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旅のすすめ 国道136号線 伊豆・土肥温泉を散歩 温泉はいい。 土肥金山跡 [2016年09月22日(Thu)]
国道136号線 伊豆・土肥温泉を散歩
土肥金山跡


伊豆・土肥温泉を散歩。 温泉はいいものだ。
気楽な1人旅で、三島から136号線に抜けて土肥温泉に向かった。 土肥は、ガニと伊勢海老がうまいと聞いていたのでそれを楽しみに 車をゆっくりと走らせた。道は周りの人家が少なくなり、 田園と山と緑がまばゆい感じの道をひたすら走った。
梅雨の中日であったが、よく晴れた空を眺めながら修善寺を目指した。 バイパス道路が出来ているそうであるが、あえて136号線を周りの 風景を楽しみながら走った。段々と、山と緑が多くなり、 日本も都会を離れるとまだ土地が沢山あるのだと感心したりして、 変な感じ方をした。
 特に修善寺から土肥に向かう道は、アジサイの花が咲き乱れ、 梅雨の街道を走っていることを実感することになった。 しかし道はカーブが多く山の道路であるのでいくらかの緊張を持って運転した。

 土肥の町に入ると、あまり大きくない街並みで、ホテルや旅館が ひしめいていた。沼津からフェリーが来ており、この船を利用する人も 多いようだ。
早速、土肥金山の跡地の見学に出かけた。この金山は佐渡金山に次ぐ、 金銀の産出量を誇っていたそうで、1577年ごろより生産が活発となり、 1601年に徳川家康も金山経営に積極的であったそうだ。
当時の金山奉行の大久保長安によって生産量が伸び、 徳川家康の財源となっていたと思われる。 長安の没後、生産量が落ち1625年には閉山となった。
 明治39年に長谷川氏により再建され、生産量が伸びて、 住友鉱業、別子鉱業所と提携して金の採掘にあたったが、 昭和40年に閉山となってしまった。

現在は坑道跡が観光地として整備され、金の発掘現場をみることが出来る。 明治になってからの機械堀跡であるが丸太で補強され当時の採掘現場を 偲ぶことが出来る。近くには昔の手彫り跡も残されている。 伊豆に金山があることは知っていたが、土肥金山が佐渡に次ぐ 産出量があったとは知らなかったので新しい発見となった。

 防波堤に行くと釣り人が岸壁から投げ釣りで鯖を釣っていた。 錘15号位をつけ、はねつき浮を50M位投げ入れると、 大型のサバが釣れていた。脂が乗っていて今の時期のサバはうまいそうである。
小生は残念ながら、小型のメジナしか釣れず海に放流してあげた。
 宿はこじんまりとした御宿で、触れこみの通り料理は海鮮料理で 刺身とカニがうまかった。カニは大きく1人で食べるとカニだけで 満腹になるくらいであった。刺身とエビがおいしく、タイのかぶと煮も うまかったが少し甘口の味付けであった。
 温泉は温度が高く50度以上あり、入るまでに水で薄めるのに 時間がかかった。舟型の露天風呂は、のんびりとくつろげ貸切風呂 であったので好みの温度まで下げて、ゆったりっと温泉につかった。 たまにはいいものである。
Posted by ゆう東洋医学研究所 at 10:27 | 旅のすすめ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)
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