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神奈川県 茅ケ崎市 雄三通りを散歩 加山雄三通り [2016年12月08日(Thu)]
神奈川県 茅ケ崎市 雄三通りを散歩
加山雄三通り

茅ヶ崎市の大通りといえば、今はサザン通りが知られているが、 東海道本線茅ヶ崎駅を降りて南口に出ると、海岸に向かう 雄三通り、―加山雄三通りともいうーが一直線に茅ヶ崎海岸に 向かって伸びている。20分も歩けば海岸にでる。

 名前の由来は、その通りの海岸近くに、映画俳優であった 上原謙の家があったからである。加山雄三{裕三}は そこの息子として生まれた。
現在では、サーフィン等は誰でも海で楽しんでいるが、 昭和30年代のころはサーフィンをするのは、当時、 中学生くらいであった加山雄三だけであった。 波乗りサーフィンなどのパイオニアであったわけだ。

加山雄三の父親、上原謙が、茅ケ崎にパシフィックホテル という海が見える円形のしゃれたホテルを建てた。 134号線沿いにあり白い円形のホテルは茅ケ崎のシンボル のような印象を当時は与えていた。

銀座で飲んで、銀座の蝶を、“海の見えるホテルにいこう“ と誘い、茅ケ崎のこのホテルに行くのが流行った時も あったらしい。朝起きたら”蝶と思っていたら蛾になっていた”などという 笑い話もあったと思う。 小生は、当時は、若くもあり、そんな器量もなく、話 で聞くだけであったが。笑

しかし、素人の経営であったのだろうか、このホテルは 倒産してしまった。加山雄三は数億円という借金を背負い、 テレビに出る時も長い間、同じジーパンだけで出ていたと思う。
数年かかり借金を完済するまで苦しい時が継続したようである。 奥さんの内助の功が光ったと思う。 しかし完済して立ち直ったのはやはりたいしたものである。


小生は、そういう経緯も印象に残っているのか、この雄三通り が好きだ。
この雄三通りを下っていくと、右側に酒屋があり名前は忘れたが、 珍しい酒を何処からか手当てしている店で、 酒通の人には知られている店がある。

さらに下っていくとアイスクリーム店plentysという店がある。 8種類のアイスクリームがある店で地元ではよくしられている 店である。当日も若い女性が順番待ちをしており、 そこに並ぶのはきはずかしく、通過した。

駅から丁度半分くらいのところに東海岸会館という交差点があり、 そこを左折して鉄砲道に入ると昔、翁(おきな)という蕎麦屋が あったのだが、それが、配達すし屋に替わり、 バイクが多数店頭に並んでいた。昔はこの道は田圃道で店は翁蕎麦くらいしかなかったのだが、 今はこぎれいな小さな店がぽつんぽつんではあるが並んでいた。

今は地名だけになっている東海岸会館前を過ぎて海に向かうと、 昔と同じように住宅街であった。上原謙の大きな家は、 今は無かった。やはり長い年月が過ぎ去ったと思わざるを得ない。
茅ケ崎の海岸沿いの松林はあったが、昔は134号線の道路から 海が見えたが、今は立派な防砂林となっていた。 むろん 道路から海は見えなくなっていた。

茅ケ崎海岸に出ると、相模湾が広がり、綺麗な海がキラキラと 光っていた。静かな海は良い。

<追記>
茅ケ崎の”浜降り祭”が良い。約30基位の神輿が、寒川神社を夜中の3時位に出発し 明け方、神輿ごと海に飛び込むのは勇壮である。 毎年6月頃は、これが楽しみとなる。朝から一杯ひっかけながら。
Posted by ゆう東洋医学研究所 at 11:19 | 散歩のすすめ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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