読書のすすめ 大東亜戦争とスターリンの謀略 三田村武夫 日米開戦の正体 孫崎享
副題 史上最悪の愚策(真珠湾攻撃)を解き明かす [2016年08月10日(Wed)]
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第二次世界大戦の勝利者はソビエト連邦 スターリンであった。
大東亜戦争、いわゆる日米戦争についてこのところ読んでいるが、 やはり現在を認識するには1945年8月の敗戦を見つめ直すことが必要であり 同時にこの戦争を日本が何故始めたのかを知ることである。 フーバー・アメリカ大統領ははっきりとルーズベルトが仕掛けた戦争 であると述べているが、日本国内においてはどうであったかということを 検証するためには,掲題の書籍がその真相を知るうえで役に立つ。 日本国内では、尾崎などの共産主義者が北進論〈対ソビエトとの戦争〉から、 南進論(対アメリカとの戦争)に誘導し、日本をして敗戦革命に持ち込もうと していたということである。彼らはアメリカとの戦争に全く日本が勝つ見込みは ないということを認識していたのである。 それは、スターリンによるコミンテルン経由での指示で、共産国への戦争には 反対させるが、資本主義国同士の戦争には賛成させる。日本とアメリカを戦争 させるというのがその狙いであった。 日本の真珠湾攻撃はその思惑にはまったということだ。(ルーズベルトの思惑にも。) その指示に違えたことはアメリカが日本を占領し、敗戦革命を日本で起こせなかった ということであった。恐るべし、スターリンである。 本書は昭和25年に“戦争と共産主義”という題名にで初刷りが発売されたが、 当時はアメリカ軍による占領中であり、GHQ(占領軍最高司令部)民生局では アメリカの共産主義者が主導権を握っており、同局の検閲官によってこの本は 発売禁止になってしまっていたと聞いている。 37年後の昭和62年1月に復刊し“大東亜戦争とスターリンの謀略”という題名に 変更し出版されている。 序に岸信介(元首相 安倍現首相の祖父)の言葉が載せてある。 “支那事変を長期化させ、日支和平の芽をつぶし日本をして対ソ戦略から対米英仏蘭の 南進戦略に転換させて遂には大東亜戦争を引き起こさせた張本人は、ソ連のスターリンが 指導するコミンテルンであり、日本国内で巧妙にこれを誘導したのが共産主義者 尾崎秀美であったということが、実に赤裸々に描写されているではないか。 近衛文麿、東条英機、の両首相をはじめ、この私を含めてシナ事変から大東亜戦争を 指導した我々は、言うならばスターリンと尾崎に踊れされた操り人形だったという ことになる。“(p329) “リヒアルト・ゾルゲ獄中記”の中でゾルゲは次のように自己の実行を総括し告白している。“私と私のグループ(尾崎秀美等)の活動は直接ソヴイエト連邦のためだけでなく、共産主義世界革命のためにも働いたわけである。” この戦争の勝者はアメリカではなく、ソ連のスターリンであったということになる。 アメリカ大統領 フーバー回顧録によれば、日本への経済封鎖は、ソ連スターリンと 米国ルーズベルトとの会談後に、急きょ実施された。弾を撃たないアメリカからの 日本に対する戦争布告であった。 石油の供給を止められた日本は北進論から、石油資源を求めて南進論に転換せざえる 得なくなり、真珠湾攻撃につながる。 ソ連はゾルゲ・尾崎からの情報によりシベリアに展開していた日本の侵攻に備えていた 膨大なソ連軍を、シベリア鉄道を使いモスクワ近郊に輸送し、増援を得たソ連は ドイツとの戦争に打ち勝ったのである。 また、ルーズベルトはソ連に対し航空機だけで1万4000機を援助している。日本のゼロ戦の 総生産量に匹敵する機数を援助したのである。その他軍用車両や機材だけでも 相当数に上がる。ルーズベルトがソ連を強大にしたといえる。 また、尾崎は蒋介石軍との和平工作も妨害し、日本と蒋介石軍を戦わせ、ともに衰退させ 敗戦に持ち込み中国を赤化させることを狙い、共産党の中国を目指していたのである。 戦前の国内にも共産主義者はいたが,特高警察に捕まっても、天皇制を容認すれば釈放 されていたようである。共産主義を捨てることを強制されなかったようである。 埴谷雄高が“瞬発と残響”の中で書いている。 “ええ、検察当局が転向させようとしますね。不思議なことはとにかく天皇が存在する ということを認める上申書を出しさえすればいいんです。天皇制の存在を認めれば マルクス主義を奉じてもいいという時代だったのですね。ぼくは上申書を書いたのですが ーー以下略“、上申書を出した埴谷は釈放されている。(p167) 昔、検察当局に転向させられて、右翼に転じて対米戦争を主張していた人々を嘲笑する人 もいたが、偽装共産主義者はコミンテルンのテーゼに従い、資本主義国同士の戦争を すすめ敗戦革命を目指していた。だから日本とアメリカの戦争開始に積極的であった ということであったということであったのかもしれない。 必ずしも軽薄であったから左から右に揺れたとか極端から極端に走るとかとみるのは 誤りであったと考えるべきであろう。 この本は、どういう立場をとるにしても一読することをお勧めしたい。歴史の流れが 見えてくることの指標の一つとなるだろう。 そして“フーバー回顧録を論ず”という、フーバー・アメリカ大統領の認識も 合わせてみることである。歴史認識の目のうろこが取れるほど価値観が変わるであろう。 現在の強力なロシアと中国を生み出したのは、アメリカのルーズベルトであった といってもおかしくない。核戦争の危機があった国境紛争、中ソ論争を経て、 中国とロシアの同盟がこの2国の長大なる国境線の不安を解消し、 大陸の中央部に巨大な経済園を構築してしまった。アメリカの失政・失策のつけが アメリカ自身に回っていくだろう。そして日本も同様に。 <データ> 大東亜戦争とスターリンの謀略 三田村武夫 瞬発と残響 埴谷雄高対話集 埴谷雄高 日米開戦の正体 孫崎享 副題 史上最悪の愚策を解き明かす 日米戦争を起こしたのは誰か。フーバー大統領回顧録を論ず 副題 ルーズベルトの罪状 加瀬英明、稲村公望、等 <データ> 第二次世界大戦(大東亜戦争)時 アメリカはレンド・リース法によってソ連に膨大な軍事援助を与えた。 戦車 7000両 装甲車 6300両 トラック 37万5000台 ジープ 5万2000台 航空機 1万4170機 筆者感想 ソ連軍はアメリカの傀儡軍?(p290) 日米戦争を起こしたのは誰か フーバー大統領回顧録を論ず ルーズベルトの罪状より <参考> 資料として、2012年度の主力戦車の国別保有数を下記に記載する。 戦時とはいえ、アメリカからソ連への軍事援助がいかに膨大であったか が認識できるであろう。戦車だけで7000両のすごさ。 2012年主力戦車 順位 国名 保有台数 1、中国 7400両 2、アメリカ 5855両 3、シリア 4950両 8、ロシア 2800両 20、日本 806両 32、ドイツ 350両 2012年 装甲車〈装甲戦闘車両・歩兵戦闘車> 国別 保有数 中国 2350両 アメリカ 6452両 ロシア 7360両 日本 68両 ドイツ 523両 注記、第二次世界大戦中のアメリカにおけるジープ生産量 64万7925台 対戦車バズーカ砲、又は2連重機関銃搭載可能 そのうちソ連への援助 5万2000台も軍事援助している。 バズーカとは、アメリカで開発された歩兵用携帯ロケット弾発射装置。 対戦車だけでなく、戦闘にも威力を発揮した。破壊力の高い大型のバズーカ は、ジープに搭載した。ジープは機動力に富み、有力な戦闘力となる。 バズーカもソ連に援助したかは不明。 |



