【週末近況】映画『私たちの話し方(The Way we Talk)』に感動! [2026年04月06日(Mon)]
 ■映画『私たちの話し方』鑑賞しました 3/27〜公開中の香港映画『私たちの話し方』を観ました。(ネタばれ少々ありますが、感動に影響はないと思われます。念のため) 『笑む』と『コーダ』以来、久々に手話関連映画で楽しみ。一時はどうなるかと心配された柏のキネマ旬報シアターに4800万円もクラファンが集まったとの事で嬉しさもひとしおで足を運びました。 § 耳の聞こえない「ろう者」たちが主役。聞こえる人間は、ややもすると彼らを「聴覚障害者」とひとくくりにしてしまいがちですが、彼らの中にも育った環境が違い、ひとからげに「仲間」ではない事に気付かされます。 人工内耳の広告塔として自らも人工内耳を着用し、CMにも出演し「聞こえる人」として‘普通’の生活を送ろうとする‘恵まれた’女性と、口話教育と闘いながら幼少期から手話のみを使い続ける事に誇りを持つ逞しい青年、人工内耳を付けて手話と口話も併用する若者らが本音でぶつかり合います・・・香港では2010年(つい最近!)まで早期社会適応のためにろう学校では手話が禁止されおり、ろう者やろう社会の内部にあるグラデーションにまで思い切り踏み込んだ作品です。
■科学技術によって手話はいらなくなる? 前半のハイライトシーンで人工内耳を付けた女性が「科学技術が発展すれば、この世からろう者はいなくなります」というセリフはとりわけ衝撃的でした。果たして本当にそうでしょうか? そもそも全ての人に人工内耳が合うわけではありませんが、たとえ合ったとしても、本当にそれでいいのかと(ろう者に言われる事で一層)あなたはどう思う?と問いかけられた気がします。 § この映画の魅力は、それぞれのろう者が(味方であるはずの)家族や友人や社会の偏見と闘う時の気持ちは(伝える方法が違っても)同じようなものだというところをダイレクトに健聴者にも伝わるように描いているところです。又、正解のないところで正義をぶつけ合うだけで終わらせず、互いが互いの話し方に歩み寄る決断をして、人一倍努力し、習得を通じて相手の世界と関わり合い、交じり合う温かさです。 深刻なテーマですが、湿っぽくならずに真正面から人生に向き合う青春映画。手話を全く知らなくても楽しめます(ヒロインのろう者も初めは全く手話を知らない)し、私のように手話をかじった事のある人間なら、香港と日本の手話表現や価値観の共通点と相違点も楽しめます。 § 毎回思うのは、聞こえたり話したりすることは、決して当たり前ではないということ。 元から聞こえる人もいれば、血の滲む努力で生きている人も少なくないということ。 必至で伝え合う結果、意思疎通が図れた時の喜びは人間として共通の大きな喜びだということ。 更に(議会に長くいたせいか)私が思うのは、伝える&理解する能力が一応あるのに、心が無くて伝えない&噛み合わないやり取りをしているケースが社会には多く、それは当事者が不毛なだけでなく、社会の進展を遅られる原因になってしまうということ。 乱暴な言い方をすれば、どこの世界も結局、真剣な人をあしらっているのは「自分が不利になったり、面倒臭くなる」から。ちょっと面倒でも工夫して歩み寄れば、大半の事は解決するのではないでしょうか。
『あなたの手話には、心がある』ーこれは映画の中でお気に入りのセリフ。実際にろう者から言われたら、シビレるだろうなあ!!
たまたまSNSで流れてきたのですが、手話仲間たちも知らなくて誰も観てなかったので、お勧めです! ※というか役所の職員や議員など、公共に関わる人達は今すぐにでも観て欲しい…
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Posted by
山中 啓之
at 12:17
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手話
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