CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


銀座で2m浸水 [2007年10月24日(Wed)]
中央防災会議の専門調査会において、関東を流れる荒川が決壊した場合の予測数値を出した。大よそ130万人の住民が被害を受けるとある。また都心部は昼間人口が著しく多いため、実際にはその数を大きく超えた人数が被害を受けると予測している。花の銀座は2m、地下鉄もすっぽり水没することになる。
この予測は200年に一度の大雨としているが、最近では05年のハリケーンカトリーナや台風14号に代表されるように、年間降雨量をたった数時間で降らす想定外の雨量はいまや珍しいことではないように思うのです。
00年の東海水害しかり、04年の高松高潮水害しかり、かつて城下町には町を守るための低地があり、今ではそんなところにも多くの住宅が乱立し、最も大きい被害がでてしまう。城下町だった大江戸にも渋谷・四谷・茗荷谷・溜池などの低地が多い。災害を語る格言に「水は昔を覚えている」というのがある。肝に命じたい言葉です。

そして、なぜか今頃になって04年の新潟7.13水害の特別感謝状なるものが郵送にて送られてきた。何かの間違いではないかと目を疑ってしまう。また大切な税金を無駄に使ってしまっていると嘆いてしまうのです。それにも増して驚いたのは、本特別感謝状を戴いたとされる団体・個人のリストが同封されていたのですが、一緒に汗をかいたほとんどの団体の名前を見つけることは出来なかったのです。役所仕事のいい加減さにまた悲しみを感じてしまうのです。

今はITの時代、支援していただいた企業などは大きく市のHPにアップされるほうが、CSRや社会貢献にも幅が出るように思うのです。頂戴した身ながらずうずうしく言わせてもらえば、いずれも中途半端な発送先になってしまうのは否めなく、そのことからも感謝状やお礼状はもう止めにしたほうがよいと思うのです。


そこで新しい諺を「災害と感謝状は忘れた頃にやってくる」
ハッピ姿の消防団 [2007年10月24日(Wed)]
消防団の詰所などで「消防魂」という額入り書を見たことがある。かつて地域で活躍する消防団の志気と技術の向上に情熱を注いだあの「戸締り用心 火の用心」でお馴染みだった笹川良一翁の筆によるものです。地方に行けば行くほど災害救援現場で活躍するの一般の災害ボランティアなどではなく、やはりハッピ姿が似合う消防団員。

笹川翁がこよなく愛し育てた消防団との活動は、やはり運命的なものを感じてしまいます。9月の秋田豪雨水害での一コマを風の頭が撮ってくれた嬉しい一枚です。

そしてこんなのも、もしかしたらありかも
あとは任せろ! [2007年10月23日(Tue)]
レッドソックスの岡島が大活躍している。インデアンスとのワールドシリーズを賭けた最終戦でリリーフとしてマウンドに向かう岡島は松坂に向かって「あとは任せろ」と言ったと。自信に満ちた素晴らしい言葉だ。


災害被災地では、災害ボランティアもそれぞれが仕事を持ちながらの活動になるために、野球のピッチャーのように先発・中継ぎ・抑えのようなものがあるかもしれない。私たちもそんなリレーが上手く行って地震の場合1〜2か月もの間、被災地に関われることが出来るのかもしれない。
今年9月の秋田水害でも私たちが帰るとき「あとは任せろ」と先発・中継ぎ・抑え全てを果たしてくれた与一隊長。長年のJC活動(那須野が原JC所属)最後にもなる今年、北海道帯広で開催されたJCの全国大会。当然出席するつもりでいた彼は既に予約していた飛行機をキャンセルしてまで北秋田市の残留を決めた。


「そしてトンボも任せてくれ!」

秋田を去り、北海道に行って後悔することと、秋田に残って後悔すること。その二つの後悔を比べ意義を考え、秋田残留を決めたと話してくれました。これまでJCの災害担当として頑張ってきた生き方と「義」を貫いた平成の那須の与一こと桑原隊長です。

今日であの中越地震から3年が経ちました。それに関わった多くのボランティアたち。それぞれの思いで17:56を迎えると思います(合掌)。
お寺がコミュニティ [2007年10月22日(Mon)]
新潟県小千谷市にある極楽寺。とても変ったお寺です。なぜ変っているかと言うと、お寺が地域のコミュニティになっているからです。しかし本来お寺は、そして広くは仏教は葬式のためではなくもともと地域や住民の心のよろどころだったはず。檀家に限らず住民に広く開放しそれを実践されているの極楽寺さんです。震災の時はボランティアの宿泊にも、そして若住職さんは被災地でともに汗を流す災害ボランティア仲間なんです。

日曜日にその極楽寺さんのお祭りで、災害救援ボランティアのデモンストレーションがありました。線香と読経のイメージの本堂がお祭り一色でした。

今やお馴染みとなった風組さんの1BOX自動車&マイクロユンボ赤ちゃん

本堂の真ん前からサンダーバードロケットのBGM音符で風組宇宙人さんが登場です

子ども達ヒヨコに超ウケの災害救援ボランティア汗のアトラクションでした拍手

子ども達の喜ぶ顔に思わず微笑む風組の頭です

もっぱら葬式仏教に専念し、貯めこんでいるお寺さんには、本当に見習っていただきたいと思う、屋台ジョッキごはんアイスあり、ゲーム〓ありの楽しいイベントでした拍手拍手拍手
------------------------------------------------------
明日、悲しみからの復興、そして恢興に向かう3年の月日を数えた、10月23日を迎えます。
震災モニュメント [2007年10月21日(Sun)]
中越地震の活動拠点としていた屋内ゲートボール場「すぱーく川口」。その「すぱーく川口」のある公園の入り口付近に、東京の狛江市(ふるさと友好都市を提携)との「友好の碑」があります。この大きな石碑は中越地震で大きく動き、そのエネルギーの凄さをものがたっていました。地震で壊れたものや傷ついたもの、傾いたもの、全てのものが復興が進むにつれて撤去され修復されて行きます。そんな中、震災の傷跡を後世に残すこともまた必要なことだろうと考えていました。
そして、ある頃からこの狛江市との友好の碑を震災モニュメントとして残せないだろうかと思い、震災後に知り合った市の幹部職員の方と中越復興に関わっているNPOの幹部の方にそれぞれ保存について提案したことがありました。職員の方は「狛江市から頂いたものだから川口の一存だけでは決められないな」とも・・・・
その後、川口を訪ねるたびにその碑を見に行くのが定番となっていた。震災後の状態が手付かずに保たれているので、もしかして保存の方向ですすんでいるのではと勝手な推測をしたりもしていました。
今回、震災から3年が経過した川口を訪ね、その碑の前に立ち驚きと感動でしばし動くことが出来ませんでした。


動いた状態での友好碑の永久保存を記した新しい石碑の冒頭には、中越復興の合言葉ともなった「絆」の文字と感動を綴る文が(涙)

越後かわぐち震央街道のひとつにもなりました

パネルには震災直後に川口に救援に駆けつけた狛江市隊の活躍と、同隊が仮説トイレを肩で担いで大きく崩壊した木沢集落への山道を前進する勇敢な姿の写真も・・・・・

上村先生、星野商工企画課長、本当に本当にありがとうございました。

越後川口を訪ねる機会がありましたら是非訪ねてください。温泉も楽しめる蒼丘の杜公園にあります。
灯篭5000個 [2007年10月20日(Sat)]
小千谷では中越地震のあった10月23日夕方から、追悼と元気になった小千谷を伝える4000個の灯篭が街中に灯されます。その灯篭作りがみんなの手で進行中です。

自衛隊さんへの感謝の絵

さまざまな人の思いが灯篭に

どこかで見たような違うような???
ありがとうのメッセージ [2007年10月20日(Sat)]
小千谷では「ありがとうのメッセージ」が催されています。こどもたちひとりひとりの心にも震災が深く心に刻まれています。応援に駆けつけていただいた全国の方々へありがとうのメッセージ・・・・




地球の鼓動からU [2007年10月20日(Sat)]
中越地震から3周年を祈念してそれぞれの被災地ではさまざまなイベントが開かれています。
災害救援活動で共に行動してきた仲間が協力して写真展(小千谷市)が開かれています。是非お立ち寄りください。

中越沖地震の被災地、柏崎のトライネットさんも会場に。これからは災害救援の仲間です。

追悼の灯篭の絵を描く風組の棟梁です

とりあえず風組の新型ユンボでお決まりのポーズ
続続・危機管理産業展へ [2007年10月18日(Thu)]
昨日の「こんなものが欲しかった」の答えです。


その答は、点滅灯付きのコーン標識でした。
後手後手の対応 [2007年10月18日(Thu)]
先日起きた平塚市でのエスカレーター事故を受けて、横浜市営地下鉄のエスカレーターが使えない状態になっている。

安全規準に満たないものが付いていたのか、プラスチック製の挟まり防止用の板は取り外されたまま

沢山の赤字を抱える横浜市営地下鉄。防止板のいい加減な工事の指示管理。全エスカレーターの付け替えに掛かる費用。そして使えないことによる利用者へ迷惑など、いったい誰がどんなカタチで責任を取るのだろうか(怒)
以前に、この駅の直ぐ近くの線路で保線工事作業員の方が亡くなっています。全てにおいていい加減な横浜市営地下鉄です。