
読書のすすめ 琉球列島 3 アメリカ側の公聴会記録
3月20日付け琉球列島1、3月21日付け琉球列島2を合わせてお読みいただくと、下記の記述の内容がご理解いただけると思います。本書は絶版ですので図書館で検索するしかないでしょう。
1、沖縄復帰前ではアメリカ側での公聴会記録は“琉球人、琉球住民”、 と表記され、当時は日本人であり沖縄県民であるという認識はアメリカ側には なかった。アメリカ側の認識は原住民というようなとらえ方ではなかろうか。
2、日米安保条約があり、日本の領土内の軍事基地であるにもかかわらず、 日本に触れているのは大韓民国と同一というレベルであり、共産勢力による 侵略の抑止というグローバルな作戦のための基地として 沖縄のアメリカ軍事基地が認識されている。
沖縄のアメリカ軍基地から,爆撃機B52がベトナムを爆撃するために、この当時 飛び立っていた。
冷戦終結後、ソビエト連邦が崩壊し、沖縄をとりまく情勢は変化した。
中国の勃興と、北朝鮮の動向がきわどくなってきている。
3、アメリカ軍基地は“琉球人の労働力を必要とし、琉球住民がアメリカ軍の 軍事的存在に好意的な態度をもつことが必要とされる”とし、沖縄の住民が アメリカ軍に好意的になるように配慮をしている。
裏返せば、沖縄県民がアメリカ軍に好意を抱かなくなり、基地に就労しなくなると 基地機能が維持できなくなることを示唆している。
軍事基地は周辺住民と敵対するとその機能が減殺されるのでは なかろうか。
4、沖縄県民は、1945年の日本の敗戦後、1972年の日本復帰まで27年間も アメリカ軍の占領下におかれ直接統治されてきた記憶があり、 その間アメリカ軍に圧迫されてきたつらい記憶が濃厚にあり、心情的には 潜在的にかなり反米である。
日本本土は6年間で主権回復出来たが、27年間占領統治された恨みは 日本にも向けられる。沖縄県民にとってアメリカ軍の直接統治は 人間として扱われなかった27年間であったという印象を持つ人も多い。
小生は復帰直後から3年間、多くの沖縄県民とほぼ毎日泡盛を飲みかわした。
沖縄県民の心情を、深く配慮しなければならないと思う。
