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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


災害VC看板シリーズ【2】 [2005年12月20日(Tue)]
1997年冬に起きたロシアタンカー事故(ナホトカ号)によって大量の重油が日本海沿岸に流れつき各地に甚大な被害をおよぼした悲しい。特にナホトカの船首部が流れ着いた福井県には多くのボランティアが駆けつけ重油の回収活動汗にあたった。同年、福井県ではそれらの経験を踏まえ、災害時のボランティア活動がより効率よく円滑にすすむよう全国から集まった義現金を元に災害ボランティア活動のための基金条例が作られた。電球

2004年夏、集中豪雨によって再び福井県は未曾有の被害を受けることになった。その水害処理においても延べ6万人のボランティアが活動した。福井県は本年4月にさらに災害時におけるボランティア活動が一層推進され、県の責務などを明らかにしたさらに強固な「福井県災害ボランティア活動推進条例」を新たに制定した。キラキラ

福井方式は潤沢な基金に裏づけされたボランティア活動が展開される。多くのボランティアセンターの看板が手書きであるのに対し、業者発注?される。ボランティア活動のための基金から地元の復興の一助としてお金が落とされる。この福井水害においてもボランティアが使用した多くの資機材が地元で購入され、災害 の多かった2004年はその資材が全国のボランティアセンターで再活用された。この条例は勿論県外派遣にも活用され、ふくい災害ボランティアネットを中心に、東海大地震を想定し、山を越えて静岡に入る「静岡突入訓練」なども行われている。拍手


手作り看板に比べると多少味気ないが・・・・
災害VC看板シリーズ【1】 [2005年12月19日(Mon)]
災害ボランティアセンターの顔?、看板をアップしていきます。音符
コンパネ12mm×2枚
文 字:JYVA S氏
取 付:埼玉RB S氏

たかが看板ですが、されど看板。取材カメラがこの板一枚をとらえ、多くのボランティアを呼び寄せる・・・実は立派なVCのツールなのです。拍手


      04年新潟豪雨 旧中之島町

稲むらの火 [2005年12月18日(Sun)]
紙芝居「津波だ!いなむらの火をけすな」は、江戸時代、一人の男が大地震の直後に津波が襲ってくることを予感し、稲むらに火を放ち、多くの村人を救った実話を元に作成されたものです。1854年(安政元年)12月23日、安政の東海地震(M8.4)が発生し、その32時間後に襲った安政の南海地震(M8.4)の時の話です。場所は紀州有田郡湯浅廣村(現在の和歌山県有田郡広川町)での出来事です。

また彼は、翌年から4年の歳月と私財を投じて大防波堤「広村堤防」を築きました。これにより1946年(昭和21年)に発生した昭和の南海地震津波では多くの人々の命を津波から救うことができました。

昨年末のインド洋津波の発生や相次ぐ国内の地震をうけて「稲むらの火」の物語は今再び脚光を浴びています。今年1月、神戸で開催された国連防災会議において小泉総理大臣も稲むらの火の話を世界に向けて紹介しました。近い将来大地震が起こるといわれている中、津波防災教材として内閣府監修のもと紙芝居「津波だ!いなむらの火をけすな」が作られました。学校や地域での子ども向けの防災教材として是非ご活用を!

この紙芝居は下記サイトからPDFファイルでダウンロードできます。

雪崩の専門家 [2005年12月16日(Fri)]
昨シーズンに引き続きこの冬も豪雪に悩まされそうだ。残念なことに雪による事故で既に死亡者もでている。

若い頃、スキー場で背中に十字をつけた活動をしていたことがある。今年のように積雪の多い年はゲレンデ内でも雪崩が発生することがある。圧雪車が入れない急斜面やゲレンデ外の樹木の少ない急斜面が最も危険個所だ。どのくらい雪が降ったら雪崩れるか?どのような天候の時に雪崩れるか?こればかりはいまだに人の経験や勘に頼らざるを得ない。

その時にいろいろとアドバイスを頂いた頼りになる専門集団が新潟にある「町田建設」の雪崩パトロールの人たちです。雪国で得た経験を人の命を守るために、自らがある時はスキーで、ある時はカンジキを履き危険個所に入り確認し、様々な指示を頂いたことがある。時間があるときは雪崩についていろいろなことを教えていただいた。そのプロとしての自信満ちた言葉に凄さを感じたのを思い出す。

人の命を守るために自らも危険をおかしてまで働く建設会社としての崇高な誇り拍手。人の命を奪おうとしている儲け主義一辺倒のインチキ建設会社怒。同じ建設会社でありながらすべてにおいてこれほどかけ離れていることが信じられなくクソ悔しい。鹿島建設本社の敷地には首都大地震に備えて大型の建設機械が365日まったく使われずに待機している。それが建築専門家の専門家たる所以だろうキラキラ
このインチキ木村建設(熊本)ヤロー怒


        雪崩の危険箇所に「町田建設」あり〓
ストレーナー現象 [2005年12月15日(Thu)]
豪雨などによって河川の水位が急激に上がるとありとあらゆるものが流れてくる。山からは放置された間伐材、河川敷を利用した駐車場からは大量の車、また日本の中山間地は川に沿って集落が点在していることから家や倉庫などの建物も流れてくることも珍しくない。それらの漂流物が濾過器に不純物が引っ掛かるように橋ゲタに少しずつ詰まりだしダムをつくる(ストレーナー現象)。

そして濁流が堤防を越え集落に溢れ出る。そしてその水量が橋の強度を超えると落橋につながり、その巨大な水のエネルギーがまた次の橋を壊してしまう。昨年の福井豪雨ではこのことが繰り返され7カ所もの落橋につながった。

以前、ある地方の町から災害に関係した勉強会に呼ばれたことがある。町の中央を一級河川が縦断している。町の方たちは皆さん口をそろえて「この辺は川が真っ直ぐで水量もすくなくいつものんびりと流れているから心配ないね」という。

このストレーナー現象は、稲刈りの季節、刈り取った稲が流され、それが下水などに詰まるだけでも大きな被害につながる事がある。豪雨水害の被害は川の形や水量などとはまったく関係ないことが一般にはあまり理解されていない。水害被災地を見ていつも感じることは、安全といわれる川は日本にはないと思うことが防災には大切なことであると。


        昨年7月の福井豪雨による鉄橋の落橋
越乃寒梅隊? [2005年12月08日(Thu)]
私は中越地震が起きたとき台風23号で被害のあった兵庫県の豊岡市にいた。震つなからの派遣でとちぎVネットの代表、矢野さんも豊岡入りしていた。

彼は中越地震発生とほぼ同時に地元栃木のスタッフに対し、炊き出しチームを編成し直ぐ新潟に向かう指示をだしていた。発生当初から地震災害はボランティアセンターの機能だけでは限界があると指摘、栃木からボランティアバスを次々に被災地に送り込むプログラムを考案。それが中越地震救援のための「災害ボランティアオールとちぎ」である。被災地に独立型の拠点を構え、次々にボランティアを現地に送り込んだ。

雪が降り始める時期、各地のボランティアセンターの縮小・閉鎖が伝えられる中、オールとちぎは初期段階から越冬を決断、川口町の民家を借り受け越冬。そのことが住民との絆をさらに強めたことはいうまでもない。時間の経過とともにニーズが変化する地震災害にあって支援する側のプログラムも工夫をこらし、いまでも被災地に通う数少ない県外団体である。

本隊15回のほか、臨時便も加わり沢山のボラバスが栃木から出発した。隊の命名にも拘りがある。

第1陣【越乃寒梅隊】、第2陣【久保田隊】、第3陣【越乃初梅隊】、第4陣【八海山隊】、第5陣【雪中梅隊】、第6陣【朝日山隊】、第7陣【雪紅梅隊】、第8陣【麒麟山隊】、第9陣【峰乃白菊隊】、第10陣【苗場山隊】、第11陣【良寛隊】、第12陣【長者盛隊】、第13陣【米百俵隊】、第14陣【吉乃川隊】、第15陣【越冬隊】 
※その他、98水害被災地の那須・黒磯・JC・NGOなどによる特別隊も多く編成されました。

このオールとちぎの中越地震での取組は地震災害におけるボランティア活動の新な形態として注目すべき点が多くあると思う。中越地震におけるボランティア活動の先駆例として今後も機会あるごとに周知をしていきたい。


雪囲いをするオールとちぎのメンバー(川口町和南津にて)
ヘルパーさんも災害ボラ [2005年12月07日(Wed)]
中越地震では自衛隊風呂へ通うにはちょっと遠い地区に、ボランティア団体などがいろいろな仮設風呂を設置していました。私たちは在宅介護の訪問入浴事業に使用する入浴車両を利用して仮設風呂を設置させていただきました。そのための車輌をさくらんぼで有名な山形県東根市の社会福祉協議会さんからもお貸しいただきました。

山形から中越被災地にその車輌を運転しながら持ってきていただきましたが、その折、社協の専門員やヘルパーの皆様が数日間滞在。財団ベース内のテントに泊りながらボランティア活動をしていただきました。とても器用な皆さんで被災家屋の障子貼りや散らかった家財道具の片付け作業に大活躍でした。山形は全国的に災害とは無縁の地域といわれますが、参加された皆様は「今回は良い体験ができた。この経験を地域防災に役立てたい」とおっしゃっておりました。


とても元気な東根市社会福祉協議会の「さくらんぼ隊」の皆様
山形産リンゴはとても美味しかったです。
過酷さを自ら [2005年12月06日(Tue)]
災害現場でよく顔を合わせるボランティア仲間に大学の連合チーム「NPO国際ボランティア学生協会(IVUSA)」の皆さんがいます。災害の当たり年だった昨年も、新潟豪雨水害から中越地震まで多くの被災地で共に汗を流すことができました。統率がとれたエネルギッシュな若きIVUSAのメンバー達と共に活動できることは私たちにとっても頼もしい限りです。

私たちとIVUSAとの関係はやはり阪神大震災に始まります。当時のIVUSAも学生らしく最も過酷なところに活動を求めて神戸に車を走らせたのを思い出します。その当時のIVUSAの活動場所は、大規模避難所や救援物資集積場などが中心で、昼夜を問わず活動されていました。昨年の水害や地震の被災地においても、最も作業のきつい所を選ぶ姿は、10年前の神戸に向かった先輩たちのDNAが今なお生き続けている事を実感しました。中越地震でも私たちの呼びかけに沢山のボランティアを編成し、活動に合流していただき大いに助けられました。

東京を流れるの多摩川の清掃活動をたった数人ではじめたのがIVUSAの活動のスタートですが、いまや海外でも様々なプログラムを実施している名のあるNGO団体に成長されました。
今後のIVUSAの益々の活躍をお祈り申し上げます。


小千谷復興「芒種の陣」に参集いただいたIVUSAの皆さん
名脇役? [2005年12月04日(Sun)]
阪神大震災では延べ130万人のボランティアが活動したといわれています。大阪高槻市に住む家中山さんは震災直後からボランティア活動汗を行い、いまでも神戸に足を運んでいます。趣味は登山足跡。以前、百名山山登頂を目指す途中の中山さんに山形で偶然お会いしたことがある。

災害が起きると軽の1BOXを運転しながら被災地へダッシュ。車に寝泊りZZZしながらボランティア活動を行っている。車の中は畳にちゃぶ台と和室仕様。正座してご飯ごはんを食べている。

丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ
イツモシズカニワラッテヰル

若者が多い災害ボランティアの中にいても違和感もなく、いつもひょうひょうとして、シブイ名脇役キラキラといったところか。サラリーマン走るとして定年後はこのような生き方に憧れを感じてしまう。


「財団もなかなかえ〜ことやっとるやないけ!」 中越地震被災地にて

※右は現在パキスタン北東部地震被災地で活動するHS神戸の吉村さん
パキスタン北東部地震(続報) [2005年12月02日(Fri)]

パキスタン北東部地震の被災地に救援活動に入っているヒューマンシールド神戸の吉村さんから報告がありましたので本ブログでもアップさせていただきます。
現地からの画像はこちらをクリック!
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◆再び被災地へ

今日は、NWAが準備をしているイスラマバード郊外のテント村へまず行って、現状を見てきた。井戸の為にボーリングをしているが、けっこう時間がかかっているとのこと。チャパティを焼く釜や、トイレ、物資倉庫など整備され、いよいよ受入れまであとわずか・・・

その後、ユニセフへ行き、情報収集と登録変更など手続きをして、会議の日程など確認をする。午後には、現地で必要な機材や物資、医薬品を調達し、発電機などの値段確認などで、郊外の問屋街みたいなところを歩き回った。

再び、被災地へ戻る。
現地は、様々な国際NGOが支援に入っており、優先順位の寒さからの身を守るシェルター(テント)手配、設営がかなり進んできており、いろんなタイプのテントがあちこちに張られている。しかし、山岳地には、まだ手を必要としている所が多い。

50日経った被災地では、手作業のハンマーひとつで、コンクリートを壊す姿があちこちに見られ、先の見えない復興へと一歩づつの歩みだ。少しでも暖かい生活が出来るように、板切れでバラック小屋を作る世帯も増えて来ているが、年配の方は無理をする中で、体調不良を訴えるケースが多い。 また、風邪や肺炎も要注意である。

夕方に、東京の聖路加病院から派遣されている医師団が常駐するテント村に山からおじいさんを連れてゆくと、「かなりの高血圧です。薬を持たせました」と診てくれる。 その方は、長年連れ添った妻を地震で亡くし、身も心も疲れ切っているのだ。 朝、倒壊した学校から奇跡的に助かった子ども達が元気よく臨時学校に向かう姿に元気をもらった。「子ども達は仲間を80人失いました・・・」と先生はつぶやき、荷台に乗り込んで行った。悲しみを乗り越えるのは、どうすればいいのだろうか・・・

明日、早朝にまた現地に向かう。
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以上です。
HS神戸ではパキスタンでの活動の資金が不足しています。すいません

 郵便振替:00980−7−264796
 団体名称:ヒューマンシールド神戸


までよろしくお願い申し上げます。

今後のご活躍をお祈りします。