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季節、はる。 [2016年04月07日(Thu)]

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花散らす雨。
いよいよ淡い桃色の夢は終わり、
新緑へと化す。

空高きところで流るる雲は
慌ただしく過ぎ去り
深い青が僅かに見えた。

どんな力も及ばずに
季節は変わり
新たな出会いがやってくるのだ。

ときの移ろいにただ身を委ね、
鼻唄なんぞを口ずさみながら
心地よさを体いっぱいに浴びる。

きっと、これが自然体。
私が私である所以なのだと思う。
愛しのモレア [2016年04月03日(Sun)]

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空と海の出会うところにその島はある


海の風がささやき、夜となく昼となく


あなたを呼んでいる


まだ見ぬタヒチ。


その心地よさを石井好子さんを読んで巡らせる


碧と蒼、いろんな「あお」が


タヒチで生み出されている、はずだ。

非日常の世界 [2016年02月05日(Fri)]
非日常の世界に飛び込むには、マグリットの絵を見たら良い。
これは私の金言だ。

でも、マグリットの世界観は、何も絵を見るばかりではないことが分かった。

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湖の鏡に映る空は、まるでマグリットが表したような風景だった。
積み上げる。 [2016年01月23日(Sat)]

ひとつ、またひとつ上に積み上げる石。
願いを込めて、祈りを込めて。

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大きい石の上に小さい石。
たくさんの小さい石が集まったら
大きい石だって載せられる。

カタチに合わせて
絶妙な距離感と関係性を築き上げていく。

ひとつでは成し得なかったことが
たくさん集まってできるようになる。

積み上がった石たちに
深い意味を感じたのであった。
けむり雲 [2016年01月21日(Thu)]


巨大な鉄の塊をレンガのように積み上げる。
塊が崩れ落ちないよう互いを括り付け合う。
時には針金なんかを張り出して美しくする。

人の何倍もあるような大きさにまで広げて、
のっぽの煙突を天に届くほど高く伸ばして、
毎日休むことなく、白い煙を吐出している。

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もくもくと吐き出され続ける真っ白い煙は、
やがてふわりと宙に浮かぶ「雲」となって、
世界中の空を覆ったり、ぽつりとたゆたう。

美しい風景画の一部として語り継がれたり、
ふいに切ったシャッターにうつり込んだり、
川辺に座るカップルの目に留まったりする。

雲製造工場は、いま私の目の前にあるのだ。
ここからすべてのけむり雲が生み出される。
運ぶ、届ける [2015年12月20日(Sun)]

私たちは、入り口と出口しか知らないことが多いのです。

たとえば、離れて暮らす両親が送ってくれる品々。
食材やらお菓子やらを詰め込んだダンボールは
間違うことなく私の住む町へと運ばれてきます。

でも、その間にどんな人がどんな風にして運んでくれたのかは知りません。
というよりも、過程にはあまり興味がないのです。
大事なのは、ダンボールが運ばれてくること。
その中に詰められた母の愛情を届けてくれることです。

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母が宅配業者に頼む入り口。
宅配業者が届けてくれた荷物を受け取る出口。
宅配便だけでなく、私の周りにあるすべての物事が
管を通り抜けるだけのような、そんな感じがしてなりません。

管をきちんと通り抜けるには、行き先が必要です。
行き先のない荷物は、どこにも行けなくなってしまうのです。
これらの荷物はどこへ行くのでしょうか。
ちゃんと目的地にたどり着くことができるのでしょうか。

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私たちは、入り口と出口しか知らないことが多いのです。
それも、行き先が決められた一本の管しか知らないのです。
だから、近頃迷子になっている人が多いのかもしれません。
旅路 [2015年11月17日(Tue)]

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すっごくキレイだったんだけどなあ・・・
と後悔が募ります。
カメラのせいか、撮る側の腕の無さか、
間の悪さか、光りの加減か・・・。

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甲府から河口湖への道中は、紅葉が美しく彩り、
ほんとうにキレイだったのです。
きちんと収めたかったなあ。
やっぱり直接見るのが一番いいのかもしらないですね。

今回は残念だったけれども、次回は頑張っていい構図を探したいな。
水辺の世界 [2015年11月01日(Sun)]

そういえば、小さい頃から水辺が好きでした。

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故郷は水との縁が深い場所なので、
湖や川、水郷にはたくさんの思い出があります。
よく行った場所といえば、小学校の真横に流れていた日野川。
春には満開の桜並木の下で散歩をしたり
堤防の坂道で自転車競争して転んだり、
楽器の練習場として使ったりしたこともありました。

落ち込んだときには必ず日野川に行って
元気をもらった記憶がたくさん蘇ってきます。
故郷を離れて暮すようになり、思い出の堤防も再開発され、
水辺との関係性が離れつつあったこの頃、
素敵な機会を得ることができました。
師匠と呼ばせていただいている方からのご紹介で、
浜町防災船着場から隅田川、東京湾を巡るツアーに参加させてもらったのです。

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初めて水辺から眺めた東京の景色は驚きの連続でした。
川から海の匂いが感じられること。
橋の直線美がこんなにも美しかったこと。
間近で飛んでいる鳥の姿が以外にも可愛かったこと。
開発が進む東京の姿と徐々に海を埋め立てていった歴史の数々。
そして何よりの驚きは、川の上にいると不思議と高層ビル・マンションの中に
自然を感じられたことでした。

川から見た風景は、私に新しい東京を見せてくれたのです。
幾分深呼吸ができるようになって、
空が近くなり、気分が楽になったこと。
思わずはしゃいでしまいましたが、とっても元気をいただきました。
どこか遠くに行かなくても、旅行をしたような気分になれる、
素敵なひとときでした。

これからオリンピックに向けて変わっていく東京。
川からみる世界は、どんな風に見えるのでしょうか。
楽しみでなりません。
企画・運営していただいた方々、お世話になりました。
高野山の夏2015 [2015年08月18日(Tue)]

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今年開創1200年を迎える高野山金剛峰寺。
この夏、どうしても行きたかったところの一つでした。
昨年は、サントリーミュージアムで「高野山の名宝」が開催され
阿字観体験をし、非常に高野山熱が高まっていたのです。

高野山は、大学時代に行った場所でした。
社会科教師を目指す友達といっしょに行ったのはとても良い思い出です。
その友達は、なんと私の母校で社会科教師をしており、すごいなあのひと言。
一方、私は、その当時高野山で買った般若心経を使って写経をしています。

あの頃は、そんな風に使うなんて想像もしていませんでしたが
人っ子一人いない奥の院で、武将たちの墓石を見ながら
歴史について語り合った当時を懐かしく思い返します。

年を重ねるごとに、弘法大師空海の素晴らしさに心を打たれ
ついには「空海の名言」となる本まで購入してしまいました。
いろんな名言を残している空海ですが、
やっぱり一番好きなのは、この言葉。

”哀しい哉(かなしいかな) 哀しい哉
哀れの中の哀れなり
悲しい哉 悲しい哉 悲しみが中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 復(また)哀しい哉
悲しい哉 悲しい哉 重ねて悲しい哉
悟りを開けばこの世の悲しみ驚きは
すべて迷いの生み出す
幻にすぎないことはわかっています
それでも あなたとの別れには
涙を流さずにはいられません”
☆空海「亡弟子智泉が為の達嚫の文」より

愛弟子智泉が亡くなったときに詠んだ詩と言われ
NHKの番組でも度々紹介されている有名な言葉です。

この言葉を読むたび、空海の言葉の重みを感じます。
感情を言葉で表すのは難しいことですし、
言葉に言葉を重ねることで意味を付け加えていきますが
この空海の詩は実にシンプルなんだけど、深いのです。

空海の言葉を胸に、夏の高野山を歩いてきました。

▼高野山金剛峰寺
https://www.koyasan.or.jp
ベンチのある風景 [2015年08月13日(Thu)]


私がまだ多感な時期を過ごしていた頃、ベンチは特別な存在でした。
そこの特殊な空間は、なぜかぴったりくっついていても
自分にとって違和感がなかったからでした。

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よく覚えているのは、京阪電車藤森駅。
四条河原町に出るのには、ここが最寄の駅でした。
普段はJRを使っていましたが、遊びに行くときにはこの駅を使って繁華街へ向かいました。

藤森駅は、長い長いスロープを登った先に改札口がありました。
改札を通り抜けて階段を降りると、そこにはペンキで白に塗られた
大きなベンチがありました。

贅沢に占領する部活帰りの人たちや
慎ましやかに座る地元のおばあちゃんたち、
それから仲良く二人の世界に入るカップル…。

私は、そのベンチが好きでした。
一人一人の座る場所を区切らない、白くて長い板。
古く、風雨に晒されてささくれ始めたベンチに座ること。

日向の下で温もったベンチか、影の中でひんやり冷たくなったベンチ。
その日の気分によって座る場所を考えました。
日に焼けたくない私は、日陰を選ぶことが多かったけれど。

そんなベンチに座って、ゆるりと各駅停車の電車を待つ時間は、
至極の幸せのようでした。
行く先には楽しいことが待ち受けているのが分かっていたのですから。

友達と座ったり、当時お付き合いしていた方と座ったり、一人でのんびり座ってみたり。
その絶妙な距離間は、本当に不思議でした。
知らず知らずに距離を測っていたのかもしれません。

いまでは、木製ベンチは減り、強化プラスチック製の冷たいものが増えました。
一人一人の座席は区切られ、そこから出ると侵入者のような扱いを受けるのです。
寂しい世の中です。

私自身も、人と絶妙な距離間がないとしんどくなってしまう質ではありますが
あからさまに場所を区切られるとちょっと寂しい。
そんな寂しさが、田舎にも刻一刻と押し寄せてきているのを
地元の駅の改修工事を見て感じました。

ふるさとの夏 [2015年08月11日(Tue)]


あまりアウトドアには向かない私ですが、
うみは大好きです。

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でも泳いだり、砂浜を駆け巡ったり、肌を焼いたりするわけではありません。
ただただ、うみを眺めるのです。
波音に耳を傾け、日頃考えていることを再考するのです。
過去に思いついたアイディアを熟考するのです。
そして、何も考えなくなって、ぼおっとするのです。

私の故郷にはうみがありません。
なぜなら、うみに面していないから。
だけど、みずうみはあるのです。

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夏の直線的な日差しを反射して、みずうみも夏の景色です。
帰省するたびに訪れる場所。
春夏秋冬の顔が見られて楽しいです。
次は、紅葉の季節、私の季節に帰ってきたいな。
非日常への入口 @上野五条天神社 [2015年07月06日(Mon)]

今はもうない私の母校は、伏見稲荷大社のすぐ裏手に校舎がありました。
春になると授業をピクニックに変更したり、
秋にはマラソン大会の練習コースとして伏見稲荷大社の中を駆け回ったものです。

ちゃんとお参りをしたのは、高校を卒業して数年経ってからのことでした。
初めてのお詣りはお正月だったこともあり、その人の多さにびっくりしました。
千本鳥居の素晴らしさも、このときに初めて知りました。
近くにあるモノほど、その価値や大切さに気がつきにくいものです。

さて、先日上野をぶ〜らぶらと歩いていると、
写真を撮る外国人の人だかりが目に留まりました。
その先には、懐かしい朱色の鳥居が何本も見えたのです。

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上野にこんな鳥居があったのかと、驚き半分、好奇心半分で
階段を降りていきました。
若干、雨が降って泥濘んだ石段をゆっくりと歩き進めると
「五条天神社」がありました。

何でも、五条天神社は「無病健康」にご利益があるのだとか。
6月と12月には「茅の輪くぐり」も設置されます。
私行ったのは6月末だったこともあり、茅の輪を潜ってお詣りしてきました。

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境内には、「花園稲荷神社」もあり、こちらは縁結びの神様。
お稲荷さんにちゃんとお詣りすることを忘れてしまいがちな私なので
こちらへのお詣りは気持ちだけに留めておきました。

上野恩賜公園内にはまだまだ寺社があるそうです。
東京に住んでいるからこそ、ついつい忘れちゃうこと。
おざなりにしがちなこと。
それらにちゃんと目を向けて、大切さを噛み締めたいと思います。

*****************************************
医薬祖神
五条天神社
〒110-0007 東京都 台東区 上野公園 4-17
http://www.gojotenjinja.jp
誘う雲 @宮城県秋保温泉 [2015年06月13日(Sat)]

東京では6月に入った途端に梅雨入りが発表されましたが、
東北ではまだもうちょっと梅雨に入るのは先のこと。

私はどちらかというと「晴れ女」に分類されると思います。
強力な雨男・雨女といっしょに居ると私の力はかき消されますが
ノーマルな方といっしょに出かけたり、旅行に行くと晴れることが多いのです。

これまでも台風直撃と旅行のタイミングが重なることもしばしばあるにもかかわらず
旅行先で大雨に見舞われることが少ないのです。
もちろん、確率論なので旅行の回数が多ければ多いほど雨が降ることもありますけれど。

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今回の岩手・宮城の出張では、とても天気に恵まれました。
東北の初夏は、カラッと乾いた暑さだったので、とっても心地よい。
空気も澄んでいるため、空がいつも以上に青く感じました。

ぼんやりと空を眺めていると、なんだかすうっと吸い込まれていきそうな気持ちに。
自分がふわりと宙に浮くような、そんな不思議な気持ちになっていったのです。

あれまあ、と正気に戻ってみたものの、ふわふわした気持ちは続いたまま。
このままだと、寝てしまうか、なにも考えられなくなってしまい
出張の意味を為さなくなってしまうぞ!と脳内に危険信号が灯りました。

一所懸命目を見開いて、だめだ、だめだと言い聞かせました。
だけども瞼は磁石のようにくっ付き始めます。
まいった、まいったと困り果てたとき、あることに気がつきました。

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雲が呼んでいるのです。
「どうだぁ、気持ちがいいだろう。草っ原に寝っ転がってみなさい。
もっともっと気持ちがよくなるよ。ほら、こっちだよ。おいで、おいで。」

私たちの手は決して届かない高いところで、
薄く、細く、たな引く雲が、手招きをするように私を呼んでいるように思いました。

こいつのせいなんだなあと原因が分かったら、急に目が冴えてきました。
おかげさまでしっかりと仕事に切り替えることができたのです。

雲の誘いは怖い、こわい。
みなさんもお気をつけて。
萌え立つ青紅葉 [2015年05月06日(Wed)]

秋生まれの私は、紅葉がとっても好き。

もちろん、桜も藤も菜の花や彼岸花、菊…
生命を宿すもの、宿さないもの、
どれも美しいと感じるけれど、やっぱり紅葉は特別。

私の故郷の大好きな場所には
隠れた紅葉の名スポットがあり、
帰省するたびに出掛けるのです。

燃えるような赤色に染まった紅葉もいいけれど
新緑の生き生きと生命力溢れる青紅葉も好きなんです。

空とのコントラストを楽しむ。
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深い緑と淡い緑の葉の違いを楽しむ。
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そして、異次元に連れて行かれそうな、
この場所を楽しむ。
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日常のそこかしこに潜んでいる生命の美しさに気付いていけたら
私の毎日はもっともっと素敵に彩られる。

特別な何かをしなくても、どこかに出掛けなくても
素敵な出会いに溢れている。

知っているはずなのに、心に留めておくことが難しくなってしまうのは
もったいないことですね。

情けないかな、最近はブログ更新の余裕がなく。。
でも、心機一転、私自身のために
再度気持ちを入れ直して頑張ります!
どうぞ、よろしくお願いします。
無骨な鉄柱 [2015年04月10日(Fri)]

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大きな大きな鉄柱がありましたとさ。
その鉄柱には、四方八方に鉄線が張り巡らされ
いかにも険しそうな面持ちで、
ぶすっと直立不動に街を見下ろしていました。

無愛想な鉄柱につながった太い鉄線を辿ると、
同じような出で立ちの大きな鉄柱がありました。
まるで金太郎飴を切ったかのように同じカタチの鉄柱が
ずらりずらりと並んでいるのです。

同じ顔カタチをした鉄柱たちには密かな企みが在ったのです。
それは、太い鉄線を張り巡らして鉄柱王国をつくることでした。
山の天辺に立てられた鉄柱が支配者となり、
その地を治める長として君臨する計画でした。

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天辺に立てられた鉄柱は、
雲よりも高いその大きさを誇らしげに
自慢しているかのようです。
孤高だけれども誇り高い長の風貌を為しています。

そんな無骨な鉄柱たちが恐れているのは
決して叶うことのない相手、ただ一人。
そう、日本のシンボル・富士山です。
富士山を目の前にすると、彼らはただの鉄柱になってしまいます。

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いつか富士山を倒して、夢の鉄柱王国を作る計画を邁進しようとする鉄柱たちと
それを静かに阻止している富士山。
彼らの冷戦は終息する気配を見せません。
我々ニンゲンの知らぬところで、争いはいまも続いています。
終わり、はじまり [2015年03月31日(Tue)]

今日で2014年度がおしまいです。

先週まで蕾だった桜が、もう満開に。

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蕾が成るまでの1年間。
暑さ、寒さに耐えたり、
鳥のイタズラに我慢したりしたことだろう。

思うようにいかなくって辛くなったり
大きくならなくて哀しくなったりしたこともあるだろう。

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だけど、花開くとすっごく綺麗。
咲くまでの長い期間を耐えられるかどうかで
喜びが全く違ってくるんだ。

それは、私自身も同じこと。
明日からはじまる。
来年度は開花にぐっと近づける一年にしたいです。
石庭を愛でる。 [2015年02月08日(Sun)]

大学時代、日本近代史の授業を教えてくれていたある先生は、
しょっちゅう龍安寺のお話をしていました。

授業中はギャグを飛ばしまくり、
1人でうっひょっひょとマイク越しに笑う先生。
どうやら、ゼミでもこんな調子らしいと聞く。

私の先攻は近代史ではなかったので、
この先生のゼミを取ることはあり得ませんでした。
だけど先生の授業は面白くって好きでした。
試験は難しかったけれど…。

さて、その先生曰く、龍安寺の石庭を見ていると
世の中の嫌なこと、気に入らないこと、哀しかったこと…
全部を忘れられるというのです。

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こんな剽軽な先生でも、嫌なことがあるんだなあと思っていましたが
当時、若かった私は石庭を見て癒されるものなのかなあと疑問に思っていました。

それから5年ほど経ったある日、友達と龍安寺に行きました。
石庭を眺め、座ること数時間。
少し肌寒い季節だったけれど、ずっとずっと見ていられる。
これか!先生が言いたかったことは、と気がついたのです。

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そこから石庭の魅力にはまってしまったのです。
そこで、最近猛烈に欲しいのが、ミニ石庭セット。

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紋様を描くのはなかなか難しいけれど
眺めていても、デザインしているときでも、絶対楽しい。

次のご褒美は、これにしよう!
そして、全国の石庭を見て研究しよう!
という意思表示でした。
光のダンス [2015年02月05日(Thu)]

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ゆらゆらと揺れる時のうねり

お気に入りのリズムに乗せて

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軽やかなステップを踏んで

光のなかでダンスを踊ったあの日を想う。

水辺のある街 @滋賀県 [2015年01月28日(Wed)]

私の故郷にある古いお堀。
昔はたくさんの人がここを船で往来していた。
船頭さんが立って、商人たちがそれぞれの品物を抱えて
川を下っていったそうだ。

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いまでも春になるとお花見のための船が出ているけれど
あっという間に過ぎていく景色に
足を止めて、じっと川の隅っこの方を見る人は少ない。

だけど、お堀に通じる小さな小さな用水路には
きっと別世界の入り口があるような気がする。

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まるでジブリの世界のような、SF映画のような、
そんな楽しい世界が私の故郷にもあるのかもしらない…!
と心躍らせて、昔住んでいた時には決して行かなかったあちこちを
大人になった今、旅し始めた。
青に映える [2014年12月03日(Wed)]

空の青に映える色。

雪の白。

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ちょっと寒くなると、私の頭を覆う白い雪。
今年も美しく覆ってくれよ。
なんて言ったて、私は日本一の富士。
私を見に来る人が大勢いるんだから、
せいぜい格好よく頼むよ。



銀杏の橙。

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ねえねえ、私を見て。
いまが一番の華の時期よ。
これを見ずして、他に何を見るというのよ。
ほら、ブルーに映えるでしょ。
ねえねえ、私をもっと見て。

精いっぱいに色づき、一番美しい色となった。
私を見てと言わんばかりに。


重なり合う @東福寺 [2014年11月28日(Fri)]

水墨画は「黒」で決まるのだそうだ。

力強い墨色で生命力を表したり
淡い薄墨で繊細な季節の移り変わりを見せたり
黒のバリエーションで絵の「顔」が決まる。

もみじの鮮やかな朱色だってきれいだけれども
映し出された影だって美しい。

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手のひらのかたちをした葉っぱたちは
薄墨で、しかもなるべく水分を含まない色で描き表そう。
滲んで輪郭がぼやけたくない。

添え木は墨をたっぷり含ませよう。
だけど、なるべく主張させたくない。
あくまで、主役はもみじの葉っぱ。

色褪せた土壁のグラデーション。
葉っぱを引き立てるためには、
真ん中にはハイライトを入れて薄くしたい。

一番念入りに描かなければならないのは
もみじが重なり合うところ。
きっとここには生命が宿る。

そんな風にして水墨が描かれていくのかしらん。
菱田春草を思い浮かべながら考えました。

びわこともみじとわたし。 @長命寺 [2014年11月24日(Mon)]


滋賀だって紅葉はとってもキレイなの。

帰ると必ず立ち寄る長命寺。
そういえば、紅葉の季節に来るのは初めてだった。

紅葉の赤と琵琶湖の青のコントラストが素敵。

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優しい太陽の陽を受けて輝く赤や橙。

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地面に落ちた紅葉だってきれいなの。

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ひとりでにスキップ。
知らない人とご挨拶。
心が晴れる、そんな一日。
色とりどりのダンス @東福寺 [2014年11月24日(Mon)]

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赤、黄、橙、緑…。

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色とりどりの衣裳をまとった紅葉たちが
鮮やかに、晴れやかに繁っておりました。

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あなたは、何色の紅葉がお好きですか?


彦根の秋 @滋賀県彦根市 [2014年11月08日(Sat)]

色づきの浅かった彦根の秋。
これから美しくなるのだろうと予期させる紅葉が
滴る雨に濡れて、色っぽく艶めいておりました。
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遠い春を待ち望むかのように
膨らみ始める新芽たち。
どうか、長い冬を無事に越せますように。
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彦根城すぐそばの「滋賀縣護國神社」では、
菊花展が開催されておりました。
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我が子のように愛され育てられた菊たちは背筋真っ直ぐ。
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きっと、自分自身に自信を持って咲き誇っておるのだろうなあと思うと
菊にまで嫉妬してしまいそうです笑。
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今年はもう一度、帰省します。
次はもっと紅葉が深まっていることでしょう。
楽しみです。
みのり @シャトールミエール [2014年10月21日(Tue)]

わたしには、たくさんの子がいるのです。
まん丸の玉のような子。

いまにも外へ弾けていきそうな
内から湧き出るエネルギーを詰めた
たくさんの子を今年も宿しました。

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深い濃紺をした落ち着きのある雰囲気を持った子や
藤色の優しいまなざしの子もいます。

子は宝なり。
と申しますが、雨の日には雫が頬を伝い、
晴れた日には日差しを背に我が子を見れば
キラキラと輝いているのです。

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それは、まさに宝石のようで、
余りの美しさに我が子ながら
思わず息をのんでしまうほど。

大事に大事に育ててきましたが、
我が子は旅立ってしまいます。

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あたたかな人の手に包まれ、
ワインへと姿を変え、これから多くの人の舌を唸らせることでしょう。
笑顔に包まれた食卓の主役として、活躍してくれることでしょう。

今年もみのりの季節を迎えました。
あなたの幸せなひと時をいっしょに過ごす我が子が
わたしの誇りです。
空見 [2014年09月24日(Wed)]

日本には、自然を見ることを言葉にする美しい文化があることを
海外に行って改めて気がついた。

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私がまだ学生だった頃、とあるボランディアでカンボジアに行くことにした。
現地コーディネーターはポーキーさんという方で
非常に流暢な日本語を話すピエロのような面白い人だった。

ポーキーさんは、
「日本には、花見や月見という言葉があっていいね。
 カンボジアにはそんな言葉がないから、僕が新しい言葉を作ったんだ。
 空見って言うんだ」と言っていた。

それから私の中に「空見」という新しい言葉が付け足された。

空見は万国共通。
あれから、数年経って、
いっしょにボランディアに行った人たちもそれぞれの道を歩いている。
私も私の道を歩いている。

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だけど、空見でつながっていたい。
そんな風に思って、シャッターを切るも…。

風の音・空の色 [2014年08月18日(Mon)]

私事ですが、最近気がついたことがあるのです。
それは、案外自分が暑さに弱いということ。

7月中旬から8月にかけての熱帯夜、
そして、7月に我が家で起こった恐怖体験…

なかなか寝られず、苦しい日が続き
朝も弱くなってしまったというわけです。(言い訳)

でも、ギャラリー巡りは続けております。
発信する時間を確保出来ないという、体たらくな私なのでございます。

まずは、帰省報告でございます。
10日、朝8時に新幹線に乗った私。
ところがどっこい、台風直撃のため、
電車が途中で不通となってしまったのです。

線路の高架で停車する新幹線。
風に右へ左へと煽られ、このまま転げてしまうのではないかと不安になりました。
私は咄嗟に鞄のチャックを閉め、自分の荷物がバラまかれないよう
身を整えたのでありますが、数十分停車の後、無事動き出しました。

そのときに見た、稲穂の揺れる姿の美しいこと。
写真に収めると美しさが半減するのが悔しいです。
美しいものは、心に焼き付ける他ないのでしょうか。

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さて、台風一過の後は素晴らしい夕焼けが待っていました。
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実は、京都駅から見えるこのビュースポット。
好きな場所のひとつです。
だけど、カップルに囲まれてしまうことが難点です。笑

愛を育む若者たちにまぎれ、写真に精を出す私。
赤々と燃える空と光りに照らされ山並みがくっきり浮き出る様は
何時間も見ていたい。
でも、そんな景色ほど一瞬のうちに変わっていき
気がつくと星が煌めく夜になっているのです。
あはれかな。

しかも、モノクロにすると趣があって、素敵なのです。
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天に導かれるような光りの筋がなんとも美しいのです。

漂う [2014年08月03日(Sun)]

底を青く塗ったプールの真ん中に
大きな大きな噴水があって
勢い良く水しぶきを上げている。
この青はニセモノだとわかっていながら
キレイだと思う。
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お日さまの光りの反射のせいなのか。
とても澄んだ水のせいなのか。
本物のキレイさとは何だろう。
そんなことさえ考えさせられる、ニセモノの輝き。


昔、見たような景色だと思った。

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「デジャヴ」というやつでしょうか。
波が不均等に押し寄せて
自分が宙に浮いて漂っている気分になる。
表面を伝う波と水中の水の流れが違って
こんがらがって、不安にさせる。
宙に浮いた私は身動きが取れなくって
地面に叩き付けられるという不安に襲われる。


マーブルパウンドケーキを買った。
その模様に似ていた。

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漂う緑の感じ。
やさいのいろ [2014年07月02日(Wed)]

先日、友達が参加している「ヤッチャバ」に行ってきました。
いわゆる青空市です。

あらためて、なんてやさいのいろの美しさに気づかされました。

にんじんの橙。
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こんなに濃いいろだったかなあ?


とうもろこしのきいろ。
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こんなに鮮やかだったかなあ?


にんじんの葉の緑の深さにも驚きました。
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さらに、食べてみてもびっくり!
こんなに甘かったっけ?

普段、スーパーでも「○○さんが作りました」
と書かれているものを買うようにはしていますが
こんなに新鮮ないろをしていないものばかり。

美味しいお野菜を食べられるって
贅沢なことですね。


ヤッチャバが100回目ということで
「やっちゃばん」というリーフレットを友達が作りました!
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やっちゃばも、この冊子づくりも
全力で頑張る友達の姿をみて、
いつも元気をもらいます。
ありがとう!


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すみだ青空市ヤッチャバ
https://www.facebook.com/yacchaba
木漏れ日 [2014年05月26日(Mon)]

光りと陰。
このコントラストがとても好きなんです。

私が好きなのは、自然の陰。
木漏れ日なんかはむっちゃ好きです。

木々の中を歩いていたら、
陰で自分がまだら模様になる瞬間がありますよね。
あれ、最高です!

たとえば、小道を歩いていたときに
木漏れ日が一瞬大きな口を開けている。

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一身に光を浴びることの出来る場所に立ってみると、
これまで歩いていた道の風景が変わるんです。


地に緑の多い場所は更に素敵です。

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ぐんぐんと引き寄せられるように
むこうの世界に行っちゃいたいくらい。
何があるんだろうとワクワクします。


夏は光が一層強くなるので明暗ははっきりしますが、
麗らかな光でぼんやりと輪郭が映るのも、これまた良いなあと思います。

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木々のたゆたう感じ。
ぼんやり見入ってたら寝ちゃいそう。
すごく気持ちがいいのです。


光りがなければ陰は生まれないし、
陰がなければそこに存在している証が見えません。

つまりは、共存しているんですよね。
お互いを必要とし合っている。
それって本当に美しいことだと思います。
いろんな関係性が、光りと陰みたいに
一緒に生きていけたら素晴らしい世界になるような気がします。
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