田中先生からの便り
[2012年01月31日(Tue)]
1月例会の講師,田中先生からブログ中の本橋先生の疑問,『「わたしはどきっとした」が,最後まで解決していない。そのままでよいのだろうか,正解を示すべきかどうか。』について田中先生が丁寧にお手紙をくれました。
この授業をご覧になった先生には,「あいまいで正解に収束されなかった印象」が強く残られたんだなと,授業者として反省しています。ただ,あの日授業をしていた私は,こんなふうに考えていました。
「生徒たちの発言から」
@S
こんなことを思ったしまった自分に驚いた「どきっ」後にKさんに賛成
AT,S,T
ルントーの偶像崇拝を笑ったが,自分が抱いた希望も手製の偶像に過ぎないのでは。
(ルントーと自分は同じようなことをしているに過ぎない,と気づいた「どきっ」)
BA
ホンルたちが新しい生活をもたなくてはという希望をもってしまった自分に,主人公はどきっとしている。
CK
故郷に帰ってから絶望ばかりで真っ暗になっていたのに,明るい希望が浮かんだことにびっくりした。
授業の中で,私はAとBは,ほとんど一緒かなと判断してしまいました。(希望をもった自分に対して,ルントーと同じでは・・・と感じたという点で)
茨城・学びの会で小林先生のご指摘を受けて,Aさんの発言の真意を理解した次第です。
また,CのKさんの意見に対しては,元吉原中の協議会の中で「人間は本当に絶望しないと,希望も浮かばない。Kさんの意見は大人の意見だ。」というようなコメントをくださった先生もありました。
授業の中では,Sさん,Tさん,Tさん,Aさんと教室の(私から見て)左側の生徒たちばかりで発言が続いたので,教室という空間により広い渦を起こしたいと,私は右隅のKさんを指名しました。これを聴いて,一番自分の考えを変えたのがSさんだったと思います。彼女は「なんかついていけない。」とつぶやき「もう一回」と説明を要求しています。(生徒のこういう自然のやりとりは歓迎しています。)
Kさんの意見を聴いて「反論します。」と自分から挙手したSさんが,最後まで言えなかったのが(言える教室にしてやれなかったのが)悔やまれますが。Sさんも「たしか・・・」と51段落の,この後のところを言おうとしていました。
21分54のところで,私はYさんに発言を求めました。彼の「Kさんの意見にも賛成できるんですけど,私はどきっとしたの後に,たしかって書いてあるから,このどきっとしたのは下の文のことを考えたからどきっとしたのだと思って,昔は彼のことを笑っていたけれど,それには自分も同じような考えをもっているから笑えないと思って,どきっとした。」と彼が答えてくれました。(Kさんの意見にも賛成できるんですけど・・・という言い方=こういう優しい言い方ができる子どもって大好きです。)下の文に書いてある,とテキストにもどった,このゆうやさんの意見で,ほとんど収束してきたかなと考えたのですが,その後,まどろみかけた,Tさんを指し手,私は不安になり,Yさんも指名しました。ここは,底上げ(共有すべきことをはっきりさせなければ・・・と。)
私としては,多くの生徒はAと考えたであろうと判断していたのですが,正解は一つでなくてよいと考えます。CのKさんのような考えもありだと思います。(彼女はルントーとの再会場面で,二人の間にできてしまった「悲しむべき厚い壁」をよく理解していました。)
BのAさんの真意に,寄り添えなかったことが悔やまれますが,あの時先を急がず「もう一度51段落を読んで。」とテキストにもどせたらよかったと今になって強く思います。テキストを幾度も読むということは本当に大変ですよね。
という具合に,授業をして常に「今日も失敗してしまった」の連続の私です。今回も,茨城の先生方との学び合いが実現して多くのことを感じ,学ばせていただきました。感謝申し上げます。
生徒と次時に授業後の感想を読み合いました。各グループでどんな部分にこだわりながら考えていたのかが如実にわかり,とても楽しかったです。
この3年1組ではないのですが「道は場所と場所をつないでいくもの,希望は人と人とをつないでいくもの」と書いてくれた生徒もありました。3年1組の個々の生徒の文章も,みんなその子らしいといとおしくなる感想ばかりです。
本橋先生はじめ,茨城・学びの会の皆様のご活躍をお祈りしています。ありがとうございました。
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3月例会のご案内
[2012年01月24日(Tue)]
2月例会は東京の十文字学園(十文字中学・高等学校)で,「第15回教育シンポジウムin東京」(授業・コミュニケーション・そして教育)に参加することになっています。会員のみなさんのご都合はついたでしょうか。さて,以下に3月例会のご案内を掲載しました。今年度最後になりますので,ふるってご参加ください。授業実践報告は牛久市立南中学校です。次に,平成24年度の会員登録(年度更新です)と募集を行います。以下の登録用紙に必要事項を記入し,年会費3000円とともに例会時に幹事にお渡しください。会では,会員数の拡大も進めていますので,学ぼうという気持ちのある方,授業づくりや学校づくりに関心のある方をぜひ誘っていただければと思います。
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manabi at 16:56 |
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1月例会の報告A
[2012年01月22日(Sun)]
以下,伊藤先生が記録してくれたものです。「茨城 学びの会」で学んだこと
1 授業VTRから学んだこと
国語科 「魯迅(竹内好訳)『故郷』(第5段落)」
(1)本時の授業
目標
故郷を後にして旅立つ「わたし」の船上での感慨を読み取る。
「わたし」の願いについて,また「希望」の意味について,友達と意見を交流しながら自分の読みを深める。
流れ
@本時の課題(生徒から出された疑問)について確認し,第5段落を読む。
・「わたしはどきっとした」とあるが,これはどうしてか。
・「彼の望むもの」「わたしの望むもの」とは何か。また「わたしの望むもの」が手に入りにくいのは。
・52段落全体がわからない。
・「もともと地上に道はない。歩く人が多くなればそれが道になるのだ。」→何を言いたいのか。
A友達と4人グループやコの字になって,互いの読みを交流し合う。
B52段落について,自分の感じたこと・考えたことを文章にする。→聴き合う。
※訳者による違いを味わう。
(2)田中先生の話
・「なぜ」から始まる問題解決的学習よりも,表現を読み味わう授業がいい。
・女子は,人の話を聴けない子どもたちだった。→「学び合う学び」で成長した。
・指名について
子どもと相談しながら授業をしている。「自分から発表する?それとも先生が指名する方がいい?」と聞くと,「先生が指名する方がいい」と答える。中学生にとっては,その方がいいと思われる。
指名するときには,最初は,「大丈夫な子」を指名する。集中が切れそうな子がいたら,その子を指名する。基本は,「一人ひとりに学ばせる」という思い。
・課題のつくり方について
説明文や文学的な文章のときには,行間を空けたプリントを渡し,自分が感じたところには青線,わからないところ・重要だと思うところには赤線を引くようにさせる。
子どもたちの「わからない」ところを課題にしている。
本時の授業は,前時やってわからなかったものを課題とした。
・子どもの「わからなさ」からスタートすること
子どもの考え・発言を中心にして授業を進めることに対して,授業者は,「ねらいに迫れるのか?」と心配になるもの。しかし,子どもは不思議なことに「ねらい」に近づいてくる。子どもを信じてみる。「子どもと一緒に学ぶ」,「子どもによって新しい読みに出会える」という気持ちをもっている。
・感想を書かせるときに,グループで
「コの字とグループ,どっちが書きやすい?」→「グループの方がいい」という子どもの声を拾う。子どもは,「見れる」「訊ける」「安心できる」から,そう思うのだろう。
・問題を抱える生徒について
1分間ルール→寝たら,1分以内に声をかける,かけ続ける。
グループの生徒に支えられて成長する。
・子どものつなぎ方について
子どもの意見を胸の中で,腑に落ちるまでじっくり聴いてから返す。
国語の授業で大切なのは,テキストに戻すこと。
・授業の感想に「意見をほとんど拾ってもらえず…」と書いた子どもがいた…
特設会場で授業をしたことが影響した。それ以降,公開授業は教室で行うことに。公開授業は,見せるためのものではない。一番大切なのは,子どもの学びを保障することであるから。
・国語の授業
正解は1つではない。いろいろな意見が出て,広がり,深まっていくことがいい。
授業では,「わからないときは,わからないって言っていいよ」と言っている。
教師のもっている答えを「こうなんじゃない?」と言うと,子どもは考えなくなる。子どもの考えが出なくなる。だから教師は我慢する。
・グループ活動中の子どもの見る目
グループで話している内容まで把握してはいない。どの子が今日の“旬”なのか。「今日は意見を言っているな」と思う子を,後で指名する。
また,一人ひとりの子どもを把握するために,授業の最後に感想を書かせる。
(3)参観者が学んだこと
・グループでの話し合い活動時…
目線を同じにして関わる。「どのように(考えが)まとまった?」「それ聞いて○○さんはどう思うの?」「○○さんの言うのわかる?」等の声をかけて,グループでの学びをつないでいた。
・意図的指名
グループ活動時,一人ひとりをよく見ている。→ そして,指名する。(例)「○○と書いてあったんだけど,それ教えてくれる」等。
・子どもたちは50分思考し続けていた。
・どのグループも積極的に話し合っていたことに驚いた。
・中国の歴史を知らない中でも,テキストを読み,よく考え,意見を出していた。
・子どもたちと先生がつながっている様子が伝わってくる。(うまく言い表せないが…)
2 実践発表「私の国語教室」から学んだこと (抜粋)
学びの作法を身につけるために → 繰り返し話します
○授業開きで
「授業(学び合い)はみんなでつくるもの」→教師の基本姿勢を示す
何のためにグループ活動,コの字を使うのかも説明する
○つぶやき・発言
学びに関係することなら,いつでもつぶやいてよい。「わからない」は宝物
発言は先生に向かってではなく,みんなに聴いてもらおう(教師の居方)
○聴く
一番大切にしたいのは,聴くこと,訊くこと
(本当に聴くことができる人が,本当に自分の考えを見つけられる人)
○指名
基本は,教師の指名で進める(生徒の希望も聞きながら決めているが)
→発表したそうな子は指名する(発表したそうな顔をしている)
発言したいときはいつでも遠慮せずに挙手してよいことにする
○グループと一斉
グループ活動は,自分の考えをつくるため,自分の考えに磨きをかけるために行う(考えを一つにまとめるためではない)
※グループ活動の後は,だれを指名してもここまで考えられたと,答えられるようにしよう
学び合いから生まれたもの
○生徒の主体的な学習態度
○言葉に敏感になり,言語感覚が磨かれる
○教師の意図しなかった疑問が出され,そこから学び合いの深まりが起こる。=実に愉しい瞬間(共に学び合う喜び)
○学び合う中で,共通理解を伴う「新しい言葉」を生み出す
○だれとでもかかわりがもてるようになる=人間関係の深まり
学びの共同体でよかった!
○「子どもは学び続ける限り決して崩れない,学びは子どもの希望の中核であり,人権の中心なのである。」(佐藤学先生)の言葉を,実感することができた。
○授業で子どもが変わる,教師が変わる,学校が変わる。
・自分たちで判断,行動できる子ども,発想が豊かな子どもに。
・職員室での会話が増し,同僚性が高まる。
・授業を公開すると,自分の見えていなかったことを複数の先生方から教えてもらえ,とてもありがたい。
・静かで落ち着いた教室,支え合う温かい空気に包まれる。
・心優しい子どもが増え,教師と本音で語り合えるようになる。
・生徒と共につくる授業,その中で教師側も新しい学びができる。
・生徒も教師も共に笑顔で幸福な日々を生きられる。
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1月例会の報告@
[2012年01月22日(Sun)]
1月例会は,元・富士市立元吉原中学校を最後にご退職された,田中由美子(国語科)先生が学びの共同体としての学校づくりの中で,国語科の授業をどのように実践されたのかをお話しいただきました。
最初は3年国語「故郷(魯迅)」の授業DVDを全員で視聴し,その後小グループになって授業から学んだことを交流しました。次に田中先生の授業実践をPPTにまとめたものをプレゼンしていただきました。佐藤学先生が「教師花伝書」に記載してある通り,田中先生の実践から私たちは多くのことに気づかされましたし,生徒への細やかな配慮が行き届いた教師としての居方も感じさせられました。
今回の例会に参加された方はとても得をしたと思います。
こんな会話もありました。
「子どもの疑問を基にした課題で学び合いの授業を進めていくと,とても不思議なことですが,自然と 教師の求める所に子どもの意見が戻ってきます。本当に不思議なんです。」
「書かせなかったら消えてしまう。だから書かせたいのですが,子どもに(書かせる用紙を)これ配っ ていい?と聞くと,グループでなら分けてもいいよという言葉が返ってきます。(グループはそれほど 心強い場なのです。)」
以下,本橋先生が記録してくれたものです。
1 田中由美子先生のご紹介 (岩本代表)
2 VTR視聴 授業者 富士市立元吉原中学校3年1組国語「故郷」
授業DVDは授業記録とともに50分通して視聴しました。
3 グループ協議と感想
・課題について50分間ずっと思考し続けているところがすばらしい。中学校3年生でここまで語れるという事例だと思った。
・中学3年の国語というと,ずっと無言が続く授業というイメージがあるが,この授業ではどのグループも熱心に語り合っていた。「なぜ」という問題解決的な問いだけでなく,作品を読み味わうことを課題にしたからだと思う。
・中学3年ではまだ当時の中国の社会背景について学んでいないのに,生徒たちは作品を読み深めている。あとになって中国史を学んだときに,この授業との関連でわかることも多いと思う。
・最初に取り上げた生徒たちからの「私はどきっとした,というところで,何でどきっとしたのか」という疑問が最後まで解決していないが,そのままでよいのだろうかと思った。最後に教師から正解を示すべきかどうかききたい。
・生徒たちが自然体で自由に語れる雰囲気がある。しかも,決して馴れ合いではなく,相手を尊重しながらわきまえて話している。中学3年までにはどの生徒にも学び方が身に付いているのだと思った。
・生徒との相談の上で先生はグループの中で語ったことを紙に書かせる指示をしたが,そのことで生徒は自分の書きたいことを自信を持って書けたのだと思う。
・口頭でのやりとりをフォローできない生徒も,全員が書いた感想や意見を掲載したプリントを読み返すことにより,再び自分の意見と友だちの意見をすりあわせることができるので,とてもよい方法だと思った。教師にとっても,一人ひとりの考えを把握するための資料にもなる。
4 田中先生への質問と回答
◇ 指名するときの意図を教えてください。
・子どもと相談します。「自分から言う?それとも先生が指名した方がいい?」とたずねると,指してほしいという生徒が多い。最初は答えられそうな大丈夫な生徒を指します。それから,ちょっと心配な生徒を指す。また,集中力が欠けている生徒やまどろみかけている生徒も指します。わからなくて困っている生徒を安心させるために,わからなさの度合いが同じような生徒を意図的に指すこともあります。ある生徒が「発言したいなと思っていると先生が指してくれるのでうれしい」と言っていたこともあります。目がきらっと光るのが見えると指名します。
◇ どういうことを課題にして授業をデザインするのですか。
・生徒がわからないと思うことを課題にします。最初にテキストを1行あけて書いたものを配付し,わからない,みんなで考えたいと思うところに赤線を,自分なりの考えを書き込むところに青線を引かせます。グループ内での話し合いで解決できることはそこまでで終わりして,グループ内で解決できなかったことを全体で共有します。それが次時の課題になります。
◇ 生徒から出た課題は授業者の意図とはなれてしまうことはありませんか。
・それが不思議と最後には子どもの疑問が教師が意図したものになってくるのです。子どもを信じることで,教師自身も気づかなかった読みに出会うことがあります
◇ 意見を用紙に書かせることについてもう少し教えてください。
・本時も,紙を配るべきかどうか迷いました。でも,もし書かせなかったらこの時間に話し合ったこと が消えてしまうかもしれない。それで一人の生徒に相談したら「グループでいいなら」というので,書かせることにしました。グループになっていることで生徒たちが安心感をもてるのだと思います。感想などを書かせるときは,休んた生徒もあとから必ず書いて提出します。全員分を次の時間までに印刷して全員に配り,それをもとに1時間話し合うこともあります。
◇ 問題を抱えている生徒をどのようにサポートしていますか。
・グループの中では遊ばせてもらえません。子どもたちが支えてくれます。寝ている生徒がいたら1分ルールで声をかける。1回で起きなくても,あなたのことを忘れていないというサインを示すことが大切。ある生徒は「国語の時間は安心していられるけど,寝させてもらえないんだ」という感想を述べています。毎回教科書を忘れてくる生徒がいて,その子が忘れても忘れてもこちらで用意した教科書を与え続けました。どの先生もそうして接しています。また,授業以外でも休み時間に廊下でくさっている 時などに,世間話をしたりして関わりを持ちます。
◇ 「つなぐ」ときに気をつけることはどんなことですか。
・子どもの意見を自分の胸に落ちるまで聞くことだと思います。そのためには,待つ,時間的空白をあける,テキストにもどすことです。子どももすとんと落ちるまで聞き合うことが一番大切だと思います。
◇ 時代背景を知らないで読むことについてはどうですか。
・生徒たちは文章中の表現や描写から時代背景を読み取ります。今回は朝読書で藤野先生についての本を読ませましたが。
◇ 「今日の授業はつまらなかった」という感想を書いた生徒について
・自己顕示欲の強い子なのですが,授業の中で意見を取り上げるとき,同じようなことをつぶやいていたその子の名を言ってあげられなかったのが失敗でした。
◇ 生徒から出てきた疑問についての正解を示さなくてもよいのでしょうか。
・正解はひとつではありません。異なる意見にふれることで,自分の読みが深まったり広がったりしてより豊かになっていきます。正解がひとつになるテスト的な問いについては,ワークブックを使ってテスト対策をさせています。自作のテストで,正解がひとつにならない問題をつくることもあります。子どもたちは何を書いても大丈夫なので喜びます。授業をきいていればわかる,と言っている生徒もいま す。
◇ 生徒が33人もいると,一人ひとりの考えを把握できないのではないですか。
・はじめはグループ間を移動して,どんなことを話しているのかメモしながら授業をしていたこともありました。すると,佐藤学先生から,全てを把握しようとしなくていい。先生はでんと構えて,どの子が旬かみていればよい,とのご指導を受けました。また,1クラスをふたつに分けて少人数で授業を したこともありましたが,多様な考えは半分では少ないように思いました。
◇ 単元構成や授業デザインについてもう少し詳しく教えてください。
・はじめに教師が通読します。それから大きな構成を確認します。そこで一次感想を書かせます。この題材をどのように学びたいかも書かせます。それから線を引きながら書き込みをさせ,グループで解決できないものを全体で共有し,みんなで考えます。
◇ 教材研究はどのようになさっていますか。
・市や学校の図書館,インターネットなどで調べます。沖縄についての題材なら沖縄へ,奥の細道なら平泉へ,自分が行ってから授業をしたいと思っています。旅行を兼ねて行くことも楽しんでいます。
◇ 辞書の使い方についてはどのように指導していますか。
・グループに2〜3冊用意します。ひとり一冊にしないことで,生徒たちは額を突き合わせて調べるようになります。数種類の辞書を用意するとよいと思います。生徒たちの言葉で語らせたい,書かせたいと思うときは,あえて辞書を使わないように指示することもあります。
5 田中先生のプレゼンテーション
6 感想
・授業実践者ならではのお話を伺えました。一番知りたかったことがわかりました。
・信頼関係によって,何でも安心して言える学級になっていると思いました。
・先生に対する生徒の確固たる信頼,尊敬が感じられました。
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校内研修公開のご案内
[2012年01月18日(Wed)]
平成24年2月8日に石岡市立城南中学校で行われる校内研修の案内です。
なお,実践校の校内研案内を掲載いたしますので,データを事務局まで送っていただければと思います。
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manabi at 10:34 |
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学びの共同体研究会報告2
[2012年01月16日(Mon)]
伊藤紳一郎先生が,1月8日の佐藤学先生の講演を記録し報告してくれました。音声の聞き取りが難しかったのでPPTからも起こしたそうです。ありがとうございました。
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manabi at 09:29 |
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学びの共同体研究会報告
[2012年01月12日(Thu)]
1月7日(土)・8日(日)に伊東市のホテル聚楽で行われた学びの共同体研究会の一部を,会員の伊藤紳一郎先生がレポートしてくれました。以下にPDFでアップしましたのでぜひご覧ください。なお,内容は「富士市立富士川第二中学校 3年英語」です。また,1日めのデボラ・マイヤー先生の講演も録画があります。大変哲学的なお話しで聞き応えがあります。関心のある方は事務局までメールでご連絡ください。コピーしてお分けします。
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夏のセミナー期日
[2012年01月11日(Wed)]
茨城・学びの会主催
平成24年度「夏の授業づくり・学校づくりセミナー」
の期日が決まりました。
「平成24年8月11日(土)」開催です。
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冬のセミナー感想
[2012年01月06日(Fri)]
平成23年度 茨城・学びの会
第4回冬の授業づくり・学校づくりセミナーに参加して
今回の内容は,村瀬先生の「技能教科の協同的な学び」ということで,自分の専門である音楽について考えることが多く,久しぶりに専門教科を見つめ直し,学ぶきっかけになりました。
中学校でのギターの授業をもとにしたお話では,数年前に近くの中学校で参観した授業を思い出しました。その授業も城南中と同じで,ギターの学習をペアで練習するものでした。その授業の事後協議の中で同校のある先生が,音楽という教科はグループ学習ができるため,学びあいがしやすい教科であるという意見を述べていました。それについて,私は,グループにさえすれば学びあいになるわけではないという思いがあり,その頃から音楽と学びあいについてはずっと考えながら現在に至っていました。そのため,村瀬先生の技能教科に対する分析については,聞きながら腑に落ちるところがたくさんありました。
まず,技能教科は,「○○嫌いをつくりやすい。」「苦手意識を持ちやすい。」と言うこと。人によって好きなジャンルの違いこそあれ,音楽を聞くことが嫌いは人はいないと思います。同じ芸術でも美術作品とは違い,目には見えないものであり,形に残らず瞬間で消えて行ってしまう音楽が,それを聴くことで,気分を高揚させるだけでなく,人の心を励ましたり,潤したり,癒したりというように,情緒を安定させる医療的な方法のひとつにさえなっています。そんな音楽であるにもかかわらず,音楽の授業が嫌われる所以は,村瀬先生のお話にある通り,音楽は演奏するための技能スキルが重要であり,そのための練習が必要不可欠だということです。その練習を楽しんで行うことができる子どもは少ないのが現状だからです。
そして,それを克服するために,技能教科で学びあうことの意義についてのお話でも,腑に落ちることや気づかされること,そこから新たに考えさせられることがありました。「学びをどこで使うかをデザインする。」ということから考えたことは,音楽の苦手な児童が嫌いな個人練習でペアやグループ学習を効果的に使うということです。これは,今までも多く取り入れられている練習方法ですが,単にペアやグループをつくって練習をするのではなく,ペアやグループをつくって練習したくなる状況をつくっていくことが大事なのかなと思います。「好き」なことは,どんなに時間がかかってもどんなに面倒でもやれるのが人間です。その,「好き」と同じ気持ち,または「やってみたい」という想いを持続させられたらと考えます。そのためには,やっぱり音楽でも課題や導入が大切なのだと思いました。
話は飛びますが,フランスでは,就学前と思われる幼稚園の子ども達が美術館を訪れ,ひとつひとつの作品について先生から説明を受けているという場面を見たことがあります。このような小さい時期から本物を見て学んだ子ども達は,きっと違いの分かる大人になっていくのだろうと思いました。本物に勝る者はないとしても,現場の私たちは,本物に代わるものを探し続けて,提供していかなければならない存在なのだと,このことを思い出す度に自分の惰性を戒めています。そのために,美術が「見ること」から始まるのであれば,音楽は「聴くこと(実演や映像等で鑑賞)」から始める導入を工夫してみたいと考えています。
また,「学ぶための場の設定は徹底的に教師が関与すべきである。」というお話にも共感しました。城南中の先生が,子ども達に美しく響かせることを分かってもらうために,実際に歌って見せたということでしたが,それは私も音楽会に向けての練習では,よく取り入れる方法のひとつです。比較することで違いに気づき,違いの原因を考えようと,子ども達はすぐに声を出して確かめています。「スキルを課題に埋め込んで,活動の中で発見する。」とありましたが,とても同感できる内容でした。発見したことを「言語化させる。」ということについては,これからの課題として,取り組んでみたいと思いました。
本校は,学びあいを始めて5年目になり,今年研究発表会を終えたばかりですが,校内研修のマンネリや停滞期という杉山先生のお話は,正に本校が抱えるこれからの課題でもあると思いながら聞きました。新任教師とベテラン教師の見方を比較することで分かったことや,杉山先生ご自身の体験を通して気づいたことのお話を聞けて,これからの自分のあり方を考えるきっかけになりました。次年度からの校内研修に生かすことができるように,本校の研究主任に伝えていきたいと思います。
ジグソーパズルの表現はとても分かりやすい例えでした。一人一人の想いを絵にできる楽しさが,やがて大きな一枚の絵につながっていく喜びが感じられるような授業を目指して,また1月からがんばっていきたいと思います。ありがとうございました。
小学校 教諭
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manabi at 16:31 |
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