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舞根の海 [2011年03月31日(Thu)]
▼気仙沼市唐桑舞根・・・・
畠山さんの家だけが残り、すべてが津波の飲まれた。

▼地震後この辺一帯は地面が1m位下がったという。
満潮ではないのに海面が相当上がっている。
唐桑から一歩 [2011年03月31日(Thu)]

■唐桑にさらに支援の拠点をつくる。
唐桑半島の東、名勝“巨釜”近くの海岸亭のオーナーの好意で明日からここから新たな支援が始まる。

▼今日は朝日新聞と仙台放送(TV)の同行取材があった。
3年前の震災の時にも取材にきた朝日新聞と今回の災害支援ボランティアの活動の取材だ。
畠山さんの取材も・・・・
加藤大吾チーム [2011年03月30日(Wed)]
▼山梨県都留市から参加してくれた加藤大吾と仲間たち。

▼私がスタッフへタンパク質が足りないと伝えたら、相当量の豚肉を持ってきた。
鉄板焼焼肉が始まった。
あべpapaの小学校 [2011年03月30日(Wed)]
▼歌津中学校のすぐ下にあぺpapaの小学校がある。
なんと校庭に瓦礫が散乱している。
一階の教室に達する津波だ。この校庭の高さは海面から優に20m〜30mはあると思う。
想像を絶する巨大津波のあとだ。

歌津中学校 [2011年03月30日(Wed)]
▼南三陸町歌津地区は歌津中学が避難所になっている。
歌津中学校の職員室にペレットストーブを設置した。


▼今自転車置き場を改造しお風呂の建設をしている。
薪ボイラーとペレットボイラーを用意している。
新潟県でペレットストーブを製造しているサイカイ産業の古川さんが設置に来ている。
我々の頼りになる強い仲間だ。


Toyoshi Sasaki 〓
南三陸町 [2011年03月30日(Wed)]
▼南三陸町の志津川にきた。
仮設住宅に関して提案と実行のために情報収集のため南三陸町役場の建設課を訪ねた。
町役場は今回の津波で失いn高台にあるスポーツセンター駐車場にプレハブで業務を再開していた。



▼町民の多くの世帯が家を失った南三陸町。
避難所も点在している。ここが最大の避難所。
ベーサイドアリーナ





もう一つの災害支援プロジェクト [2011年03月30日(Wed)]
▼もう一つの災害支援プロジェクトがある。
一昨年に立ち上げた日本の森バイオマスネットワーク≠ェ動いている。
このネットワークは、くりこま高原自然学校と栗駒木材が中心になって工務店や環境関連の企業が加わり、日本の森林が再生し元気な森の循環を目指している。
化石燃料から脱し身近にある森林資源からエネルギー得る意識革命を目指している。
震災以来避難所にペレットストーブを設置し続けている。
▼今日は、仮設住宅の新しい可能性に取り組んでいる。
音楽家の坂本隆さんが代表を務める環境支援に取り組むmore tree≠フ方々が見えた。
仮設住宅を東京の業界団体だけで設置するのではなく、地元の木材と地元の大工さんを使って設置し産業の復興と雇用の創出を提案するため打ち合わせた。

ふりかえりの時間 [2011年03月30日(Wed)]
■国立花山青少年自然の家の講師室で久しぶりに、本当に久しぶりのゆったりした時間を過ごさせていただいた。
3月11日の震災以来走り続けてきた。
モンベル仙台店から登米市東和町の鱒小学校に支援拠点を移し、宮城県北の沿岸、南三陸のエリアの災害支援に遁走した日々だった。
モンベルの辰野社長が立ち上げたアウトドア義援隊≠ニ日本エコツーリズムセンターの広瀬さんが連携して始まった被災地を支援する行動に、私も、くりこま高原自然学校も賛同して今まで走り続けてきた。

■全国から集まった、ボランティアの力で我々のミッションの達成は相当なものとなっている。これも集まったボランティアの一人ひとりの思いのとアイディアと行動力の結集だと思う。
早い判断、早い行動は我々アウトドアマン、自然学校が持つ最大の武器だと改めて感じている。

■今夜は、風呂に入り花山青少年自然の家の久保田次長(私の大学の一番世話になった1年先輩)とゆっくりと話ができた。
登米に全国から集まったボランティアは、増渕小学校の体育館にテントを張って寝泊まりをしている。朝夕は気温が氷点下に下がり、過酷な環境の中で寝食を共に頑張っている。
長期ボランティアのために休息を取るために登米市の隣の栗原市花山にある国立花山青少年自然の家で受け入れの打ち合わせに来た。
さっそく明日から長期ボランティアの休養のシフトを組んでお世話になる。

■昨日東京から登米現地本部のためにパソコンが届いた。これまで私のパソコンを使っていたのでなかなかブログをアップできなかったが、これまでをふりかえってをアップしてみる。
数日携帯電話から写真だけアップしていたブログをさかのぼって書き込むことにする。
急速に来たのだが、ブログアップの時間がこんな時間になってしまた。

つかの間の耕英 [2011年03月29日(Tue)]


■2週間ぶりに山に戻った。片付けをして震災以来18日ぶりに薪ストーブに火を入れた。
■登米の拠点に集まっている長期ボランティアの休息の受け入れの打ち合わせに花山青少年自然の家に今から向かう。
私も今夜泊まり入浴しリフレッシュして、明日また登米に戻る。
▼地震で崩れた薪ストーブの防火のためのブロックを積みなおした。







松倉の日常と地震の記憶 [2011年03月29日(Tue)]
▼松倉では春ののどかな空気が流れていた。
留守を守るアニキ、すがっち、あさおに加え元スタッフのさっちゃんも助っ人で来ている。
初のキャンプのリーダーの予定だった学生さんもいる。
農的な暮らしをしていると電気や水道、ガスが止まっても多少不便だがさほど影響はない。
田舎暮らしの強さをみた気がする。

▼地震の激しい揺れを物語る・・・・石が動いた。

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