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松戸政治塾
松戸政治塾とは、大学生が政治参加することを目的とした、学生主体の活動組織です。
主に、千葉県松戸を中心に活動しています。
地元議員のお手伝いから、市政視察旅行企画など、学生しかできないことをしています。
メンバーの大学はいろいろ。学部だって、出身地だって違います。
ただ、ちょっと政治に興味があることが共通点のそんな私達です!!
会議で話し合ったことやアイディア、日々の生活で思ったことなどを書いていきます!!
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大雨に感じたこと[2015年09月11日(Fri)]
大雨により、多くの被害が出たことにお見舞い申し上げます。

私の住んでいる地域は、9月10日午前中大変な雨が降りしきりましたが、
午後は止み、道路の状態も安定していました。
松戸市の大雨の影響により発令されていた避難準備情報も、
9月10日午後7時15分をもって解除されたそうです。
http://www.city.matsudo.chiba.jp/

しかしながら茨城県常総市など、沢山の方が今も避難をしている地域もあり、心配です。
みんなが無事で、早く落ち着いた生活を取り戻せますように。。。

普段は殆ど閲覧しない市のHPですが、
こういうとき、最新の情報を提供する自治体の重要性に気付かされます。

今日も、普段がいかに平和なのかを実感しました。
平和に無事で暮らせるありがたさをしっかり受け止めて、
日々を過ごして行きたいと思います。
全速前進[2014年03月25日(Tue)]
こんばんは、こむろんです。


喜劇王、そう呼ばれてチャップリンはどう感じていたのでしょうか。

「Next One.」、己の最高傑作を問われてそう答えるチャップリンは、どう思っていたのでしょうか。

今となってはわかりませんが、次を見据え続ける芸術家が、自分に満足して快く「王」の呼称を認容していたのだろうかとも思います。

ぼくも、彼の様に次を視ることを意識したいです。

進もうとしなければ、

きっと止まることさえ危ういんでしょうから。

前へ前への気概を持ち続けようと思います。


ありがとうございました。


こむろん
フー子な活動[2014年03月15日(Sat)]

こんばんは、こむろんです。

3/14(金)、松戸の役所を活用しようという分科会の活動報告を聴きました。
4人の分科会で、楽しみながら、スポーツ施設や図書館、銭湯といった施設を調べ、
分科会のサイトを作成し、
実感をもとに役所の特徴を伝えるこの分科会に、
自分が最も魅せられた点は、
やはり、
「楽しみながら」活動するというところ。
それ自体すばらしいことであり、それが更なる活動への原動力となる。

楽しんで、
巻き込んで、
広げて行って……そんな活動が、理想の活動です。

楽しまなければ、損ですね!



ありがとうございました。


こむろん
ギュゲスの指輪[2014年03月07日(Fri)]

 こんばんは、こむろんです。
 いつもお読みいただきありがとうございます。

 わたしは小学生の頃、夏休みになるとよく、親が出勤するや否やゲームの電源を点けたり、
テレビの前に横臥して悠々と番組を観たりしていました。
 おかげで夏休みの宿題と長いお付き合いをしたものです。
 それが今も体に染みついているらしく、拭い去るべく克己に励むさなかです。

 そんな風に、見られていなければ、あるいは見抜かれなさそうであれば不正を犯してしまうこころは、紀元前から指摘されていたようです。
 ギリシアのプラトンによる『国家』の第2巻に登場する羊飼いのギュゲスは、たまたま手に入れた指輪の玉受けの部分を捻ると、自分が見えなくなることを知り、彼が仕えていたリュディア王の妻を寝とった上に、王を殺害して王座に着いてしまいます。
 そんな紀元前にもあった不正は、今日まで綿々と受け継がれています。
 そもそもとしてそういったことをしない心を養うことも必要ですが、開かれた仕組みづくりも重要です。
 たとえば情報公開をお願いするまでもなく、情報に接しやすい体制の方が、ずっと不正も怠慢も減るでしょう。これは時代の、たんなる一過性の関心事に収まらない要請でもあります。

 わたしとしては、積極的に情報をつかむことが奨められるよりも、積極的に情報を公開することがふつうになるのを望みます。自分におきかえてみても、不正をして心が疲れないことなんて、決してないですから。やはり、隠さない方が誰にとっても良いことなのです。

 ありがとうございました。


 こむろん
インフルエンザ[2014年03月03日(Mon)]

ぼくは先週初め、インフルエンザに罹りました。

こんばんは、こむろんです。
そんなインフルエンザが治ってから間もない日曜日(3月2日)、
慶應義塾大学日吉キャンパスにて催された
「伝えよう!地球温暖化」プロジェクトフォーラム
に参加しました!
これは、そこで聞いた、起業家の藤田志穂さんの言葉。
「地球温暖化はインフルエンザです。」


ぼくは先週初め、インフルエンザに罹りました。

家族に同じ型のインフルエンザと戦っていた人がいたので、
うつされたと考えるのが妥当です。
でも振り返ればその考えは、同時に妥協でもありました。
周りに患者がいたのだから、自分が罹っても仕方ないことだ、と。
けれど、周りに患者がいたからこそ、より丁寧に予防を心掛けて、
健康を保つこともできたはずなんです。
ので、インフルエンザは、自分の甘さが招いたこと。

地球温暖化も、人間の甘さが招いたこと。
だから、わたしたちの努力で治さなければなりません。


ぼくは先週末、インフルエンザを治しました。


去る者は跡を濁さず、次の世代に引き継ぎたいものです。


ありがとうございました。


追記
一つ前の記事に関連して。
同じく「伝えよう!地球温暖化」プロジェクトフォーラムにて、
慶應義塾大学の小林光さんが零した言葉。
「トイレに行けば会社の良し悪しがわかる。」
きちんとトイレ掃除をして綺麗にすることを当たり前に出来ているかどうかが、
わかって仕舞うんですね。
東京五輪決定に思ったこと[2013年09月09日(Mon)]
日本中が湧いた9月8日、2020年のオリンピック東京開催の決定。
私も例外でない。

…と同時に、「7年」という歳月はどういう歳月だろう、と考えた。

7年といえば小学1年生の男の子が立派な中学生になるだけの歳月だ。
名も無き部活に励む女の子が世界レベルの競技力を発揮できるようになるだけの歳月だ。
今、期待のルーキーとか新星とか呼ばれて注目されているアスリートが、「ベテラン」と呼ばれていたり、ひょっとするとすでに引退しているというだけの歳月だ。

見た目から日々成長を続ける少年たちの7年にはたくさんの夢が詰まっている。
大人の7年にだって夢が詰まっていることには変わりないけれど、
漫然と生きていたら、あっという間にすぎてしまいそうな7年でもある。

私の7年はどんな7年になるだろうか。

些細な事でもいいから1つでも2つでも
「これをやってきた」とか
「こんなことを成し遂げた」とか
「この夢にむかって進んでいる途中だ」とか
キラキラしながら人に語れるそんな7年にしたい。
そしてさらなる夢と希望を胸に、東京五輪を観戦したい。


創造的人生の持ち時間は10年、と言う人もいる。
逆に言えばそれだけの歳月があれば自分の一生分の生き様を示すことが出来るということだ。


まずは2020年・東京五輪の開幕まで、
私の7年を力を尽くして生きたい。
自殺と残った人と思ったこと[2013年08月27日(Tue)]

http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20130827-1179343.html

宇多田ヒカルのお母さんが投身自殺でなくなった。
お母さんの精神的な不安定さは宇多田さんが幼少の頃から徐々にひどくなっていったとある。

お母さん自身もお父さんも宇多田さんもきっとそれぞれに傷ついたり悩んだり、
つらい思いをたくさんしたんだと思う。

それでも人が死んでしまえばもっともっと悲しいし、
死んでしまったら人は過去形でしか語ることが出来ない。

宇多田さんのコメント
「笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。母の娘であることを誇りに思います」
は、なんかすごく美しい感じがするけれど、
それで残された人の悲しみは消えないし、心に受けたダメージも消えることはない。

結局どんな理由があっても、生きていることにどんな苦しみが存在しても、
自殺から創造的な何かが生まれることはなく、
死んでしまったその人に新しい価値が加わることもない。

宇多田さんのお母さんのことなんてなんにも知らないのに、
ニュースを知って、記事を読んで、
なんかそれがすごく心に引っかかった。



宇多田さんのお母さんのご冥福をお祈りするとともに、
どんなに生き辛かったり、苦しかったり、悩んだりしても、
自殺はやめようと改めて思った。
自ら死んでしまって「◯◯な人でした。悲しいです。」とか言われたくないなと思った。

死んでから語られるんではなくて、
生きているうちにいろんな人と語り合いたい。

死んでから語られるんではなくて、
生きているうちに何をし、何を残したかを見てもらいたい。

そうやって生きたいと思った。
ドキュメンタリー「アメリカ政治を担う若者たち」[2013年08月25日(Sun)]
友人の紹介で「アメリカ政治を担う若者たち」というドキュメンタリーを観てみました。

高校時代から政治活動に関わってきた「大統領になりたい」と夢見る3人の若者の行動や考えの変遷を追ったドキュメンタリーです。
本気で、真剣であればこそ、政治に対して希望を持ったり、落胆したり、悩んだり、落ち込んだり。

アメリカっぽいガツガツした感じにやや気後れしましたが、
それもこれも本気で真剣に考え、
その考えを形にしたいという意志と行動があればこそのもの。


一人が発した「世の中に良いインパクトを与える人間になりたいんだ」という言葉がすごく刺さりました。その思いは自分の中にもあるものだから。
気後れしている場合ではなかったです。


もちろんある方法論や意見、行動の仕方に対する好き嫌いって誰にでもあるものだと思います。
でも、
「自分を社会の中でどう活かすか」
「どんな生き方をするのか」
という問いは、すごく深いものであり、ぼんやりと考えているだけじゃ決して何にも結びつかないのだという危機感を覚えました。


本気なら抽象的にも具体的にも常に考え続けなくちゃいけないと思うし、
考えたなら、行動しなくちゃいけない。
行動したら、それに見合う結果を引き寄せよう。


人生の長さなんて今の自分では知る由もないけれど、
「今この瞬間」は今しか味わえず、その一瞬一瞬で人生が構成されているのだと考えると、うかうかしてられないなと思います。


どうやって社会の役に立つのか。
どうやってより多くの人々の幸せの実現に寄与するのか。
どうやって世界の平和に貢献していけるのか。

私はそれらにすごく大きな関心があります。
このドキュメンタリーに出てきた3人の若者に負けないくらい真剣に考えて、行動できる人間になろうと心に決めました。
映画「少年H」を観てきました[2013年08月14日(Wed)]
映画「少年H」を観てきました。

原作を小学校2年生の時に学校の図書館で借りて読んだ、と言う記憶が。
分厚い上下巻の本でしたが、その厚さに惹かれたのか手に取り、読みました。
すべての漢字にルビがふってあった親切な本だった、とおぼろげながら覚えています。

その頃の私の感想は
なんで日本は戦争したんだろうな。戦争は怖くて嫌なだけなのにな、
というものだったと思います。


今、おとなになって改めて映画を観て、その頃には感じなかったり気づかなかったりした新しい発見もたくさんあります。

でも、一番大切にしたい思いや考えは、小学校2年生の私が感じたことと一緒じゃないかな、という気もします。



第一次世界大戦、第二次世界大戦
当時の日本の外交や報道の様子、陸海軍の状況や国民全体の雰囲気や意識・・・

かいつまんでではあるけれど、それらの状況を知れば知るほど
人間の弱さや流されやすさを見るようで、なんだかすごく怖い気持ちになります。

「戦争はいやだ」と反省し、創りあげられてきた今の平和も、
過去に繰り返した失敗や人間の忘れっぽさ、情報の流れ方によって変わる人びとの考え方や風潮を考えると、「私達は絶対大丈夫」とはとても言えない気がして怖い気持ちになります。



Hのお父さんは、広い視野で世界を見渡すことの出来る人でした。
その教えを受けたHもちょっとのことで流されてしまわない、純粋な自分の意見を持って行動することのできる少年でした。

それだけにお父さんは、「自分にもっとできることはなかっただろうか」という敗戦後のショックも大きく、しばらく打ちひしがれたような毎日を送っていたし、
Hも主義主張や態度をころっと変えてしまう周囲の人間の様子などに対して悶々とする日々が続きました。

それでもこのままじゃいけない、もう一度頑張ろう、最初からやり直そうと立ち上がったお父さん、
自分の力で一人で生きていこうと決心したH。
ふたりの「またここから生きてゆく」というラストのシーンがとても印象に残っています。



私たち一人ひとりに出来ること、動かせるものはそんなに大きくありません。
なにかあれば挫折はするし間違いも犯します。

それでも自分の頭で一生懸命思考しながら生き抜きたいし、
自分だけじゃなくて身内だけじゃなくてみんなの幸せってなんだろうって考えられる人でいたいし、
常には無理でも折にふれて「世界」という規模で物事をとらえ、その平和に貢献しようと思える人でいたい。

そしてその感覚を多くの人と共有したい。


そうやって生きていこうとし続けることが、
同じ悲しみを繰り返さないために大切だと思うし、
それによって人生をより楽しんでいけるんじゃないかと思います。


明日からも力を尽くして生きてゆくぞ、前に進むぞ、頑張るぞ。
いろいろ考えて、パワーをもらって、心が充実した映画でした。
ドーピングに思うこと[2013年07月19日(Fri)]
7月15日〜16日のニュースや新聞にて
陸上競技100m元世界チャンピオンであるタイソン・ゲイ選手、アサファ・パウエル選手から禁止薬物の陽性反応が確認されたと報じられていました。

タイソン・ゲイ選手は先月行われた全米選手権で今季世界最速の9秒75をマークし、
陸上ファンを沸かせていたところでした。


最近では皆さんもよく耳にしているであろうウサイン・ボルト選手の圧倒的な強さが際立つ男子100m。
火曜の朝日新聞朝刊の記事には、
ボルト選手の出現がこれまでの短距離界を揺るがし、
有力なベテラン選手や陸上強豪国に大きなプレッシャーや焦りを与えているのではないか、という趣旨の文章が書かれていました。


「ドーピングはダメ」「フェアプレイを」というのがスポーツの精神でありルールであるのだから、その中で美しく戦ってほしいというのがこれまで私が持ってきた意見です。
それだけに、タイソン・ゲイ選手やアサファ・パウエル選手のような素晴らしい力を持った選手がルールを犯しているというニュースは大きなショックでした。

そして、朝日新聞の記事を読んで
もちろんなんのルール違反もせずNo.1をとるのが第1目標ではあるが、
それが厳しいのであればルール違反も辞さないで戦うほうがよいのだろうか?
と改めて考えさせられてしまいました。


クリーンに美しく戦う無名の選手よりも、
黒くても、後から非難されるとしても、一瞬でも名を残し、世間を賑わせるほうが本人や国にとって価値が有るのだろうか・・・と。



それでも正々堂々、フェアに、クリーンに
と私は言いたいです。


だって先日のタイソン・ゲイ選手の9秒75のあの興奮は嘘だったのか
と落胆している自分がいます。

私は自分が逆の立場だったとしても
周囲を喜ばせて後から落胆させるような行動はしたくないです。


人は、
物事に対する日々のたゆまぬ努力と
それによってにじみ出る朗らかさであったり自信であったり、
ちょっとしたコメント、
そして打ち出された結果に、
更に言えば努力に対してあと一歩結果が届かない時のもどかしさや悔しさに、
共感し、興奮し、感動し、心動かされるのではと思います。


そしてそれはスポーツに限らず、
あらゆる私たちの行動がそうであるはずです。

私たちは日々、人から影響を受け、人に学び、成長しているのだから。



スポーツ界のスーパースターたちの背負うものと
私のような平凡な人間の生活を重ね合わせるのは違うのかもしれないけれど、
この事例から私は例え地味でも目立たなくても
正直に一生懸命生きて、
「これが自分の生き方です」と胸を張れるような生き方がしたいと思いました。

そこには大きな孤独もあるだろうと思うけれど、
その生き方が、たった一人でもいいから他の誰かにとって少しでも良い影響を与えたとしたら嬉しいなと思います。
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