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2011年01月19日

【映画レビュー】「僕と妻の1778の物語」

いま、福知山の人権学習会での講演を終えて、鈍行で
がたんごとん、と帰途についています。



今日の電車から見た夕陽はとてもきれいでした。

めずらしく、「映画」についてのレビューを書きたいと思います。
というのも昨日「僕と妻の1778の物語」という
兼ねてから観に行きたかった映画を見に行きました!
今週は木曜日以外月から土まで講演続き、出張ウィークなので
一足早いご褒美に。

そして、何よりこの映画。
まさに「グリーフ」の映画なのです。
でも、「死後」のグリーフではありません。

グリーフの世界では「予期悲嘆」という概念があります。
例えば、自分の大切な人が余命3ヶ月と告知されれば
その3ヶ月、死までの時間を、生きてはいても、「死」を
思いながら「失うこと」を恐れたり、悲しんだりしながら
生きることがあります。
それがまさに予期悲嘆の状態です。
亡くなる前から、はじまる悲嘆。

実はここへのケアやサポートが、後々の(亡くなってからの)
回復の度合いにつながったりもするので、とても重要なのです。

亡くなるまでの間にその人とどれだけの関係性を築けるか。
自分がその死とどう折り合いをつけていけるのか。

わたしが観た映画はまさしく、妻の余命が1年、5年の生存率は0%と
知らされた夫のグリーフワークの話でした。

1778日間、妻のために、一日一話、書き続けた夫(SF小説家)。
彼が最後の方で、

「彼女のためじゃない。毎日書き続けるのは僕の支えだ。
彼女はそれを許してくれてるんだ」

という台詞を言葉にします。
まさしく自分の抱いているグリーフをどう向き合うのか
小説に託したのだということの象徴的な言葉と思いました.

とてもこの映画は日本的で、「静」「無音」に満ちていて
光、照明も穏やかで美しく、観ているとなんだか涙が止まらないの
ですが、同時に心が凪いでいくような感じもします。

リアルに描かれているなぁと思ったのは
それぞれが面と向かって泣かず
妻は母の前で、夫はひとり病室を飛び出して
泣くシーンでした。

なかなかお互いに、いっしょに泣くということは
できないのだろうなと。
それはよく聞くことなので、リアルに描かれている
ように感じました。

あまり話すとネタばれになって面白くないので、
どうかみなさまお時間許せば足を運んでみてください。

そして感想をお聞かせください。



・・・・*・・・・・*・・告知・・*・・・・・*・・・・・


明日の毎日新聞夕刊(大阪本社版のぞく)

写真が3、4枚使われている
「グラフ」というページに「年越いのちの村」の
特集が掲載されます!

どうか毎日新聞を購読されていない方も
キオスクや会社で手にとってご笑覧ください。

わたしの尊敬する、そして信頼しているカメラマンさんが
撮ってくださったものなので、たのしみです。







2010年12月05日

【記事レビュー】コンビニか寺か

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101205-00000005-mai-bus_all

ファミマの葬儀参入。

日本にはコンビニの倍ほどの寺があるが
そのお寺は風景と化しているだろうか。

顔の見える関係で、生きている間からつながっている
僧侶が、病院へ見舞いにいったり
臨終の場にいったりして
そして最後に死者として送る。

そんな文化はもう見られなくなるのだろうか。

コンビニに行って、申し込み用紙に書いて
知らない葬儀社さんと、会ったこともない
お坊さんがきて、大切な亡き人の葬儀をあげる。

それはそれは便利だろうが、そこで
「失われるもの」
に光を当て続けたい。

便利さはひとが求めてやまないものかもしれないが
生と死がコンビニで消費されていくのには警鐘を鳴らしたい。

ここで、となりにいるおゆみさんから
「コンビニが参入する事で葬儀にとって本質的に
なにが大事なのかということが再考されるきっかけ
となるのではないか」
と。さすが・・・。
イオンもそうやろうけれど「憂える」よりも
「おもしろいことになってきた、よし」
とここで、動いていくのが自分たちの役目だろう。

対話をはじめよう、つづけよう。