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志津川中瀬町の皆さんが仮設住宅へ [2011年08月04日(Thu)]

今日はお隣の避難所で約4ヶ月生活されていた南三陸町志津川中瀬町行政区の皆さんが地元に建設された仮設住宅に移るためのお迎えセレモニーが登米市の旧鱒淵小学校(避難所)で開催されました。南三陸町長がお迎えに、登米市長が送り出しに、地元の方々、そしてRQボランティア達も同席させて頂き、地元のお母さん達による神楽で式は始まりました。


トップバッターの南三陸町長は感極まって涙声で言葉にならない沈黙が続き、「お約束した通りお迎えに参りました。町として皆さんに無理ばかりお願いしてきましたが、それを我慢して下さった皆さんに本当に感謝しています」という言葉が続きました。


登米市長の暖かい送り出しの言葉、RQ代表広瀬さんは「中瀬町地区の皆さんは今後の避難所、仮設のあり方の導きの羅針盤になります」、そして中瀬町行政区の佐藤区長さんのご挨拶「私のような至らない区長に、ずっとついてきてくれた区民の皆さんに心から感謝しています」の言葉にはみんな号泣。


セレモニーの後はみんなで記念撮影。


そしてみんなで送り出しました。


少し長いですが、RQ代表広瀬さんから今日発信のメーリスで現地報告された内容を下記に記します。

この中瀬町の皆さんは沿岸被災地の無数の避難所でも特異な存在として多くのメディアでも紹介されてきました。それは佐藤区長の誠実で類稀なリーダーシップと、区民の皆さんの地域的結束力の強さを背景にしています。
被災後4日間、区長が日に20km近くも瓦礫を縫って大小無数の避難箇所を歩き回り、全地区民のみなさんの所在と生死を確認したこと。
鱒淵小にやってきたのも、地区民がそろってひとつの2次避難所(鱒淵小学校)に来ることを決めたこと。そして、被災地で初の地元民有地への仮設住宅の建設を行政に認めさせたことです。

今朝のセレモニーは多くのマスメディアの押しかける中、迎える南三陸町長と送る登米市長の涙と激励の言葉からはじまり、RQへの感謝の言葉が区長や両首長、住民のみなさんから繰り返し語られ、私も不覚にもマイクを前に込み上げる思いに言葉が出ませんでした。
これまでの中瀬町の皆さんの物語りは、日本の災害史に語り継がれる価値のあるものでしたし、それの片隅にでもRQが貢献できたことに強く誇りを覚えました。

この志津川中瀬の仮設にはRQも今日から駐在チームを置いて活動を継続していきます。
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