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千葉県知事選挙に思ふ [2021年03月22日(Mon)]
■熊谷俊人氏、当選!
開票前に当確が出た千葉県知事選挙。熊谷俊人氏が圧勝しました。私も応援していたので嬉しいです。
◆投票状況
千葉県知事選投票状況 確定投票結果(県選管・訂正発表)

当日有権者数    5,197,045人 
投票者数(計)   2,026,112人
投票率        38.99%
前回との投票率の差   7.81ポイント 

◆開票状況
千葉県知事選 確定開票結果 1時30分・県選管発表

開票率 100%
(立候補者・届け出順)
当確 熊谷俊人  無新 1,409,496      
   関政幸   無新   384,723 
   金光理恵  無新   122,932
   皆川真一郎 無新    20,256    
   平塚正幸  諸新    19,372
   加藤健一郎 無新    15,986
   河合悠祐  諸新    15,166    
   後藤輝樹  諸新    12,150
   ※法定得票数 500,020
   ※小数点以下の按分票は切捨て

■徒然なるままに思ふ事
傍で熊谷候補の選挙のごく一部に関わった私から、今回の知事選に思う事を徒然なるままにいくつか述べます。
@投票率の向上
38.99%(前回31.18%)。前回比で7.81ポイントも上昇しています。前々回は31.96%とさらに低かったので、今回はかなり持ち直しました。松戸市に限って言えば今回33.69%と全国より低いのはいつもの事ですが、前回26.01%、前々回は26.95%なので、推移傾向としては全国と同じですが、特筆事項として期日前投票の倍化が挙げられます。前回の約2.04倍になっています。理由としては、相次ぐ台風などの自然災害に加え当日の雨予報だったこと、コロナで密を避けたいという他、期日前投票所の充実もあると思いました。かくいう私も今回初めてテラモで買い物ついでに投票しましたので…。

Aまるで政党選挙?
各種新聞で所謂「泡沫候補」扱いされなければきちんと写真と政策がセットで掲載されますが、今回はそれが熊谷氏、関氏、金光氏の3候補だけでした。ほんらい地方議会は二元代表制ゆえ国会の様な議員内閣制ではありませんから、首長は議会全体と対峙する事が必要です。関氏は「自民党推薦」の上、現職森田知事の応援演説も受けていましたし、金光氏も「共産党推薦」と書かれていました。一方の熊谷氏は各政党の支援は受けつつも「無所属」で各団体ごとに政策連携をしていたようです。公明党は自主投票でしたが、一部自民党の議員も応援していたようで、モチロン、私のような無所属の議員も応援していました。
それにしても、今回の選挙は政党選挙さながらでした。大きい政党からは二連ポスターや毎週のように回ってくる広報紙が前面に出ていました。どこもタダでは応援しないのは仕方がない事かも知れませんが、政策と人柄で選んだ我身としては、首長は誰がなっても政党の思惑にからめとられないで欲しいなあと思う次第です。

B相次ぐ‘ネガティブキャンペーン’的行為
これはあまり書いても何の展望もないので詳細は控えますが、本当に酷かった。改めて、善政競争の重要性を痛感しました。

まだまだ言いたいことはありますが、詳しくは政治塾で話す予定ですので、この辺で。
賛否公開から国と地方を考える [2020年12月28日(Mon)]
■桜は心穏やかに愛でたいもの
桜を見る会「前夜祭」で会費で足りない分の差額を補填していたことが指摘されていた安倍晋三前首相が先週、不起訴となった。「ウソ答弁」を繰り返し、一国の首相を最も長く務めた人が’秘書のやった事’として知らぬ存ぜぬで通じるならば、政治だけでなく検察不信にもつながるだろう。公設第一秘書が略式命令されたが、安倍氏自身は議員辞職する考えがないことを示した。山口二郎氏(法大教授)は「権力の座から追放するのは有権者の務めだ」と言うが、その通りだと思う。
個人的に思うのは、前夜祭の「招待客」自身はどう思って参加されたのだろうかという事だ。ここまで騒がれて穏やかに桜を観る記憶を思い起こす事ができるのだろうか、心境が気になる。
                    
■地方からも国会の真相究明を求める議会でありたい
先週閉会した松戸市議会12月定例会の最終日、「国会審議の正常化と真相の徹底究明を求める意見書」(議員提出議案第21号)について賛成討論をしました。
12月議会の賛否態度からも分かる通り賛成は僅か14人で「否決」となったが、地方議会としても国に正確な審議を求めるのは民主主義の基本だと痛切に思う。国がこんなにやりたい放題では、地方も悪い意味で見習いかねない。
如何思われるだろうか。

■山中啓之の議会動画(録画)の討論はこちら
松戸市議会議会中継ページ
              ↓
この12月21日から4つ目の段にある
「議員提出議案第十七号から第二十一号までの五件を一括議題、議長発議により質疑・委員会付託省略、討論、採決」をクリック
              ↓
動画が始まったら29分付近〜35分頃をドラッグするとすぐ観ることができます(約6分)
よしなしごと [2020年12月08日(Tue)]
一般質問2日目が終わりました。
ある議員の質問の中で、ちょっと不適切では?と思っていたところ、やはりその点を他のある議員が指摘されていました。他人の宗教観に軽々しく言及しない方が賢明だという事は、教えられてから分かるというよりも周りの人と接する中で自得する人が多いのではないか、とも考えました。いやはや。

その他にも最近、民主主義とはどうあるべきかを考えさせてもらう機会に恵まれています。
組織の議論の質を豊かにするには本来、単なる多数決ではなく少数派に配慮した多様性の担保によって成立するという考え方が心に染みました。自分に余裕がある時に相手に配慮すれば、その恩が立場が逆になった時に返ってくるのだろうなあとも想像を巡らせました。大切なのはまず自分から与える事。余談ですが、本当に心が強い人は自分が劣勢な時にも自分より強い相手を想うことができるのではないか、とも思いました。

それにしても今日は色々な職員の仕事ぶりを拝見する機会がありました。
公務員は誰がやっても同じなのか、人によって違うのか、違うとすればそれは何処か等、日々感じ学ぶ日でした。
日々、勉強になります。
SDGsとは何かとふと考える [2020年08月21日(Fri)]
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■松戸のSDGsの取り組み
議会棟の書棚に通知が来ていて見てみると、「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」とやらに先月入会したそうです。
http://future-city.jp/platform/
※HPには6月末までの更新のため松戸は未だ掲載されていない模様。
どこもかしこも「SDGs」と言えばなんとかなると思って行動が伴っていなかったり、キャッチコピーで大したことやってなかったりと辟易していたので「何やってるのか具体的に教えて」と担当課の連絡先に問合せてみると、やっぱり情報共有位でした。目に見える成果がなかなか検証されないことが多いので、その辺をしっかりと頑張って欲しいものです。

それにしても誰の書棚と間違えたのか、私のところにこのお手紙が5枚も入っていたのが先行き危ぶまれますが…。
PS.そういえば10年位前に「減CO2大作戦(※CO2を減らす取り組み)」を松戸が標榜していた頃、市民会館のイベントに出たら、帰りに参加者にノベルティを配っていて『オイッ!』と心の中で突っ込みを入れながら辟易したのを思い出しました。
お上がやっているからと事務的にやるのではなく、担当者からまず意識が変わって欲しいですね。
生き方とジブリ作品 [2020年06月26日(Fri)]
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■『もののけ姫』を観る
先週議会も終わり、今朝控え室で仕事をしている際、ちょうど「関さんの森」で活動されている方からの文章を頂きました。関さんの森は事務所から徒歩10分ほどで行ける最も近い「森」です。この度、森の活動と都市計画道路(337号線)建設の経過を書いて、由緒ある大日本山林会の出版物『山林』に寄稿したところ掲載されたというお知らせを頂き、早速その資料を拝読しました。「開発vs自然」から「共生」の構図への転換を実現することができたのは、紆余曲折を経ながらの双方の歩み寄りがあったことが再確認でき、私なりに胸を熱くしました。新松戸駅東側土地区画整理の問題も抱える今、これからの行政と市民自治の関係についても普遍的かつ重要な示唆を与えてくれる運動だったことが分かります。
                      §
さて、今日からジブリの名作が全国372館で特別上映されるため。夜はテラスモール松戸の映画館へ行きました。どれを最初に観るか迷いましたが、一番好きな『もののけ姫』にしました。自然に吸い寄せられるように、これも何かの縁かも知れません。
輝竜会館で観た高校の時から数えて23年ぶり3度目の劇場鑑賞になります。TVを入れたら何度観たか分かりませんが、それなのに大スクリーンで鑑賞すると、半生前には気付かなかったことに気付かされたり、自分なりの理解が更に広範に深まるのがスタジオジブリ作品の魅力だと思います。
アシタカはじめ登場人物の言動には生きるために必要なことが全部詰まっていて、雑味がありません。コロナの時代に観ると、命とは何か・生きるとは何かをシシ神を通じて私たちに問いかけているようでした。
また、いつかアシタカのは完治するのではないかとすら思えました。一方で、当時‘人類はいつか自然破壊の悲鳴によるしっぺ返しを食らう’と強く信じていた私の認識は今、‘自然のしっぺ返しと並行して人間同士の諍いにより(自然界の動き以上に早く)大打撃を受けるのではないか’へと変化しました。適うはずのない大自然相手に共生の道を模索する以前に開発者(=人間)同士で争い、そのスピードは10年毎にどんどん加速している気すらします。一縷の望みを感じるエンディングとは裏腹に、現状への危機感を強くしました。
共生は、身を賭してしか得られない。民主主義も同じ。スマホもSNSもなかった時代だからこそ純粋に生身を投じることができたのだと思います。人間は常に自分たちの生き方を内省し、己の「痣」をみつめて生きることが重要なのだと意を強くしました。
【本日最後】ひとりごと [2020年06月10日(Wed)]
【今宵ひとり思う】
忘れぬうちに。今日の議会、昼の休憩時間の長さは、任意交代の「協力要請」に応じない議員(私と中西議員)に対して納得せず離席した松政クラブの複数の議員が席を立ったことに端を発し、定足数が足りなくなる事を懸念した山口栄作議長が休憩したことにより始まったことが、休憩明けの議長の説明でようやく判明しました
(そもそも、こういうケースの想定すらせぬままに円滑に議事進行がされると思っていたとしたらその方が個人的には驚きですが…)。

■協力要請
言うまでもなく交代の「協力要請」は文字通り「協力」を求めるものであり、最終的な判断は個々の議員に委ねられていることは議運でも議長の口から確認されています。。各議員が自分の考えに基づき責任のもとに判断を下す。その結果はほかの全ての議員も尊重すべきであり、出席する/しないも・自分と同じ選択/違う選択の議員も同様に許容するべきです。現に、私は出席する/しないそれぞれの議員の選択を尊重しています。

当然この交代制による離席というものは各議員の自主的な協力によるものであって「強制」されるべきものでも「同調圧力」をかけて得られるべきものでもありません。結果に対して後からあーだこーだ言わない覚悟がないのなら、事前にしっかりとルール・規則にする手もありますし。なにより議会に出席させて頂きたい意志(←議員があえて『議会に出席したい』と言う機会もそうそうありませんが)は、議会が始まる前から議運で発言を求められて明確に表明していますし、要望書の形で段階を踏んできちんと文書で山口栄作議長及び城所正美議運委員長へ意見表明もしています(共に5月15日)。その後、念には念を入れて議会が始まる前に協力が強制を意味しない事は、他の議員と共に議長のところへ出向いて(事務局長・議事調査課長同席の元で)わざわざ事前に確認しています(6月1日)。

■招集日以降の議会
しかし、どうしたわけか、一旦議会が始まると、事態は予想外の展開を見せ始めました。交代の「協力要請」という言葉の「協力」という言葉は次第に影をひそめ、「交代要請」という言葉が「議運の決定」という言葉とセットで使われるようになってきました。
そして初日から、まるで(他の人たちは協力しているのに)協力しないほうが悪いと言わんばかりの批判めいた発言が集中的に私と中西議員に向けられました。嫌味とかのレベルではなく、明確に「なぜ協力しないのか」・「(協力しないのは)信じがたい」等と言われ、とても心外でした。その発言の底にあるのは、それぞれの議員の選択を尊重しようという多様性のある議会ではなく、‘協力要請’に名を借りた実質上の‘協力の強要’なのではないかと感じました。

私はともかく、新人議員の中西議員は初めて議会という世界に入り、以来、議会のあり方について関係書物や規則を読み込んだり、時には私と政務費で研修会に参加したりして全国の優れたベテラン議員たちと論戦を交わすなど、今まさに勉強している最中なので、議会の現実に心境も複雑だったと思います。

「協力」――文字の意味通り自主的な行為を意味する言葉が、市民力の2人が多数派の意に沿わず議席に座っていたことを後になってから大きく騒がれ、たび重なる議運で「約束」「ルール」「決まり」等々、様々な言葉に換言されてニュアンス以上に異なる強い意味を有しているかの如く使われ、またそのことに賛同する意見はあれど、こちらの違和感と問題意識に気付いてくださる方は委員の中にほとんどいないようでした。

議運メンバーでない私は基本的に発言権がありません。事実ではない無根のことを委員が話してそのまま議事録に残されたこともありました。2年前の懲罰の時を思い出し、非常に恐ろしい感覚に襲われました。
このような中で議運を傍聴するうちに、私の頭ではどう考えても意見の多くが協力を求める性質のものとは到底思えない発言だと感じることが回数を重ねるたびに募ってゆきました。

■いま、果たして何の議論をするべきか
【論点@】大事なのは感染防止策の充実か、多数派が主張する協力要請に徹底的に従わせることか?
一番残念だったことは、議論の大半がコロナ対策の最もふさわしいあり方の知恵の出し合いよりも、‘協力しないのはいかがなものか’という意見に時間の多くを割かれていたことです。まさに私が前から懸念していた通り(5/15のブログに書いた要望書参照)、協力しない議員のレッテルを貼られてしまったことでした。そうならないように、慎重に何度もこちらから事前に状況を確認したのにもかかわらず、です。それを後から騒ぐのも自由なのかも知れませんが、その人たちを止める権利は私にはありません。

もはやコロナ感染防止対策を充実させよう(そして、議員が参加できる状況を確保して、議会全体の機能を充実しよう)という具体策は何も語られることなく、専ら議運が決定した半数協力要請に対して‘協力’していないことが問題だという論調に議論が終始しているようでした。

これが私の勘違いでなければ、議運の議論はもはや本末転倒です。
でも。もし私の勘違いでなければ、もっと各人が知恵を出し合って新しい建設的なアイデアをどんどん出そうとするはずだし、「協力」の要請に名を借りた「自粛の強要」同然の度重なる確認などは行われないはずだとも思うのです。
いずれにせよ、私には尊重されるどころか、痛烈に批判されているようにしか感じられなかったのが正直な気持ちです。
私の感覚では普通、人に協力をお願いする時は決して高圧的に相手を不快にさせるような言い方はしないでしょう。批判と相手に取られてしまったらもう協力が得られないから、そこは必死に工夫した言い方をすると思います。少なくとも自分なら。・・・まあ、私に不当な懲罰を科したり処分要求書を出したりする人たちと感覚が同じであることなど毛頭期待していませんでしたので、ある意味、議会多数派の前における私の常識など通用しないと考えたほうが良いのかもしれません。
ただ、ソーシャルディスタンス云々を言いながら、(全く同じように隣に議員がいる状態でも)議運が認めた採決等の時間帯については何も文句言わない一方で、(交代制で想定外の時間帯に)自らの意思で出席する者に対しては急に「ソーシャルディスタンスを守ることができなくなった!」と主張しはじめるという、あの許容範囲の感覚は一体どこから来るのか私には理解に苦しみます。議運の交代制案が「2m」間隔の担保もできていないところから考察するに、もはや滞在時間(t)や距離(m)の問題じゃないのでしょうか・・・。

【論点A】コロナ感染防止対策をより具体的に考え実践するべきではないか
先日(6月10日)書いた通り、議会もついたて(パーテーション)を用いるなど、それなりに対策をしています。市民力はこの「交代協力」以外の対策には全て協力しています。また、議運に入れないため議長にも直接色々とアイデアを提案をしました(結局認められたのはフェイスシールド着用くらいでしたが)。
そこで、議会としては徹底していないけれど、市民力(山中・中西)は以下の具体策を講じた上で議場に参加しています。今のところ下記の全てを表明&実施している議員は他に1人もいらっしゃいません。
★1.フェイスシールドの着用
★2.議会中毎日、議場入場前に自主的に「検温」の実施
★3.37.5℃以上ある時の「自己申告」及び「医療機関の受診」
★4.議場入場前のアルコール消毒の徹底


【論点B】議員の犠牲で成り立つ「協力」策のみに固執する必要がどこにあるのか
今回議運で決められたのは単に空席を設けて1席飛ばしの議席で座るという案。このアイデアの成立は、議員が自らの出席の権利を一部捨てることによって成り立つものです。これが議運の言うところの「協力」。では、市民のために存分に仕事をすると「協力」できなくなります。果たして「協力」しない議員は悪いのでしょうか?他の議員からの批判対象になるべきでしょうか?
                        ¶
それにしても、3月議会の予算説明会にも議案説明会にも出席されなかった山口栄作議長に、私や中西議員が公務である本会議に出席することについて何度も繰り返し「議会に出席するのか」と議場で確認されたのにはホント閉口しました。

市民のために仕事をすればするほど当たりがキツくなる議会って、一体なんなんだ…。
41歳になりました [2020年05月28日(Thu)]
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41歳になりました。いつもと変わらぬ日を過ごしていましたが、例年になく沢山のお祝いやメッセージありがとうございました。後半の人生、より悔いなく生きて参ります。
今日は役所の紙ごみ出しの日。早めに出せよというキツい目線を感じつつ、控え室で仕事(途中からプレゼントで頂いたエプロンで大掃除)していましたが…。
昨日は家で料理を作り合い(写真はFBに!)今日もその続きを食べるつもりでしたが、そういえば緊急事態宣言の解除が当初の予定から1週間ほど早まってくれたので、チラシ配布がてら夕食は近くに食べに行こうと久々に家族で和食を頂きました。明日からも頑張ります。
「stay home」に考えるよしなしごと [2020年04月26日(Sun)]
■最近のstay home中のアタマの中
最近は自由に体を動かすことも憚られ、室内に籠りがちなので頭の中を活発にせざるを得ません。そんな中で考えている事・思う事を2つ抜粋しました。
1.マスクの配布と供給について
まだ届いていない例の「2枚のマスク」ですが、国会周辺ではマスクの話題に事欠きません。安倍首相が全世帯に2枚のマスク配布政策に対して批判があるとして朝日新聞記者が質問をした際、首相は「御社のネットでも布マスク3300円で販売をしておられた」と高額なマスクを引用して議論になり、実は150回も繰り返し洗って使える高性能マスクだと判明してSNSで炎上、製造元メーカーのある泉大津市長が官邸に直接出向いて持参されたマスクと共にその意義を説明する事態に至りました。
                     §
品薄になり店頭でマスクを見かけた事は一度もありませんが、チラシやネット広告で見かける限り、一般の不織布マスクは先週まで50枚で5千円程度と1枚100円前後が相場という認識でしたが、今朝の新聞広告で100枚6980円のを見かけました。若干相場が下がっている気がします。
今以上に大勢の感染者が発生しない限りは今後、各メーカーの増産努力により、徐々にですが廉価になってくるのかなと(100均マスクしか手に取った事のない私は)儚い期待をしています…。

2.歳費削減策の目的は
こちらも国で議論されている話です。「歳費の2割削減」をすると国会議員が息巻いており今月27日にも法案が通る見込みですが、普段から「議員報酬を削減してでも政務活動費を充実するべき(理由:仕事している議員に必要な額を活用できるようにする為)」と考えている私ですら、この削減の目的は何だろうかと考えてしまいます。
多くの国会議員は「自ら身を切ることで、国民に寄り添う」とコメントしているようですが、年額で約310万円程度。歳費以外の文書通信交通滞在費・政党助成金・議員宿舎の家賃優遇など総合的に考えれば実態は3%程度の削減にしかならないとも言われています。
概算で、国会議員(約)700人×310万円=21億7000万円。
今回の約16.8兆円第一次補正額に比べれば、財政的な影響は微々たるものと言わざるを得ず、これでは政治家のパフォーマンスと批判されるのは無理のない事です。
                    §
翻って松戸市議会。
「議員定数の削減」の理由の一つとして財政面への寄与が挙げられることがありますが、その際にも、議会の研修会で招いた講師ですら「財政削減という理由で定数を削減するのはいかがなものか」と、その影響額の小ささを指摘されていました。
折しも明日は幹事長会議があり、新型コロナウイルスについて今後の対応が話し合われる予定です。やる事は山積しています。しっかりと目的を明確にし、それに相応しい手段を講じる事ができるように注視したいと思います(私は傍聴ですが…)。
中日の応援歌が禁止となった件から政治を想ふ [2019年07月03日(Wed)]
■サウスポーの独り言
中日の応援歌にいちゃもんが付き、使用禁止となった件。
なんでも球団や監督から「お前が打たなきゃ誰が打つ」という歌詞の「お前」というフレーズが相手に不遜な態度で、かつ教育上良くないという理由らしい。何故今更。とかくこの世は窮屈になりました。
でも、昨日の対巨人戦では坂本の打席で「お前」と巨人ファンからの一斉応援で使われていました。野球界で統一見解があるわけでもなく滑稽で滑稽で…しかも一番の当事者である選手本人たちからの訴えもないままに、'外野(それも一部の)'が決める面妖さ。
こうしてプロ野球ファンが減っていく一因となるのでしょう。
                   §
…ただ、まだ救いはあります。それは、問題とされる文言(=ここでいう「お前」)が特定されている事です。文言が特定されているという事は、そこを争点として是非の議論が前進するのです。
文言の特定が行われずに処分されるのは本当に恐ろしい事だし、現代の民主主義の真っ当なあり方とは思えません。なんとなくで処分されたら皆さんはどう思うでしょう。自分でなければいいや!と思う人もいるかも知れません。しかし(ちょっと考えれば分かりますが)明日は我が身かもと想像力がつく人は、自分ができることをして世の中を僅かでも良くする方向に持って行く方が暮らしやすい社会になるのではないでしょうか。
                   §
今日から選挙が始まります。
強引に数の力で民意を踏みにじる事のない候補を私は選ぼうと思います。国の行方が決まるのだから。
以上、サウスポーの独り言でした。
環境省の決定に思ふ [2019年06月05日(Wed)]
■環境省がスーパーのレジ袋の無料を一律禁止に
レジ袋無償配布、一律禁止へ=五輪までに−環境相方針
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060301079&g=soc

環境省が東京五輪2020までに上記の方針を実現したいようだ。

何でもその場限り、1回限りの使い捨てをやめる意識は非常に良いと思う。

できることなら政治家(候補者)も、その場限りの「マニフェスト」の選挙後のポイ捨てを禁じる法律を作ってはどうだろうか。

大事な政策はいつまでもマイバッグのように身に着けておくべきだと思う。

・・・薄っぺらいのはレジ袋の厚みか、それとも。
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