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アウトドア義援隊 [2011年03月14日(Mon)]
▼日本エコツーリズムセンターの広瀬さんから、アウトドア関係者で支援の体制を作っていると連絡があり、亘理から仙台の中心街にあるモンベル仙台店≠ノ寄った。
日本の代表的なアウトドアメーカーであるモンベル(mont・bell)の辰野社長が動き支援をする体制を進めている。
face bookにアウトドア義援隊≠ニいうグループを解説している。今後この情報はここで確認できるので、支援に加わりたい方はご協力ください。
アウトドア、エコツーリズムで地域を元気にさせようと一緒に活動してきた全国の仲間たちの動きなのでくりこま高原自然学校も加わる。
各地で確実に災害支援の動きが始まってくる。
情報をしっかり受けとり、発信して支援をしようと思う。
16日に再びモンベル仙台店の体制立ち上げに向かう。


Toyoshi Sasaki 〓
全員無事だった亘理にいる佐藤家 [2011年03月14日(Mon)]
▼避難所になっている亘理小学校を訪ねた。いつも自然学校のキャンプに参加してくれている子どもたちがここの小学校に通っている。避難所の名簿には名前がなかった。
職員室を訪ね校長先生から全校児童はみな無事でしたと確認。
住所を頼りに家を探した。
家を見つけ再会した。ご家族全員が元気だった。
本当に良かった。
米粉を使ったパンを作っているあえり≠ニいうパン工房が自宅だ。
停電で電気オーブンでパンを焼くことができ、材料のリンゴをいただいて帰ってきた。
キャンプに参加していたせいか、子どもたちは今の状況・・・トイレが庭・・に動じない子どもたちをおじいちゃんたちがほめていた。
楽しみにしていた春のキャンプは中止で残念だが、また一緒に自然の中でキャンプをしようと声をかけてきた。

Toyoshi Sasaki 〓
亘理町社会福祉協議会 [2011年03月14日(Mon)]
▼亘理町の社会福祉協議会のテントに寄った。
一昨年私が社会福祉協議会の講演に参加していた方々が始動していた。
初めての大変な事態に地震発生4日目で疲労困憊に近いが頑張っている。津波で家を失った方も避難所生活をしながらがっばっている。
「私、亘理という町が好きだから・・・・・」と言って
これからの不安、将来の不安を口にし涙している。
「大丈夫動けば必ず変かする。よくなるから」と励ましてきた。
この町が好きだというエネルギーはきっと必ずこの町をより良く甦らせると確信した。

頑張っている人にこれ以上「頑張ろう」という言葉がいらないが、お互いに励ましある言葉として頑張ろう亘理!頑張ろう東北!≠ニ心で叫んでいる。
ボランティアセンターの立ち上げはこれからだそうだ。
必ず支援の来るからと約束してきた。

Toyoshi Sasaki 〓
亘理町荒浜捜索 [2011年03月14日(Mon)]
▼さかのぼってアップしている(現在15日17時)
13日夜に災害レスキューボランティアの吉村さんと名取市内で会い状況を聞く。
14日未明盛岡にラフとボートを積んで亘理町荒浜に入る。
愛知県の消防が入っている。
亘理町社協を通じて亘理町役場災害対策本部を訪ね状況を確認。
700名体制で行政のレスキューを組み始めていた。

▼写真は14日午後・亘理町荒浜地区

▼海抜0m地帯なので津波の水がひかない

▼ここ一帯は3mまで津波の水が来ている。

盛岡から仙台へ向かって [2011年03月14日(Mon)]
東北新幹線が止まっている。地震の時にここを通過中だったのだろう。何人の乗客が乗っていただろうか。
Toyoshi Sasaki 〓

(無題) [2011年03月14日(Mon)]
13日13時。
耕英は快晴。暖かい。
午前中は松倉、岩ケ崎自宅に行ってきた。
松倉、岩ケ崎自宅は水は大丈夫。電気、電話がダメであとは問題なく皆元気だ。岩ケ崎の街の中は断水している。
ガソリンスタンドは今日は閉まっている。

携帯が相変わらずつながらない。ブログ、ツイッター、フェイスブック、mixiに書き込みが思うようにできない。
時々断片的につながることに期待して打っている。

テレビで地震のニュースを見てこれからのことを考えている。3月に予定している事業はできないだろ。
災害支援の動きを検討することになる。
Toyoshi Sasaki 〓
(無題) [2011年03月14日(Mon)]
急遽、今日から災害支援モードに切り替わった。

ラフトボートを3挺積んだ。
今から盛岡を発ち仙台を抜け、亘理町荒浜へ向かう。津波にのまれた荒浜地区の捜索に加わる。

くりこま高原自然学校が3年前の岩手宮城内陸地震の震災で多くの方々に支えられたら。そして生まれたて“北上川自然学校"が役に立つ。
現地で吉村さん黒澤さんと合流する。

川関係の全国の仲間にも状況を伝えた。
今日の午後には新たな状況が分かるだろう。
Toyoshi Sasaki 〓

(無題) [2011年03月14日(Mon)]
■夜中車を走らせて盛岡に来た。
昨夜は深夜に白石駅でスタッフをピックアップして、国道4号を北上、長野からレスキューに入っている吉村さんが名取にいたので、会った。
亘理町の荒浜の捜索の状況を聞いた。
津波が引いても海抜0メートル地帯に1メートルぐらい水が残り瓦礫と遺体が無数にあるという。船外機のボートは瓦礫がからまり進まない状況を聞いた。
急ぎ耕英に戻って、今は盛岡の北上川自然学校に着いた。
ラフトボートを積んで亘理町荒浜へ戻る。高速道路を使えずサポートに加わるのは今日の昼間になる。
明日から [2011年03月14日(Mon)]
■くりこま高原自然学校の主催事業の実施が難しくなった。
災害支援の体制を考えている。情報を集め明日からの対応を考えている。全国に自然学校、エコセン、モンベル、日能研などの仲間たちや3年前に世話になった災害支援NGOの仲間との連携が始まる。

Toyoshi Sasaki 〓
(無題) [2011年03月14日(Mon)]
■JR白石駅です。
真っ暗な仙台の街を抜け、実家により母姉にあってきた。仙台から南下して白石駅で東京で研修していたすがっちと隊長を迎えにきた。ここは携帯入った。

栗原の状況は大きな被害はないが、ところどころで崖が崩れ、道路も痛んでいる。全域停電、断水、電話が不通。携帯がつながらないのが続いている。ガスは大丈夫。町はガソリンスタンドに長蛇の列、店の物資が不足している。
自宅で暮らせいない方は避難所にきている。

3年前の地震との大きな違いは通信ができない。情報の発信、受信が十分にできない。
今から栗駒へ戻る。
また連絡が難しくなる。
Toyoshi Sasaki 〓
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