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自然体験活動推進協議会 [2008年10月24日(Fri)]
■JONミーティングの黒松内から、約120km移動。
今日からCONE(自然体験活動推進協議会)お全国フォーラムが小樽で開催。
全国から100名を超える仲間が小樽に終結した。






■初日の基調講演
Borge Dahie氏(ノルウェー・スポーツ科学大学体育学科)から、ノルウェーの人たちのフリルフスリフについて講演された。
フリルフスリフとは英語で直訳するとフリー・エアー・ライフ(free air life)いわゆるアウトドアアイフと訳される。
家族が森や山へ出かける。魔法瓶をもってコーヒーや紅茶、子どもはココアをたっぷり持ってバックパックをして出かけること。
ノルウェーでは自然の中は誰の土地でも自由に歩くことができる。ノルウェーではフリルフスリフは親から子へ受け継がれ、教わるべきルールも存在している。
外国生まれのアウトドアアクティビティとのように、人間の都合で組み立てられたものとは違っていて、ノルウェーのフリルフスリフはディープエコロジーの根源である。
もっとも印象的だったのは、伝統的な暮らしを大切に継承しながら、モダンなことをとり入れていくこと。古い建物をリフォームしおしゃれに取り入れていることが印象的だった。






キャンプオヤジ集まる [2008年10月24日(Fri)]
■JONの原点はこれだ。
オヤジの飲み会から発したJON。
顔が見える仲間と酒を酌み交わす中からいろいろなものを生み続けてきたJONである。
乾杯委員長の初代JON運営委員長の丸茂氏(日本児童野外教育研究所)の乾杯の発声がなければ始まらないJONの本当の姿がこれだ。
今回も北の大地で“かんぱぁ〜い”の声が轟いた。





■今回同行した娘の目的のひとつ、「親父がどんな人間と付き合っているのか知る」
このJONの夜の交流会こそがその目的を果したと思う。
熊本の山口さん、沖縄の中根さんなど、九州沖縄からも北海道まで集ってくるオヤジたちのパワーを知ったに違いない。

娘曰く、「ここではパパも普通に見える」
そして、「もっとおしゃれをしたら」というアドバイス。
なるほど確かにJONのメンバーはアウトドアギアはおしゃれに着こなしている。



JONミーティング [2008年10月24日(Fri)]

■JON(日本アウトドアネットワーク)という私にとって大切な仲間が集まる団体がある。
全国にいる、アウトドアに関連することを生業にしている者の集まりだ。
春と秋に年に2回ミーティングを開催している。春は5月に首都圏で開催し、秋は全国にいる会員が活躍している地方で開催している。
今年の秋のミーティングは北海道黒松内。
会員である“ねおす”が活動している「ぶなの森自然学校」を会場に全国から50名ほどの会員が集まった。

■黒松内に入る前に、函館に前日入りした仲間と合流し、一緒に北上した。
途中、大沼公園によって紅葉の大沼公園を散策、長万部でカニ飯定食をいただいて、黒松内に入った。

青森フェリー埠頭 [2008年10月23日(Thu)]

■280kmの深夜のドライブ。青森フェリー埠頭に着いた。深夜の埠頭は非日常の世界だ。予めインターネットで乗船の予約をしていたのでカウンターで簡単に発券できた。2時40発に乗る、まだ時間があるので一休みする。津軽海峡を渡って函館には6時20分に着く予定。



■昔よく乗った青函連絡船のように2等客室は雑魚寝ができる大広間だ。
運転に備え寝袋で寝た。



■3時間40分のフェリーの旅。ぐっすり眠って函館に到着。
函館駅近くの朝市へ向かい早速腹ごしらえをした。
娘はソフトクリームに目がない。
私はカニラーメンを食した。
朝市は賑やかだ。
娘と無邪気に旅の気分を楽しんだ。





旅の前 [2008年10月22日(Wed)]
■今日締め切りの原稿依頼に執筆をしていた。松倉の民家の一角に、事務所のデスクとは別に、執筆用のデスクを確保した。
松倉校舎の中では南向きでもっとも環境がいい場所かもしれない。


■昨夜から原稿書きをしていたので、昨夜の行政説明会は欠席した。今朝、スタッフから報告を聞いた。
先週の質問:産業戦略課から出される離職者見舞金という項目がある、震災の被害により、失業した方への見舞金で50万円支給されるということだが、耕英地区の農業従事者は農業という職を今年は失ったといえる。農業生産者は対象にならないのかという質問であった。
その回答は、農家は対象にならないということであった。
何故なのか私には分からない。スタッフからの説明を聞いても釈然としない。
行政は耕英地区の農業を産業としては見ていないのだろうか?
私は、欠席して直接聞いていないのでなんともいえないが。
耕英地区の農家の皆さんは、今は、憤りの声を押し殺しているような気がする。

■今月26日10時30分から「耕英・放森地区住民説明会」があるようだ。
私は今夜から27日まで北海道へ出張なのでまたスタッフが参加することになる。
昨日の説明会の最後の方で、住民から、災害対策本部と直接話をさせて欲しいという要望も出たと聞く。
住民説明会では「災害対策本部」の判断とよくい耳にするが、一体災害対策本部とはどんなメンバーで構成されているのだろうか?と疑問に思った。
一体誰が災害対策本部なの?われわれ住民からは顔が全く見えない。
本当に現場の状況を理解したメンバーなのだろうか?
一方的に下山させられたわれわれがおかれている状況をどこまで理解しているのだろうか?
ボランティアの支援を得ることも否定をしている。治安を心配をしているようだが、阪神や中越の震災の過去の経験を修正しながら新しいボランティアの協力を得られるような対応を検討出来ないのだろうか?
自然学校は幸いにもさまざまなネットワークがありボランティアの協力を得て、自然学校のスタッフとして動いてもらっているので大変な片付けも進んでいる。
まだまだ被災地には片付けの作業や畑の作業が必要な高齢な農家さんがたくさんいると思う。

■今日の午前中は、築館のけやき教室へ行って来た。寄宿生の1人が夏休み以降学校へ行けていない。勉強はしたいという意欲はあるので、教育委員会が開いている不登校対応の教室へ行くことを選択肢に入れて見ることになった。
今日はじめて訪ね、場所を見て先生の話を聞いてきた。
何とかけやき教室へ通う方向で努力することになった。

■今夜は北海道へ向かう。明日未明青森からフェリーで函館まで、そして黒松内でJON(日本アウトドアネットワーク)のミーティングに参加する。
JONは、くりこま高原自然学校を開設する前から深く深く交流があるキャンプおやじが集まる濃いネットワークだ。今回の震災の支援にも本当に大きな支援を頂いた。震災の報告と御礼ともにJONの仲間と存分に語ってくる。

■その後24日からは小樽へ移動しCONE(自然体験活動推進協議会)の全国ミーティングに参加する。CONEの皆さんにも支援を頂いた。直接あって御礼の意を伝えたいと思う。

■今回も長旅になる。今度は娘と一緒に参加し、車の運転もあるのでゆっくり余裕をもって出かけることにしよう。









雨ニモマケズ [2008年10月21日(Tue)]


雨ニモマケズ 風ニモマケズ 
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニ ワラッテヰル・・・・・

■今日も一時帰宅をした。スタッフは畑と外回りの廃棄物の整理。
私は自室の片づけを本気でやった。
地震の発生時にいた場所だ。4ヶ月ぶりに隅々まで片付けた。
「あぁ〜、あの日、これをやろうと思っていたんだ!」4ヶ月前の記憶を呼び起こしながら片づけをした。


■8時43分をさしたまま止まっている時計。雨ニモマケズ・・・私の高校の大先輩でもある宮沢賢治の染め物が見つかってしばらく眺めていた。


■山は、紅葉はピークが過ぎ色もだいぶあせてきた。
崩れた山肌も物悲しい。
もうすぐ雪がやってくる。
明日からしばらく冬篭りの作業が続くことになる。


■今日からNICEのボランティアがまた入ってくる。
今日はNICEの事務局長の上田氏もやってきた。
今日はスタッフとボランティア、NICEを含めて自然学校には大人が14名になった。
寄宿生は先週一人卒寮したので3名になった。
また賑やかになりそうだ、この勢いで元気にこれからの作業を進めたい。

■火曜日の今日は行政説明会だ。
今日締め切りの原稿があるので今夜の説明会にはスタッフを参加させる予定だ。

■明日は。午前中に山村留学生を築館の「けやき教室」へ連れて行く。一人夏休み以降学校に行くことができないでいる。まだまだ課題の解決には時間がかかりそうだ。
疲れ [2008年10月20日(Mon)]
■昨日は福島から一気に栗駒まで帰って来れなかった。
フォレストパークあだたらを4時ころに発ち、6時過ぎに仙台の実家に立ち寄って、そのまま泊まってしまった。
眠くて8時には布団に入り今朝7時まで、実に11時間も眠ってしまった。
前日と前々日の寝不足が祟った。もう若くないと感じた。

■そんな訳で、今朝仙台から栗駒に帰ってきた。
午前中に栗原市市役所の産業建設課の方が宅地等の災害復旧費用助成に関してのその後の説明に松倉まで来ていただいた。
市が進めている現在の状況の説明と今後の見通しについて説明を受けた。
り災証明と被災証明が異なるものであることをはじめって知った。

■午後は栗駒総合支所へ出かけ、明日の一時帰宅の申請へ行った。
そして被災証明の手続きをしてきた。
り災証明は以前に届いていたのでもうOKだと思っていたが、被災証明は別であったことを今日知ったので手続きをした。すぐに発行していただいた。

■夜に歯医者から帰った。親知らずを抜かれた。
麻酔が効いているので夕食が遅くなた。

■くりこま高原自然学校では現在2名の実習生を受け入れている。
10月から5ヶ月間、来年の2月までエコインストラクター実習生として2名がいる。
毎週1回私の座学の講習をすることになっている。
今日は歯医者にいって遅くなったので、今日の座学は、8時から9時30までの夜の講義となってしまった。

■明日は一時帰宅で山に上がる。スタッフと実習生も上がる。
私はログハウスの自室の片付けと冬物の衣服を下ろす予定だ。
冬物を下ろすのは、実は、今週は22日深夜から北海道へ出かけるのだ。
23日・24日は黒松内でJON(日本アウトドアネットワーク)のミーティングで、24日〜26日は小樽でCONE(自然体験活動推進協議会)のミーティングがある。
それで、冬物の服を用意しなければならない。北海道は寒いだろうな。

■北海道への旅は、娘と一緒に行く。4月から自然学校のボランティアでがんばってきた娘もJONとCONEの両ミーティングに参加する。
娘曰く「父親がどんな人間と付き合っているのかを見たいということらしい」
車とフェリーの長旅になる。
疲れないように体調を整えなければと思う。
フォレストパークあだたら [2008年10月19日(Sun)]

■森のようちえんフォーラム福島
18日(土)・19(日)の二日間、福島県の安達太良山山麓へ行ってきた。
「森のようちえんフォーラム福島県大会」の講師として呼ばれ。たくさんの方々と議論・交流してきた。
会場は、「フォレストパークあだたら」。福島県が設置している県民の森に、ビジターセンターやキャンプ場・オートキャンプ場、貸しコテージ、温泉・食堂などの付帯設備が充実した所だった。

■県の林野行政の分野で設置した施設で、福島県の森林を通じた環境への取り組みが見える施設であった。
数年前に福島県が開催した地方博覧会の中で環境がテーマになて、「福島森の案内人」の養成もあったという。毎年養成講座が開催され、今年で12期目になるという。今回の会合もこの森の案内人のネットワークやつながりが生きていると感じた。
また、森林環境税が各県でもあるが、福島県も森林環境税があるという。

■行政が設置するこの手の施設は、ハードとソフトがアンバランスなケースが多いが、ここはハードも素晴らしいし、指定管理をしている「財団法人ふくしまフォレスト・エコ・ライフ財団」があり、この森の案内人の方々が活躍できる場にもなっていて、自然観察やクラフトなど来場者に充実したプログラムを提供できるように取り組んでいる。ソフトの充実にも力を入れている。施設の素晴らしさにあっけにとられ、施設の写真を撮ってき忘れてしまった。



■今回の会議も、この財団が主催事業として実施し、県内から40名ほど集まった。森の案内人で活動している方々のほかに幼稚園・保育園関係の方、学生さん、主婦など多彩な方々熱心に参加された。県職員や財団職員の方々の熱心な取り組みがこのような方々の伝わっていると感じることができた。
夜も遅くまで情報交流の懇親会で皆さんの暑いエネルギーを感じてきた。

■福島県の森林がより多くの県民に活用されるように熱心な取り組みだと感じた。ふと私が住む宮城県はどうなっているのか気になった。宮城県も県民の森があると思うがまだ行ったことがないので、機会を作って訪ねてみようと思った。

■今回のフォーラムに呼んでいただいた、橋口さん達の思いが福島県内に広がることを期待して帰ってきた。
高辰組 [2008年10月17日(Fri)]
■大手屋の鯛焼き
私の息子が「大手屋の鯛焼きはうまいよ」と言っていた事を思い出した。
夜の街に看板と明かり。生きている町だ。活気が出ている町に見える。
今日一日一緒に動いてくれた、黒澤さんと吉村さんが明かりと看板に導かれ覗き込んだ。
目の前にある鯛焼きを全部買った。自然学校にいる寄宿生にお土産を買っていただいた。
そして、ツナマヨ(あんこではなくツナマヨが入っている)の鯛焼きをすかさずご馳走になった。
「旨い!」息子言葉どおりだ。


■鯛焼き屋へ行く前は
栗駒岩ヶ崎にある「くりこまを応援する会」へ行った。ここでボランティアをしている2人は、中越地震や中国四川地震でも黒澤さんと吉村さんと一緒に活躍したそうだ。
今後来るだろうと思われる宮城沖地震に備えて仙台での震災ボランティアの体制を危惧して、阪神、能登、中越のそれぞれの地震のボランティアの活動を振り返った。特に学生の動きの話になった。今回の地震で特に宮城県内の学生の動き、仙台に災害NPOの動きが鈍い、これからどのようにしていけばよいのか話が続いた。


■「くりこまを応援する会」に行く前は
木曜日ではあるが、自然学校の施設のログハウスの損壊した基礎をどう直すか、吉村さんの紹介で新潟の曳き屋さんの(株)高辰組の方と一緒に山へあがった。
高辰組は、能登、中越、中越沖のそれぞれの地震で被害にあった傾いたり、基礎が損害したり、難しい工事を手がけてきた。





■点検の結果、思った以上に状況が悪い。
埋め立てた土地であるため、13年前に建築する際に基礎の下にコンクリートパイルを打っていた。このパイルが効いていて、建物が基礎ごとこのパイルに載っていて埋め立てた土が下がって動いているようだ。だから基礎の周辺が地割れのように口を開いている。水平を取る工事の前にこの基礎のしたの部分の修復が必要だ。
いずれにしても簡単にできる工事ではないようだ。方法もいくつか考えられるという。
今後やり取りをしてどのように進めるか決定したい。
水平を調べた結果、ログハウスは傾きが最大8cm、石窯小屋は最大35cm、2丁目ログキャビン2cmであった。

■鯛焼きを買って松倉の自然学校に戻った。吉村さん、黒澤さんに加え、応援する会の菅原さんらと一献した。泊まってもらった。
これからの復興への大切なつながりだ。
月夜の散歩? [2008年10月16日(Thu)]

■また!?夜中の道を寄宿生が歩いている。
消灯時間の事でスタッフとやりあったようだ。
中学生の2人が自然学校から家出する勢いだったがひとりは玄関先でスタッフと問答をしている間にもうひとりをドライブし連れだした。
車で築舘から金成を回る間に話しを聞いた。その子は話している間に落ち着いて自然学校に戻り就寝した。
自然学校に戻ったらもう一人が自然学校から飛び出した。今夜もとことん付き合うとする。

■2時30分自然学校に戻ってきた。事務所で書き加えている。
松倉から歩き岩ヶ崎の旧くりでん栗駒駅まで歩いた。
まったく会話をせずにここまで着いてきた。黙々と歩きながら自分自身を内観できただろう。
栗駒駅前の公衆電話でどこかに電話しているが、こんな時間だ、誰もでないようだ。
朝までベンチで待つといて座り込んだが、しばらくして、おまわりさんがパトカーで夜間巡回中で声をかけられた。
誰もついてくるなと豪語して飛び出したが、誰もついてこないとこの時間は補導されてもおかしくない。
しばらくベンチにいたが自ら自然学校へ戻ると言ってきた。
また帰路を歩き出した。

そして自然学校に着いた。私も寝るとする。