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雨ニモマケズ 風ニモマケズ

- 災害系ボランティア情報 ブログ-

日本は台風・火山・地震と世界でもっとも自然災害の多い国です。

阪神・淡路大震災以降、大規模災害でのボランティアによる救援活動は、いまや被災地の復興には欠かせぬものとなり、その活動は被災者へのエールにもなっています。
雨にも負けず、風にも負けず、汗を流す災害ボランティアに対する各方面からの応援をよろしくお願い申し上げます。         


被災地で迷惑な人 [2007年10月05日(Fri)]
先の泉田知事発言の記事を受けて、今回の中越沖地震での活動で唯一不愉快だった出来事を紹介させていただきます。

私たちはボランティアセンターの了承のもとに、ある赤紙家屋が多く占める地区で活動をしていました。住民からのニーズは区長さんとの連携によりスムーズに極めて順調に行われていました。しかし、あるとき区長さんが非常に困った顔をして私たちのところにやってきました。

「住民からの要望は県から派遣されている私が受け、ニーズ票に書かせ、私がボランティアセンターにFAXをしますので、勝手な行為は困ります」と県職員が言っているとのこと。

書かせたニーズ票をFAXでボランティアセンターに事務的に送っても、当然「赤紙」地域なので出来ませんと返ってくる。その彼女が勝手に決めた愚かな行為を諭すために、県の詰所のある集会所を訪ね、名刺を出し素性を証し説明にあがると、何が不機嫌なのか、ここは事務所ですから入らないでください。との対応。礼儀の知らない可哀想な方だな思いながらも、真夏炎天下で被災者のために大ハンマーを振っているボランティアがいる中で、県の役人は驚くほど冷房の効いた部屋での公務?に怒りを通り越し悲しみすら覚えたのを思い出します。

しかし、ボランティアへの要望を詰所のある集会所までいちいち持っていくほど住民には時間はなく、そんな状況であるからこそ私たちがこの地区に入って活動している所以なのにと思いつつ、面倒で迷惑な素人が来たなと、思いながらもそこは区長さんを立ててハイハイと指示に従うしかない。その時の区長さんのつぶやきは、「住民が助かること、喜んでくれればそれでいいごて!」と嘆いていました。住民へのサービスを旨とする公僕が権威を振り回す現実をみて本当に情けなく思いました。

翌日現場作業をしていると、交代の年配の県職員の方が来られ、「引き継ぎ事項でボランティア活動の要望受付というのがあるが、全くあがってきませんね」と親しげに話しかけてきました。そこで私は「住民は県の詰所がある集会所まで行って要望を伝えるほど暇ではなく、なのでボランティアが集落を一軒一軒御用聞きに回って、一つひとつ問題や要望を解決しているんです」と言ったら、「そうですね、それが一番良い方法ですね」とのたまう。

勘弁してくださいよ怒。現場の足を引っ張って一番混乱させてるのは貴方達(県職員)なんですよ(怒)※これは心の声です。

敢て「機転の利く素晴らしい年配の県職員が居る」ことも含めの、超不愉快だったエピソードを書かせていただきました(ぺこり)
知事、柏崎市対応を批判 [2007年10月05日(Fri)]
10月3日新潟日報朝刊記事より

柏崎市対応を批判 泉田知事
ボランティア受け入れ「外の人材嫌がる」

「柏崎市は人材が外から入るのを嫌がり、現場に目をふさいだ」−。
中越沖地震のボランティア受け入れなどについて、泉田裕彦知事が二日の県議会で同市の対応を厳しく批判した。
市町村のボランティアセンターのあり方を問われた泉田知事は「歯がゆい思いをした。県内のボランティアのコーディネート(調整)は十分ではない」とこぼし、「刈羽村はNPOで現場を知っている人が入り、うまく回っていた。一方、柏崎はコーディネートする人材が外から入るのを嫌がった」と指摘した。
自身が同市の避難所で会った高齢者夫婦が「あっちえし、家の中はぼろぼろだし、疲れて動かんねえ」と漏らしたとして「それなのに『ボランティアをこれ以上受け入れる必要はない』と報告が上がってくる。現場をわざと見ないようにしている。」と非難。
また、災害対策全般でも「基礎的自治体(市町村)の対応が問題だという話を国などから聞いた」と述べた。
これに対し柏崎市の会田洋市長は「事実関係の確認ができない中ではコメントは差し控えたい」とした。


なんとも腑に落ちない記事です。柏崎市の復旧復興にボランティアセンターと協力して救援活動にあたったものとして残念でなりません。その理由として、

1)柏崎、旧西山そして刈羽の3地区に災害ボランティアセンターが臨時に立ち上がりボランティアの受け入れを行っていたが、3地区を比較するに柏崎と他の2地区では面積や被災家屋の数から言っても規模が違いすぎる。
2)柏崎の災害ボランティアセンターには県外の多くの災害系NPO・NGOもその運営に深く関わっていたことも確認している。であるが、新潟はこの約3年の間に7.13水害と中越地震と未曾有の大災害を2度も経験し、県内のNPO・ボランティア団体スタッフは、その後の長野豪雨や能登半島地震においても活躍し、力量・ネットワーク共に全国レベルの人材を多く抱えている。刈羽が成功例とすれば、むしろ県内スタッフの実力と培ってきたネットワークによるところが多いと思う。
3)私たちは柏崎の災害ボランティアセンターと連携を図る赤紙対応のチームとして、県内外ボランティアを中心にして構成され、関わった地域は、荒浜、松波、桜木町、春日、北園町、栄町、学校町、中央町、西本町、東栄町、東本町、四谷、番神、横山、向陽町、茨目、中田、椎谷などで、それなりの結果を残せたと自負しているところだが、是非住民の言葉をマスコミの方に拾っていただきたいと思うのです。
この活動が出来たのもボランティアセンターとの連携があったこそ実現できたものと強く感じるところです。

とは言っても被災者に対して、全てが満足のいく結果というのは、遥か及ばないのが災害の複雑さであり、難しさであろうと考えます。先の毎日新聞の赤紙不可関連の記事も含め、マスコミ関係者にはその部分を十分に理解・学習した上で、被災地が元気になるような記事であって欲しいと願うばかりです。

そして、被災住民の不満がボランティアセンターへぶつけられるのであれば、ボランティアによる救援活動に対して国や県による支援策(資金面も含め)がもっともっとあってもよいと思うのです。そしてなにより、民意によるボランタリーな活動に対して行政が制限を掛けたりすることがあってはならないと強く思うこの頃です。
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