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女性支援の伝え方 [2011年07月31日(Sun)]

仙台で、被災地の女性支援のあり方を真剣に討論、意見交換する場に同席させて頂きました。


女性支援をする側も発信の仕方、議論の持っていき方を身につけないといけない。
例えば、
男性達は避難所運営で本当にがんばった。その結果、男性達は非常に疲弊をしている。男性だけに責任を押し付けるのではなく、女性も責任分担すべきではないか。
仮設住宅の中のコミュニティの担い手に女性がなっていってはどうか。時間の経過と共に、これから深刻な問題が顕在化してくる可能性がある。そのときにアンテナをはりながら予防線をはれるような人が中に必要であり、女性達がそのような責任を担っていけるのではないか。

これは、女性が避難所や仮設住宅の運営側のメンバーに入ってないのでメンバーに入れるべきだ、という議論ではなく、女性も男性にだけ任せるのではなく責任を担っていかないといけないという前向きな伝え方です。


私は大きくうなづきましたが、皆さまはいかが?
RQ被災地女性支援センターのプレスリリース [2011年07月30日(Sat)]

RQ被災地女性支援センターのプレスリリースが出ました!

活動は5月から続けてきましたが発信がなかなかできず、今回拠点をオープンしたのを機にやっと出ました。強力な味方、みっちゃんと島野先生のサポートのお陰でもあります。RQ登米に来て女性支援に興味を持ってくれるボランティア、話を聞きつけて声をかけてくれる人、メールをくれる人、皆さんありがとうございます!一緒に活動してまいりましょうね♪




(東京の部屋を引き払うのに1日中パッキングしてました。随分捨てたけど30箱・・・。登米で引越先を探さねば!)
宮城での10週間の活動まとめ [2011年07月29日(Fri)]

5月9日から(5/11になってますが、正しくは5/9から)10週間の宮城での私の活動を簡単に紹介しました。英語だけど、写真も一杯あるのでアクセスしてみて!

Volunteering for Ten Weeks in Miyagi

Posted by megumi at 23:11 | 東京 | この記事のURL | コメント(1)
一人の不安 [2011年07月28日(Thu)]

今朝は自宅の引越のため荷造り、お昼はACC21(アジアで活動する日本のNGO)で打ち合わせ、そして午後の移動中に駅でダウンしてしまいましたダメ

あわてて主治医の東洋医学の先生のところに駆け込んだところ、
疲れ過ぎて心臓と内蔵が弱り→呼吸が浅くなり→過呼吸で呼吸困難→酸素不足で顔や手足の末端に痺れが出る→追加で貧血、だそうです。

「血を補充するために毎日まぐろの赤身を3切れ食べなさい、それからビタミン剤と増血剤も、あとはゆっくり休養すること」だそうです。ということで数日間は休養に入ります。しっかし、まぐろの赤身・・・実はかなり苦手です。


今回は17日間宮城県で活動していたのですが、ちょうど極暑、しかもその後寒くなり体育館での就寝は容易ではなく、睡眠不足のまま朝から夜中までフル稼働してしまったので疲れが溜まっていたようです。

これ、私だけではなく、現地の長期ボランティアは頑張り過ぎているきらいがあります。自分では大丈夫と思ってしまうし、被災地を目にしていると休んでいられないとつい思ってしまうので、ボランティアのサポートも考えていくべき課題でしょうね。

新たな気付きは、クリニックに辿り着くまでの駅で何度か倒れそうになり、不安一杯でとても心細くなったけれど、クリニックでは暖かい漢方茶を出してくれ、診察をしてもらい、マッサージをしてもらい、鍼の先生方や受付のお姉さま方に気遣ってもらって、何より安心したこと。仮設住宅での一人暮らし、高齢、病気、病弱な人は本当に不安だろうなと思いを馳せたのでした。
Posted by megumi at 19:29 | 東京 | この記事のURL | コメント(1)
ギャップ [2011年07月27日(Wed)]

宮城の被災地と東京あるいは仙台の往復を続けていると、仙台や東京に行く度に違和感。
仙台だって東京だってその他日本全国だって震災の影響から立ち直り、経済を活性化していくことや報道も被災地以外のニュースが多くなることは自然な成り行きだとは思います。原発や放射能汚染が自分ごとなので、ニュースだって集中するのは当然かもしれない。でもでも、被災地を忘れているような気がして、なんだかギャップがますます大きくなるのを感じ、ジレンマ。

つながりをつなげていくには、発信の仕方を工夫して、発信力をもっとつけていくことが必要なのかな。
Posted by megumi at 23:46 | 東京 | この記事のURL | コメント(0)
先生方と [2011年07月26日(Tue)]

今日はお誘い頂き駒場の佐藤先生研究室にお邪魔しました。


国際法の佐藤安信教授(右)と文化人類学&人間の安全保障プログラム博士課程の内尾太一くん。太一くんは、東大初のNPO「人間の安全保障フォーラム」の事務局長でもあります。
打ち合わせなんぞしつつ、大学のNPOが何を出来るかすべきかを話しつつ、結局は、たいち君とは大学院を一般入試で受験した時も、その後の面接も、合格発表も、さらには指導教員もずーっと一緒の同士。佐藤先生は指導教員ではなかったけれど、ゼミを受けたり、論文発表会(突っ込み会)で必ずアドバイスをくれるなど、かなりお世話になりました。イベントや何かあると声をかけて下さるし。ということで、個人的に宮城からサポートできることがあれば今後話しましょ、ということになり。

その後も移民難民研究の山本先生、指導教員の文化人類学巨匠の山下先生、帰りには元UNDP日本代表の滝澤先生にもばったり会い、ある意味濃い一日でした。
Posted by megumi at 23:08 | 東京 | この記事のURL | コメント(0)
白金高輪の駅で [2011年07月25日(Mon)]

白金高輪駅構内でホームレスの女性を見ました。


そこにいた人たちの印象はきっと、

あっ、何かにおう。
紙袋の荷物をいっぱい持ってるな。
ずっと下向いてる。
おばあさんだ。

私も同じ。
これから暑くなって野宿は辛いだろうから、どこかシェルターはないのかな?
でも、そういう情報全然知らないな。
駅員さんとかよく出くわすだろうから、紹介できたらいいのに。

結局何もできないまま。通り過ぎてしまった。

わたしたちに出来る事は、とりあえずは駅にシェルターやサポートセンター等の情報を多くめて目につくように貼っておくことかな。他に何か妙案ありますか?

都会にはたくさんのホームレスがいます。
Posted by megumi at 22:51 | 東京 | この記事のURL | コメント(0)
被災地から「おんなの語り場」 [2011年07月24日(Sun)]

日曜の午後昼下がり、仙台では「おんなの語り場 東日本大震災」が開催されました。
仙台、女川、南三陸、陸前高田、郡山をスカイプでつないで被災女性が語るというもので、登米の避難所にいらっしゃった女性も南三陸代表として出られていました。



民主党の岡崎議員も出席され、会場は大盛り上がり。
ただ気になったのは、盛り上がるだけではなく、もう少し冷静なコメントや分析があってもいいかな。
それでも、同様な第2弾是非やるべきだと思います。
ゆかたを被災したフィリピンの子ども&女性へ [2011年07月24日(Sun)]

午前中、宮城県登米市から高速を飛ばして車で2時間の秋保へ浴衣&帯150セットを被災されたフィリピンコミュニティの子どもと女性へお届けしました。


お邪魔したマリアさん宅でお話をお伺いしました。

マリアさん:
宮城のフィリピンコミュニティ
「3,000人ぐらいいることはわかっていましたが、震災の後に宮城全体のコミュニティをつなげるようになりました。わかっている人にしか声がかけられないけど、そうやって集まってるのは仙台は100人ぐらいかな。あとMarumoriやKuriharaのコミュニティともつながっています。今日もこれから仙台でのメンバーお誕生日会兼ミーティングへ行きます。今日は20人ぐらいの参加予定です。仙台の国際交流センターで集まることや、やはり教会で集まることが多いですね。」

ソーシャルメディア
「最近はfacebookをよく使います。世界中どこにいてもつながるから(笑)もちろん、インターネットを使わない、使えない人もいるけど、使っている人の中では今は77人がfacbookの宮城フィリピン人コミュニティに入ってますよ」

ボランティア
「震災の後、3月に何度か石巻、気仙沼、南三陸町のアリーナへ炊き出し、物資支援などのボランティアに行きました。車4台ぐらいでフィリピン人25人ぐらいで行ったよ。もちろん自分達でお金を出し合いました。フィリピン人、外国人、日本人関係なく、自分の心から助けたかったから。」



マリアさん(右)のお隣の若い女性(左)は2年前に宮城へお嫁さんにこられたそうです。とても素敵なお二人でした。

お祭りで浴衣を着た写真を送って下さることと今後の相互のサポートをお約束しておいとましました。

Facebook!!! すごいなー。
フィリピンのカオハガン島から [2011年07月24日(Sun)]

RQ東北本部(登米)で毎夜繰り広げられる夜ミーティングで、フィリピンコミュニティの被災した子どもと女性へ浴衣&帯150セットをお届けすることをご紹介したら、女性支援や外国人支援に興味のある女性陣が声をかけてくれました。ライターのユキコさんとフィリピンのカオハガン島の活動をサポートしているミナさんです。


このパッチワーク素敵じゃないですか?色合いがなんとも言えない!!!カオハガン島のおばあちゃん達の手仕事だそうです。


こちらは子ども達の作品。いずれも売り物なのでお気に召した方は是非♪



今回はカオハガンからのメッセージとパッチワーク作品を「RQ被災地女性支援センター」でお預かりさせて頂きました。仮設住宅近くの集会場所か拠点に展示してご紹介します。
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