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高野山の夏2015 その2 [2015年08月26日(Wed)]

母と共に行った、高野山。
私の実家からだと電車で約4時間弱の旅です。

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電車で遠くまで行くことは、昔から好きでした。
ガタコン、ガタコンと心地よく揺れる車内や
あっという間に変わっていく車窓から見える風景、
乗り降りする人を見ているのも楽しいし
何となく世間話が起こったりすると、それは嬉しいハプニングです。

今回の電車の旅は、お母さんといっしょだったので
鈍行列車に揺られながら、のんびり親子水入らずの話をして過ごしました。

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高野山に着き、はじめに向かったのが金剛峰寺。
といっても、時間も限られていましたので金剛峰寺と奥の院、
そして国宝の金剛三昧院しか行けませんでした。

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さて、金剛峰寺の正門をくぐり抜けると見えてくるのは荘厳たる佇まい。
何層にも重ねられた立派な檜皮葺の屋根。
玄関に彫られた龍や獅子などの木彫刻は生き生きしていて見事なものでした。

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中に入ると、背筋はさらにシャンとなるようで、
ひんやり冷えた木の廊下を足裏で感じながらいろいろと見て回りました。
とくに狩野派の素晴らしい襖絵は圧巻のひと言。私は梅の間がお気に入りです。

新別殿では、温かいお茶とお茶請けのお菓子を振る舞っていただき、暫しの休憩。
広間は150畳を有に越え、弘法大師入定1150年大法会の際に新設されたものだそうです。
時間によっては説話も聞くことができますが、残念ながら今回はタイミングが合いませんでした。

国内最大規模の石庭「蟠龍庭(ばんりゅうてい)」の素晴らしさについては、
後ほど、改めて書くこととします。

約七斗(98kg)ものご飯を炊ける大釜や大きな煙突、水場などを拵えた
台所は、いまはもう使われていませんが、当時のままで残っていました。
この広い金剛山で修行する僧侶たちの食を支えてきた台所なんだと思うと感慨深いものです。

つづく。

▼高野山金剛峰寺
https://www.koyasan.or.jp
宝物 [2015年08月25日(Tue)]

人によっては、ただの本かもしらない。
もしかしたら、燃えるゴミとしか思ってもらえないものもある。

だけど、私にとっては、大事な大事な宝物。
ふとしたときに読み返す、写真集がいくつかあること。
心を躍らせながらタイムスリップできる浮世絵集があること。
凛とした空気に包まれる仏像雑誌があること。

それを部屋の一角に飾って毎日眺める。
このひとときが一番の癒しの時間なのです。

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高野山の夏2015 [2015年08月18日(Tue)]

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今年開創1200年を迎える高野山金剛峰寺。
この夏、どうしても行きたかったところの一つでした。
昨年は、サントリーミュージアムで「高野山の名宝」が開催され
阿字観体験をし、非常に高野山熱が高まっていたのです。

高野山は、大学時代に行った場所でした。
社会科教師を目指す友達といっしょに行ったのはとても良い思い出です。
その友達は、なんと私の母校で社会科教師をしており、すごいなあのひと言。
一方、私は、その当時高野山で買った般若心経を使って写経をしています。

あの頃は、そんな風に使うなんて想像もしていませんでしたが
人っ子一人いない奥の院で、武将たちの墓石を見ながら
歴史について語り合った当時を懐かしく思い返します。

年を重ねるごとに、弘法大師空海の素晴らしさに心を打たれ
ついには「空海の名言」となる本まで購入してしまいました。
いろんな名言を残している空海ですが、
やっぱり一番好きなのは、この言葉。

”哀しい哉(かなしいかな) 哀しい哉
哀れの中の哀れなり
悲しい哉 悲しい哉 悲しみが中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 復(また)哀しい哉
悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉
悟りを開けばこの世の悲しみ驚きは
すべて迷いの生み出す
幻にすぎないことはわかっています
それでも あなたとの別れには
涙を流さずにはいられません”
☆空海「亡弟子智泉が為の達嚫の文」より

愛弟子智泉が亡くなったときに詠んだ詩と言われ
NHKの番組でも度々紹介されている有名な言葉です。

この言葉を読むたび、空海の言葉の重みを感じます。
感情を言葉で表すのは難しいことですし、
言葉に言葉を重ねることで意味を付け加えていきますが
この空海の詩は実にシンプルなんだけど、深いのです。

空海の言葉を胸に、夏の高野山を歩いてきました。

▼高野山金剛峰寺
https://www.koyasan.or.jp
ベンチのある風景 [2015年08月13日(Thu)]


私がまだ多感な時期を過ごしていた頃、ベンチは特別な存在でした。
そこの特殊な空間は、なぜかぴったりくっついていても
自分にとって違和感がなかったからでした。

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よく覚えているのは、京阪電車藤森駅。
四条河原町に出るのには、ここが最寄の駅でした。
普段はJRを使っていましたが、遊びに行くときにはこの駅を使って繁華街へ向かいました。

藤森駅は、長い長いスロープを登った先に改札口がありました。
改札を通り抜けて階段を降りると、そこにはペンキで白に塗られた
大きなベンチがありました。

贅沢に占領する部活帰りの人たちや
慎ましやかに座る地元のおばあちゃんたち、
それから仲良く二人の世界に入るカップル…。

私は、そのベンチが好きでした。
一人一人の座る場所を区切らない、白くて長い板。
古く、風雨に晒されてささくれ始めたベンチに座ること。

日向の下で温もったベンチか、影の中でひんやり冷たくなったベンチ。
その日の気分によって座る場所を考えました。
日に焼けたくない私は、日陰を選ぶことが多かったけれど。

そんなベンチに座って、ゆるりと各駅停車の電車を待つ時間は、
至極の幸せのようでした。
行く先には楽しいことが待ち受けているのが分かっていたのですから。

友達と座ったり、当時お付き合いしていた方と座ったり、一人でのんびり座ってみたり。
その絶妙な距離間は、本当に不思議でした。
知らず知らずに距離を測っていたのかもしれません。

いまでは、木製ベンチは減り、強化プラスチック製の冷たいものが増えました。
一人一人の座席は区切られ、そこから出ると侵入者のような扱いを受けるのです。
寂しい世の中です。

私自身も、人と絶妙な距離間がないとしんどくなってしまう質ではありますが
あからさまに場所を区切られるとちょっと寂しい。
そんな寂しさが、田舎にも刻一刻と押し寄せてきているのを
地元の駅の改修工事を見て感じました。

ふるさとの夏 [2015年08月11日(Tue)]


あまりアウトドアには向かない私ですが、
うみは大好きです。

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でも泳いだり、砂浜を駆け巡ったり、肌を焼いたりするわけではありません。
ただただ、うみを眺めるのです。
波音に耳を傾け、日頃考えていることを再考するのです。
過去に思いついたアイディアを熟考するのです。
そして、何も考えなくなって、ぼおっとするのです。

私の故郷にはうみがありません。
なぜなら、うみに面していないから。
だけど、みずうみはあるのです。

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夏の直線的な日差しを反射して、みずうみも夏の景色です。
帰省するたびに訪れる場所。
春夏秋冬の顔が見られて楽しいです。
次は、紅葉の季節、私の季節に帰ってきたいな。