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人が集う、栗原、仙台、歌津 [2011年08月31日(Wed)]
▼30日の夜、栗原市築館にある市民活動支援センターで「企業家同友会」の月例会に呼ばれた。現在の私が取り組み活動の報告と、根底に何が流れているのか栗原・登米市内の企業経営者の方々に伝えた。その後築館の満てん≠ナ会食・・・・・・

▼31日昼、仙台市婦人会館で iSB未来公共塾 でも、社会企業家の方々に先駆的な企業家としてレクチャーをした。

▼31日夜、仙台から急ぎ南三陸町歌津にある RQ市民災害救援センターの歌津ボランティアセンターに向かった。
ここでは毎週水曜日の夜に、ボランティアと地域の方々の交流の場がある。BBQしながら美酒を味わい、多くを語り合う場だ。
ここから元気が生まれ、震災からの復興、地域の再生へ向かう夢と希望を生む熱い空間になっている。
8月の終わり [2011年08月31日(Wed)]
▼気が付けば8月が終わる。
気が付け田んぼ風景も色が変わってきている。
まだ黄金色ではないが、確実に色が変わりつつある。
稲穂が頭を垂れている。思わず畔に入ってシャッターを切った。
9月に入れば足早に秋が近づいてくる。

自分の居場所 [2011年08月30日(Tue)]
■5日ぶりに栗駒に戻った。耕英にある2丁目と呼ばれている山小屋にこもった。
夏でも涼しい、私にとって一番居心地がいい場所だ。
昨夜までの締め切りの2000文字の原稿を仕上げ、連日続く二つの講演の発表資料の作成をした。
何とかこんな時間だが終わった。
今日は松倉で、くりこま高原自然学校のスタッフ全体ミーティングがある。
この夏の事業を振り返り、これからの自然学校の方向性を議論し確認をする。

■夜が明けたら4丁目で朝食をとり洗濯をして松倉に下ることにする。
The 新橋&霞が関へ [2011年08月29日(Mon)]

▼新橋のSLの前で・・
ある方と待ち合わせて、霞ヶ関の経産省へ行ってきた。
経産省が応募している『地域新成長産業創出促進事業(ソーシャルビジネスノウハウ移転・支援事業、被災地支援)』に応募した。
書類審査を通過し、急遽プレゼンテーションをすることになった。

3・11以来、緊急支援で全国の自然学校が中心となって、RQ市民災害救援センターが被災地支援を続けている。もうじき震災から半年が経つ。緊急的なボランティア支援から中長期的な復興支援のフェーズへ移行して行く。
支援を継続するためには、被災地に必要な支援活動の事業化や新たに雇用を創出する事業化として取り組む必要がある。
社会や地域の課題を解決するソーシャルビジネスとして、これまで自然学校が持ってきた機能が活かされる時が来ている。
正に、自然学校の社会的な役割を今、試されている。
organic [2011年08月28日(Sun)]
▼Visions のセッション終了後、日能研の高木社長と会場でお会いした。日本の森バイオマスネットワークの大場と合流。
東京ウイメンズプラザのカフェの一角で、私が今がむしゃら取り組んでいるRQ市民災害救援センターのこれからのこと、復興共生住宅の件・・・そしてくりこま高原自然学校をこれからどうすのだ・・・ということを確認する時間井なった。
▼二時間近く話した後、青山通りから路地に入ったところにあるクレヨンハウス≠ノ案内された。子育て、オーガニックの食を扱うショップだ。
有名らしいが私は知らなかった。
書店で環境、脱原発の本を思わずかった。
2階には興味深いおもちゃのコーナーもあった。
木を使った玩具は多くのヒントをもらった。

▼地階にあるオーガニックレストランで夕食とアルコールをいただた。


▼宮城県北の山から海へ広がる、我々が活動しているフィールドの資源を活用する方法、可能性を感じながら、これからの自分たちの役割を模索する会食となった。
昼間のセッションではないが、過疎だっていい、田舎がイイ、まだまだやっていないことがたくさんる。
これらの地域資源を掘り出し生かすアイディアを一つ一つ取り組むことが、復興であり、街づくりであり、住民の幸せの創造、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)につながるのだと感じてきた。
civic pride [2011年08月28日(Sun)]
▼VISIONS 2日目
シビックプライド≠ニコミュ二ティデザイン というセッションに参加した。
デザインプロデューサーの紫牟田伸子さんが取り組んでいる様々な事例の紹介と人の手が町をつくるという、それぞれの町の物語を創るプロジェクトエディター・・・・編集家という仕事の極意を垣間見た。
シビックプライド
あなたのまちは愛されていますが?
あなたはどの町に住みたいですか?
という問いから始まり、その町に住んでいる内の人と、その町外に住んでいる外の人。

▼印象に残ったフレーズは、創造的に過疎化する
栗原市も例にもれず、少子高齢化、そして過疎化・・・・
創造的に過疎化する、楽しく過疎化する・・・・まさに自然学校もこれまで取り組んできたこと。過疎のどこが悪いのかとも感じてきた。行政は人口が少ないと税収が落ちるので一方的に過疎化が重大な問題という。
内に住む人、外住む人が、町を愛し、その町に住みたい。・・・という気持ちがある人がいればいい。
3.11震災の後は、被災したすべての町に問われることだ。
前よりいい町にしてやる
このポスターからシビックプライドの真髄を感じた。

▼このセッション参加して多くを学んだ。
自分が住む町を愛し、住みた町をつくる・・・・
様々な立場、利害関係を抱えた住民をどのようにつなぎ新たなことを興し、展開させるのか・・・
なるほど、という知恵をいただいた。

VISONS [2011年08月27日(Sat)]
▼田中優さんの講演の翌日に、WPPC(木質ペレット推進協会)主催で、CO2の排出権取引制度であるJ−VERに取り組む、東北の関係者の会議があった。
日本の森バイオマスネットワークもJ−VER登録をしている。地球温暖化対策のCO2排出の軽減へつながる活動に積極的に取り組んでいる。
地球規模のCO2排出に関しては、多くの国民はピンと来ていないだろうと思う。
目に見えて利害関係がわからないと関心を示さないのが人間かもしれない。
原発の放射能問題もメディアで再三出ているので関心を持っているが、以前は全く関心を示さなかった人が多いのではないのか・・・・CO2に関してもまだまだ意識が低いのが現状だ。

▼この日は早朝、新潟から東京へ向かった。
越後湯沢駅近くでガーラ湯沢スキー場へのゴンドラが見えた。30年ほど前はスキーシーズンはよく通ったエリアだ。

▼この日は、東京青山の国連大学隣の東京ウイメンズプラザに向かった。
昨年までエコビレッジ国際会議≠ニいうエコビレッジ関連の会議だったが今年は、持続可能で豊かなコミュニティを創るチャレンジャー応援プロジェクト VISIONS 豪傑と学ぶ2日間≠ニいうフォーラムになっている。
3.11東日本大震災の復興と日本の再出発に対してのアクション。この日のセッションで私も登壇した。
災害エコビレッジと脱経済成長社会への道
糸長浩司(日本大学生物資源科学部教授)、結城登美雄(民族研究家)ともに私も報告をした。
世界のエコビレッジ関係者から寄せれた復興へ向けた緊急メッセージ、東北の農村漁村を歩き3000名に及ぶ村人から聞き書きしてきた結城さんの思い。復興への思い。今こそ東北がこれまで支えてきた【食】を取り巻く環境の崩壊を止め、真剣に問題意識をもって支えあう社会をつくる必要性を浮き彫りにした。
私もこれまで取り組んできた、グローバル経済のみに翻弄されない持続可能な豊かな暮らしを創造できる人つくりの重要性も訴えた。
ここでもCゾーンから出る未来を創造するアクションを起こす、思いがある人が豊かな社会を創造することを共に考えた。

▼結城登美雄さん
新潟の深夜 [2011年08月26日(Fri)]
▼今、新潟県が面白い。
森林を元気にさせたい≠ニいう思いから始まった、木質ペレット普及の動き。
数年前前から新潟のさいかい産業≠フ古川正司さん(写真右から二人目)と巡り合って我々の動きが大きな変化起こしている。

▼この日は田中優さんのワクワクするエネルギーの話=B講演の後、田中優さんも一緒に食卓を囲んだ。
日本は年間20兆円を超えるお金を石油の輸入に使っているという。エネルギー自給率が一桁台の日本を何とかしなければならないと痛感。
これからの時代は、エネルギー、食、水・・・をどう獲得するかが国政にとって大きな課題、戦略の基盤となるだろう。3.11以来、原発問題に端を発しエネルギーの話題が上がる毎日だ。
▼これまで、日本の森バイオマスネットワークも、地域にある森林資源をエネルギーとして活用することを普及することを提唱してきた。
1960年頃以前は森林資源の約7割は、薪炭として利用していた。残りが用材だ。ほとんどがエネルギー利用だったのだ。それも再生可能なエネルギーだ。
60年代以降は、化石燃料に急速にシフトし、この半世紀で多くの価値観が変化してグローバル経済構造も変化した。
そこで、もう一度、森林資源をエネルギーとして見直し(とくに熱エネルギー利用)活用しやすい環境を整備することが急務だと思っている。
日本は石油を輸入するために20兆円を超えるお金を海外へ支払っている。
エネルギーにかかるお金を少しでも国内、地域へ還流させ、雇用も生むことが地域経済を生かす方法はだと思う。

▼新潟の古川さんとの接点は、実は若者の自立支援での全国ミーティングでのこと。若者や弱者の雇用をどのようにして創り支援をするかというつながりからだった。
以前、労働を搾取する資本主義経済の不合理に接していた古川さんは荒廃した山林を何とかしたい、そこで出会ったのが木質ペレッだ。間伐材をペレットにすることでエネルギーとして活用できるのではないかと考えてた。
・・・が、ペレットを生産してもそれを燃やすペレットストーブが普及しなければ何もならない。そこで古川さんは燃焼効率の良いペレットストーブを開発した。
ペレットストーブがこれまで普及しなかったのでは、ペレットストーブの性能の悪さだった。以前ペレットストーブの普及をするために政府からの補助金で岩手などで普及型のペレットストーブが出された・・・・これが性能が悪くペレットストーブは寒い∞ペレットストーブは灯油よりも高い≠ニいう評価が定説となり普及にブレーキがかかった歴史がある。

▼新潟県燕三条にある信越金網(ユニフレーム)の山後社長(写真右)も我々のこの活動を推進する大きなキーマンだ。

▼古川さんが開発した燃焼効率の良いペレットストーブの製造ラインを整えてくれている。古川さんが開発のために抱えた巨額な負債を引き受け、古川さんの活動を絶やさなかった。
これが新潟がエネルギー自給への道の一歩を確実に開いている。
目先の利害、私利私欲ではなく、地域の利益、多くの人たちの幸せのための事業の創造という大きな視野があること、真理をみんなで追い求めている・・・・ここが宮城、栗原とはもっとも違う動きなのだ。

▼この動きは、登米市でまずは展開していこうと思う。
新潟へ [2011年08月25日(Thu)]
▼この日は、日本の森バイオマスネットワークの三役(理事長私、副理事長大場、事務局長唐沢)で新潟へ向かった。

▼新潟駅で西岡さんをピックアップして、18時半からのワクワクするエネルギーの話≠ニいう講演会へ出席した。
田中優さんの講演会で、3.11を機会に様々な価値観がシフトしている中で、原子力発電にかかわる、脱原発の自然エネルギーの話だ。
後半は、私と、大場、と新潟で木質ペレットの普及に尽力している古川正司さんが壇上へあげられ、田中優さんのコーディネートでトークセッションを展開。
会場に集まった方々とこれからのエネルギーのことえおとことん考えた時間となった。

▼新潟は確実にエネルギー自給への道を歩みだしている。少なくとも民間で動き始めた。
宮城県は相当遅れている。栗原市はさらに無関心な状況。足元の資源を活用できない地域性を何とかしたいものだと感じる。
救いなのは、栗原市のお隣の登米市の反応と動きがよく、これからも推進する活動の協力をしていきたい。
登米市が今後宮城県の環境政策、エネルギー政策のリーダーになっていくだろう・・・と期待している。

RQ唐桑&歌津VC [2011年08月24日(Wed)]








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