北東部のRas Laffanに位置し、ノースフィールド東(North Field East:以下、NFE)プロジェクトと呼ばれる第1段階の拡張計画では4基のLNGトレイン(トレイン1〜4)が建設され、ノースフィールド南(North Field South:以下、NFS)プロジェクトと呼ばれる第2段階の拡張計画では2基のLNGトレイン(トレイン5・6)を建設するプロジェクトであり、同国のLNG生産能力を現在の年産7,700万トンから2027年に1.26億トンにまで引き上げる計画
(2)欧米は、カタールのノース・フィールド拡張プロジェクトに協力
• 第一段階(目標年2025年)ノース・フィールド東ガス田の開発(事業費:約288億ドル、LNG生産能力1.1億トン)

カタール・エナジーは、2022年6月トタルエナジーズ(仏)、エニ(イタリア)、コノコフィリップス(米)、エクソンモービル(米)、シェル(英)の5社とパートナーシップ合意を発表
@エクソン:6.25%、Aトタル:6.25%、Bシェル:6.25%、Cエニ:3.125%、Dコノコ:3.125%、Eカタール・エナジー75%
• 第二段階(目標年2027年)ノース・フィールド南ガス田の開発(事業費約150億ドル、LNG生産能力1.26億トン)

2022年9月以降、トタルエナジーズ(仏)、シェル(英)、コノコフィリップス(米)が契約に調印。
@トタル:9.375%、Aシェル:9.375%、Bコノコ(6.25%)、Cカタール・エナジー(75%)
(参考)日本とカタールとのLNG取引
カタールは、長年LNGを長期契約の基づき日本に供給してきた。
カタールは、2021年末でLNG供給の長期契約を打ち切った日本に替わり、
中国との間で27年間のLNG長期供給契約締結(2022年11月21日)した。年間400万トン、26年開始見込み。ロシアのウクライナ侵攻をうけて、最大の発電事業者のJERAは、2022年12月27日、
オマーンとの間で10年程度の長期契約を結び、2025年以降、年間で235万トンのLNGを新たに輸入することで基本合意した。JERAは23年10月には、UAEとの間で2年間80万トンの供給契約を結んだ。カタールは日本との関係解消を望んでいるわけではなく、2022年の安倍元総理国葬には
タミーム首長が出席し、昭恵夫人に弔意を表明し、2023年7月18日には、サウジ、UAEに次いで、カタールを訪問した岸田総理は、
日・カタール首脳会談で、日本側は、両国間のLNG協力の重要性を強調した。