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入院 [2009年04月30日(Thu)]
■激痛に耐えながら入院することになった。
坐骨神経痛らしく仙台の西知人に多賀病院がいいと言われたが、27日に行った栗駒にある病院から紹介状をもらい栗原市立の病院に入院した。建物は立派だ。
■栗原市の医療の実体を身をもって知っておく機会になりそだ。
豊志@くりこま高原自然学校〓
(無題) [2009年04月29日(Wed)]

豊志@くりこま高原自然学校〓
手作り [2009年04月28日(Tue)]
通院 [2009年04月27日(Mon)]
■日光から戻った。
帰りはJRで宇都宮まで出て新幹線で帰ってきた。
東武日光駅と隣接してJR日光駅がある。
なんともレトロな駅舎だ。思わずシャッターを切った。

■数日前から腰と左足に違和感があった。
思い起こせば先月末の雪のキャンプから引きずっていたようにも思うが、一週間前くらいからはっきりと痛みを感じていた。
東京滞在中に何度が耐えられない痛みに襲われ思わずうなってしまった瞬間があった。
実は昨日も国連大学をでて地下鉄に乗るまで、東武鉄道で日光駅に着く前と激痛が襲い動けなくなった。
でもしばらくするとその痛みが嘘のようになくなり普通に歩けるのだ。
こんなことを繰り返しながら帰ってきた。
そして、くりこま高原駅に降り立ってまた激痛が走った。

■自然学校に戻り、即行で病院へ行ってきた。
待合室で読んだ本に書いてある症状で「坐骨神経症で脊柱間狭窄・間欠性破行」(漢字が正かどうか分からないが)というのにぴったりの症状だ。
レントゲンを撮り、診断したら全くその通りであった。
年齢、体重、大きな負担をかけるなどで腰椎の神経を圧迫して痛みが出るらしい。
私は、中学生のときに腰椎分離と診断もされ元々腰が弱かった。
高校・大学のときは腹筋背筋を鍛え乗り越えてきたが、50を過ぎもうそうは行かない。
■診断は、血流の問題ではなく神経の問題で、坐骨神経が圧迫されているようだ。
静脈注射を打ち、2週間分の薬をもらって戻った。
痛みをとり炎症を抑える、筋肉のこわばりを改善する、抹消の血液の流れをよくする、胃炎の薬を飲んでしばらく様子を見る。
改善されなければ、MRIで神経を精密検査するそうだ。

■来週は石窯づくりがある。
先頭を切ってガンガンと進めそうにない。
行くところ行くところで「体を大事に」と良く言われる。
今日からは、無理をしないように大事にしていこうと思っている。

25周年 [2009年04月26日(Sun)]
■国際自然大学校が設立25周年を迎えた。
1983年に開校して以来日本の自然学校を常にリードしてきた自然学校だ。
私も東京経由で国際自然大学校の25年を振り返り、お祝いに駆けつけた。
全国から、野外教育、環境教育、自然学校関係者が70名ほど集まった。

■夜は場所を移し、飲んで遅くまで語り合った。
私も彼らにはいつも元気をもらっている。

■国際自然大学校の理事長である佐藤初雄氏が「社会問題を解決する自然学校の使命」
というタイトルで本を出された。お土産に頂いてきた。
国際自然大学校の機関誌「アウトフィター」に代表が書き綴ったフィロソフィーをまとめたものだ。
私も、くりこま高原自然学校を経営し自然学校の役割を常に意識をしている。
まさに同じ思いのタイトルだ。



豊志@くりこま高原自然学校〓
青山から浅草。そして日光へ [2009年04月26日(Sun)]

■エコビレッジ国際会議に昼まで参加し、次の予定のため青山の国連大学を後にした。最後まで参加したかったが残念。
銀行線で浅草に向かい、浅草から東武鉄道の特急に乗った。浅草駅を出てすぐに墨田川を渡ったが、花見出はないのにたくさんの人がいる。何故だ(?_?)

▲利根川も浪々と流れている。

豊志@くりこま高原自然学校〓
珈琲 [2009年04月26日(Sun)]
■国連大学の1階には、環境パートナーシップオフィスがある。環境NGO.NPOなどの情報の交流の場に名ている。今回その一角にカフェがあった。
■国際会議中珈琲コーナーによって、コーヒーを持参した水筒に入れてもらって各セッションに参加した。

■エコビレッジの世界地図も手作りで展示されていた。


豊志@くりこま高原自然学校〓
本来経済 [2009年04月26日(Sun)]
■エコビレッジ国際会議最終日。
私がいつもの口にしている“グローバル経済に翻弄されない暮らし”今日また目からウロコだ。
「本来経済とエコビレッジムーブメント」と題してピーター・デイヴィッド・ピーダーセン氏(株式会社イースクエア代表取締役社長)の話が、これまで私の頭の中で整理がつかない部分をすっきりさせてくれた。
■これまでの資本主義は、3つの切り捨てによって人類活動の生命維持基盤そのものを危うくしてきた。「未来の切り捨て」「自然の切り捨て」「弱者の切り捨て」。さらに1990年以降の金融資本主義は、「虚業」というビジネスと経済を肥大化させてきた。今問われるのは「場」と「現実」に根を張った「本来経済」への復帰。持続可能性な資本主義は可能なのか・・それとも全く違った経済システムになるのか?「本来経済」への転換の中でエコビレッジはどのような役割を担えるか。
■代替エネルギー、代替農業、代替な暮らしなど「オルタナティブ」と言い方をしてきた。実は今我々が「代替」と言っていることが本来のものと言うことに気がついていない。
■くりこま高原自然学校が目指して来た暮らしは「代替」の提案ではなく「本来」の提案なのだ。

豊志@くりこま高原自然学校〓
2日目 [2009年04月25日(Sat)]
■エコビレッジ国際会議Tokyo 2日目
2日目は国連大学5Fエリザベスホール
この会議場は凄い!・・・・
何が?
一つ一つのソファがまるで重役のイスだ。
スクリーンも大きい。テーブルごとにマイクもある。
同時通訳も6ヶ国できると聞いた。今日は英語だけだったが。

■今日も一日たくさんのセッションに参加した。

▼今日も情報をたくさんもらった。
@「利他的価値を事業化する」
熊野英介(アミタ株式会社社長)
持続可能社会の実現を掲げ、他社に先駆けて再資源化事業を開始。2005年、持続可能経済研究所を設立、2007年には「森林・牧場」を開設。総合環境ソリューション企業として事業領域を拡大。
A「小舟木エコ村の軌跡」
飯田航(株式会社地球の芽取締役)
滋賀県近江八幡で展開している環境共生型まちづくり。
「NPOエコ村ネットワーキング」の理念と活動を紹介。各戸に菜園や雨水タンクなどを設ける「小舟木エコ村風景づくり協定」、食の自主自消を応援する「NPO百菜劇場」、農をきっかけにしたサスティナブルなコミュニティづくり。
B「事業としてのエコビレッジ」
リム・キョンスI(韓国)・熊野英介・飯田航
韓国の企業家と日本の企業家による鼎談。
エコビレッジは「持続可能な(収益性のある)」ビジネスになりうるのか?
日本と社会背景が類似する韓国でエコビレッジ事業を成功させたリム氏と日本のエコビレッジ事業・コミュニティ事業を展開する事業家とのディスカッション。
C「長崎五島列島半泊村の取り組み〜限界集落を大丈夫村!に〜」
濱口孝(記憶の里・五島プロジェクトプロデューサー)
D「くりもとミレニアムシティから未来ビレッジ」
井口浩(環境建築家・NPO法人ミレニアムシティ理事長)
ミレニアムシティ独自のエコビレッジ作りのポイント、また複数のエコビレッジをつなぐネットワーク構想(未来ビレッジ)を紹介。

E「いよいよ始まった日本型エコビレッジT〜形態の違いを超えて
NPO・企業・個人によるオープンディカッション」
糸永浩司(日本大学教授)
漆畑成光(池田の森環境計画工房代表)
飯田航(株式会社地球の芽取締役)
濱口孝(記憶の里・五島プロジェクトプロデューサー)
古田偉佐美(木の花ファミリー創設メンバー)
F「いよいよ始まった日本型エコビレッジU〜各地の萌芽をつなぐ
国内の実践者によるネットワークづくり
「いのちの村」プロジェクト・・・・・・

豊志@くりこま高原自然学校〓
世界の潮流を俯瞰する [2009年04月24日(Fri)]
17:10〜
「グランドディスカッション第1日目〜エコビレッジムーブメント 世界の潮流を俯瞰する」

右から、糸永浩司氏(日本大学教授)、ヴィンヤ・S・アリヤトネ(スリランカ・NGO)、ヒルダー・ジャクソン(デンマーク)、ロス・ジャクソン(デンマーク)、進行:シキタ純(ビーグッドカフェ代表)

■これまでの世界の動きが私なりに整理された。

豊志@くりこま高原自然学校〓
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