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茨城・学びの会情報発信ブログ

「茨城・学びの会」月例会の報告を中心に発信しています。明日の学校づくり・授業づくりのために,会員のみなさんや授業づくり・学校づくりに関心のある方からのコメント等をいただければと思います。


夏の授業づくり・学校づくりセミナー [2016年08月29日(Mon)]

28日(日)夏のセミナーを開催しました。

今年も学習院大学教授佐藤学先生においでいただき,「アクティブラーナーを育てる授業づくり」について講演をいただきました。
また,午前中は,牛久市立中根小学校・加藤先生の6年国語「海の駅」(谷川俊太郎)の授業実践報告,午後は潮来市立潮来第二中学校・鈴木先生の3年美術「15のわたし」(自画像)の授業実践報告がありました。ともに,児童生徒が授業に「夢中になって」取り組んでいる,参加している姿があり,まさに「学び込んでいる」授業であったと思います。ただし,どんな授業にも課題はあります。佐藤学先生に指摘いただいた部分を,参加者が共有し「では,自分の授業はどうするのか。」を考え,実践しなくてはならないと思います。

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「海の駅」実践報告後のコメントから

・文学は言葉のアートであり,どちらかというと音楽に近いものである。
・多義的なのが文学の言葉,イメージが広がれば広がるほどよい。
・主題でわかるような文学は駄作,「かわいそうなぞう」はどうか?
・文学にはどこまでもテキストに向かい合って読むことが必要
・文学は読み手にとっての真実であり,繊細なものである。
・文学は不条理の真実,理屈では説明できないのが文学,確かに主題みたいなものはあるだろうが。
・文学をわかることによって失うものの方が大きい。
・文学で気持ちを聞いたら「嘘」になってしまうだろう。
・文学はごちそうとして扱う,よい作品はごちそう。
・読み聞かせなどに始まって,物語・文学を読むという経験をしない子は自分の人生も創れない。
・文学は出合いが大切,何度も読む。テキストとの出合いが何より大切
・文学の授業を話し合いにしたらおしまい。作品は世界であり,そこにどう向かい合うかだ。
・文学はもともとひとりで読むものである。ただし,そのひとりの読みを支えるものがグループ
・文学はテキストとの対話が中心で,友だちとの対話ではない。
・授業者はひとりの人間として文学を読み作品に惚れ込むことが大切
・教師のしゃべりすぎはまさに「ノイズ」,ノイズを出さない教師となる。
・「なんでそう思ったの」よりも「どこからそう思ったの」と訊くことがよい。

「15のわたし」(自画像)実践報告後のコメントから

・生徒が「ていねい」に作品制作に取り組んでいる。(美術では重要な要素)
・個人作業であっても4人グループであることがよかった。
・自画像で「自分の内面」を描かせるのはこの年代にはかなり難しい。
・水彩画(不透明絵の具)で描くのがまた難しい。透明絵の具がよいが,自画像そのものを水彩画にすることもまた難しい。
・こんな難しい課題によくも生徒は取り組んだ。
・アイディア,画材,技法の順があるが,表現は技が伴わないとつまらない。
・描画は「表出」から「表現」へ向かうが,学習は技法から入るのがよい。
・美術教室がアトリエになっているためには,先生も一緒に描けばよい。
・「こまやかさ」と「ていねいさ」は技法を教えるときに必要なこと。

・自力解決という「ひとりの学び」は絶対に成立しない。
・最初から「わからない,教えて」と質問できる子はいない。
・教師の倫理観を子どもに押しつけないで欲しい。
・授業デザインとは状況とプロセスによって絶えず変化するもの。
・「1時間の授業でどんな力が身についたか。」なんて本当に言えるのか?
・活動(アクティビティ)は社会的文化,社会を創っているのはアクティビティである。
・目標で考えるよりもビジョンで考える教育をする。
・子どもの正解も誤答も同等の価値をもっていることを知っている教師でありたい。

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